54負けちゃった
青薔薇祭。ハーヴィー王国の貴族のみならず、周辺諸国の貴族もたくさん押しかけてくる大イベントだ。一般庶民は直接試合を見に来ることはできないのだけれど、結果は下町で賭けの対象になっているとか。私って、どんな評価になってるんだろうな。知りたいような、知りたくないような、やっぱり怖いものみたさで知りたいような。
城内を歩いていくと、着飾った紳士淑女で溢れ、いつもよりも華やかな雰囲気になっている。マリ姫様生誕式典の時よりも人数が多いのではなかろうか。それも女性が多い。どうやら祭りで良い成績を収めた騎士は、こういった他国の貴族の女性をお嫁さんにもらえるという慣習があるらしい。確かに、強い男性って魅力だよね。
ってなると、もしかして私、ピンチ? クレソンさんは優勝を狙っているし、きっと宣言どおり優勝してくれると私は信じている。となると、私みたいな出自不明の馬の骨ではなく、由緒正しいお家柄の美人なお姉様方がクレソンさんを掻っ攫って行くんじゃ……。悪夢だわ。
「エース、大丈夫? 何だか顔色がわるいよ?」
隣を歩いていたクレソンさんが、急に立ち止まった。
「いえ、大丈夫です」
「調子が悪いなら、無理しなくていいんだよ?」
いつも通り優しいな。その時、少し離れたところから黄色い声が聞こえてきた。ここから中庭を挟んで向こう側にある廊下にいる貴族のお姉様方だ。きっとクレソンさんを見て騒いでいるのだろう。
「クレソンさんも、あぁいう綺麗なお姉さんの方が好きですよね」
「そんな心配してたの? 僕はエース一筋なのに」
うっとりするぐらい艶のあるボイス。ほら、またあちらのお姉様方か喜んでる。ん? 喜んでるですって?!
「あれは禁じられた恋なのよ。美しいわ」
「絶対、あっちの若い殿方の方が受けなのよ」
「いえ、ベッドの上では逆ということもあり得るわ!」
「まさか、物語の中のだけでしか見られなかった道ならぬ男性同士の恋を、生で見られる日が来るなんて……」
「私、祭りに来れて本当に良かったわ!」
なるほど。あのお姉様方は、腐の字のつくお方達なのですね。あまり喜ばしくない状況にも関わらず、どことなくモヤモヤが晴れて溜飲も落ちた私。一方クレソンさんは、苦笑いです。
「さ、エース。そろそろ闘技場に急ごうか」
「はい!」
いよいよ、青薔薇祭の開幕だ!
天高く突き抜けるような青空。私の気合も十分だ。
◇
闘技場に到着すると、既に大勢の騎士でごった返していた。知っている人は、あまり見かけない。第三から第六の騎士団の方が圧倒的に所属する騎士の人数が多いからだろう。
ディル班長を始め、うちの隊の偉い方達からは、昨日のうちにしっかりと激励を受けている。残念ながら隊長達は、手薄となってしまう東西南北の門を守るために、試合を見に来ることができないのだ。若干プレッシャーが減るものの、雄姿を見てもらえないのは、ちょっぴり寂しかったりもする。
闘技場はとても広い。前にタラゴンさんと対戦した時にも感じたことだけれど、これだけ多くの騎士が入っても、まだまだ余裕があるぐらいの広大なフィールドだ。
と、その時、闘技場北側の少し高くなった舞台みたいな所に、誰かが登ってきた。あ、あの紺色の騎士服。きっと第一騎士団の人にちがいない。と思っていたら、周りが急にざわつき始めた。どうやら彼は、第一騎士団の団長さんらしい。
「只今から、青薔薇祭を執り行う」
よく通る低音ボイスが、闘技場内に突き抜けた。ギャラリーで満員になっている観客席からは拍手が巻き起こる。
第一騎士団の団長さんは、ひとしきり定型の挨拶を述べた後、騎士の宣誓を行うと言った。そして現れたのは、王様。まだ一度しか会ったことはないけれど、前と変わらず穏やかな雰囲気のお方だ。でも、無骨な騎士たちを前にして、少し縮んで見える。
宣誓したのは、第五騎士団のソレルという男性だった。くすんだ水色に近いグレー騎士服。小麦色の髪は長く、後ろの方で束ねて三つ編みにしてある。あまり武道は嗜まないタイプに見えるけど、代表になるのだから、きっと強いんだろうな。と、私は他人事のように思いながら、遠くから宣誓を見守っていた。
お次は、早速第一回戦だ。先程まで整列していた騎士達が、闘技場内に散っていく。それぞれが自ら得意とする武器を持ち、闘志を燃やしていた。
私もこの一ヶ月程は、自分なりに稽古を積んで、アンゼリカさんにも多少のノウハウを叩き込んでもらった。オレガノ隊長やディル班長とも模擬戦をした。正直言って、二人とも強すぎるから一瞬で勝負がついちゃって、あまり参考にはならなったけどね。
今から始まる一回戦は、魔術の使用を許可されている。まずは、ここを勝ち上がらなくては! 私は、全身に魔力を巡らせた。
「それでは、始め!」
第一騎士団の団長の声と共に、彼の指先から開始の合図の魔術が、花火みたいに打ち上げられる。
その音が終わるか終わらないかの刹那。私は、フルスロットルで待機させていた白の魔術を一気に開放した。
『第十二制限装置解除』
気がつくと、私は高さ五メートル、直径十メートルぐらいの半球状の結界の中央に立っていた。結界の外の音は、全く聞こえない。もしかして、すっごく強い結界を張ってしまったのかな?
その予想は正解だった。直撃したら確実に死ぬと思われる、大きな砲丸が飛んできたのだ。思わず、頭を抱えて座り込んだけれど、攻撃を受けたはずの結界はビクともしない。お次は弓矢の嵐だ。あらゆる角度から豪雨のように降ってくる。けれど、それらも全て跳ね返り、矢は折れてどこかへ行ってしまう。
辺りを見渡すと、全方向で血生臭い闘いが繰り広げられていた。私は、その場に三角座りしながら、そういう映画を見ているかのような錯覚に陥りながら呆然としてしまう。
と、その時、素手で格闘していた騎士の一人がこちらへ投げ飛ばされてきた。危ない! と思ったら、物凄い衝撃と共にその人は地面を何度かバウンドし、動かなくなってしまう。まさか……死んじゃった?! 試合を見守っていた第一騎士団の人は、私と同じことを考えたのかこちらへやってきた。まず、倒れた人の首筋に手をやり、脈を確認すると、ほっとしたように肩をおろしていた。その反応を見るに、お亡くなりにはなっていないようだ。
良かった。この闘技場では殺しが禁じられているので、うっかりお縄になるところだった。と、胸をなでおろしていたのも束の間。また誰かが投げ飛ばされてきた。またもや、地面に転がり落ちると動かなくなってしまう。
あれ?
私は薄く白い光を放つ結界越しに、倒れた男性を観察した。
「え、寝てる?」
それは、気絶しているとは思えない顔つきだった。テロップを流すならば、「むにゃむにゃ」か「すぴー」辺りが妥当だと思う。どう見ても、幸せそうな夢を見て、涎を垂らしながら安眠しているのだ。何これ、変な人。
けれど、変なのは飛んできた騎士さん達ではなかった。その後も、結界にぶち当たってしまった人達は、総じて眠りこけていたのだ。
もしかして、この結界のせい?
私は、倒れている騎士さんが、周囲の戦闘の巻き添えを食らわないよう、個別に小さな結界で包んで守ってあげることにした。私、何やってるんだろうな。完全に救護班である。
そうして、次第に闘技場内には、立っていられる人の数が数えられる程にまで減ってきた。見渡す限り、負傷したり、降参して伸びている騎士さん達の屍のような姿ばかり。ずっと結界というシェルターに閉じこもっていた私は、明らかに場違い感がある。さて、これからどうしようか、と思っていたら、再び開始の時の同じ火花が空高く上がった。
あ、終わったんだ。
また、ほぼ戦わずして勝ってしまったな。
残った人影を数えてみると、私を入れてちょうど十六人。騎士服の色から推測すると、第四騎士団から四人、第五と第七からは一人ずつ。残りは第八騎士団第六部隊だ。ちなみに、第五の騎士は宣誓してたソレルさんだと思われる。
気がついたら、遠くの方で、クレソンさんとラムズイヤーさんがこちらに向かって手を振っていた。私も思いっきり振り返す。
ここまでは、あくまでも前哨戦。次、二回戦からがようやく本番だ。さて、私の初戦の相手は誰になるのかな? 対戦の組はくじ引きで決まるらしい。
◇
私の対戦相手は、第七騎士団の方になった。名前はステビアさんと言って、まだ新人だ。茶褐色の髪と特徴のない感じのどこにでもいそうな顔の人。立ち姿はどことなくやる気が無さそうに見えたのに、普通に強かった。
結果から言おう。
私、負けた。
初動は良かったのだ。相手はクレソンさんが持ってるみたいな細い剣。開始の合図があった瞬間、消えた相手の人影を私は見切ることができた。ワープしたんじゃない? と思えるぐらいの速さで、遠くへ飛んでいったステビアさんを私は追う。今の私は、運動神経が良くなっているからね。
ここで、お互いに初めの一撃を繰り出す。私は渾身の突き。ステビアさんも、電光石火の剣による突き。私は、皮一枚のギリギリのところで、何とか彼の攻撃を躱すことができた。ステビアさんは、持ってる武器のリーチが短いのに、いつの間にか私の間合いに入り込んで剣を突き出していたのだ。やっぱり、動きが速いだけじゃ勝てない。アンゼリカさんからも口酸っぱく言われていたように、闘気や気配を遮断した動きが大切だったのだ。
相手は、私のあらゆるところを観察していて、次の動きを適確に読み、どんどん逃げ場を無くしていく。私はあたふたすることしかできない。すぐに防戦一辺倒になってしまった。
これじゃ駄目だ。ふと、オレガノ隊長とクレソンさんの顔を思い出す。私は、賭けに出ることにした。
私の槍。あれから、試しに白魔術を重ねがけしてみたら、結界以外の物にも効果のあるの強い穂先になったのだ。クレソンさんが持っているオリハルコン製の短刀とも良い勝負になるぐらいの強度。てか、その短刀は国宝の一つらしいので、ミシミシ音がした時点でその強さを試すのは止めておいたのだけどね。だから、本当はどちらの方が強度があるのかは謎のまま。
その槍を、ステビアさんの剣に当てる。これまでは、彼の体ばかりに当てようとしていたけれど、まずは武器破壊だ。さすがのステビアさんも剣が使い物にならなくなれば、戦う手立てがなくなってしまって困るだろう。
私は、彼を油断させようと思って後方に飛び退き、降参寸前の弱々しい表情をしてみせる。うふふ。女は女優になれるのよ。すると、ステビアさんが初めて口を開いた。
「お前みたいな弱い奴が、アンゼリカ様のお気に入りだなんて許さないぞ!」
彼の剣捌きには、無気力な中にも若干の刺々しさを感じていた。なるほど。そういうことだったのね! 私はニヤニヤするのを必死で堪えて、重心を低くし、真っ直ぐ彼の方へと槍の穂先を向ける。
「来ないなら、こっちから行くぞ!」
ステビアさんは、相当苛立っているようだ。闘いは、どこまで冷静さを維持できるかも勝負の一つ。私は、十分にステビアさんをこちらに引き付けてから、右足で思いっきり土を蹴った。
「油断してるのは、どっちですか?!」
オレガノ隊長とアンゼリカさんに隠れて、こそこそ練習していた成果を見せてやる!
私はしっかりと左足を踏み切ると同時。体を捻って遠心力を作り出し、その勢いで右腕をブンッと目に見えないぐらいの速さで回転させる。槍は、正に神速でステビアさんへ向かって飛んでいった。まるで槍自体が意思を持っているかのように、考えていた通りの軌道から一ミリたりともブレることなく、まっすぐ突き抜けていく。
ステビアさんは、すぐさまそれを見切ったようだ。目をカッと開いて、槍を跳ね飛ばす構えをする。予想通りだ。今の彼ならば、単純に槍の軌道上から避けるのではなく、真っ向から受け止めてくれると思っていたのだ。きっと、自らの剣で受け止めるつもりなのだろう。それが私の策とも知らずに。
私が槍を放って、一秒足らず。ステビアさんの胸元で、銀色の物が弾けた。剣は折れたのではない。粉砕されて塵になり、彼の胸元を漂っている。ステビアさんも、しばし呆然としている。我ながら、凄い威力だった。
これで、彼の武器は無い。ここからは私の土壇場だよ! って、あれ? 私の槍は?
目を凝らすと、闘技場の隅、観客席とフィールドの境目にある壁に突き刺さっているではないか! あそこまで行って槍を取り戻してくるのは、さすがの私も時間がかかる。つまり、今の私はステビアさんと同じ丸腰だったのだ。
私の顔が青くなった時には、すっかり立ち直ったステビアさんが眼前に迫っていた。
「武器破壊ぐらいで調子に乗るな! 俺は肉弾戦も得意なんだからな!」
あ、ステビアさんに殴り飛ばされる。と思った時には、私の体は白い光で包まれていた。そのまま宙を舞う。あ、空が青くて綺麗だな。そんなどうでもいいことを考えながら、私は自動発生した白魔術の結界クッションに守られて地面に着陸した。地面に直接寝転ぶなんて、いつぶりだろう。
あぁ、空が遠い。手を伸ばしても、その青に触れることもできなくて。
こうして私は、うっかり魔術を使って反則してしまった上、精神的にも戦闘不能となり、二回戦で敗退することになったのであった。
オレガノ隊長、アンゼリカさん、クレソンさん、私、やっぱり甘かったみたいです。
私は眠るように目を閉じた。






