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53青薔薇のことを知っちゃった

 オレガノ隊長との飲み会は楽しかった。初めて歩く夜の異世界城下町。いつもはこの時間帯に出かける時は、アンゼリカさん家の馬車に乗ることが多いので、とっても新鮮。日本みたいにネオンとかは無い代わりに、店頭のランタンがオレンジの温かな光をこちらに投げかけている。賑やかな笑い声が通りにまで響いていて、こちらまで陽気な気分になってしまうのだ。


 オレガノ隊長の行きつけは、堅物親父って感じのマスターと、気風の良い美人なお姉さんが看板娘を務める川沿いの店だった。少し古めかしい佇まいで、隠れ家的な雰囲気もある。


 私はクレソンさんから「酒は飲むな」と釘を刺されていたのでフルーツミックスジュースを注文した。周りのお客さんからは馬鹿にされてしまったけれど、オレガノ隊長とラムズイヤーさんは「エースだからなぁ」と言って許してくれる。どうせお子様ですよーだっ! ちなみに、クレソンさんも隊長に誘われてたのだけれど断っていた。ディル班長を巻き込んで何か新しい事を始めようとしてるみたいなので、忙しいのだ。


「で、エース。青薔薇祭については、どれぐらい聞いた?」


 オレガノ隊長は、すっかりラベンダーさんのことから立ち直ったらしい。私に焼き鳥を一本分けてくれると、エールを水みたいに飲み干しながら尋ねてきた。


 私は、もらった焼き鳥を串から一口分引き抜いて咀嚼する。このタレ、美味しい!


「魔術禁止ってことと、一回戦は特別ってことぐらいですね」

「じゃ、エースは肝心なことをまだ知らないんだね」


 隣に座るラムズイヤーさんが、やれやれといった顔をする。ん? 他にも特殊ルールがあるの?


「ねぇ、エース。なぜ、皆が祭りに向けて一生懸命鍛錬を重ねているんだと思う?」


 ううん、分からない。私は首を横に振った。


「もしかして青薔薇祭って、優勝したら何か貰えたりするんですか?」

「その通り」


 ラムズイヤーさんはため息をつきつつ、説明してくれた。

 青薔薇祭って、優勝すると祭りの名前の通り、青薔薇がもらえるらしい。青薔薇は世界樹の祝福を受けた花で、王家専用の庭にこの時期にだけ咲く花なんだって。しかも一輪しかないらしい。めっちゃ貴重な花だよね。その花を胸につけると、魔術の力がアップする効果があるらしいから、そりゃあ景品にもなるはずだ。


「それは魅力的ですね。私も魔術使っていいんだったら、優勝狙えたかなぁ」

「エース、そんな弱気になるな。青薔薇祭での勝利は騎士の誉れだ。確かに魔術は禁止されているが、魔道具化した槍は使えるんだから、ちゃんと全力を尽くせ。決して手は抜くな」

「え?」


 魔道具オーケーなの?! 

 私はてっきり魔道具も駄目だと思って、今朝は騎士団の練習場にある普通の槍で稽古していたのに。


「じゃ、いつもの槍を使って戦えるんですね?!」

「そうだ。たいていの騎士は、日頃から魔道具化した武具を使っているからな。できるだけコンディションをいつもと同じにできるように、例外的に許されている」

「わぁ、それ、もっと早く知りたかったです」

「たぶんクレソンは、エースにあまり勝ち上がってほしくないんだろうね。早めに敗退しておいた方が、危険は少ないと思ってるんじゃないかな。あの人、結構エースに過保護だからさ」


 ラムズイヤーさんはやんわりと彼の主をフォローするが、オレガノ隊長は「クレソンめ」と悪態をついている。


「てことは、私の槍も、もっと魔道具として性能を上げておいた方がいいですよね?」

「そうなるな。でも、そんなことできるのか? 熟練の職人でも、なかなかできないことだぞ」


 オレガノ隊長がそう言うということは、魔道具って本来作るのはとても難しいことなのだろう。私も言ってみたものの、本当にできるかどうか分からない。でも、何事も一度は試してみなきゃね。明日の朝、やってみよう。



   ◇



 その後、オレガノ隊長とは夜十時近くになって解散した。私とラムズイヤーさんは、連れ立って城にある騎士寮へ向かって歩いていく。


 途中、ラムズイヤーさんがは近道しようと言って、人気のない路地へ入っていった。私ははぐれないように、早足でその後を追う。


「なぁ、エース」


 ラムズイヤーさんが、急に立ち止まった。辺りは暗くて、どこからか飛んできた枯れ葉が私の頬を掠めていく。


「何ですか?」

「正直に答えてくれ」


 前にいるラムズイヤーさんが、ゆっくりとこちらを振り返る。


「エース。お前、女だな?」


 路地を冷たい風が吹き抜けた。

 喉に何かが挟まったかのように、突然息がしづらくなる。


「私は」


 どうしよう。またバレてしまった。


 私は一瞬身震いする。こんな雰囲気は、初めてだ。今までバレてしまった時は、いつも相手の人が初めから私の秘密を守ることを前提としてくれていた。けれど、今のラムズイヤーさんからは、全然そんな感じが伝わってこない。明らかに怒っている。


 これまで、ラムズイヤーさんにもお世話になってきた。信頼できる先輩。そして、クレソンさんの王子時代からの側近。でもそれと、私が女でありながら第八騎士団第六部隊に所属することを許すのとは別だろう。


「ラムズイヤーさん、私」


 彼には嘘をつきたくない。でも、自分の居場所を無くすわけにもいかない。だから、答えたいのに答えられない。


「エース、答えられないってことは、そうなんだな?」


 私は無言を貫く。歯を食いしばる。


「クレソン様は、お前を大切にしている。おそらく、本気だ。お前はどうなんだ? ちゃんとクレソン様に報いることができるのか? 俺は、ただ珍しい魔術ができるだけの騎士なんてクレソン様には必要ないと思っている。クレソン様にとって、お前が弱点の一つにしかならないのであれば、俺は排除せねばならない」

「私は!」


 気づいたら、私は大声を出していた。


「私は、本気です。私は本当にイレギュラーな存在だってこと、分かってるんです。そもそも私、この世界の人間じゃありませんし。それでも! 私はクレソンさんの側にいたいです。必ず役に立ってみせます」


 ラムズイヤーさんは、何かを見定めるように、目を細めてこちらをじっと眺めていた。


「そうか。エース、脅すようなことして悪かったな」

「いいえ」

「俺は、クレソン様を必ず王にしてみせる。エースも力を貸してくれ」

「はい。もちろん」

「それから、最後に。イチャつくのは、人目が無いところにしろ」


 私の顔が真っ赤になったと同時。いつも通りの雰囲気でニヤリと笑ったラムズイヤーさんは、私に手を差し出した。


「こんな所へ連れて来られて怖かっただろう? お前の秘密を守ってやりたかったからなんだ。悪く思わないでくれ」


 そして私の左手を優しく握ると、彼にしては狭めの歩幅で歩き始める。そっか。今の私は、女の子扱いされてるのか。それに気付いて、ついつい頬が緩んでしまう。時折月明かりに照らし出されるラムズイヤーさんの顔も、ちょっと照れているように見えた。


 ラムズイヤーさん、やっぱりいい人だな。


 今夜は満月。大通りに出てからの帰り道は、柔らかな光で満たされていて穏やかだった。



   ◇



「ただいま!」


 寮に戻ってると、クレソンさんも部屋に帰ってきていた。


「おかえり、エース」


 クレソンさんが、とろけるような笑顔になる。でも、次の瞬間、目つきが剣呑なものになってしまった。


「ラムと二人きりだったの?」

「はい。オレガノ隊長はもう一軒行って、もっと良い女性を探すと言ってました」


 オレガノ隊長、タフだよね。この切り替えの良さ、見習いたい。


「だったら仕方ないか。ラム、エースに変なことしたら承知しないからな?」

「クレソン様、そんな大声を出しては廊下に響きます」


 ラムズイヤーさんは苦笑しながら部屋に入ってくると、きっちりと扉を閉めた。


「クレソン様のお姫様は、帰り道のエスコートしかしてませんよ」

「それならいい。エースは、将来王妃になるのだから、俺と同じぐらい丁重に接しろよ?」


 んな無茶な。ほーら、ラムズイヤーさんも呆れた顔してるよ。


「王妃……そこまで話が進んでるなら、なんで彼女が女だってこと、もっと早く教えてくれなかったんですか!」

「教えたら、お前にエースを取られるかもしれないだろ?」

「俺はもっと女らしい人が好みなので、心配無用です」


 ラムズイヤーさん、さりげなく失礼だよ。私は、自分の胸を見下ろして悲しい気持ちになる。


「それならいいが、今後も変な気は起こすなよ。エース、アレを見せてやれ」


 私は胸元に隠していた、守りの石のネックレスを引っ張り出した。


「これは……! もしや、国宝の装飾品では」

「そうだ。お祖母様が直々にエースへ託したんだ」


 なぜか得意げなクレソンさん。ラムズイヤーさんは、頭に手を当てて深いため息をついていた。正に、苦労する側近の図。なんか、いろいろごめんなさい。私、これからもラムズイヤーさんには優しくするよ。




 こんなハプニングがありながらも、毎日は飛ぶように過ぎていった。いよいよ、青薔薇祭の当日である。






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