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55パニックになっちゃった

 目が覚めたら、視界に入ったのはクリーム色の天井だった。ここはどこだろう。耳を済ませると、人々の歓声が聞こえる。どうやら闘技場からそう離れていない場所のようだ。


「エース、大丈夫か?!」


 寝返りをうって、顔を横に向ける。若干ぼやけていた視界がクリアになると、そこにいた人の顔もはっきりと見えてきた。


「ラムズイヤーさん?」


「あーもう、お前、無茶するなよ?! ってか、予備の武器も無い上、体術もできないお前が槍を投げるとか、正真正銘の馬鹿か?」

「す、すみません」


 言葉遣いは荒いけれど、彼の手は壊れ物を扱うかのように、私の頭を撫でている。そのギャップが、彼の本心をよく現していた。とっても心配かけてしまったんだな。


「ここまで肝が冷えたのは初めてだ。クレソンなんて殺気を抑えきれなくなって、周辺にいた十数名の貴族が泡を吹いて倒れたんだぞ?!」

「……ほんとに、すみませんでした」


 知らない間に、たくさんの人へ迷惑をかけてしまっていたみたいだ。ちゃんと皆に謝りに行かなくっちゃ。私は慌てて体を起こそうとしたけれど、目眩がして思うように動けない。ラムズイヤーさんがそれを察して、背中を支えてくれた。


「でも、お前が白の魔術を使えて良かったよ。普通ならば、あんなパンチを受ければ、二度と人前に出られないぐらいに骨ごと顔を粉砕されていただろうに」

「彼、本気でしたからね」

「今、アンゼリカ副隊長から大目玉を食らってるみたいだぞ。あいつ、生きて帰れるかな」


 アンゼリカさん、怒ったら怖いからなぁ。デレると可愛らしいお嬢様なのだけど、騎士服を纒って剣を腰に下げると、足元からドライアイスの煙が立ち上ってくるかのような冷気を感じるのだ。


 と、他人事ではいられない。私もクレソンさんやアンゼリカさんのお叱りコースになりそうだな。もう二度と素人考えでの作戦なんて決行しない。これが試合じゃなかったら、私確実に死んでたよね。


 と、その時、群衆の歓声が最高潮に達した。クレソンさんが勝利したという声も響き渡る。


「これでクレソン様もベストフォーか」


 つまり、私が気を失っている間に三回戦まで終わってしまったということだ。ついでに言えば、ラムズイヤーさんもここにいるということは、どこかで敗退してしまったのね。二人の試合には応援しにいくはずだったのに、寝込んでしまってたなんて。不覚。


「さすがクレソンさんですよね」

「そうだな。だが、ここからは注意した方がいい」

「そうですね。騎士の中でもよりすぐりの強者ばかりが残っているでしょうから」

「いや、そういう意味じゃない」


 ラムズイヤーさんは、眉間に皺を刻んでこちらを見下ろした。


「宰相達が大人しすぎる。あまりにも怪しい」

「そうですね。今のところ、何の妨害も受けていません」


 普通に考えて、この騎士の祭典は宰相達反王派にとっても、ある種のチャンスであるはずだ。合法的に、ターゲットの騎士を潰すことができる。


「おそらく、奴らの第一の狙いはお前じゃない。エースは良い意味でも悪い意味でも宰相からは目をつけられているからな。そう簡単に死なせてくれないだろう」

「止めてくださいよ。私は門衛として、平和に長生きする予定なんです!」

「既に手遅れだと思うけどな」


 ラムズイヤーさんによると、今回ターゲットとされているのは、おそらくクレソンさんだと言う。最近彼は、旧知の方の元へ足繁く通っていた。それを宰相が知らないはずがない。元々クレソンさんのことは、殺す目的で第八騎士団第六部隊に押し込んでいたのも忘れてはならないだろう。ある一定の価値を見出されている私とは違い、不穏の芽になりつつあるクレソンさんをこの機会に殺そうと動くのは、想像に難くない。


「私にできること、何かありませんかね?」

「そうだな。次の試合が始まる前までに、激励の言葉でもかけてやれば?」


 でも、次にクレソンさんとまともに顔を合わすことができたのは、決勝戦の十分前だった。そう、クレソンさんは第四試合にも勝ったのだ!


 その対戦相手は、なんと日頃から一緒に鍛錬してる第八騎士団第六部隊の先輩。お互い手の内は知っているだけに、なかなか厳しい戦いになるんじゃないかな、と私は心配していたけれど、杞憂に終わった。一般的にクレソンさんと言えば、いつも皆と一緒の練習はサボりがちで、城の侍女さん達に愛想振りまくってばかりいるイメージが強い。軽薄で女好きの元王子。そのレッテルでしか見ていなかった対戦相手の先輩は、要するに油断していたのだ。


 勝負は一瞬。おそらく、私並みに動体視力が良い人でないと、何が起こったか分からなかったのではないだろうか。二人が使う武器は同じ剣。二人の影が重なった次の瞬間、先輩は地面に倒れ、そこから少し離れた所ではクレソンさんの優雅な立ち姿があった。


 その間にあったことは、二人の剣が紙一重で重なりそうになった瞬間、クレソンさんがもう一つの短剣で先輩の横腹を抉ったのだ。まるで手品みたい。


 クレソンさんは、すぐに先輩のところへ駆けつけて、救護班を呼び寄せていた。その紳士的行動にも会場は沸き上がり、貴族の女性達の声も一番大きくなった。


「クレソンさん、朝から戦い通しですから、くれぐれも無理しないでくださいね」


 クレソンさんは、私が陣中土産に持ってきたおにぎりを美味しそうに頬張っている。


「ありがとう。でも、ちょっと無理してでも勝ちたいなぁ」

「そうですね。頂点まで後一歩ですものね」

「ううん、エースのご褒美まで後一歩なんだよ」


 いよいよ決勝戦だというのに、こんな冗談まで言える余裕っぷり。やっぱりクレソンさんって凄いな。ここまで肝が座っているのは、さすが王子様と言ったところか。


 食べ終わってお茶を飲み干すと、クレソンさんは準備運動するように何度かジャンプした。


「じゃ、行ってくるよ」

「行ってらっしゃい!」


 なぜか今の私、新妻の気分です。ラムズイヤーさんが微妙な顔してこちらを見ているけれど、気にしてません。


 さて、決勝の対戦相手は第五騎士団の新人、ソレルさん。青薔薇祭開催時に宣誓を行っていた人だ。まさか決勝まで上がってくるなんて。ここまで強い人だとは思っていなかった。


「ラムズイヤーさん、あの方のことご存知ですか?」

「書類上はな」


 直接言葉は交わしたことがないらしいけど、彼独自の情報網で、一度引っかかったことのある人物らしい。なんでも、ハーヴィー王国の南東にある森で、怪しい動きをしているという情報があったらしい。


「ソレルは、元々騎士ではない。森の薬師だ。ただ、森という場所は往々にして魔物が多く、そこに住む者は必然的に強者となっていく」

「薬師って、珍しそうな職業ですね。なんで騎士なんかになったんでしょうか」

「さぁな。ソレルが騎士になったのはつい最近のことだ。なのに、宣誓までしているというのは、どこかの大きな力が働いているとは思わないか?」

「宰相の手先って、はっきり言ってくれていいですよ」


 どうせ今は、闘技場に二人の騎士が入場している途中で、見渡す限り全員が騒いでいる。誰も私達の本音トークなんて聞いていない。


「ラムズイヤーさんは、どう思います? クレソンさんよりもソレルさんは強いと思いますか?」

「強いだけならいいんだ」

「どういう意味ですか?」

「毒だ」


 ラムズイヤーさんは、低い声で囁いた。

 そっか。薬って毒にもなるから、その辺の知識は詳しそうだよね。


「ソレルの経歴を考えてもみろ。ただの強者ではない。今のところ、全ての対戦で妙な手は使っていないようだが、今回ばかりは分からない」

「そうですね。クレソンさん含め私も、魔術禁止だからいろいろ油断している状態です。物理攻撃への対抗手段はシミュレーションできていても、毒とかになると、もうどうすればいいのか」


 ラムズイヤーさんは、私の肩に手を置いた。


「いいか、エース。もちろん、クレソン様には優勝してもらいたい。だから、外野の手出しは絶対に駄目だ。ルール違反になるからは。でも、命を捨ててまで勝つ理由はどこにも無いんだ」


 つまり、最悪の事態になれば、私が結界を使ってクレソンさんを守れってことですね? 私は、ラムズイヤーさんだけに伝わるように、小さく頷き返して肯定した。



   ◇



 試合が始まった。ここに来て、これまでの戦いとは全く違う緊張感が闘技場内を支配している。というのも、二人とも微動だにしないのだ。ピリピリとした空気だけがそこに横たわり、誰にも次の展開を予想できなくなっている。ただ、どちらが先に動き、何をするのかが優勝の決め手となるのにちがいない。


 二人はただ立って、対峙している。気迫と気迫のぶつけ合いと言おうか。なぜか激しく動き回っている以上に目まぐるしい何かがやり取りされているようで。観客席に座る私は、瞬きする間すら惜しんで、必死に二人へ目を凝らした。


 先に動いたのは、ソレルさんだった。


 二人ともパワー系ではなく、どちらかと言えば技巧系だ。目にも止まらぬ剣戟のぶつけ合い。ある意味、息の合ったパフォーマンスにも見えるぐらいに互角。それが一分だろうか、二分だろうか。灰色と黒の残像に、ようやく目が慣れてきた頃、二人は再び距離をとって向かい合う。


 気づいたら、ソレルさんは頭から血を流していた。彼は忌々しそうに自分の血を騎士服の袖で拭うと、剣の持ち方を変えた。それまで、普通に両手で柄を握っていたのに、今は片方の掌を柄尻に押し当て、刃の切っ先をクレソンさんに向けるようにして肩口の辺りで構えている。


「妙な構えだ」

「そういう流派なんでしょうか?」

「いや、違う」


 隣に立つラムズイヤーさんは、観客席の手摺を握る手に力を込めた。


「あれはおそらく、剣として使おうとはしていない。きっと」


 その時、ソレルさんの剣から黒い煙が立ち込めてきた。


「魔道具だ!」

「え?」

「エース、今すぐ闘技場の客席に結界をかけろ! あれは黒の魔術だぞ!」


 ラムズイヤーさんの声は、またたく間に周辺に座る貴族達へ伝わっていった。音速で進む伝言ゲーム。それ程までに、黒の魔術とは恐ろしい禁忌の業なのだ。闘技場内は、早くその場から立ち去りたい人々が一斉に立ち上がり、パニック状態に陥った。四カ所しかない出入口付近はすぐにすし詰め状態になっている。あ、北の方では人が将棋倒しになってしまった。いや、そんなことよりも――。


「クレソンさん!」



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