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61治っちゃった

 そこは、王都の端の端。すぐ目の前に北の森の方へと続く街道があるけれど、それもほとんど整備されていなくて寂れている。季節柄もあって、裸ん坊の枯れ木がとても寒そうだ。周辺は廃屋も多く、人通りも僅か。捨てられた街角。


 そこの路地を置くヘ奥へと進んだ先に、彼はいた。


 厚手の布を暖簾のように垂らしただけの出入り口。中は暗くて、少しカビっぽい匂いもする。その家とも部屋とも言えないような建物の中に入っていくと、粗末な寝台が粗大ゴミのように置かれてあった。


「誰だ」


 老人のようにしわがれた声。寝台の上の物が動く。


「クレソン」

「と、エースです」


 表情ははっきりと見えないけれど、ソレルさんの不機嫌さはよく伝わってきた。被りこんだ毛布を足元に押しやるのさえ、辛そうだ。よく見ると、肌の一部が黒く変色している。


 これらは、黒の魔術を直に受けてしまった後遺症。体中の生気を奪われ、死へのカウントダウンが始まってしまった彼は寝たきりになっていた。本来ならば、反王派としてクレソンさんに勝たねばならなかったところを失敗。無慈悲な宰相は、もう使えない駒だとばかりに彼をクビにしたのだった。


「物好きな奴らだな。黒の魔術の残骸があるこの部屋で、平気な顔してるなんて正気じゃない」

「なぜ、あんなものに手を出した? 自分が無事じゃいられなくなるのは分かっていただろう」


 ソレルさんは、顔に張り付いた長い髪の隙間から眼光を鋭くする。でも、何度か激しく咳き込むと、寝返りをうってこちらへ背中を向けてしまった。


「俺がアルカネットと取引を始めたのは、もう三年以上前のことになる」


 ソレルさんは、薬師だ。ハーヴィー王国南部にある山岳地帯近くの森を拠点とした、熱心な薬の研究者でもあった。その地には厳しい環境にしか生息しない珍しい動植物があり、それらを材料に日夜新薬の開発に明け暮れていたという。


「俺は元々騎士ではない。研究資金提供と、魔術を使った研究のパートナーという言葉に踊らされていた単なる馬鹿だ」


 ソレルさんは自嘲気味に笑いながら、ようやく自力で体を起こしてこちらを向いた。ちょうど入口から差し込む光が彼の顔を照らす。瞳の色は薄いグレー。そう、とても薄い色なので、あれだけ強力な魔術を展開できるような素質は無い。


「ソレルさん。もしかして黒の魔術はあなたの力ではなかったんですか?」

「あぁ、そうだ。必ずお前を仕留めるためにと持たされた剣が、魔道具になっていてな。同時に、黒の魔術に耐えられる薬とかいうのも貰ったんだが、案の定偽物で、このザマだ」


 つまり、ソレルさんが優勝するしないに関わらず、初めから捨て駒扱いされていたということ?!


 私とクレソンさんは顔を見合わせた。クレソンさんも、相当な驚きと怒りを滲ませている。


「クレソンさん、彼は犠牲者です」

「そうだな。宰相の非道を語ることのできる重要参考人でもある。このまま死なせるには勿体ない」


 すると、ソレルさんは鼻で笑った。


「俺はもう、他人なんて信用しないことにしたんだ。見ての通り、この命は風前の灯。放っておいてくれ。綺麗事言うのは他所にしな」

「でも……」


 ソレルさんによると、一応町医者にも見せたが、黒の魔術に犯された体は二度と修復しないんだって。体は様々な機能を少しずつ蝕まれ続け、死を待つしかない。根本となる黒の魔術を消し去ることがない限り、その負の連鎖は止まらないのだ。


 その時、ふと引っかかるものがあった。


「ん……黒の魔術を消し去る?」

「エース、どうしたの?」

「クレソンさん、ソレルさんが元気になっても困りませんよね?」

「もちろん。次はお互い普通の剣でやりあいたいものだ」


 よし、許可はとれた。


 私はソレルさんに近づいていく。彼は怪訝な目をしながらも、動けないのか動くつもりがないのか、目の焦点をこちらに定めたまま無言を貫いている。


「ソレルさん、いきますよ」


 私は両手をソレルさんの方に向ける。一気に白の魔術を開放して、ソレルさん自身を結界で包み込んだ。ソレルさんは慌てた様子だけれど、大丈夫。これは治療用のカプセルみたいなものなのだ。


 私は結界に手を触れた。そこから、じわじわと白の魔術の濃度を上げていく。結界カプセルは白い輝きを増し始めた。内部の空気もどんどん白くなっていく。まるで、白い液体で満たされていくような光景。中のソレルさんはいつの間にか立ち上がっていた。結界を内部から叩き割ろうと拳を振り上げているのが霞んで見える。ここまですれば十分だろう。


「ソレルさん、良かったですね」


 私は結界を解かずに声をかける。


「どこが良いもんか! こんな物に閉じ込めやがって!」

「ソレルさん、気づいてないんですか? 自分の体を見てください」


 ソレルさんは、天変地異が起こったかのような顔をした。


「これ……どうやって?!」

「私は白の魔術を使って、黒の魔術を浄化しました。白の魔術って、治癒の効果もあるんですよね」

「なぜ、こんなこと」

「もちろん、クレソンさんの味方を増やすためです。この結界から出してほしければ、今後クレソンさんを主と仰いでくださいね」


 ソレルさんは、気分を悪くしたようで、唾を床に吐き捨てた。


「もう誰かの犬なんてまっぴらだ」

「でも元気になったところで、今後どうするんですか? あなたを元気にさせられるのは、白の魔術の使い手である私であることなんて、宰相にはバレバレです。ソレルさんは一生裏切り者として日なたを歩くことができなくなるでしょうね」


 ソレルさんは押し黙る。

 そこへクレソンさんが口を挟む。


「ソレル、文句よりも先にエースへ言うことはないか? エースは命の恩人だろう? お前が南の森で行っていた研究については、既に調べがついている。これまでかかってしまえば命は無いと言われていた死病の特効薬だ」

「そこまで知られていたのか」

「元王子の情報網を舐めないでもらいたい。僕はソレルの薬の完成を願っている。資金提供も惜しまない」

「理由は?」

「この国を住みよくするため、豊かにするためだ」


 ソレルさんは力なくその場に座り込んだ。


「元々、弱い人々を救うために薬師になったのだろう? その尊き志を忘れるな。僕ならばお前の力を十分に活かしてやれる」


 クレソンさんは、ソレルさんへ向けて手を差し出した。ソレルさんは一瞬戸惑ったようだけど、すぐに立ち上がって同じく手を差し出した。


「交渉成功ですね」


 私が結界を解いた次の瞬間、クレソンさんとソレルさんはしっかりと握手を交わしていた。


「ソレル、こちら側へ来い」



   ◇



 ソレルさんの新たな住居を手配した後。私とクレソンさんが乗る馬車は、すごい速さで騎士寮へ向かっていた。


「クレソンさん、こんなところで駄目です」

「あんなことされて我慢できない!」

「されたのは私ですけど……あ」


 ソレルさんは、無事にクレソンさんの元に下った。でもこれには、もう一波乱がありまして。


 ソレルさんが、「恩人はエースなのだから、エースを主とする」と言い出したのだ。そしてあろうことか、人通りのある街中だったにも関わらず私をギュッと抱きしめて「可愛い女の子は俺が守ってあげる」と耳元で口説いたあげく、キスまでかしようとしたものだから、クレソンさんがキレたのだった。


 たちまちクレソンさんとソレルさんは大喧嘩に。でも私が二人を結界で縛り上げて何とか大事にならずに済んだ。もちろんソレルさんには、「もうこんなことされたくなかったら、クレソンさんの言うことを聞きましょうね?」と言うのも忘れない。


 というわけで、一件落着だったはずなのに、なんでこんな破廉恥展開になってるのー?! 馬車の中で半裸にされそうになるとか、胸触られるとか、ラノベの中だけだと思ってたよ。実際にされると、とても笑えない状況です。


「クレソンさん、これ以上は駄目っ」

「馬車の中だから駄目なの? 今日はお互い仕事は休みの日だから、サボってるわけでもないのに」


 そういう問題じゃない!


「えっと、まだ心の準備ができていないというか」

「そっかぁ。じゃぁ、いつなら許してくれる?」


 私は蕩け始めた脳みそをフル回転させる。どうやったら、この場を乗り切れるかしら。


「……クレソンさんが王になったら」

「そうだね。僕が王になれば、エースは王妃になるから、正々堂々とできるよね」


 って、何を?!

 

 そして浮かれきったクレソンさんと、少しげっそりした私が騎士寮に辿り着くと、待っていたのはオレガノ隊長からの呼び出しだった。しかも、私宛て。


「ん? キャラウェイ団長も同席?」


 横から覗いて手紙を読むクレソンさんが首を傾げる。私は何だか面倒な予感しかしないよ。


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