32巻き込まれちゃった
結局、私とアンゼリカさんが村を出発できたのは昼過ぎだった。ドラゴンの討伐部位の私の取り分や米などのお土産は、タラゴンさんが好意で城まで運んでおいてくれることに。お陰で馬車の中は広々と使えて、快適になった。
馬車の中は、けっこう暇。あのアンゼリカさんですら、うたた寝することもある。そんな時は、私が周囲に気を配りながらこれからのことを考えて過ごしたりした。
それにしても、この国には小さな村がたくさんある。どこも形ばかりの防御柵を築いているものの、周辺の森から魔物がやってきたらひとたまりもないだろう。だからと言って、私が一つ一つ結界をかけて回ることもできない。何せ、結界は私の意図と関係なく解けてしまうことがあるのだ。それは、先日の水中訓練の事故で経験済み。だから結界があっても、結局は警戒を解くことができない。
それに、はじまりの村を出る時にタラゴンさんに言われたことが気になっている。たぶん私の結界は、私の想いの強さと連動しているらしい。それならば、特に思い入れもない村々に強い結界をかけることは難しいと思う。さらに言えば、こうして移動している時は結界の外にいるわけだから、相変わらず危険はつきまとうものなのだ。
となると、お守りみたいなものが欲しくなる。持っていたら魔物が近寄ってこないようなもの。きっとこれは、魔道具に類するものだろう。私が持つ白の魔術を応用して何か作れないだろうか。城に帰ったらコリアンダー副隊長あたりに相談してみようと思う。
その後は、特に大きなトラブルに巻き込まれることもなく、旅は続いた。西部の街へ着いたのはそれから二日後のこと。
◇
街は砦のように高い塀で囲まれていた。検門をくぐり抜けると、早速街の中心部へと続く大通りに出る。風が強くて、地面から吹き上がる砂埃が酷い。街並みは王都に比べると粗野で無骨な感じがするけれど、それなりに栄えていた。冒険者が多く、魔石や魔物から取れる素材を売買できる店もたくさん並んでいる。さすがダンジョンの街だ。
広場の前には、王都の本部に匹敵するほど立派な冒険者ギルド支部があった。そこからさらにダンジョンのある荒れ地の入口付近まで馬車を進めると、ようやく騎士団の建物が見えてくる。小さな城のような外見で、ハーヴィー王国の国旗と騎士団の旗の二つがはためいていた。
馬車から降りると、薄茶色の騎士服を着た第四騎士団の方が、驚いたように敬礼してくれた。慣れた様子で敬礼を返すアンゼリカさん。それに続き、私も慌ててビシッと決めてみる。
私がこのタイミングでここへ来ることは、あらかじめきちんと通達されてあったらしい。次々に隊長級の人、副団長にお目通りし、敷地内に入って五分後には団長室に到着していた。ここだけは、王城と遜色ないぐらい上品な内装でまとめられている。
「団長、お越しになりました」
部下の声に気づいたらしく、書類仕事をしていた男性はふと顔を上げる。すくっと立つと、すぐにこちらへやってきた。
「第四騎士団団長のコンフリーだ」
大男だった。ちょっと太眉だけど、キリリとした表情で男前。筋骨隆々で、オレンジがかった黄金色の髪が彼を少しやんちゃに見せている。私達はどちらからともなく握手を交わした。
「ようこそと言いたいところだが、お前が本当にエースなのか?」
「はい。私がエースです」
全身を舐め回すように見られること三秒。あれ、こんなシチュエーション、前にもなかったっけ?
「お前の外見は、様々な噂が飛び交っていてな。中でも赤髪の大男という話が有力だったんだ。それがまさか、こんなしょぼくれたガキとはな」
例にももれずコンフリー団長は、私の容姿に戸惑っているご様子。にしても、大男って何なの? 赤髪にはタラゴンさんとの一件で覚えがあるけれど。
「まぁ、いい。仕事さえしてくれればガキだろうが、何だろうが文句は無い。第七の副団長までついてるんだ。信じてやろう」
品定めは終わったようだ。アンゼリカさんがいてくれて良かった。やっぱり偉い人からのお墨付きって大事だね。それにしても、コンフリー団長は至って普通の騎士さんに見える。城を出る前にかなりの要注意人物として教えられていたけれど、ガセネタだったんじゃないかな。
と、はたまた私は油断していたのだった。
「で、お前はどの魔物が一番好きなんだ?」
「は?」
突然生き生きし始めたコンフリー団長。急に壁沿いに並んでいる本棚へ向かったかと思ったら、何冊もの本を持ってきた。あ、この世界にも本ってたくさんあるのね。
「俺はこれだ」
何度も繰り返して読まれているのか、少しくたびれた様子の本。開いたページの上に描かれていたのは――。
「グリフォンですか?」
頭は鷲。下半身はライオンっぽいので、たぶんそんな名前だったかと思う。昔、衛介に借りたファンタジーラノベで出てきたのだ。もしかして間違ってるかな?と思ってコンフリー団長を見ると、目をキラキラ輝かせて大きく頷いている。あれ、また握手までされちゃったよ。これは正解ってことですね?
「そうか。お前はこっち側の人間なんだな」
こっち側ってどっちなんだ。
「そうだよな。こういうそこそこ手強い魔物には気配を隠して近づいていく。まずは一気にブシュッと刺して、逃げようとしたところを先回りし、さらに一撃。奴は怒りの咆哮を放つがそれも虚しく、助けにやってくる仲間もいない。畳み掛けるように、俺は絶え間ない剣戟でどんどん窮地へ追い込んでいく。ついに奴は逃げ場のない岩穴へ追い詰められて、最後の悪あがきとばかりにこちらへ飛びかかってくるが、滴る緑の血は既に命の終わりを語っている。俺はそれを笑顔で一気に受け止めて、『よく頑張ったな。俺が楽にしてやろう』と声をかけながら、奴の胸元にある魔石を抉り出してやるのさ。ぐりぐりって! これぞグリフォンの醍醐味だ」
親父ギャグ……。
えっと、つまり、グリフォンがどうこうとかじゃなくて、魔物をやっつけるのが好きということなのではないだろうか。アンゼリカさんを見ると、ため息をついて遠い目をしていた。なるほど、この一人芝居みたいなのを聞くの、初めてではないんですね。
そこへ、部屋にノック音がした。コンフリー団長が返事をすると、先程お会いした副団長が中へ入ってくる。青紫の髪に色白の肌。何となく、コリアンダー副隊長と同じ匂いのするお方。
「またくだらない話をしていたのですか。相変わらずあなたは、魔物が好きなのか嫌いなのかよく分かりませんね」
「エルダー、答えが分かっている質問をわざわざするな」
「それは失礼を。あなたが誰よりも魔物を憎んでいることは存じております」
ん? これだけたくさんの魔物図鑑を持っていて、嬉々として戦闘を語る人が、魔物嫌い? むしろ、好きなのかと思っていた。エルダー副団長は、私の疑問に気づいたのか解説を始めてくれる。
「昔、コンフリーは冒険者でした。毎日のように、仲間と共にダンジョンへ潜っていたのです。しかし、腕を上げて深い階層に入れるようになった時、魔物の知識が少なかったばかりに、仲間を守ることができず死なせてしまった。それを今でも悔いているのですよ」
「バジリスクの毒は、手順を踏めば解毒できる。でも俺はそれを知らなかった。あいつの体が冷たくなった後も、仲間を守るのに精一杯で、亡骸を持ち帰ることすらできなかった」
コンフリー団長は、額に皺を刻んで少し俯く。
「だから、知識は大切だ。魔物は、闇雲に倒すのでは効率が悪い。弱点を知り、もしやられてもどうすれば切り抜けられるのかを知っておくことで、冒険者はもっと長生きできる」
「そうでしょうね」
私は、相槌をうちながら話を聞き続けた。
「知ってるか? 最近、ダンジョンがおかしい。中の魔物は以前よりも凶暴化し、経験則が適用できなくなっている。さらに、ダンジョンから外へ出ようとする魔物まで出始めた。このままではこの街も、冒険者も、なし崩し的に無駄死にしてしまう。もう、いくら技を磨いて知識を身に着けても、守りたい人を守れない時代が来てしまったんだ」
コンフリー団長は意を決したように、キッと顔を上げる。その瞳には強い想いが宿っていた。
「だからエース。ダンジョンの入り口をお前の結界で塞いでくれないか。もうこれしか、道は残されていない」
そっか。世界樹の弱体化の余波がここにも押し寄せているなんて。私は、真剣そのもののコンフリー団長を見上げた。団長が話すことは最もだと思う。この地域の治安を守る騎士団長としても、当然の判断だろう。
「分かりました。それならば、私が……」
その時、ここ三階にある団長室の窓がパリンッと割れた。飛んできたのは拳大の石だ。何事だろうか? 私は咄嗟に自分自身にかけていた結界を強化して、窓際に走り寄る。そこから見えたのは――。
「ちっ。また奴らか」
コンフリー団長は盛大に舌打ちした。
眼下、建物の一階に詰めかけているのは冒険者達。数百人はいると思われる。はじまりの村でも騎士と冒険者は水と油の関係だったようだけど、ここでも対立が激しいのだろうか。その時、こんな声が聞こえてきた。
「ダンジョンの封鎖なんて許さないぞ!」
「これから俺達はどうやって生きていけばいいんだ?!」
「結界使いの騎士を出せ! やっつけてやる!」
あれ。すっかり他人事だと思っていたのに、私、巻き込まれちゃってる? エルダー副団長は、私の肩の上へ静かに手を置いた。
「心配ない。君はすっかり渦中の人間だ。共に手を取り戦おう」
どこをどう解釈したら「心配ない」になるんですか? ほら、アンゼリカさんまで頭を抱えてるよ。






