64追い出されちゃった
いつか、この時がやって来るんじゃないかと恐れていた。でも、まだ騎士になって一年も経っていない。こんなに早くバレてしまうなんて。それに、なぜこのタイミングでバレてしまったのだろう?
さらに疑問なのは、オレガノ隊長の表情だ。彼がここまで苦しそうな顔をしているところ、見たことがない。やっぱり、ずっと女であることを黙っていたから、怒っているのかな。いや、違う。それならば、こんなに泣きそうな顔、するわけがない。
「エース、男だと言ってくれ」
懇願するような掠れ声だった。
私は、何も言えない。オレガノ隊長にはずっとお世話になってきたのだ。それだけに、これ以上嘘をつくという裏切りをしたくはない。だけどこの雰囲気は、明らかに「私が女であると不味い」状況に感じられる。
どうしよう。打ち明けて、楽になりたい。でも、ここで生きていくためには、そんなの言えない。私も両手を拳にしてギュッと握り、泣きそうになるのを必死で耐える。もし、男の子ならばこんなシーンで泣いたりしないだろうから。
それから何分が経っただろうか。オレガノ隊長から、何かを机の下から引きずり出してきた。
「今朝、俺のところにこんな物が届いた」
私の顔が一気に熱くなる。羞恥、戸惑い、怒り、そして絶望。
それは、私が部屋に隠していた女性用の服や下着だった。
「これは、第二騎士団のある男から届けられた。青薔薇祭前からずっとお前の周辺を張っていたらしい。もちろん俺は、これはお前のものではないと否定した。だけどな、俺にはこの目がある」
オレガノ隊長が、自分の目を手で軽く抑えた。
「俺には、人のオーラが見える。この届けられた女物の数々には、確かにエース、お前のオーラの残骸が見えるんだ。それらだけなら、まだ女装癖があるってことで目を潰れる。でもな」
次に机の上に出されたのは、一冊の本。あ、「ハヴィリータイムス」のタイトルが見える。隊長がこちらへ来いと手招きするので、私は近づいていった。
まず、オレガノ隊長の血走った目。疲れ切った顔が目に入る。次に、机の上に置かれた雑誌に視線を落としてみると――。
「これ、お前だな」
その表紙にあった絵姿は、女性が二人。一人はほぼ間違いなく街歩き姿のアンゼリカさん。ドレスの柄や彼女のスタイルの良さは写真の如く精緻に再現されている。そしてその隣に立つのは……私だ。アンゼリカさんのお母様からお借りした、ツバの広い帽子に茶色のウィッグ。ふんわりと広がる庶民風のシンプルなドレス。何より、こんなことになるとも知らずに底抜けに明るく笑う私の顔は、自分で言うのも何だけれど、本物とそっくりだった。
証拠は揃ってしまった。
「オレガノ隊長」
やっとの思いで絞り出した声は、すぐに後が続かない。
私、詰めが甘かった。結界の魔術が使えるのに、自分とクレソンさんの部屋には何の防御も施してこなかったのだ。いくら周囲の騎士さん達が節度をわきまえた良い方達ばかりとは言え、私最大の秘密を隠していたというのに、対策をしていなかったのは完全に私のミス。
それに、こうして私物がここにあるということは、クレソンさんの物も第二騎士団の人に盗まれた可能性もあるかもしれない。彼にこんな迷惑をかけてしまうなんて、私、何やっているのだろう。
街歩きも、もっと目立たないようにすれば良かった。靑薔薇祭前にアンゼリカさんと出掛けたのが楽しすぎて、あれから何度も街へ行ってしまったのだ。
馬鹿、馬鹿。私の馬鹿。
本当に大切なものを守らず、目先のことばかりに手を伸ばした罰がこれだ。
「隊長、これまで秘密にしていたこと、申し訳ございません」
私は直角以上の角度で頭を下げた。この世界には土へ座習慣は無いみたいなので、これが最高礼となる。
けれど、もう私の声は隊長には届かない。
オレガノ隊長にとって私は、もはや騎士でなく、ただの女なのだ。
「エース、お前はクビだ」
隊長は、淡々と述べた。
「女だったら、駄目なんですか」
「駄目だ」
オレガノ隊長は即答する。
「他の騎士団には女性もいます」
「エース、第八騎士団第六部隊は特別だ。この国の騎士団の中で、最も命のやり取りをする機会が多い危険な部隊。女という異分子は、男社会である騎士団にはそぐわないのだ。士気が乱れる原因にしかならないからな。元より、女というものは生物的にも弱い。それを庇いながらの戦闘は、魔物に対する負けを意味する」
言い分は分かる。でも。
「……という、建前があるのだ。少なくとも、俺自身もそう思ってきたし、この度第二騎士団の奴が持ってきた入隊規定には、『男に限る』と明記されている」
「そんな……」
「これは『いつの間にか』存在していた規定だ」
つまり、最近になって意図して作り上げられた規定ということだ。私の脳裏に、宰相が皮肉げに笑う顔が浮かび上がる。
「そんなの、無視……」
「できるわけないだろ。エース、俺達は騎士だ。騎士は任務と命令を重んじる。それを守らなければ、組織というものはあっという間に瓦解する。これだけは、譲れないことなんだ」
「では、隊長。私は、そんなに役に立たない部下でしたか? 女だからって泣き言を言ったことがありましたか? それとも」
私の声はここで止まる。
オレガノ隊長は、思いっきり私の頬にビンタした。あまりの衝撃に顔の輪郭が変わるんじゃないかと思った。我慢していた涙が堰を切ったように流れ出てくる。でもそれは、オレガノ隊長も同じことで。
「エース、お前が女だとしって失望した俺の気持ちが分かるか? 部下として好きだったはずなのに、実は女を好きになっていたなんて。そして、その女に貢いでたなんてな」
「そんなの分かりません!」
私を騎士として取り立ててくれたのはオレガノ隊長だ。そして、すぐにやってきた魔物の大群。それに先頭を切って勇敢に立ち向かい、大槍を目にも止まらぬ速さで振り回してその強さと頼もしさを見せつけてくれた。
私に困り事があると、いつもいち早く駆けつけてくれて、味方になってくれたのも隊長。しばらく前には、南部の村で一緒に野営もした仲だ。私の結界を信じると言ったあの言葉。嘘だったの?
「黙ってたことは申し訳なく思います。でも、私は私。私は、隊長ならば女でも受け止めてくれると思ってました。それぐらい信頼していたのに」
今度はオレガノ隊長が押し黙る番だった。
「私はオレガノ隊長に救われて、生きる場所を得られました。もし拾ってもらえていなかったら、今頃死んでいたかもしれません」
「エース」
「結界という魔術を手にできたのも、隊長のお陰だと思います」
「さすがにそれは……」
「いえ、魔術の基本は気持ちの強さです。私、隊長から多くのことを学びました。仲間を信じる強さも、自己研鑽を怠らない強さも。そして隊長のことを、誰よりも信じてきました。その言葉。その実力。そして」
私は言葉に祈りを込める。
「その、心を」
真っ直ぐにオレガノ隊長を見つめた。私の黒い瞳と、彼の明るい緑の目がピタリと合う。
隊長、お願い。私を必要としてほしい。やはり、私が欲しいと言ってほしい。お願いだから――。
「駄目だ。お前はもう、騎士でいられない」
オレガノ隊長はその理由を語ってくれた。
まず、私は性別を偽って入隊したということで、スパイ疑惑がかかっているということ。そのため、このまま城に居座っていては、第二騎士団に囚われてしまうというのだ。第二騎士団にはオレガノ隊長の知り合いもほとんどいないので、一度捕まってしまえば釈放されるよう、手引きしてもらうこともできない。
しかも、騎士に関係する規則改ざんなどといった手法から鑑みるに、これは明らかに宰相側の息のかかった蛮行だ。命は取られなくとも、結界を使って悪事に加担させられることも大いにありうる。そんなことに私が耐えられるわけがないし、私をそこまで追い詰めるようなことをしたくないと、オレガノ隊長は言うのだった。
「だからエース、お前は逃げろ。今すぐにだ」
「え、でも。騎士として規則を守るならば、隊長は私を第二騎士団に突き出さないと」
「俺のことはどうとでもなる」
「どうとでもなるなら、私をここに置いてください」
「これだから女は嫌なんだ。さっさと出ていってくれ! お前は幸い門衛なんだから、ふらっと門をくぐって城下に降りるのも簡単だろうが」
「だけど隊長」
「今までご苦労だったな。話はこれで終わりだ。寮もちゃんと引き払ってくれよ」
とりつく島もなかった。一方的に私へ別れを言い放つと、そのまま隊長室から出ていってしまい、取り残されたのは私だけ。腫れた頬が、今頃になって痛みだす。
また、ひとりぼっちになっちゃった。
ぼんやりする頭で、私はまっすぐ騎士寮へ向かった。
ベッドの下に隠していた私物を大きな鞄へ乱暴に詰め込んでいく。全部合わせても、スーツケース一個分の分量も無い。それから騎士服を脱いでハンガーにかけると、入隊する時に着てきた服に着替える。マントや上着系の私物は持っていなかったので、ゾクリと背中が震えた。見渡すと、ディル班長からもらったお手製のカーテンやテーブルクロス、クッションが目に入る。これももう見納めか。
最後に、部屋の主、クレソンさんに書き置きをする。
『騎士をクビになりました。これまでお世話になりました』
言いたいことはいっぱいいっぱいあったけれど、書けたのはこれだけ。
騎士寮を出ると、辺りはすっかり暗かった。何人か第八騎士団第六部隊の人とすれ違ったけれど、手を軽くあげて挨拶されただけで、何も言葉は交わしていない。誰も、私が城を出ていくとは思っていないのだろう。
それは、いつもの北門でもそうだった。
「お、エースじゃん。こんな時間から出かけるなんて珍しいな」
「あれ、顔怪我してない?」
「なぁ、今夜は誰に会ってくるんだ?」
「朝までには戻ってこいよ」
顔パスで、城を出る。一瞬、クレソンさんの姿を探したけれど、見当たらなかった。跳ね橋を渡り終えると、おもむろに城の方を見上げてみる。光の籠に覆われた白亜の城。中からはチラチラと灯りが漏れ出でていて、そこに人の営みがあるのが見て取れる。
クレソンさん、そしてマリ姫様のお城。
私の唯一の居場所だった所。
ここを今夜、私は出ていく。
信じていたものも、大切にしていたものも、いつだってこの掌から溢れ落ちていくのね。良くも悪くもこの方程式だけは、決して私を裏切ることはないのだ。
私は夜風に震えながら駆け出した。
どこへ向かうともなく。逃げるようにして。
肩先まで伸びてきた黒髪を靡かせながら。
そこからは、一度も振り返らなかった。
だから、私が城を離れた途端、城の結界が消え失せたことにも全く気がつかなかったのである。






