33大変なことになっちゃった
大変なことになってしまった。
第四騎士団はダンジョンを封鎖したい。でも地元冒険者の皆さんは封鎖されたくない。こんな意見の対立聞いてないよ!
アンゼリカさんは眉をひそめたまま、私の隣にやってくる。
「エース、冒険者達の言い分も無理はないのよ。この街はダンジョンで成り立ってる。ダンジョンに潜るために国中から冒険者がここへ集まり、宿場街としての側面もあるわ。もちろん、ダンジョンから持ち帰られた珍しい素材の売買でも栄えているから、商業都市としての顔もある。ほぼ全ての住人がダンジョンからの恩恵で生きているんですもの。生活の糧を取り上げられたら、彼らのような荒くれ者でなくても反抗するでしょうね」
「そんなぁ」
つまり、騎士団にも冒険者にも一理はあるのだ。では、私はどうしたらいいの?
すると、アンゼリカさんがコンフリー団長に歩み寄った。
「コンフリー団長。当方は貴殿からの緊急依頼にてまかり越しました。これが総帥の許可を得た依頼であるならば、ギャラリーは無視して任務を遂行するまで。ただし、こちらの身の安全は保証していただきたい」
アンゼリカさん、彼女自身は休暇中にも関わらず、まるで仕事中のように堅苦しい。けれど、言っていることの筋は通っているし、私としては安全が一番気になっていたところなので、口を出してくれたことはありがたい。
「いや、総帥の許可は得ていない。というか、知らないのか?」
「え?」
「総帥は一年ほど前から彼の屋敷で臥せたままだ。そして、現在総帥代理を務めているのは宰相なんだぞ。あんな奴に話を通したところで、毒にしかなるまい」
アンゼリカさんはとても驚いた顔をしていた。っていうか、総帥って何? またもや湧き上がる疑問にもやもやしていたら、エルダー副団長が教えてくれた。
「総帥とは、全騎士団団長の上に立つ役職で、我が国における武官の最高職でもある。それをよりにもよってあんな者に取って代わられるとは」
彼の言葉には、どこか悔しげな雰囲気が滲み出ている。トリカブート宰相、いつの間にか軍部にまで手を伸ばしていたのか。総帥が実質不在状態になっているのだって、宰相に仕組まれた可能性がありそうだ。
「つまり、これはあなたの独断ということね? 本来ならば街を閉鎖にまで追い込みそうなこの案件、王にも話を通して判断を仰ぐべきよ」
「王はただ座っているだけだ。そんな正攻法がきちんと機能していたのは昔のこと。今は誰が国を動かしているのか、君もよく知っているだろう?」
アンゼリカさんは深いため息をつく。私もブルーになってしまった。
「というわけで、これ以上奴の好きにさせないためにも、必要な判断は現場が下していくしかない。エース、手を貸してくれ」
そう言ってコンフリー団長は私に手を差し出すけれど、いろいろと知ってしまった今、無条件にその手を取る気持ちにはなれない。私は偉い人のどうのこうのよりも気になることがある。それはこの街の人の気持ちだ。
私は、王家や貴族といった特権階級のない世界からここへやってきた。元々持っている感覚が庶民なので、どうしても街に住む普通の平民の人々の肩を持ってしまいたくなる。それに、下手に結界をかけて、これだけたくさんの街の人や冒険者から恨まれ続けて今後生きていくのは辛すぎると思うのだ。
「コンフリー団長、まずは街の人々の話を聞いてみたいです。私は、両方の意見を聞いてから自分の力の使い道を決めたいと思います」
すると、コンフリー団長から殺気が解き放たれた。異世界転移した際に若干の耐性がついたみたいだけれど、やはりこういう威圧は怖い。
「新人騎士の癖に舐めたこと言いやがって。ちょっと珍しい力を持っているからって、そんな態度をとっているようでは確実に出世できないぞ。とにかくお前は、大人しく俺の命令だけ聞いていればいいんだ」
すごい剣幕。さっきまで魔物談義に一人で盛り上がっていた人とは思えない切り替わり様。これも要注意人物の謂れなのかもしれない。けれど、私には分かる。単に私が言うことを聞かないことへの憤りよりも、彼はダンジョンを封鎖しなかった時に出る被害が怖いのだ。だから、ここまで感情のままに怒りを振りかざしてしまうのだろう。
私とコンフリー団長が睨み合うこと数秒。場を諌めてくれたのはエルダー副団長だった。
「コンフリー、それぐらいにしろ。別にエースはやらないとは言っていない。それに、考えてもみろ。無事に結界でダンジョンを封鎖した後、エースは間違いなく野蛮な冒険者達から命を狙われるんだぞ。せめて、状況把握させる猶予を与えるぐらいの度量は見せても良いのでは?」
コンフリー団長はふんっと鼻を鳴らすと、無言で執務机に戻ってしまった。ちょっと子どもっぽいと思ったのは私だけではないはず。
それにしても、命狙われるってどういうこと? そこまで危険な任務だなんて、聞いてません。特別手当を所望します。
◇
というわけで、なぜか私が第四騎士団を代表して冒険者軍団へ立ち向かうことになってしまった。
「結界使いの騎士はどこだ?」
「私です」
「お前が?」
もう、こんな顔されるのにも慣れてきた。というわけで、さっさと自己紹介を済ませてしまおう。
「はい。第八騎士団第六部隊所属の門衛で、エースと申します。こんな見た目ですが、結界を張ることが得意です」
「で、わざわざ王都の騎士さんが儂らの街を潰しに来たというわけか。皆のもの、やっちまうぞ!」
え、ちょっと待って?! まだ何も話し合いしていないのに。拳で語り合ったって決着はつきませんからね?
と、そこへ颯爽と現れたアンゼリカさん。オジサン世代を中心とした冒険者さん達は、口をパクパクさせながら武器を引っ込める。皆、アンゼリカさんの美しさに見惚れているのかな?と思っていたら、それは完全なる間違いだった。
「皆さん、私のエースを殺すと言うならば、先に私がお相手いたしましょう。ここ数日、誰も斬る機会が無くて退屈していたの」
アンゼリカさんは、すらりと抜いた光る刀身に舌を這わせ、妖艶にほほ笑む。カッコいいけど、けっこう怖い。
「し、疾風の魔女だ……」
「王都で悪いことしたら、いつの間にか背後に立っているという噂の美女」
「身分無関係の騎士団に入隊して、たったの半年で副団長まで上り詰めた実力の持ち主」
「ちょ、相手悪すぎないか?」
アンゼリカさん、二つ名持ちでしたか。本人はあまり気に入っていないらしく、微妙な表情をしている。彼女の腕と名声で、なんとか喧嘩沙汰は避けたいな。でも、そんな私の願いは叶わず、オジサン方は再びヒートアップしていく。
「でも、相手は一人だぞ」
「皆でやれば勝てる!」
「そうだ、そうだ! この女を倒したとなると、俺達も有名になれるぞ!」
一気にこちらへ距離を詰めてくるオジサン達。私は氷点下の冷たさで彼らを見据えた。
なんだと? 男が寄ってたかって一人の女性に打ち掛かるだと? そんな汚いことをさせてたまるものか。
「皆さん、本当に分かってませんね。私は、門衛。守ることが得意なんです」
『第七制限装置解除』
いつものアレが頭の中で響く。
私は、腕をまっすぐに彼らの方へ伸ばすと、掌から白の魔術を勢いよく放出した。たちまち、白い光線が冒険者達に向かって走り抜け、彼らの身体の自由を奪っていく。そう、これは紐状の結界。オジサン達は次々と結界の紐に俵巻きにされて無力化されていったのだ。
以前、タラゴンさんにかけた身体にぴったりとフィットする結界よりも閉塞感は少ないだろう。けれど、いかにも捕らえられたという感じの見た目になってしまう今回の結界は、冒険者達のプライドをへし折るのに一役買いそうだ。
「あれだけ見栄を切っておきながら……無様ね」
アンゼリカさんは嬉しそうに口角を上げる。
「動かない的は面白くないのだけれど、ストレス発散がてら私が直々に首を落としてあげるわ」
「アンゼリカさん、ちょっと待ってください。話し合いはまだできていません」
「何を言っているの? 私は私用でここにいるの。つまり、騎士ではなく公爵令嬢としてここに立っているのよ? そんな私をこの者達は侮辱し、殺そうとした。さらには、騎士団の任務を阻むようなことをした。十分に罰するに値することをしているわ」
さすが貴族。その辺の感覚は、まだ私との間に溝がある。
「でもアンゼリカさん。これは元々私に売られた喧嘩です。どう始末するかは、私に委ねていただけませんか?」
アンゼリカさんは納得していない表情だ。
「アンゼリカさん……」
「分かったわ。でも、一つ約束して。あなたが女装する必要がでてきた際は、私が責任をもってコーディネートさせてもらいますからね」
「は?」
俵巻きの情けない姿になった冒険者の一人が、こらえきれずに吹き出した。きっと女装が似合いそうだと思ったにちがいない。
「分かりました。必要ができた際に限りますからね?」
「えぇ、分かっているわ」
彼女の柔らかな笑みは、かえって戦慄してしまう私である。いったいどんなドレスを着せられるのやら。
さて、ここからは私のターンですよ!
「皆さん、やっと落ち着いて話ができそうですね」
私が話しかけると、すごいブーイングが返って来た。まだそんな余裕があるならば、結界の紐をさらにキツく締め上げようか。と思っていたら、足元に転がる一人のお兄さんが話しかけてきた。
「おい、エースとかいう騎士さんよ。俺達冒険者はこんな目に遭ってもまだ耐えられる。でも、あそこに転がってる爺さんだけは結界を解除してやってくれないか? あいつはドワーフで、この街一番の鍛冶屋なんだ」
私が見渡すと、すぐにその鍛冶屋の男性と目が合った。確かに、他の人とは全くオーラが違う。背もとても低くて、口がどこにあるのか分からないぐらい髭もじゃな方だった。私はゆっくりと近づいて尋ねてみる。
「結界を解いても暴れないと約束できますか?」
ま、素早さが上がっている今の私は、攻撃されてもすぐに結界を張り直すことになるのだけど、念の為。ドワーフの男性は重々しく頷いた。
「あぁ、楽になった。腕がへし折れるかと思ったぞ」
結界から開放された彼は、ポキポキと音を鳴らしながら首や肩をくるくると回してみせた。私は、ふと浮かんだ疑問を投げてみる。
「あなたはなぜ、ダンジョンの封鎖に反対なのですか?」
鍛冶屋であれば、この街でなくとも商売は続けていけるはずだ。食いっぱぐれるということは、ありえない。
「お前さん、何も分かっていないな」
地面に座り込んだままのドワーフの男性は、すっとこちらを見上げた。ボサボサの髪に隠れて見えていなかった瞳がこちらを覗き、ギラリと光る。
「理由は二つある。一つは、鍛冶屋の火だ。火は土地に根付くもの。そして、代々絶やすことなく受け継いでいくものだ。例えこの街が衰退して誰も来なくなったとしても、儂らは別の土地に移って鍛冶をすることはできない」
そんな事情は初耳だった。異世界らしいエピソードにびっくりしてしまう。
「二つ目は、魔石のことだ。お前は知っているのか? この国で流通している魔石の八割はこの街のダンジョンで産出されている」
「え? そんなに?」
「ダンジョンの魔物は魔力効率の良い高品質な魔石をドロップする。もちろん他所でも魔石はたくさん手に入るが、何せ極端に質が悪い。魔石はあらゆる魔道具を動かす動力源となっているのだ。今の時代、何をするにしても魔道具は欠かせない。だがここの魔石が採れなくなるとしたら……たちまち国民の生活は悪くなるだろうな」
私は呆然としてしまった。魔石の役割も知らなかった。ダンジョンの封鎖は、この街だけに関わることではなかったのだ。
その時だ。ふとアンゼリカさんがこんなことを呟いた。
「ねぇ、エース。あなたが『はじまりの村』を覆うようにかけた魔術、あれも結界なの?」
「えぇ、そうです」
何を当たり前のことを聞いているのだろう。
って……あ、ほんとだ。
問題なんて、初めから何もなかったんだ。
私は、騎士団の建物の扉の向こう側から、こっそりこちら側の様子を伺っているコンフリー団長を振り返った。
ちょっと長くなってきたので、一旦切ります。
次話で一応の落としどころを見せられるはず!






