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77凛々しくなっちゃった

「ねぇ、エース。それって、ここにあった荷物が全部その中に入ってるのかな? 重くない?」


 店主とソレルさんが正気に戻った後、クレソンさんが尋ねてきた。


「うん、全部この中に入ってると思う。でも、全然重くないよ」


 手のひらの上のサイコロみたいな白い箱は、私に返事をするかのようにふんわり白く光った。


「じゃぁ、例えば、その中から味噌だけ取り出すとかできるのかな?」

「んー、一度やってみるね」


 私は白い箱に人差し指を突き立ててみると、不思議と指先が中に吸い込まれていった。味噌はどこかな? と考えながら指先をごにょごにょ動かしていると、それらしい物に触れる感触が伝わってくる。


「あ、これだ」


 そう言った瞬間、味噌の壺がぽーっと空中に現れたではないか。咄嗟にクレソンさんがそれを捕まえてくれる。私の反射神経じゃ間に合わなかったな。クレソンさん、ありがとう。


「これは、なかなか便利だね。エースが旅のお供の引っ張りだこになりそくで心配。ま、僕がそんなことさせないけどね」

「エースは、ますます重要人物になりそうだ。森で薬草を大量に集めた時にも便利そうだな」

「どれだけの荷物が圧縮できるかは検証の余地があるが、十分に物流の革命になるぞ」


 男性陣は思い思いのコメントを述べる。私としては、日本のラノベのファンタジー世界でよくある、アイテムボックスや亜空間収納の魔術とかで免疫があるし、特に違和感も無いのだけれど、この世界にはこの手の収納魔術が存在していないのかもしれない。もしかして私、またやらかしちゃった?



 ◇



 こうして、すっかり身軽になってしまった私達は、とりあえず予定通り宿屋で一泊。私はちゃんとアンゼリカさんと同室でしたからね。クレソンさんと同室だったステビアさんに、こっそり交代しようぜ!と誘われたけれど、彼はマジョラム団長の拳骨を食らって沈黙してしまった。寝る前はアンゼリカさんとこれからのことや恋バナ的なものをして、ちょっと修学旅行気分な夜が更けていき、翌朝は宿屋の味噌汁(やったぜ!)で元気と勇気が百倍になり、いよいよ目的の村へ出発することになった。


「さて、村への近道はこれしかないのか」

「はい、騎士団長様」


 朝早くから叩き起こしてごめんよ、店主。マジョラム団長は村へ行ったことがあるけれど、随分前のこと。知らない間にあると思っていた道が寸断されていたり、崖崩れで通れなくなっていたりというトラブルを避けるために、念の為地元の人に行き方を再確認することになったのだ。


「見たことも無いタイプの道だな」


 クレソンさんがポツリと漏らした。


 この世界に来てから、私が見たことのある道は三タイプ。一つは人の手が全く加えられていない獣道。二つ目は、かろうじて草だけは抜かれていて土が剥き出しの野性味溢れる道。三つ目は王都や街の中心部なとでよく見かける石畳の道。でも、今私達の足元から森の奥へと続いているこの道は、それのどれとも似ていない。

 

「これは、何でできているんだろう。草一本生えていないなんて、何か特別な薬草でも練り込まれているのだろうか」


 ソレルさんが首を傾げる。私はしゃがみこんで、直接舗装された道に触れてみた。硬い。細かな黒い砂状のものが圧着して敷き詰められている状態だ。やはり頭の中には「アスファルト」の文字が浮かび上がる。たかが道。されど道。おそらくこれには近代日本の知識が活かされているような気がしてならないのだ。


「クレソン、確か王妃は土魔法に秀でていたと記憶しているが」

「はい。母上はミネラール王家からこちらへ嫁いでらっしゃった方。あそこの王家は家系的にも土魔法が得意なはずです」


 マジョラム団長とクレソンさんは、これも王妃が村にいる証拠だと思っているようだ。確かにこの世界には魔術があるもの。しかも王妃様は他国出身なのだから、私がこの国で見たことのない道も作れてしまうのかもしれない。でも、何となく引っかかるのよね。


「それにしても、この道……。馬車は通れそうにないな」

「馬車はここに置いていくしかないだろうな」


 振り返ると、アンゼリカさんとステビアさんが仲良く並んで立っていた。姫騎士とそのお供、という雰囲気は否めないけれど、なかなかお似合いのカップルじゃないか! 私はこっそり応援しようと心に決めた。


「でも、馬車を置いていくにしても盗まれたりしないか?」

「御者に見張らせれば良いのでは」

「だが、こんな田舎では御者諸共誰かに襲われかねないぞ。何しろこの馬車は王家御用達の高級なものだからな。扉の取っ手の銀細工だけでも価値がある」


 この道、立派だけれど幅がとても狭いのだ。小型の馬車や荷車、徒歩であれば余裕かもしれないけれど。


 しょうもないことで悩んで唸る面々。

 でも、私、良いこと思いついたよ?


「あの、私が馬車も白魔術で小さくしちゃいますから、目的地まで持っていけますよ。ただし、ここからは徒歩ですけどね」

「さすが、エース! その手があったか」


 クレソンさんからの褒め言葉に乗せられて、私は皆の荷物を積んだ馬車ごと白魔術で包んでみる。あっという間に二つ目の立方体ができあがり、気づいたら手のひらの上にちょこんっと乗っかっていた。


「エース、すごいな」


 珍しくステビアさんまで私のことを褒めている。うん、もっと褒めてくれていいんだよ? 私はもう、クレソンさんのおんぶに抱っこのお姫様でいるのは止めたのだ。ちゃんと私から能動的に皆の、何よりクレソンさんの役に立って、彼がいずれ立派な王になるのを見届けるって決めたんだから! それが私なりの愛の形なのです。


「でもエース。せっかくだから、もっとぱぱっと目的地に行けるような魔術とかないの?」


 やっぱりステビアさんは私への風当たりが強いよ。そう言えば、以前家宝の剣を修理してくれっていう話も、相当強引だったよね? 無事に元の形に戻って喜んでくれたし、今も腰から大切そうに下げてくれているから、いいんたけどさ。


「ステビア、エースに無理は言わないでくれ」


 クレソンさん、ありがとう。でも最近の私、ちょっと気が強くなっちゃったみたいで、売られた喧嘩はできるだけ買いたいのよね。あ、そうだ。良い方法がある!


「クレソンさん、歩かなくても良い方法を思い出しました!」


 前に、タラゴンさんとドラゴンをやっつけた時に使った、あの魔術を使ってみよう。名付けて空中散歩魔術!


 まずは、結界で頑丈な透明の箱を作る。ここに旅のメンバー全員が入る。結界が見えないエレベーターみたいに、ゆっくりと空へと浮かび上がる。そして、アスファルト(仮)の道を目印に森の上空を高速移動。結界の中は空調も悪くないし、風を切って進むから寒いと言うこともない。見えない地面に立っているという恐怖さえ耐えることができれば、とっても快適で便利なのだ。


「ね! これだと早いでしょ」


 両手を腰に当て、自信満々で立つ私の足元では、緑の風景が風のように流れていく。途中大きな川や沼らしき場所、いかにも魔物が潜んでいそうな鬱蒼とした森もあるけれど、こうやって上空を移動していけば何の危険にも晒されずに済むのだ。


「エース、これ、すごいね!」

「なぜ、出発時から使わなったのだ? だが、城からこれで出発していると、王都の商人達からエースが狙われる可能性もあったか。うむ、致し方無し」

「これがあれば、すごく高い木の天辺にある幻の木の身の簡単に採取できるんじゃ……」


 皆、それぞれに反応しているけれど、ただ一人、怖いとも言えずに青ざめている人物がいた。


「ステビアさんは、高所恐怖症なのかしら?」


 景色を楽しんでいたアンゼリカさんが、ふとステビアさんの方を見る。ステビアさんは、まさか好きな人の前でそんなこと肯定できないと思ったらしく、ぷいっと顔を背けた。すると。


「誰にでも怖いものや、苦手なものはあるものよ」


 アンゼリカさんが、そっとステビアさんの左手を握ったのだ。瞬時に顔を火照らせるステビアさん。わぁ、見てるこっちが恥ずかしくなってきたよ。


「ありがとう」

「いいのよ」


 ふわっと笑うアンゼリカさんは、いつもの氷の女王ではなく、春の女神のような優しさと爽やかさと愛に溢れていた。他人の恋愛って、見てる分には本当に面白いし、幸せな気持ちになれるよね。


 私もクレソンさんとこっそり手を繋ぎたいな。と思っていたら、彼はまたマジョラム団長と話をしている。


「クレソン、今朝は王子気取りだったな」

「元、王子だとおっしゃりたいのですか?」


 二人は仲が悪いということはないけれど、時々こういう棘のある会話をするのだ。私は少し心配になって、別の方向を眺めながら聞き耳を立てる。


「宰相だと、そう言うだろうな」

「ですが、父上と母上の実子であることには間違いありません。王の子供は、王子でしょう?」


 何を当たり前のことを尋ねているのだとばかりに、クレソンさんはちょっと悪い顔で笑う。


「もう、宰相のことは気にしません。僕が今後、この手にできるものは何でも味方に変え、武器にして、彼らへの対抗手段としなければ。でないと――」


 ここで、ふとクレソンさんはこちらへ振り向く。私が話を聞いていたの、バレてたんだね。


「守りたいものは守れませんし、自分の願いも叶いません。もう、状況や環境が変わってくれるのを待ち続けるのは止めました。人任せや運任せはもう、うんざりです。自分の運命は自分で選び取って、進まねばならない。そのことを教えてくれたのがエースです」


 マジョラム団長も、おもむろにこちらを振り向く。


「だから団長。エースが将来の王妃として相応しいかどうか、探りを入れるのは止めてください。エースは既に我が国へ多大な貢献をしてくれていますし、何より僕の生きる光なんです」

「時期王を目指すものが、私情でしか動けないとは」

「父よりはマシな王になるつもりですよ。でも、父を駄目な人間だとも最近思えなくなりました」


 クレソンさんは、少し照れくさそうに髪を耳にかけて、顔を赤らめる。


「大切な人がいなくなるというのは、辛いことです。それを知りましたから」


 それを聞いたマジョラム団長は、何かを誤魔化すように、腕を組んだ。


「王も人です。人は……弱い。だからこそ、皆で支え合って、志を高くしなければならない。そういう人物こそが、王になれると思うし、なるべきだと思うんです」

「己にその器があると?」


 クレソンさんは、マジョラム団長の目を見て、迷わず頷いた。


「偏愛と妄想で世間を騒がす悪党は、もはや魔物です。そんな者には、この国を任せられません」

「そうか。クレソンが名ばかりの王子でないことは、理解した。いや、理解していたはずなのだがな」


 マジョラム団長は、心を壊してしまった王と長く行動を共にしてきた人物。側近として、友として、一国民として、様々な思いを秘めて仕えてきたのにちがいない。その息子が、クレソンさん。同じ轍は踏んでほしくないという思いもあるだろうし、それでいて中途半端な野心を持った若者に次代を任せるわけにはいかないという、第一騎士団長としての責任や矜持もあるだろう。


 それら全てを乗り越えて、今。二人は遠く彼方、ハーヴィー王国に広がる森林を臨み、進むべき道を確認しあっている。


 結界は、少し速度を緩めて、眼下のアスファルトの小道に沿って移動していた。


 いつの間にか、結界の中にいる全員がクレソンさんに注目ひている。別に金の魔術を使っているわけではない。彼本来の魅力と決意、意気込みが引力になり、全てが彼の下に集まろうとしている。そういう予兆のような流れを、私は肌で感じた。


「ですから、まずは母上の、王妃の捜索は必ず成功させなければなりません。皆、改めてよろしく頼む」


 全員が、しっかりと首を縦に振った。

 私は、それがとても嬉しかった。


 王妃は、ただ王の想い人というだけではない。クレソンさんのお母さんだ。彼の決意は、そのしっかりと握られた拳によく現れていると思う。


 クレソンさんは、初対面の頃が懐かしくなる程に凛々しくなったな。あの頃は、まだチャラいおにーさんって感じだったのに。


 私も、負けてられない。









 そうこうしているうちに、数日かかると思われていた旅程が大幅に繰り上がり、いよいよ目的地と思しき村が近づいてきた。


 でも、この村、何か変。


 だって、ありえないほどに武装しているんだもの。



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