74不貞腐れる隊長※
★今回は、城でお留守番しているオレガノ隊長視点のお話です。
隊長室は静かだ。決済の判をつくペタン、ペタンという音だけが規則的に続いている。いい加減疲れてきた。まぁ、ここまで書類を溜めていた俺が、全部悪いんだけどな。
書類の中身なんて、どれもよく似たものだ。門の前で喧嘩した相手がパン屋でも武器屋でも、俺からするとどれも商人という一括りにしか見えない。先に門に入ろうとしただの、どちらが優遇されただの、全部奴らの気のせいだ。
こちら門衛は、貴族かそうでないかの違いでしか態度は変えないし、庶民だからって特別下衆な扱いをしているつもりはない。いつも通りにチェックを済ませ、誓約書にサインをさせて中へ入れる。うっかり不審人物がうち管轄の門をくぐり抜けたとしても、城内に入るには同じ第八騎士団の別部隊がさらにふるいにかけるから、とてつもない重責があるというわけでもないのだ。
ん? また誰かが城壁を破損させた? またタラゴンか。いや、違うな。奴はエースとやりあって以来、随分と大人しくなっちまった。それでも十分に目立つ冒険者なのだが、エースから説教されたとかで、無駄な公共物の破壊は止めたらしい。
「オレガノ隊長、ため息つきすぎです」
ふと視線を斜め前に向けると、リンデンが膨れっ面をしている。こいつ、入隊以来、ほぼ外見変わらないな。ずっとちびっこだ。もしや、そういう希少種族……なわけないか。
「こんな時は少年の頭でも撫でると心が落ち着くかもしれませんよ」
「そんなわけあるものか」
おっさんが癒やされるのは美女の巨乳か、でかい尻って相場が決まってんだ。などと思いつつ、ついつい癖で、こちらへ駆け寄ってきたリンデンの頭をクシャクシャと撫でてしまう。
なぜだ。なぜ、こんなことで俺は癒やされている?!
美少年を愛玩動物のようにしてしまうなんて、なけなしのプライドに傷がつく上、不可解極まりないが、この毛並みはなかなかの触り心地だ。
「よし、リンデン。お前は今日から猫だ!」
「はい? こんな仕事のできる猫、なかなかいませんからね?」
撫でくりまわしながら考える。そういえば、エース……いや、本当は姫乃だったか? あー、面倒くさい。エースでいいか。エースの髪もサラサラだよな、と。
改めてあいつの顔を見てみると、今となっては女にしか見えない。特に笑った時。目尻がきゅっと下がって、心底幸せそうな顔をするのだ。なぜあれを、ずーーっと男だと思いこんでいたのか。一応、言い訳をさせてほしい。
ハーヴィー王国は、隣のミネラール王国と合わせて、美男美女率の高さが有名だ。中には美女と見紛うばかりの男もたくさんいて、俺も何度騙されて煮え湯を飲まされたことか。だから、俺は本人の自己申告を信じることにしている。そいつが男だと言えば、その日からそいつは男だ。俺は男扱いしかしない。
ただ、男にしては力が弱いし、身体付きも貧弱。ついつい構って助けてやりたくなったのは、あいつがうちに秘めている女で俺を誘っていたのだろうか。と思いたいところだが、あいつはそんな悪い奴じゃない。あの美しい白と金の魔力。その膨大な力とコントロール。神話の世界から飛び出してきたような、奇跡的魔術の数々。なのにあいつは全く奢らないばかりか、常に一歩引いてニコニコしている。うん、やっぱりあいつは女だな。
なのに俺は何てことを。
エースに性別を確認して、第二騎士団と宰相からの追手がかかっていることを告げるまでは、まだ良かった。あれも苦渋の決断だったのだ。俺にとっては、もはや普通の部下や戦友というよりも、身内のような気分だったからな。そんな奴を自ら突き放さなければならないなんて、身を切るように辛かった。でも、生きてほしい。生きていれば、絶対に良いことがある。そういう俺の信条に従って、エースを解き放った。
エースは、すぐに引き留めてほしかったかもしれない。もちろん、引き留めたかった。もっと情けないことを言うとすると、もっと駄々をこねて、俺から意地でも離れないと言ってほしかった。
でも、あいつは人一倍優しくて、謙虚で、気を遣ってばっかで、聞き分けが良い。
行ってしまった。
なんであの時、パンの一つも持たせてやらなかったのだろう。せいぜい王都からは出ていないと思いきや、第七騎士団ですら見つけ出せないとなると、他の街ということになる。あいつは常識というものがない。街ではなく危険な森を選んで進むという可能性は大いにある。ということに気づいた瞬間、俺はコリアンダーに頼み、魔術で手紙をミントに届けてもらった。
ミントは文字通りすっ飛んできた。さすがエルフ最強。そして冒険者最強級であり最凶の魔術師。彼女の紫の髪は、燃え盛る炎のようにうねって、とてつもない気を放っていた。
「改めて名乗らせてもらうわ。私はミント。世界樹の下僕であり救世主の守り人であるエルフ族の娘。私がどんな気持ちで、あなたにエースを預けていたか、知らなかったなんて絶対に言わせないわよ!」
彼女はコントロールできない程の怒気をこちらへぶつけてきた。団長室の壁に地割れのようなヒビが走り、集まっていた野次馬騎士達は命大事さに血相を変えて逃げていく。
「そのオーラの色。世界樹から真に信を受け、大自然から愛されたものでないと纏うことのできない、淀みなき緑。詳しくは分からぬとも、いかに大切な役目を負っているのかは、薄々分かっていたつもりだ」
正直に告げると、彼女はこちらからすっと視線を反らした後、涙を浮かべる。
「そうよ。私は森の民。意識を研ぎ澄ませれば、何となくあの子が森の中にいるのが分かる。でも、どの方向のどの辺りにいるかは、全く分からないのよ」
「では、俺が」
「馬鹿おっしゃい!」
あまりにも気持ちの良い音が部屋に突き抜ける。と同時に、熱さと痛みが左頬に広がっていく。彼女の張り手は、甘んじて受けなければいけないと思った。
「門衛は、城から離れられない決まりでしょ。そしてあなたは第八騎士団第六部隊の隊長なのよ?! 仲間から信頼され、あなたが隊長に就任依頼、一度も城に魔物からの損害を出していない。鉄壁の守り。だからこそ……」
「すまない。エースを見つけてくれ」
「言われずとも」
ミントは、一度も振り返らずにカツカツと靴音を響かせて部屋を出ていった。この時ほど自分の非力さを感じたことはない。戦闘のときでさえ、ここまで判断に迷ったこともない。隊長として失格だ。だから、あいつは進んでここをでていったのか。
エースは槍を持たせても、なかなかうまくならなかった。今思えば女だからそもそもの体をつくるのにもっと時間がかかるのだろう。本当に何てことをしてしまったんだ。
そして帰ってきた。
漲った白と金のオーラが体から溢れ出して、のびのびと揺れている。その足取りもしっかりしたもので、気取ったところもなければ誰かと対抗して急いたものでもない。彼女、エースだけの、エースのための一歩、一歩と前へ進むための歩み。威風堂々。その視線の先にいるのは俺だったが、本当に目指しているのはこんなところでないことは一目瞭然。エースはもっと先、未来に向かうためにここへ戻ってきたのだ。
俺は、ちょっと見ないうちにエースが急成長したことを、心底悟ってしまった。
近づいてくると、驚きはもう一段階大きくなる。
まずは伝説のビキニアーマー。この手の防御力がゼロにしか見えない武装具は、一般的にも存在する。でも、見た目通りのお飾り武装具で、まぁ冒険者が美女をメンバーとして取り込んだ時にお遊びで買うような代物だ。しかし、エースが身につけているのは本物。この白銀は、俺の知識を総動員させたところ、おそらくエルフ族に伝わるものだと推定される。とても値段なんてつけられないような国宝級だ。
それをさらっと着こなすエース。どこからどうみても、いい女だった。俺も、もっと若けりゃな。そしたら、他の隊員みたいに昼間っから叶わぬ夢を見ては騒ぐことができたのに。
でも、クレソンいるからどうせ無理か。あの首元のネックレス。息を呑んだのは俺だけじゃない。エースは完全に王子のものだ。あれは、オニキスの国から王妃が嫁いでやってきた日、婚姻の式典でカモミール様からじきじきに王妃に託された国宝。それを普通のアクセサリーのように身につけて、気負った様子も無いエース。格の違いを見せつけられた。
最後に、あの目だ。慈愛に満ちていて、強い決意を秘めた澄み切った瞳。
許してくれるだろうか、などと女々しいことを考えていた俺とは次元が違う。ここに戻ってきたということは、不在中にクレソンからも聞かされたとおり、世界樹の次期管理人である姫様を守る騎士、救世主の任を全うするということだ。
俺は、きっとその旅にはついていけない。隊長だからな。でも、できることはあるはず。エースが、無事に王妃を見つけて帰ってきたら、しっかりと稽古をつけてやろう。そうだ、あのあらくれ冒険者タラゴンともやらせよう。いろんな経験をつませて、生きてほしい。罪滅ぼしにもならないが、あいつを育てることが今の俺の使命だと思う。
そしていつの日にか、クレソンのところへ送り出すことになのだろう。素直に言って、悔しい。俺が見出して、俺が育ててきた女なのに。
でも悔しがる権利なんて、無い。
ちくしょう。あぁ、湿っぽくなっちまった。
手元に残ったエースの守り石。その輝きはいつも通りだが、泣いているように濡れていた。
今夜は美女を抱いて寝たい。
「隊長、心の声が駄々漏れです」
「あ、そうだったか」
気づいたら、リンデンが珍しく俺から距離をとっていた。大丈夫だ。俺はまだ美少年には目覚めていない。
「こういう時はもっと明るい話しましょうよ。どうせ綺麗なお姉さんのところに行けるのも夜になってからでしょう?」
リンデンの言うことは最もだ。
「そう言えば隊長は聞いてますよね?」
「何がだ?」
「コリアンダー副隊長とラベンダーさん、結婚式の日取りが決まったそうです。僕は結婚式とかに参加するの初めてなので、祝いの品とかどうやって用意したらいいのか……って、あれ、隊長?」
部下が先に幸せな家庭を築いていくなんて、これが初めてじゃない。でもコリアンダーだけは俺の味方だと思っていたのに。だって、考えてもみろ。あいつの父親はアレだ。いくら顔と魔術が凄いからって、大抵の女はその出自を聞いただけで逃げていく。なのに、密かに城内でも人気の高かったしっかりもので美人で、いい身体してる侍女とゴールインだと?! 糞っ。抜け駆けしやがって。
「隊長、部下の結婚ぐらいで、そんなに荒ぶらないでください」
「いいか、リンデン。お前はまだ若いから分からないかもしれんが、俺ぐらいの歳になったらな」
「あー、そういうお説教はもう間に合ってますので。じゃぁ、コリアンダー副隊長繋がりで、新しい魔道具の話なんてどうです?」
そう言えば、コリアンダーが最近隊長室の隣の部屋に引きこもって何かやっていたのだ。ネズミをたくさん持ち込んでいたので、やはりこいつも血は争えないのかと思っていたけど、もしかして動物虐待じゃなかったのか?
「コリアンダー副隊長、記録鼠の記憶容量の拡張に成功してそうですよ。これは総帥から受けていた密命だったらしいので、無事に成功してほっとした顔をなさってました」
結婚までできて、しかも魔道具開発の才能もまだまだ伸び盛りだと? あー、もうやってられん。
「隊長、不貞腐れてどこ行くんですか?」
「どこでもいいだろ」
「よくありません。第七騎士団に連絡して、大捜索することになりますが?」
「う、街だ、街」
「綺麗なお姉さんに現を抜かして昼間っからサボってるのは黙っておいてあげますから、帰りにインクとオヤツ買ってきてください」
俺は黙って手を上げると、そのまま隊長室を出た。
リンデンは、怪しいところはある。なぜか知らないはずのことを知っていることもある。だが、今のところ無害な上、少年か大人かよく分かんねぇ物言いも面白いので、もうしばらくは側に置いておこうか。
さて、今日はどの子のところへ行こうかね。






