35来ちゃった
「何でここにいるの?」
あまりにびっくりしすぎて、ついつい幼馴染モードになる私。
「愛しの騎士様に会いにまいりましたの。ご迷惑でしたか?」
小首を傾げて上目遣いをするマリ姫様。こら、衛介、可愛こぶるんじゃない! と憤るわけにもいかず、私は頬を引き攣らせながら恭しく騎士の礼をとる。
「これはこれはマリ姫様、わざわざ私しめのためになどとおっしゃってくださるなんて、お茶目な方ですね。うっかり勘違いしてしまいそうになります」
「こっちの気も知らずに……」
ん? 今、マリ姫様、何か言った? 一瞬彼女の顔が曇ったような気がしたけれど、勘違いだろうか。もう今は、さっきのことが嘘みたいに、目をキラキラ輝かせてほほ笑んでいる。
「それで、エース。私に隠れて何を召し上がっていたのかしら? このお店、私好みの香りが充満しているのですけれど」
ここは宴会をしていた宿屋の店先。さっきは料理が足りなくなったため、宿屋の女将とコックに頼み込んで急遽キッチンに立たせてもらったのは確か。そして、騎士団から提供されたマーブルスネークを捌いて焼き上げ、甘めのタレに絡めて出したところ大好評! 所謂、焼き鳥に近い感じだね。マーブルスネークは鶏肉に近いけれど、ササミに似たあっさり味を。しかも、触感は柔らかい。コクのあるタレをつけると、ついつい手が止まらなくなる絶品だ。
となると、あっという間になくなってしまって、今は芳しい香りだけが残っているというこの現実。どうやってマリ姫様に話そうか。店員風に「本日はご好評につき売り切れました!」とかでいいかな? とりあえず日本人の十八番、笑って誤魔化すを実行しよう。
気づいたら、いつの間にか野次馬の人垣に取り囲まれていた。あちらこちらから、「エース、また何かやらかしたのか?」「この超絶美少女は誰なんだ?」と聞こえてくる。
そりゃあそうだよね。王家の紋章が入った巨大な馬車がやってきたのは、五分程前のこと。まずラベンダーさんが出てきて、周辺を厳しく警戒するように見渡した。その後、彼女に手を引かれてゆっくりと出てきたのは、目を見張るほどの美少女だったのだ。
「エース、焼き鳥食べさせて」
「はい。かしこまりました」
って答えるしかないじゃないですか。相手は姫ですよ?
仕方なく、マーブルスネーク以外にも良さげな肉がないか、宿屋の女将さんに相談。今日はダンジョンに結界を張ってめでたいし、騎士団や冒険者が大入りで店が儲かっているので、特別にとっておきを出してくれると言う。何かな?とドキドキしながら待っていると、宝箱みたいな物が引きずり出されてきた。
「これは、私が若い時に狩ったクラーケンだよ。ずっと氷の魔術をかけて保存してあったのさ」
ここのような内陸部の土地では、海辺で捕れた魔物が貴重品になる。それにしても、もしかして女将さんって元冒険者なのかな? クラーケンと聞いた騎士や冒険者達は大騒ぎしているけれど、これはマリ姫様に献上するものですからね!
クラーケンといえば、要するにイカだ。鶏肉からはかけ離れてしまったけれど、日本が懐かしくなるような味は再現してみせる。
まずは、クラーケンの解体。これはお宿のコックさんが現役冒険者顔負けの剣捌きでスパーンと手頃な大きさに分割してくれた。ちょっと、マグロの解体ショーを思い出させるものがある。その次はお豆由来の醤油に似た調味料と、お酒、はちみつ、お砂糖を混ぜ混ぜして、クラーケンと一緒に鍋でコトコトしっかりと煮込む。すると、テラテラと艶の良いイカ焼き……ならぬクラーケン焼きの出来上がり! 本当は葱かマヨネーズをかけたいところだけれど、それは無いのでこのままで我慢だ。
「おまちどー!」
私、気分はすっかり屋台のおっちゃんです。マリ姫様は胸元で小さく拍手すると、ラベンダーさんがいつの間にか用意した食器とカトラリーで上品に食べ始めた。
もぐもぐ。もぐもぐもぐ。
皆が見守る中、一人もくもくとお召し上がりになるマリ姫様。で、味はどうなのよ?
「おかわり!」
ってことはお口に合ったのかな? 私は、クラーケン焼きの串をもう一本お皿に載せてさしあげる。マリ姫様はすっかり上機嫌だ。
「エース、この前のパウンドケーキも美味でしたが、本日のお料理も素晴らしいものでしたわ」
あれ? 私、マリ姫様にパウンドケーキをお出ししたことはないはず。確か、クレソンさんのために作りおきしていたものを部屋に残していたものの、何の反応もなくて……あ、もしかして?!
マリ姫様は悪戯っぽくクスクス笑っている。
「あれは、私の手の者に頼んで回収させていただいたわ。私に隠れて作った罰よ。そしたら、とあるお方がおかんむりになってしまってね? 仕方がないから、ちょっとした話し合いをさせていただいたの」
うわぁ。マリ姫様ってそういえば偉い人だもの。権限振りかざせば何でもできちゃうよね。知らない人に食べられるよりもマシだけど、なんか嫌だ。それにしても、私のパウンドケーキが姫様に奪われて怒ってくれる人なんているかしら。クレソンさんとディル班長ぐらいかな? お城に戻ったら必ず謝っておかなくては……と私が焦っているというのに、マリ姫様はマイペースにクラーケン焼きを頬張っている。そして、全てを食べきった瞬間のことだった。
「さて、そろそろゲストをお呼びしましょうね。お兄様! いつまで隠れてらっしゃるの?」
すると、モーゼが海を割るかのように人垣の一角に道が開けた。そこをゆっくりとした足取りで近づいてくる男性が一人。嬉しそうで、それでいて泣きそうで、感極まったかのような表情。それは、紛れもなく本物のクレソンさん。
「エース」
「クレソンさん」
私は、騎士服の上につけていた宿屋のエプロンを慌てて外した。
どうしよう。どんな顔をしたらいいのか分からない。どうして彼がここにいるのかも分からないし。でも何より、こうしてまた目を合わせてくれたこと。そして、心底幸せそうな蕩ける笑顔を私に向けてくれること。それらが私を天にも登る気持ちにさせてくれる。だから、皆が居る場所にも関わらず、私は本音を曝け出してしまった。それはクレソンさんも同じで。
「ずっと会いたくて、会いたくて……」
「僕もエースに会いたくて、我慢できなくて、ローズマリーにひと芝居打ってもらって、ここまで来てしまった」
「クレソンさん、ありがとうございます」
「エース、僕は謝らなくちゃいけない」
「いえ、それは私の方が。もうクレソンさんに嫌われてしまったと思ってました」
「僕も同じことを思ってたよ」
「そうなんですか?」
「うん。エースだけには嫌われたくない。むしろ……」
「待って、クレソンさん」
あの時クレソンさんは、私に好きって言ってくれた。まだ完全に同じ熱量の言葉をお返しすることはできないかもしれない。だけど、これだけは言える。私も、クレソンさんのことを――。
「お慕いしています」
私は騎士らしくクレソンさんの足元に跪くと、剣の代わりに白魔術の光を彼に捧げた。王子であるクレソンさんは、何でも持っている。だから、私が新たにお渡しできるものと言えば、この力しかないだろう。私は、彼を守りたい。できることならば、独占したい。
私は、結界をかけるのと同じ要領で、手に魔力を集中させ、光を少し発散させた。なのにどうしたことだろう。
『第九制限装置解除』
いつものアレが頭の中に響くと同時に、クレソンさんに何らかの結界がかかってしまったのだ。私は、親愛の証として白い光を見せただけのつもりだったのに。クレソンさんは、自分の体が仄かに白く光るのを、何度も瞬きしながら不思議そうに眺めた。しばらくすると、光はクレソンさんの中に吸い込まれるようにして消えてしまう。
「エース。今の君の気持ちは、確かに受け取ったよ」
その言葉が終わった瞬間、それまで静かに私達を見守っていた店内が一気に沸いた。
「すげぇ、スクープだ! クレソン王子がついに両想い!」
「野郎と野郎なのに、なんであんまり気持ち悪くないんだ?」
「いや、これは単に王子が唯一無二の側近を手に入れた瞬間って奴だろ?」
「俺は許さないぞ。これだけ美味い飯作れるなら、俺の嫁になれ!」
「バーカ。女でもお前みたいな奴はお断りだ!」
えっと、とりあえず、私はまた何かやらかしてしまったっぽい。ふと冷たい視線を感じて振り向くと、アンゼリカさんが丸めた『ハヴィリータイムズ』を片手に深いため息をついていた。
「エース、また記事に載っても知らないわよ? 幸い、男性カップルを取り締まる法律は無いから、スキャンダルからの退団にはならないと思うけれど」
退団?! そればかりはご勘弁を!
しかし、これは後々功を奏すことになる。
ひっきりなしに届いていた、貴族の子女との見合い話や養子縁組の話がパタリと途絶え、コリアンダー副隊長が大喜びし、トリカブート宰相は、私のことをマリ姫様を誑し込む男から、ただのコック、たまに騎士、という認識に変化させたのだった。
でも、クレソンさんは男色だという間違った認識が世間に広まってしまい、やはり私は反省することになる。
◇
そんな騒ぎがあったものの、無事に帰りの途に着いた私達。冒険者や第四騎士団の方々からもらったお土産は、アンゼリカさんの実家の馬車に積み、私はマリ姫様のお招きで王家の馬車に乗せてもらっている。もちろんクレソンさんも一緒だ。
どうやらマリ姫様は、カモミールさんやラベンダーさんにおねだりして、こっそりお城から抜け出してきたらしい。宰相に見つかったら大変なので、帰り道も大急ぎ。夜通し移動することになる。クレソンさんは、一応マリ姫様たっての希望で護衛についた、ということになっているらしい。実際は、パウンドケーキ絡みの話し合いで、クレソンさんがもぎ取った権利だったみたいだけれどね。
王家の馬車は、アンゼリカさんの馬車よりも豪華だ。中の内装や広さはもちろんだけれど、揺れがほとんど無い。これは古い魔術で制御されているからだそうだ。
私は、クレソンさんの隣に座って外を眺めていた。向かい側にはうたた寝するマリ姫様とラベンダーさん。クレソンさんも寝ちゃったかな?と思って横を見ると、かろうじて起きているようだった。
「これ、やっぱり結界だよね?」
クレソンさんは、自分の腕を撫でている。もう外からは何も光は見えないのだけれど、クレソンさん自身は何かを感じているらしい。
「はい。実は、半分無意識にかけてしまったものなので、解くことができないんです。すみません」
この結界は第九制限装置まで解除されてできあがったものの、未だにどんな特徴があるのかが分からないのだ。私がクレソンさんのことを想いながらかけたものだから、悪いものではないと思うのだけれど。
クレソンさんは、そっと私の頭を撫でた。
「謝らないで。いつも君に抱き締められて、包まれているみたいで嬉しいから」
クレソン、今は完全に私のことを女の子だって知ってるんだよね。その上で、こうやって気安く触れてくれるなんて。どうしても意識してしまって、私の顔はのぼせ上がってしまった。けれど、次の言葉に私は一気に現実へ引き戻される。
「実は、ローズマリー……いや、衛介といろんな話をしたんだ」
「私のことも?」
「そう。西部の街へ着くまでの馬車の中で聞いたよ。彼自身のことも、世界樹のことも。そして」
クレソンさんが私の顔を覗き込む。
「姫乃のことも」
クレソンさんの顔が近い。これ、普通の馬車だったら、ちょっと揺れた時にうっかりキスしちゃうぐらいに近い。しかも目の前には幼馴染と私をライバル視する侍女さん。恥ずかしー。
そこへ、クレソンさんがさらに追い打ちをかける。
「城に戻ったら、また同室で生活できるのが嬉しいよ」
クレソンさん、たぶん毎日裸で寝てるんだよね。そこから薄いカーテン二枚隔てたところに寝る女の子の私。んー、現実逃避したくなるぐらい刺激的。
私の心臓、壊れそう。
今回はいつもより恋愛小説っぽくなった……はず。
本当はもっと糖分を高めたいのですが、なかなかままなりません。
次話は、いろんな設定の暴露回。お楽しみに!






