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29我慢できなくて※

★今回はディル班長視点のお話です。


 エースが西部へ旅立った。そのために、まさか第七の副団長がわざわざ出張ってくるとはな。後で聞いた話では、クレソンに頼まれて、わざわざ休みを取ってついて行ったとか。あの女、あぁいうのがタイプなのか? エースも見た目はガキだが中身は普通に大人なんだし、ちょっと過保護すぎる気もする。だけどあいつ、どこか抜けてるところが多いから、気持ちは分からないでもない。


 当のクレソンは、なぜかエースを避け続けていて、見送りにも来なかった。いや、本当は人影から見ていたようだが、前には出づらなかったみたいで。理由を尋ねると、「余計に辛くなる」だそうだが、ほんとどこの乙女だ?っつぅの。って、俺に言われたかないだろうけどな。


 エースが城から出ていった後、全員が空を見上げた。けれど、皆が一番心配していた事は起こらなかった。結界は、術者であるエースが離れても解けることはないらしい。これでもうしばらくは、魔物の大群に立ち向かわなくて済む穏やかな毎日を過ごせそうだ。


 見送りの後、業務の報告のために隊長室へ向かう。すると、今夜もコリアンダー副隊長が難しい顔をして机に向かっていた。


「どうしたんすか?」

「ディルか。ちょっとな」


 コリアンダー副隊長がこういう風に誤魔化す時は、たいていが実家絡みだ。先日、姫様が騎士寮にやってきた際、あの宰相は息子宛の夜会の招待状を持ってきたらしい。最近火事で屋敷が燃えたとかで、新居に引っ越した祝いだそうだ。ふんっ、金のある奴はやることが違うな。とは言えこれ程の事となると、さすがの宰相にとっても手痛い出費となるだろう。いい気味だ。宰相には手下も多いが敵も多い。どうせ、どこかで恨みでもかって放火されたのだろう。


 で、その夜会は早速今夜らしいのだが、コリアンダー副隊長は行くかどうか迷っているらしい。ちなみに、招待状はエースにも届いている。


「副隊長、やっぱり罠かもしれないっすよ」


 いつもは、息子の存在を無視している宰相がわざわざ招待してくるということ。しかも、人の出入りの多い夜会。()()が起きても、言い逃れができる格好の機会だ。


「そうだな。ついに私も消されてしまうのかもしれない」


 コリアンダー副隊長は、掌の上で招待状を器用にもくるくると回転させて遊んでいる。


「しかし、敵前逃亡も性には合わない。ディル、お前ならどうする?」

「俺ならば行くっす。こんな嫌がらせ、百倍返しにしてやるっす」

「しかし、まだ嫌がらせかどうかは決まったわけじゃない」

「でも、用心には越したことがないっす。よかったら俺、エースの代理ということで出席しましょうか?」

「今回は危険だ。私の勘がそう告げている」

「じゃぁ、尚の事っす。エース、あいつは副隊長に何かあれば泣きますって」


 コリアンダー副隊長は、ふっと笑った。


「もしも私に何かあれば、エースのことを頼む」


 おい、エースはお前の弟かよ。遺言なら他の奴に言ってほしい。俺は副隊長からエースの分の招待状をひったくって部屋を出た。夜会は後一時間あまりで始まる。急いで着換えをせねば。と言っても、着る服には困らない。こういう時、騎士はどこへ行くにも第一礼装の騎士服で行けるので便利だな。と、貧困街育ちの俺は思った。



   ◇



 トリカブート宰相の新しい屋敷は、以前の屋敷からはそう離れていない場所にあった。つまるところ、貴族街の一等地である。前よりはやや手狭になったようだが、今は奥方にも先立たれて息子達も独り立ちし、住人は奴しかいない。これだけデカけりゃ十分だろう。


 俺は入口でエース宛の招待状を出した。対応した奴の侍従はあからさまに不満そうにしていたが、無事に潜入成功。


 それにしても立派な屋敷だ。幸い、先日の火事では使用人が一人も欠けることがなかったらしく、中は三年前から住んでいましたと言われても納得するぐらいに美しく清掃され、玄関ホールには高そうな美術品がこれみよがしに陳列されている。


 しばらくすると、コリアンダー副隊長も姿を見せた。俺は副隊長とアイコンタクトをとって、軽く頷いてみせる。俺は、つかず離れずの距離にいて、夜会の主催者である宰相が何を仕掛けてくるのかを見極めることにしよう。


 俺は、いかにも副隊長の付添と見られないためにも、着飾った紳士淑女の人混みの中をゆっくりと歩き続けた。元々スラムに近い場所で育った俺からすると、ここは雲の上の世界。磨き上げられた床に映りこむシャンデリアの灯りが眩しすぎて、ため息が出る。まさか自分がこんな場に出ることになるなんてな。正直言って、未だに貴族の作法だとか、回りくどい言い回しなどはよく分からない。だから若干の緊張はあるものの、一方では楽しんでいる自分もいた。


 というのは、実はここに来た理由がもう一つあるからだ。大声では言えない理由。それは、女性のファッションチェックである。俺に女装癖は無い。けど、ドレスや女の装飾品といった物を作ることには興味があるし、純粋にすげぇ面白いよな!と思っている。


 どうやら最近は、レース使いが流行っているらしい。袖や胸元にあしらって、肌を透けさせているのは上級者だ。俺は、随分と顔を合わせていない()()()の顔を思い浮かべた。こんなきらびやかな衣装、あいつらは一生着ることがないんだろうな。


 俺の母親も、たぶんその親も貧困街を塒にしていた。ただ、汚いことはしない。気が遠くなるぐらい緻密で地味な作業を内職したりして、やっと手にできるのは端金。今思えば、そんな真面目で真っ当な生活だったからこそ、あれだけ貧しかったのだろう。でも俺は、それに嫌気がさしていた。なんで俺はこんなに生活が苦しいんだろうって。表通りに出れば、裕福な奴が大手を降って歩いてやがる。俺なんかがそこに紛れ込んでも、それこそ鼠と同じで人扱いすらされない。何人もの貧困街の子どもがデカイ馬車に轢かれて死んだ。けど、誰も奴らを咎めなかったし、俺たちも仕方のない日常としてすぐに忘れるようにできていた。


 そんな毎日に、俺は我慢ができなくなった。


 ある日、母親と同じぐらいの歳の女が、何人もの使用人を引き連れて買い物をしているのに出くわした。ちょうど宝石店から出てきたところで、女は上機嫌。周りの者も「良い買い物をなさいました」だとかおべんちゃらを並べて、主人をおだてるのに忙しい。俺はそこにつけ込んだ。


 お粗末すぎて家とも呼べないような傾いた廃屋に帰ると、母親は必死に刺繍をしていた。売れば、おそらく俺たち家族が十年は贅沢して暮らせるであろう高価なシルクに、チクチクと糸を通していく。母親は良い針子としてそこそこの名があって、仕事だけは途切れることなくありつけていた。ただ、もらえる給金は雀の涙だし、この手の仕事は手抜きが許されないので量もこなせない。つまり、いつまで経っても裕福にはならない。俺も働こうとしたけど、こんな汚いガキは雑巾みたいに摘まれて、裏口から捨てられるだけ。商売を始めようにも、元手もなけりゃ学もない。あるのはくすぶり続ける不満だけ。


 俺は、継ぎ接ぎだらけの服にくっついている破れそうなポケットに手を入れた。そこからそっと取り出した紫の宝石。垂れ下がる千切れた蜘蛛の巣をバックに、頭上へ掲げてみる。あまりにもこの場に似つかわしくない煌めき吐き気を催した俺は、母親が集めている端切れの入った箱にそれをぶち込んだ。


 それを、母親に見られた。


 いくら雇い主に罵倒されても、数日食う物に困っても、泣き言一つ言わなかった母親。そんな人が、泣いた。


「早く返してきなさい」

「どこへ返せばいいんだよ、こんなもの」

「ディル」


 呼ばれて母親に近づくと、頬を引っ叩かれた。骨と皮だけの細腕なのに、どこからこんな力が出てくるのかと不思議になるぐらい強くぶたれた。貧困街のボスとやり合っても、こんなに痛くないんじゃないかと思った。


 その日から俺は、母親の内職を手伝うようになった。どこの誰が産んだのかも分からない子ども達が、肩を寄せ合って生きる薄暗い路地の奥で、俺は一人針仕事に打ち込んでいた。かなりの腕になっていて、母親に褒められるまでになっていたかと思う。でも普通こういう事は、女がするものだ。だから、俺は母親が代わりにとってきた仕事をこなしていた。お陰で収入はわずかでも増えたはずなのに相変わらず貧しくて、冬はしもやけに、夏は汗疹に悩まされ、いつもお腹が空いていた。


 そして俺がまもなく成人を迎える頃。いつものように王都ハーヴィエルには魔物の大群が押し寄せてきた。奴らの標的は城なので、普通ならば街の人々が直接危険に晒されることはない。


 けれど、その日は違った。城に詰めている騎士達が討ち漏らした魔物の一部が、街中に流れ込んできたのだ。たまたま仕上がったドレスを納品しに出かけていた母親は、それに巻き込まれて帰らぬ人になった。


 俺は悔しくて涙も出なったのを覚えている。真っ当に生きていたって、結局は報われることはないのだ。


 これも、やたらと魔物を寄せ付けている王家が悪いんだ。城でふんぞり返って、魔物を撃ち漏らした騎士達が悪いんだ。そう考えた俺は、貧困街の兄弟達にこう告げた。


「俺は復讐しに行ってくる」



ディル班長の昔話が長すぎて、なかなか夜会のシーンに戻れません。

すみませんがキリが良いのでここで切りました。

次話も、ディル班長の話の続きです!

その後は、やっとクレソンが出てくるので、もう少し待っててくださいね★




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