57化けちゃった
その後は大変だった。
金の魔術による不思議な効力がふっと解けた瞬間。我に返った人々の中でもすぐさま行動を起こしたのは、観客席に大勢いた貴族のお嬢様方だった。壇上から降りてきたクレソンさんへ一斉に突撃した彼女達は、騎士でも止められぬ勢いで。ラムズイヤーさんが盛大に舌打ちし、第八騎士団第六部隊の面々が反射的に対魔物用の陣形を組んでしまったのは仕方がなかったと思う。
結局、その騒動を収めたのはマリ姫様。でもそのやり方は、正直他になかったのかと私は問いたい。
彼女は、お付きの方々を振り切って壇から降りてくると一言、こう言ったのだ。
「お兄様、何をなさってますの? もっと他にすべきことがありますでしょう?」
するとクレソンさんは、その直前まで「ヘルプミー」と叫びそうな顔をしていたのに、急に凛とした雰囲気を取り戻す。そして紳士然とした振る舞いでお嬢様方を引き剥がすと、まっすぐ私の方へ向かって歩いてきた。
「エース、優勝したよ!」
えぇ、知ってます。先程も、競技場に白の魔術をかけながら、良かったですねーって喜びを分かち合ったではありませんか。だから、改めてそんなキラキラした笑顔をしないでほしい。私、嫌な予感しかしないんですけど。
それは、見事に的中してしまった。
「エース」
クレソンさんは、私をひょいっと抱えて高い高いするように持ち上げると、最高の笑みを浮かべてその場を一回り。そのオーラにあてられた貴族のお嬢様数人が失神するオマケつき。そして――。
「エース、約束は守ってね」
クレソンさんが、私のほっぺにキスをしたのだ!
「ちょ、ま、今何したか分かってるんですか?! っていうか、こんな約束してません!」
「エースが恥ずかしがるといけないから手加減したんだけど、こっちの方が良かった?」
クレソンさんは、私の唇を親指で優しくなぞる。
「どっちも駄目です!」
この騒動を目の当たりにしてしまったお嬢様方の反応は、真っ二つに分かれた。一方はこの世の終わりを迎えたかのように落胆して死相を浮かべ、もう一方は「もっとやれ!」とばかりに囃し立てている。
そこへオレガノ隊長が登場。
「お前ら、やっぱり男色だったのか」
すぐに「違います」と否定するも、すればする程怪しまれてしまう始末。同じようなことがあっても拍手しか起きなかった西部の街は、本当に温かい人が多かったんだなぁと今更ながら感じてしまう。
同じ隊の先輩方は、ミントさんやアンゼリカさん、マリ姫様との関係も勘違いしているので、今度こそ「エースは節操なし」と思いこんでしまったようだ。とりあえず私、社会的に死んだかもしれない。クレソンさんは、ほとんど皆の反応が気にならないらしく、ほぼ白目になった私をお姫様抱っこすると、そのまま北門へ向かっていった。
◇
「エース、大丈夫?」
誰のせいですか? という言葉と同時に、出されたお茶を飲み干して、ほっと一息つく。本来ならば、私が優勝したクレソンさんにお茶を出して労うべきところなのだけれど、この有体です。
さて、少し落ち着いてきたところで、クレソンさんへの質問タイムとまいりましょう。
「それにしてもクレソンさん、あの金の魔術って何なんですか? よく分からないけれど、すごかったです」
「あぁ、あれはね」
クレソンさんによると、基本的に金の魔術は、王族の威厳が強くなるような効果があるらしい。訓練すれば、人の心を支配する事もできるので、使いようによれば人を操ることもできる。まさに、王のための、王しか持ってはいけない魔術だ。
「以前から、王家の血筋は引いているからか素質はあったと思うんだ。でも、全く使えなくって。きっと、この青薔薇のお陰で才能が目覚めてしまったんだろうね」
クレソンさんの胸元にある青薔薇は、今も金の煌めきを放っている。まるで植物じゃなくて、人工知能をもった作り物みたい。その繊細さと華麗さに、ついつい見惚れてしまう。
クレソンさんは、持っていたカップをソーサーに戻した。
「ねぇ、エース。君のお陰で、僕の騎士団における存在感はとっても増したと思うよ。エースが応援してくれて、エースが短剣を魔道具化してくれたからこそ、命を落とすことなく勝てたんだ。だから今、ここに青薔薇があり、僕は王族に戻る道をまた一歩進むことができる。本当に、本当に、ありがとう」
「いえ、そんな。全ては、クレソンさん自身ががんばった結界ですよ。もっと自信をもってください。あなたはとても立派な王子です」
「エース……」
その時、二人きりだった北門の詰め所の扉が荒々しく開け放たれた。アンゼリカさんだ。
「支度の時間よ」
「あの、私、今日は白の魔術使いすぎて疲れてるので……」
「往生際悪いわね。私は騙されないわ! だいたい、これ程強固な結界を城に張り巡らせてもピンピンしている人が、闘技場一個浄化したぐらいで、へこたれるわけがないでしょ? 御託はいいから、さっさと行くわよ!」
そうですね。姐さんに逆らうなんて、軽く百年は早かったようです。
私は、事前の擦り合わせ通り、ぐったりとした顔で詰め所を出ると、そのままアンゼリカさん家の馬車に乗ってドナドナされた。後はクレソンさんが「エースは体調が悪くて、アンゼリカ副団長の実家で世話になっている」と隊長達に伝えてくれるだけだ。
アンゼリカさんによると、彼女のお屋敷にはミントさんのお知り合いのお医者様がいらして、私に一晩休むよう言ってくれるという設定になっているとのこと。他の細かなアリバイもしっかりと捏造してくれるそうなので、ありがたいやら、怖いやら。とりあえず、彼女は敵には回してはいけない人だと思う。
お屋敷に着くと、私の支度は光の速さでなされていった。お風呂に入れられて、ドレスを着て、お化粧して、髪を弄って。最近髪は肩先まで伸びてきて、後ろで一つに縛ったりしていたのだけれど、やっぱり色が特徴的なのでウィッグを装着することにした。胸元にはカモミールさんからいただいた守りの石のネックレスが輝いている。アンゼリカさんとそのお母様達が見立ててくれたコバルトブルーのドレスはめちゃめちゃ豪華なので、ネックレスと上手く釣り合いが取れているようだ。
コルセットを締めてドレスを着ると、騎士服を着る以上に気持ちが引き締まる。やっぱりこういう衣装って、ある意味女の子の戦闘服だよね!
すっかり武装が完了した私は、同じく支度を済ませたアンゼリカさんとは別々の馬車に乗って、少し遠回りしながらお城へ。アンゼリカさんはかなり身分の高いお方だから、公の場で私みたいな庶民を連れ歩くことはできないのだ。今回は寂しいけれど、他人を演じるしかない。
馬車は夜会の会場となるホールの入口まで乗り入れることができた。高いヒールがすっかりご無沙汰だった私は大助かりである。
「姫乃!」
馬車を降りると、すぐに私を呼ぶ声が飛んできた。
「ミントさん!」
ミントさんは、薄いグリーンの光沢のあるマーメイドドレス。なんで、こんなに身体の線を出しちゃってるんですか。深い胸の谷間に、キュッと引き締まった腰、形良く突き出たお尻は悩殺もの。その辺にいる騎士さん達なんて、目のやり場に困っているようだ。
「姫乃、可愛らしいわ」
語尾にハートマークをつけて褒めてくれるミントさん。今夜の私は、冒険者ギルド本部のギルドマスターであるミントさんが、最近目をつけている新人魔術師・姫乃という設定になっている。
ミントさんはエルフなのだけれど、実は王族と同じく世界樹と関わり合いの深い種族らしい。アンゼリカさんによると、そういったこともあって、私が異世界人だってことも含めて、様々な事情を既にご存知だったらしい。知ってるならもっと早く言ってよー、水臭いなぁと思ったのは内緒。
てなわけで、今の私は、姫乃として過ごすことができるのだ!
「あの、私、ちゃんと似合ってますかね? こんなの初めてですし、女の子の格好なんて久しぶりだから緊張します」
「大丈夫。どこからどう見ても可憐な淑女だわ! もう食べちゃいたいぐらい」
確かに、アンゼリカさんとこの侍女さん達がノリノリで仕上げてくれた異世界風盛りメイクは完璧だから、自分でもけっこう化けたなぁとは思う。だけど、食べるのはどうかご勘弁を。
ミントさんは私の失笑をスルーし、エスコートするように私の腕をとった。
イラスト急募!
エースの女子高生バージョンとか、騎士バージョンとか、異世界令嬢バージョンとかがあれば私、オカズがなくてもご飯三杯はいける。






