表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/117

31王になりたい※

★今回はクレソン視点のお話です。


 朝起きて壁の時計を見ると五時過ぎだった。いつもならば、エースが遠慮がちにカーテンの向こうから声をかけてくれる時間。でも彼は、いや、彼女は、僕を置いて西部へ旅立ってしまった。第四騎士団への派遣期間は定められていないので、いつエースが戻ってくるのかは誰にも分からない。


 昨夜は、珍しくディル班長が第一礼装を着ていた。何かあるのかと思って声をかけてみると、コリアンダー副隊長の実家の夜会へ向かうと言う。明らかに罠だろう。彼には、密かに父上から託されていた宝剣を預けることにした。奴は王家の敵。必要な場面など無い方がいいが、もしもの時は僕の代わりに使ってほしいと願って。


 結局朝まで誰も起こしにこなかったところを見ると、大物が亡くなるような事態にはならなかったのだろう。詳しくは朝の食堂で情報収集しよう。


 隣のベッドを見ると、当たり前だが空だった。当初この部屋は一人で使っていた。元王族ということもあり、周りから気遣われた結果、通常三部屋分のエリアを独占していた。広くて何もない部屋。そこに住人が増えたのは最近のことだ。


 コリアンダー副隊長から連絡を受けた時は、体に雷が走ったように驚いた。王家に古くから伝わる伝承が、自分の代で現実のものになるなんて。ローズマリーに世界樹の管理人としての印が出ていることから、いずれその日は来ると予想していたものの、やはり興奮してしまった。


 「救世主」は、ある日突然異世界からやってくる。でも、この世界のことを何も知らない人が簡単に生きていけるほど、この国は甘くない。その一方で、この世界に救世主の力は必要不可欠だ。だからこそ保護しなければならない。


 エースが女性だということは、実は一目見た時から気づいていた。となると、この男所帯で彼女を守るためには僕の部屋が一番。すぐさまコリアンダー副隊長には、彼女が女性であるということを伏せた上で、同室になりたいと希望を伝えた。


 まず城内を案内しながら時間を稼ぎ、その間にラムズイヤーなどに頼んで部屋を二人用に突貫工事してもらう。思えば、相手がエースでなければここまでしなかったかもしれない。もちろん王族としての務めの一貫で彼女を保護する目的もあったけれど、それ以上に……惹かれてしまっていたからだ。


 この国では見ることのないエキゾチックな面差しに、ミステリアスな漆黒の瞳。照れたり慌てたりすると、手入れの行き届いたサラサラの髪を指で弄るのは癖なのだろう。コロコロと変わる表情も愛らしい。腹の探り合いばかりしている狸しかいないこの王城内で、エースの周りだけ清浄な空気に包まれているような気がした。


 エースとの生活は穏やかだし、充実している。おそらく異世界の文化だと思われる作法や習慣もたくさんあり、その謂れを一つ一つ尋ねて説明してもらうのも楽しい。と同時に独占欲が膨れ上がり、常に無防備すぎるエースを異性として意識し始めるまで、そう時間はかからなかった。


 僕にはかつて美しい婚約者がいたし、彼女以外にも何人かとは深い関係になったことがある。けれど、少なくとも僕は政略の延長線上にある付き合いだとしか思っていなかったし、処女を散らしにやって来る他の女達も城内や貴族関連の情報源としか見いだせていなかった。


 でもエースは彼女達と全く違う女性だった。そもそも、穢れとは無縁のオーラがある。ただそこにあるだけで尊くて、ひたすらに抱きしめて自分のものにしたくなる。そしていつの間にか欲が出て、劣情が溢れ出る。


 エースが城へ来てからの短い期間の中で、何度も理性のタガが外れそうになった。いや、たまに押さえきれずに暴走した。抱きしめた時に感じる華奢な体の温もり。鼻を掠める彼女特有の甘い香り。そして、柔らかな唇。さらに言えば、彼女が作る料理も素晴らしい。


 そんな彼女が、いない。

 部屋がとてつもなく広く感じる。


 多少無理やりなこともしたが、基本的には紳士的に接してきたつもりだ。なのに、いつの間にか幻滅されていたのだろうか。本当はアンゼリカなどに任せず、自分がついて行きたかった。でもエースは、僕に何の相談もなく二つ返事で任務を受け、行ってしまった。


 違う。本音を言えば、僕と一緒にいたいから、西部なんて行きたくないと言ってほしかった。


 でも内心では分かっているのだ。たぶん原因は、僕が放ったあの言葉。あの時、濡れたエースの柔らかな体に触れて、勢いで襲ってしまいそうになった。異世界人だからなのか、魔術で作られた薬が効かなった彼女。エースが女性だと判明すればきっと彼女は騎士ではいられない。魔術師団あたりに取り込まれてしまい、宰相のいいようにされるのがオチだと思って、急遽用意した切り札だったのに。本来あれを飲めば、一時的に体が男性化するはずだ。なのに、彼女の胸の膨らみはその存在を主張したままで。


 エースは、うちの隊の危機を救って王城に巨大な結界を張り、S級冒険者まで下すという偉業をなした。かといって、やはりか弱い女性には変わりない。その事実を否応なく突き付けられた瞬間、僕は彼女を守りきれるのだろうかという大きな不安にかられてしまった。だから、騎士団にいるべきではないと咄嗟に口にしてしまい――。


 今思えば、エースには本当に酷いことをしてしまった。異世界からやってきたエースにとって、居場所といえば騎士団しかない。それを一番分かっているのは僕だったはずなのに、彼女の拠り所を奪うようなことを言ってしまったなんて。エースが僕に愛想を尽かしたり、第四に派遣されて距離を取ろうとするのは無理もない話だ。それに、騎士にとって上官の命令は絶対。しかも新人なのだし、何よりエースはとても真面目な騎士。どう転んでも彼女は僕の元から離れてしまうことになっていたのだろう。


 もう、ため息しか出ない。


 朝から心が苦しくてたまらないが、とりあえず着替えて食堂へ向かうことにした。



   ◇



 食堂へ近づいていくと、珍しい光景が見えた。あの黒マント、そして扇情的なスタイルを誇示するのにぴったりのボディスーツを身に着けているのは、一般的に王家の敵の筆頭とされている人物にほかならない。彼ら魔術師団は夜型が多いと聞くが、朝も早くから腹でも減って我慢できなくなったのだろうか。僕は、すぐに朝食を諦めて部屋へ戻ろうと踵を返した。僕の立場は五年前からほとんど変わっていない。今接触して、まともに敵対したところで勝てる見込みはないのだ。さて、エースが何か作り置きしてくれていた料理でも余っていなかったかなと考え事を始めた時、背後からぞわっと悪寒が走り抜けた。


「おはよう」

「おはようございます」


 振り向いた瞬間、無視すれば良かったと後悔した。でもこれは普通、スルーできない状況だ。アルカネットは、僕の尻に手を伸ばしている。


「相変わらずいいお尻ね。今夜、アタクシが相手してあげましょうか?」


 僕は男に興味は無い。もし誰かに相手してもらえるとするならば、エース一択だ。


「ご用件は?」


 なるべく冷たくあしらってみる。が、この女男の場合、暖簾に腕押しだった。


「あらあら、朝からご機嫌斜めなのね? そんな王子様にはアタクシのサロンでの朝食をオススメするわよ。シェフが腕を奮って待っているの。さ、行きましょう?」


 今日は夜勤なので、それまでは自由時間。ちょうど良い断る理由も見つからない。それに朝のこの時間とは言え、多くの人々が僕たちのやり取りの一部始終を見ているのだ。この後僕に何かあれば、真っ先に疑われるのはアルカネット。この人物はそこまであからさまな馬鹿をするタイプではない。だから大事には至らないと信じて、僕はアルカネットが住んでいる魔術の塔へ大人しくついていった。



   ◇



 敵情視察も兼ねて乗り込んだつもりだったのに、テーブルを勧められたのは魔術の塔の庭にある東屋。内部に入ることは叶わなかったが、それはそれで身の安全を確保しやすいので安堵すべきか。


 並べられている朝食は、パンと卵とホーンラビットの薄切り、そしてサラダ。メニュー自体は食堂とそう変わらないが、その一つ一つは高級品に見えた。


「さあ、召し上がれ」


 と言われても迂闊に食べることもできない。相手はあのアルカネットだ。僕は銀のカップに注がれたお茶に手を伸ばした。変色は見られない。毒は無いと見て口に含んでみる。普通に美味かった。


「さて、本題に入りましょうか」

「さっさと終わらせてくれ」

「そうね。アタクシも少し急いでいるのよ。王子、昨夜のことはご存知?」


 素直に首を横に振ってみる。


「トリカブート様がお屋敷でお引越祝いに夜会を催されていたの。私は呼んでいただけなかったのだけど。それはともかく、息子さんとその部下がひと暴れしたみたいでね。屋敷は半壊するし、トリカブート様は謀叛の疑いで拘束されるとなって、もう大変なのよ」


 大変というよりかは、アルカネットは傷ついた乙女のような顔をしていた。


「アタクシがついていたらあんなことにはならなかったのにね。肝心な時にはいつも頼ってくださらないんだから」


 ここで僕はふと違和感を覚えた。アルカネットと宰相の関係性である。一般的に、宰相がアルカネットに振り回されているということになっているが、実際は――。


「ともかく、私はあのお方を必ず救出しなければならないの。そのためには、私自身は第二騎士団に捕まるわけにはいかない。だから間もなくここから逃げることにするわ」

「それをわざわざ僕に伝える理由は?」

「あなた、エースの保護者でしょ? アタクシ、エースとは約束しているの。結界の魔術の練習をしましょうって。でもアタクシはここへいつ戻ってこれるか分からないから、あなたからエースに授業は当分延期だと知らせてちょうだい」


 保護者と呼ばれたことが胸の中のささくれだった気持ちをさらに逆撫でする。それにアルカネットは、わざわざこんなことを言うような律儀な奴だっただろうか。やはり不審に思ってしまう。


「用件はあともう一つあるわ」

「何だ?」

「あの子、トリカブート様のお気に入りになったかもしれない」

「は?!」

「胃袋を掴まれたっていうのかしら。とにかく、私のライバルになりそうだわ」


 あぁ、やっといろいろ見えてきた。なるほど。そういうことか。


「あなた方はそういう関係だったのですね」

「少なくとも、私はそれを望んでいる。でも残念ながら、彼にとって私は、駒の一つに過ぎないわ。それでもいいの。私にとって彼は特別で唯一。でもできれば、私のポジションは誰にも譲りたくない。あなたなら分かるでしょう?」


 どこまで見透かされているのだろう。その情報収集能力と、エースのことを見抜いた観察眼には脱帽だ。


「エースは、そちらの陣営にやるつもりはありません」

「まるで彼女があなたのものみたいな言い方をするのね。でもこれは、強いものが決めることよ。未だに一兵卒に過ぎない王子様が彼女を守るためにはどうすれば良いか。そろそろ真面目に考えた方がいいかもしれないわね」


 痛いところをつかれて、ぐうの音も出ない。けれど、これだけは言える。僕はエースを、衛介を守りたい。そして彼女の居場所である第八騎士団第六部隊、この城、この国を、そしてこの世界を。それを成し遂げるのは、紛れもなく自分でありたい。


 そのためには、王にならねばならない。


 この国で、宰相よりも上のポジションと言えば王しかないのだ。アルカネットはいろいろと気を揉んでいるようだが、おそらく宰相は難なく第二騎士団から釈放されて、再び大きな顔で政務を取り仕切ることになるのだろう。それでは、何も変わらない。ますます宰相の力が強くなって、いずれはエースと本格的に離れ離れにされてしまうもしれない。


 それに、気づいてしまったのだ。エースは異世界に来てしまったにも関わらず、毎日順応しようと努力を重ね、目につく人々を片っ端から救い上げていく。それは体だけでなく、心もだ。なのに、元王族の僕ときたら、何もしないままこの五年という長い時を過ごしてしまった。あれだけ一生懸命各学習していた国内外の地理や歴史、帝王学、各種専門的な知識も宝の持ち腐れで、何の役にも立てられていない。最近では、王子時代からの人脈をないがしろにしていたのも不味かった。


 もう、立ち止まっているのは止める。僕は、僕しかできない形でエースを守る。そしてこの国をトリカブートのような悪から守ってみせる。


 僕は、絶対に王になる。



お読みくださいまして、どうもありがとうございます。

次話からは、姫乃視点のお話に戻ります。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

好きなキャラクターに一票をお願いします!

投票はこちらから!

お読みくださり、どうもありがとうございます!

gkwgc1k83xo0bu3xewwo39v5drrb_i81_1z4_1hc

新作小説『琴姫の奏では紫雲を呼ぶ〜自由に恋愛したいので、王女を辞めて楽師になります!〜』
連載スタートしました!
ぜひ読みにいらしてくださいね。


https://ncode.syosetu.com/n2365fy/

do1e6h021ryv65iy88ga36as3l0i_rt3_ua_in_1

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ