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30悪事の露見※

★今回もディル班長視点のお話です。


 いつか母親や、これまで人知れず死んでいった兄弟達の無念を晴らしてやる。そう意気込んで城の西門へ向かった俺。


 ここからは笑うしかない。


 俺はすぐに騎士として採用された。でも、普通の騎士ではない。第八騎士団第六部隊という魔物討伐専門部署。魔物の大群から城を守ることを使命とするこの部隊は、俺が思い描いていたものとは全く違った。俺達騎士は完全に捨て駒として使われている。自身の安全を全く顧みずに魔物へ突っ込んでいく戦法。もう、地獄だった。


 これだけ国のために、城のために、街のために、命を削っている奴らがいる。俺は全く知らなかった。一瞬でもこいつらを憎んだ自分が恥ずかしくなる。


 ちゃんと魔物を全部仕留めなかった第八騎士団第六部隊には、内部から仕返ししてやるつもりで入隊したけれど、そんな邪な気持ちはすぐに消え失せた。俺が憎むべき相手は魔物である。もう、母親のように普通の人が、流れ弾に当たって砕け散るような死を見たくはない。俺は針を剣に持ち替えて、メキメキと力をつけていった。


 こんな俺のように、第八騎士団第六部隊には様々な事情を抱えた奴らがいる。それを乗り越えて、皆強くなっていく。でも、魔物の大群を前にすると、あまりにも自分がちっぽけに見えるのは事実だ。だけど、中には規格外の人もいる。そのうちの一人が、コリアンダー副隊長だ。


 コリアンダー副隊長にもしものことがあると、困るのはエースだけではない。副隊長は、第八騎士団第六部隊の要だ。同時に、城の防御の要でもあるのだけれど、エースの結界が存在している今、宰相が息子を消しても問題ないと考えている可能性もある。


 俺は料理がたくさん並ぶテーブルを見つけた。今夜は立食パーティー形式なのだ。生粋の貴族達は人を遣って料理を持ってこさせるものだが、俺は俺が食べたいものを自分で取る。


 そして何品かを腹に収めた後、俺は違和感を感じた。あれ、案外美味くないぞ、と。値段がつけられないような骨董品のような食器に、花なども飾り付けられた色鮮やかな盛り付けはさすが一流の技。でも、それだけなのだ。後は、食堂の飯の延長線上でしかない。エースの飯のような感動が無いのだ。エースの飯は、何が違うのだろう。そう首を傾げていると、視界の端でターゲットが密かに動き出すのを見つけた。コリアンダー副隊長に話しかけている。


 俺はすかさず宰相の死角に回り込み、さりげなく接近した。耳をそばだてると、普通に彼ら話し声は聞こえてくる。


「で、ご要件は何ですか?」

「親子が会うのに理由がいるのかい? さぁ、少し込み入った話もある。別室に移動しよう」


 別室なんて、悪い予感しかしない。俺は跡をつけることにした。



   ◇



 屋敷の内部は、シンプルな箱型の建物からは想像もつかない程、迷路のように入り組んでいた。日頃、魔物と面と向かって戦うばかりの俺は、森の中の狩りのように気配を消すのが上手くない。けれど、コリアンダー副隊長はともかく素人の宰相を相手に尾行するのは、足音と息を潜めるだけで十分だった。


 宰相はこちらには全く気づかない様子で、ある扉の前で立ち止まる。部屋を守る衛兵も使用人もいない。ますますきな臭い。


 コリアンダー副隊長は、白マントの影からポトリと何かを落として中へ入っていった。両開きの扉は、すぐに重い音を立てて閉ざされる。俺はさっと扉前へ駆け寄った。コリアンダー副隊長は、俺がこれを拾うことを想定しているはずだ。床からつまみ上げると、それはロケットペンダントのトップスのようなもの。表面には古代ハヴィエル語で数字の「三」が刻まれている。少し部屋から後ずさって蓋を開けてみると、中から音が漏れ聞こえてきた。


「前置きは良いです。さっさとおっしゃってください。だいたいの用件は聞かなくても分かりますが」

「ほぉ。では、何だと思う?」


 部屋内部の音だ。コリアンダー副隊長は、このロケットと対になるものを身に着けているのだろう。俺はひゅっと息を飲んで、彼ら親子の会話に耳を傾け続ける。


 コリアンダー副隊長は盛大にため息をついた。


「あなたの狂ったお遊びに付き合っていられる程、私は暇ではありません。用が無いのならば、これにて」


 ここでマントが翻る音。

 その後だ。


「用ならばもう済んでいる」

「何?」


 宰相の声は可笑しそうに弾んでいた。


「お前をこの部屋へ入れること。それこそが用件だったのだ。浅はかな愚息よ」


 次の瞬間、ガチャガチャとした甲高い金属音が響く。コリアンダー副隊長が低く呻く声も続く。だが、まだ生きてくれている。俺は反射的に、騎士服の白い上着の内側に隠し持っていたナイフを握った。招待状を見せた入口で、いつもの剣は没収されたため、今ある武器はこれしかない。


「魔術を使おうとしても無駄だ。それはアルカネットに命じて作らせたお前専用の首輪に手錠、足枷。全ての魔術が無効化される。お前はここで、汚物を垂れ流しながら干からびて飢え死にするがいい」


 宰相の不気味な笑いは続く。


「何、心配せずとも、この屋敷はお前を捕えるためだけに用意した牢屋であり、墓場だ。私はしばらくの間城内に滞在し、数ヶ月後には本物の新居に引っ越しをする。そして、息子の死を悼む父親でも演じることとしよう」


 頭の中のどこかがブチ切れた気がした。と、同時に俺の全身が戦闘モードに突入する。


 魔物と相対した時と同じく、全身から殺気を容赦なく解き放った。空気がビリっと細かに振動して、廊下の壁が少し震える。それに気づいたらしい宰相がこちらへ近寄る気配が扉越しに伝わってきた。しかし、その歩みはたどたどしい。文官の奴はこういった気迫に晒される経験に乏しいのだろう。せいぜいそこで小便でもちびっとけ。


 今の奴は、息子殺しという失態を誰にも漏らさないために、護衛は一人も連れていない。この扉を守る者もいない。それが裏目に出たな。今夜ここへ集まっているのは、奴の悪事のおこぼれを預かりにきた羽虫共ばかり。本来、勝手に屋敷内を歩き回る不届き者は存在しないはずだった。俺の参加は完全に想定外だったにちがいない。


 俺は、手元のナイフの鞘に刻まれた王家の紋章に目をやった。寮を出る際にこれを持たせてくれた部下の一人、クレソンを思い出す。


「殺さない程度にヤってくれ」


 元王子の言葉は、様々なことを慮っていた。宰相は毒にしかならないが、既にその毒に侵されきっている国の中枢部は、いきなり浄化することなどできやしない。中毒症状の処置をしたくとも、それに代わる人材が全く育っていないのだ。今、宰相が失脚すれば、確実に国が傾く。クレソンはそれを良しとしていなかった。


 ちっ。この扉もろとも奴を葬り去ることができたなら、どれだけすっきりすることか。そして息の根を止める寸前には、俺の母親の爪の垢でも煎じて飲ませたい。


 クレソンに確認すると「いずれ必ず」と話していた。あいつもいつかは王族として復帰したいだろうから、その時には宰相が必ず障害となる。個人的にはできるだけ早く奴を亡きものにしたいが、馬鹿な俺は政治のことやその辺りの駆け引きがよく分からない。だから今は、クレソンの言う通り命を刈り取るのはやめておこう。


 俺はなけなしの理性を保ってナイフを逆手に持ち、強く床を蹴って飛翔した。ナイフは一気に俺の魔力を吸い取っていく。金色に輝いた刃は天井から壁にかけて大きく切り裂いた。そこから干上がった地面のような深い亀裂が、轟音と共に縦横無尽に広がっていく。これは崩壊の連鎖。夜会の会場であるホールまで続いていくはずだ。さすが王家の秘宝、オリハルコンのナイフである。


 地面に降り立つと、次は仕上げにかかる。ロケットペンダントの縁についている、いかにも意味ありげな黒い石。魔力を通してみると、それはたちまち赤くなった。


 ここまで、俺がキレてからちょうど三秒。


 すぐに屋敷の内外が騒がしくなった。これでニヤつかずにいられるかっての。


 一方でロケットペンダントからは、奴の恨み声と副隊長の声が垂れ流されている。


「お前、何をした?!」

「何もできないのは、あなたが一番ご存知でしょう? 父上。今の私はあなたに嵌められて、魔術が全く使えないばかりか、全身を拘束され、殺されようとしているのだから」


 そうだ。奴は息子をヤろうと思えば今だってできるはず。でもしない。決して自分の手を汚さず、目を汚さず、あくまで無関係のところで殺したいと考えている究極の卑怯者なのだ。コリアンダー副隊長はそれを理解しているからなのか、この状況を楽しんでいる節さえある。


「お前こそ、私の屋敷に何をしたのか分かっているのか? 収集していた貴重な魔術の資料も全て消失したではないか。その死をもってしても償いきれない罪をお前は犯したのだぞ」

「私がやったという証拠でも? もし私がやったのだとしても、それは息子殺し以上の罪でしょうか?」


 言い争う親子。コリアンダーも饒舌だ。そうやって、次々に決定的な言葉を奴に吐き出させているのには意図があるにちがいない。


 さて、俺の手の中にあるのはロケットペンダントは「三」。コリアンダー副隊長が身につけているのはおそらく「一」。では、「ニ」がある場所は――。


「うるさい! 私は必要だからやっているだけだ」

「そうですか。禁断の魔術にまで手を染めるお方に、普通の会話を求めるのが間違いでしたね」

「お前、なぜそれを!」

「王族のみが使える通称『金の魔術』に対抗する方法はただ一つ。自滅を促すこと。それは……」


 直後、プシュッと液体が吹き出る音がした。あまりにも生々しい歪な音。

 俺は扉を蹴り飛ばした。蝶番が弾け飛び、部屋の中の光に一瞬目が眩む。


「コリアンダー副隊長、お迎えにあがりました」


 オリハルコン製ナイフは、大抵の物が斬れる。一気に副隊長の身体に取り付けられていた枷を取り除いた。ついでに宰相を部屋の隅へ向かってぶっ飛ばしておく。副隊長を害した奴のナイフも一緒にどこかへ転がっていった。コリアンダー副隊長は、カハッと少量の血を吐き出す。倒れそうな体を支えようとすると、脇腹からべっとりとした生温かいものが漏れ出てきた。


「副隊長。馬鹿を煽っても馬鹿なことしか起こらないっす」


 俺がついていたにも関わらず、なぜこの人はこんな深手を負わなきゃいけないんだ。


「エースには、言うなよ」


 第一声がそれか。普通、こういう時は他のことを言うものだと思う。という心の声を読まれたらしい。コリアンダー副隊長は少し笑った。


「ディル、事前打ち合わせがなかったにも関わらず、よくもここまで機転を利かせてくれたものだ。先程までの会話は、夜会のホールと、第一騎士団団長の机の上で、大音量で流れたはずだ。今頃、奴の本性が知れ渡っているだろう」


 ロケットペンダントは『四』まであったらしい。俺がうまく働かなかった時のために、他にも保険かけていたなんて。


 俺は血止めしようと、脱いだシャツを副隊長の腹にキツく巻き付けながら、小さくため息をつく。その間に、鎧を着た軍隊が接近するような足音が近づいていた。第一騎士団団長から、すぐに第二騎士団へ出動要請が出ていたのだろう。宰相は王家に対する謀叛の容疑で厳しい取り調べを受けることになるに違いない。


 コリアンダー副隊長は、ふっと眼光を緩めた。


「すまなかったな」

「いえ」

「褒美として昇進させてやりたいが、もう少し待ってくれ」


 この人、本当に馬鹿だ。絶対に近々自分が殺されるか、死ぬ気で何かやろうと考えているにちがいない。


「そうですね。副隊長が昇進してポストが空けば、よろしくお願いするっす」

「お前なぁ……じゃぁ、オレガノ隊長はどうするのだ?」

「今、第八騎士団の副隊長って空席じゃ」

「あそこには、いずれクレソンかエースを座らせたい」

「なるほど」

 

 王族でもない俺に宝刀を託したクレソン。そして、宰相室から悪事の証拠となる数々の情報を持ち帰ってきたエース。二人の働きがどこかで報われなければならないのは確かだ。



ディル班長大活躍の回でした。

彼もお裁縫ばかりしているわけではないのです!

それにしても、うちのヒーロー(クレソン)ってあんまり働いてないような……そろそろちゃんと見せ場を作ってあげたいこの頃。


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