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76圧縮しちゃった

「どうした?」


 私が感動に打ち震えていると、マジョラム団長もやってきた。


「なんだ、これは。この匂い……毒ではなさそうだが。この泥はどこで拾ってきた?」

「これは、裏通りの商店で見つけました。今にも壊れそうな家屋の軒先で売られていたのですが、意外と多くの者がこれを求めていましたので、気になりまして」

「して、これは何なのだ?」


 クレソンさんも、そこまでは分からなかったらしい。でも、私の好きな人はさすが見る目がある!これはね。


「味噌です」


 私は、はっきりした声で言い切った。いざ口に出してみると、懐かしさのあまり涙が出そうになる。この世界にも様々な調味料があって、もちろん味噌っぽいもの、醤油っぽいものなど、私の知るものに近いものはある。でもやっぱり、どんぴしゃなものじゃないと、私の琴線に触れることはない。


 住んでいる人の顔も色も、文化も、いろいろな違いから未だに『異世界感』を感じる毎日だけれど、やっぱり食が一番私に『遠くまでやってきてしまった』ということを教えてくれていた。日本にいた時、そこまで和食が好きだったかと問われると、正直答えに困る。私、朝はパン派だったしね。でも、自分の最もルーツを感じるのはこういった和の調味料、和の香り。あぁ、今すぐにお味噌汁が飲みたい! 私は何か危険なものが入ってるかもしれないのに、指を壺の中に突っ込んで味噌を少しだけ掬ってみた。そのまま口の中へ運ぶ。


「んん! これはまさしく、味噌!」

「あ、それ、食べられる物だったんだね」


 びっくりした様子のクレソンさん。買っていた人が女性ばかりだったので、美容に使うものかと思いこんでいたらしい。泥パック的な何かに見えたのかな? 


「そうです。これは、私の故郷にある調味料です。スープを筆頭にいろんなお料理に使えるんですよ!」

「わぁ、僕も食べてみたいな」

「今度、料理できる場所に行くことかあれば、私作りますよ」


 でもマジョラム団長は、未だに味噌のことを親の敵のように睨んだままだった。


「調味料か。以前この辺りを通った時には、このようなものは見かけなかったが。しかも、これは救世主の故郷にあるものだと言う。これは……気になるな」


 確かに。この味噌はどこからやって来たのだろうか。過去の救世主も、どうやら私と同じ日本人の可能性が高そうだから、大昔にこの地に作り方が伝えられて、今でも米みたいに細々と生産されているのかもしれない。でも、最近になって流行っているということは、この仮定は間違っているのかも。他に可能性があるとすれば……もしかして、私以外にも日本から転移してきた人がいる?!


 大興奮する私。その横では、団長とクレソンさんが冷静な分析を始めていた。


「この国で救世主の故郷のことを知り得る人と言えば、父上と母上ぐらいだ」

「王族のみが閲覧できる秘伝の書があるという噂は本物だったか」

「はい。団長のお立場やお人柄を信じて明かしますが、それは真のことです。過去の救世主のほぼ全ては、王族と婚姻関係を結んでおり、その生涯をこの国で終えています。その中で、日記や備忘録のようなものがたくさん残されているのですが、代々の王とその妃のみによって管理され、今の世に伝えられているのです」


 そんなものがあったなんて。とても気になる情報だ。めっちゃ読みたい。こうなったら、クレソンさんにはさっさと王になってもらわなきゃね。って、私の動機は不純かしら?


「王は国内を視察で巡回することはあっても、そのような秘めたる書の内容を考えもなく田舎の村民に言いふらしたりするようなお方ではない」

「つまり、エースが言う味噌とやらの発端になっているのでは王ではなく……」


 マジョラム団長は、意味有りげに頷く。


「つまり、そういうことだ」



   ◇



 私達はすぐにお勘定を払って、ソレルさんを叩き起こすと、すぐに味噌が売っているという店に向かった。店はちょうど閉まるところで、店先で片付けをしていた店主はこちらの面子の迫力に驚き、しばし石像と化していた。


「このお店すごいですね! 外国に行ったら時々こういう日本料理の食材や調味料が売ってるお店があるんですけど、ちょうどそんな感じです」


 私は、店に陳列されていた物を片っ端から手に取っては匂いを嗅いだり、ラベルを確認したりする。もう、宝の山としか思えない。お漬物とか、お醤油とか。ちょっと涙が出そうだよ。私は、ようやく復活した店主に声をかけた。


「これ、試食していいですか?」


 私は、鰹節のようなものを見つけていた。この世界では別の名前で呼ばれているようだけれど、たぶんほぼ同じものだと思う。


「あぁ、いいよ。それにしてもこの街に来てすぐにこれの価値が分かるなんて、珍しいな。嬢ちゃんはどこか遠くの国から来たんかね?」

「価値?」


 私は、削り節をひとつまみ口に放り込む手を止めた。


「ここだけの話にしといてくれよ。偉い人に知られたら大変なことになる」


 店主のおっちゃん、ごめんよ。ここにはむしろ、偉い人達しかいないよ。私はそれを悟られまいと、日本人の十八番、困った時は笑って誤魔化すを始動。店主は、少し悪い顔をして声を落とした。


「ここにあるのは、ワショクと呼ばれる料理の元となるものだ。ワショクは栄養価が高く太りにくいだけじゃないぞ。なんと、食べたら魔力料が増えるんだ。ほら、俺の目を見てくれ。以前よりも黒くなったような気がしないか? って、今日初めて会うんだから、そんなもの分かんねぇよなぁ」


 ガハハと笑う店主。せっかく小声で喋ってたのに、それじゃ意味がないよ。


 店主の話しぶりを見るに、たぶんこのことは村における暗黙の了解になっているのだろう。だから、オンボロの店なのにたくんのお客さんがついている。でも、何かの決まりに違反しているというわけでもないのだから、堂々と買い物できているのにちがいない。


 店主の瞳は、グレーだった。日本人の私からすると、それはあくまで色素が薄く見えるので、おそらく魔力アップの効果も微々たるものなのではなかろうか。彼自身、こうやって見ず知らずの私に話してくれるぐらいだし、悪い人ではないと思う。


 だから、マジョラム団長。お願いだから、そんな怖い顔で見ないであげてください。ここは穏便に行きましょうよ!


「店主。これは少なくとも村長は知っていることなのだろうな?」


 あぁ、もう手遅れでした。団長はせっかく変装して旅の商人風になっているのに、完全に騎士としての威圧を放ってしまっている。店主のおっちゃんも、顔を青くしてしまった。


「そ、村長のことは分かりません。でも、この村の人は大抵知ってますし、この村ってほら、寂れてますから、無闇に目立ちたくないというか……」

「こんな大切なこと、王都には伝わってきていないぞ!」


 店主は驚きのあまり弾けるようにして後ずさる。


「もしかして、そちら様は」

「ハーヴィー王国第一騎士団団長、マジョラムである」


 あー、名乗っちゃったよ。


 その後は、あまりにも店主が気の毒になってきて、私とクレソンさんが二人の間に入って話を進めた。

 団長に確認したところ、今回みたいな特殊食材や調味料が発見されても、国への報告義務などは無いらしい。良かった、店主さんにはお咎めが無くて済みそうだよ。


 でも、こういう大切な情報は、きちんと管理されるべきだと主張するマジョラム団長。クレソンさんも、不用意に宰相側へこのことが漏れると、またアルカネットさんの所で妙な研究がなされるばかりか、悪用したり利権問題に発展して争いが勃発しかねないと懸念する。うーん、政治って難しいよ。


 何はともあれ私が気になるのは、この和食調味料や食材の仕入れ元だ。とてもこの店で全て作られているとは思えないんだもの。ということで店主に尋ねてみたものの、なかなか口を割ってくれない。そこで、私は奥の手を使うことにした。


「あの、お近づきの印にこれをどうぞ」


 朝、出発前に騎士寮のマイキッチンで作ってきた白米の握り飯だ。現在白米は、マリ姫様の名の元に流通が管理されていて、生産されている地域もかなり限られていることから、かなりの高級レア食材なのだ。田舎の村では、その価値が浸透しているのかどうかは微妙だけれど、もし知っていたら食いついてくれるはず!


「こ、これは……」


 ビンゴ。さすが商人。一応見る目はあるみたい。


「白米ですよ。和食の基本は白米でしょう? これと合わせて、お店の食材を召し上がると、より一層美味しくなると思います」

「あぁ、そう言えばあの方々も言ってました。後は白米があれば完璧だと」

「あの方々って?」


 店主は再び口を噤む。しばし私と睨めっこしていたが、折れたのは店主の方だった。たぶん、私の和食愛が勝ったのだ!


「うちの店の商品を卸してくれてる農家ですよ。私の生まれ故郷の村にいる人達でしてね。初めはちょっと変わったものだからって、どこの店も取り扱うのを嫌がってたんですが、うちで出さないかって声をかけたんです。今では、他の店も扱いたがってますが、彼らはこの店にしか卸していないみたいですね」

「そういう経緯だったんですか。で、あなたの故郷の村はどちらに?」

「村は……」


 そして判明したのは、店主の故郷の村は、私達の目的地と同じということだった。ますます怪しい。囲碁に醤油にお漬物。絶対に日本人縁の誰かが住んているか、日本通の人がいるにちがいない。


 私達は後程アンゼリカさん達と合流し、翌朝からその村に急行することが決まった。


 と言ったところで、偉い人を前に口調まで丁寧になってしまった店主さんが、このタイミングでお役御免になるわけがない。


「ということで、此度の件については一切の懲罰は無い。安心したまえ」

「だけど、こんなに素敵なものをこの村に留めておくのは、あまりに勿体ないな」


 マジョラム団長とクレソンさんのトップ会談が続いていた。私は心の中でクレソンさんを応援しつつ、店主をちょいちょいっと手招きする。


「あの、店主さん。もう今夜は店閉まいしてるって分かってるんだけど、少しでいいから味噌とか売ってもらえませんか?」

「え、あの団長様ならともかく、旅の嬢ちゃんには簡単に売れないなぁ」


 あ、もしかして店主さん、私のことをたまたま連れ立って旅してる下働きの何かだと思い込んでる? 困ったなぁと思った私は、クレソンさんの様子を伺って、視線で「ヘルプ!」と呼んでみる。すると、クレソンさんは全てを了解しているというように鷹揚に頷くと、こちらへツカツカとやってきた。


「店主、改めて自己紹介させてください。私はハーヴィー王家の第一王子でクレソンと申します。そしてこちらは、我が国最強部隊に属する騎士であり、私の婚約者のエースです」


 こういう紹介をされるって新鮮だし、照れるなぁ。店主は可哀想なぐらいにまた顔色を悪くしてるけど、こんな時にぐらい権力振りかざしてもバチは当たらないよね?


「実は、こちらの商品の数々がエースの故郷の食材と極めて似ておりまして、なかなかこの先も買い求める機会が巡ってきそうにありません。少しでも、いえ、できるだけの量を売っていただけませんでしょうか」

「え、あ、はい」

「もちろん、今後もあなたがこの商売を続けられるように、卸元を含めこの店のことも王家が保護します。おそらくエースはこの商品が国中に広まることを望むでしょうから、競合は出現するかもしれません。ですが、こちらの店は本家としての認定を国がいたしますので、悪いようにはならないでしょう」


 クレソンさん、めっちゃ笑顔で口説いてる。交渉の場ではこんな顔をするのだなと私は時々しながら見つめていた。そして――。


「エース、今店にある商品、全部売ってくれるって!」

「クレソンさん、さすがにそれはやりすぎです」

「大丈夫だよ。明日、卸元からの入荷があるらしいから。もし、僕たちが卸元から直接売ってもらえなくなったら、エースも困るでしょ?」


 確かにそうだけれど。

 最近、クレソンさんの愛と暴走に若干引き気味の私です。


 てなわけで、この大量の和食食材と調味料、どうしよう? 馬車が後もう二台ぐらいないと運べそうにない。でも、せっかくクレソンさんが現金一括で大人買いしてくれたんだもの。ちゃんと王城まで運びたい。


 うーん……


 その時だ。


『第十七制御装置解除』


 来た!

 身体が一瞬すごく熱くなって、脳内に響くこの音声。私は無意識のうちに両手を和食食材に向かって広げてみる。


「えいっ!」


 渾身の馬鹿らしい掛け声と共に、私の手から白いネット状のものが飛び出して、あっという間に大荷物が包み込まれてしまった。それだけではない。その荷物がみるみるうちに圧縮されて、最後は手のひらサイズの小さな立方体になってしまったのだ。


「き、消えた……」


 腰を抜かして座り込む店主。つい先ほどまで霞になっていたソレルさんも、顎が外れそうになっている。ごめんよ、びっくりさせて。でもその反応が普通だと思うのだ。他の人はもうすっかり私の魔術の異常さに慣れてしまってるのか、ほぼ無反応。たぶんこっちが異常だと思う。





クレソンさん、ヤンデレ化の次は悪代官化。

じゃなくて、エースのためにがんばってると信じてる作者。

うーん、駄目かな?



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