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27討伐しちゃった

 デカイ。空高くを飛んでいるにも関わらず、これだけ大きく見えるなんて、近くで見たらとてつもない巨体に違いない。


「タラゴンさん、アレですか」


 タラゴンさんは悔しそうに唇を噛み締める。


「アレだ」


 これって、災害級の魔物でないだろうか。さすが異世界、規模が違う。ちょっと現実逃避したくなるぐらい圧倒的な存在感。あれがこのまま急降下してきたら、ひとたまりもないだろう。私は、ドラゴンにこちらを気づかれませんようにと祈りながら、木の影に後ずさった。


「エースとやら。お前はアレを倒せるか」


 村長が尋ねてきた。けれど、倒せるよな?と念押ししているようにしか見えない。私は、気後れしていることを悟られないように、表情を変えずにいるだけで必死だ。アンゼリカさんも、腕を組んで難しい顔をしている。


 そりゃぁ、魔物の中には空を飛ぶものもいるだろう。でも相手はドラゴンだ。私にとっては、魔物の王様というイメージ。まず、空を飛べない限りは対等に渡り合うことすらできないだろう。


「タラゴンさんは、どうやって戦ったんですか?」

「俺達は、ドラゴンがたまたま地表に降りて羽を休めているところを奇襲したんだ。でも大きな羽の風圧と灼熱のブレスで、三十ニ人が大火傷、十八人が死亡、十六人が骨折、残りの者も俺程度まで行かなくとも、しばらく冒険者稼業はできないぐらいに負傷している」


 討伐隊はかなりの大人数だったことが分かる。そして、その悲惨な結果も。


「ドラゴンは北の森から飛翔してきたという話だ。こんな大型の魔物がこちらまで流れてくるなんて、いよいよ世界樹がヤバイのかもしれんな」


 タラゴンさんの声も、最後には掻き消えそうだった。世界樹の死は、世界の滅亡を表す。管理人の交代まで、もはや猶予がなくなっている証拠だ。


 私は、昨夜見た「はじまりの村」の人達の不安げな顔を思い出した。普通の生活を営んでいる人に、普通でない不幸が次々に降り掛かっていく未来。そんなの駄目だ。


 カモミールさんの声も蘇る。騎士の真似事をしている場合じゃない。マリ姫様が言った「がんばろうな」の声も脳裏で響いた気がした。


 最近まで、日本でごくありふれた女子高生だった私。でも今はもう救世主。これは逃れようのない運命。そして唯一の希望。


 何とかしなゃ。


 私は逆光で真っ黒に見えるドラゴンのシルエットを睨む。せめて空を飛べたら。飛べなくても、空を駆けてドラゴンの背にまでよじ登ることができれば、弱点を一突きして倒すのに。


 その時だ。


第五制限装置(フィフスリミッター)解除(クリア)


 この声は――。

 私がはっとして目を見開いた瞬間、私の身体は突然高速エレベーターに乗ったように急上昇を始めた。みるみる小さくなる、アンゼリカさんや冒険者の方達。え、どうなってるの? 高所恐怖症ではない私でも、さすがに透明の足場に立っている今の自分の状況には足がすくんでしまう。


 って、あれ?

 肩に誰かの手が置かれているかのような、重さを感じる。


「タラゴンさん?」


 タラゴンさんは、言うなればお手洗いを我慢してみたいな情けなさそうな顔をしていた。どうやら、私は彼を巻き込んで空に上がってきてしまったらしい。


「もしかして、高いところ苦手なんですか?」

「そう言うお前は、なんで平気なんだ?!」


 ここは、日本の都会でよく見かける高層ビル二十階ぐらいの高さ。確かに足元は心許ないけれど、飛行機に乗った時よりは地面が近いこともあって、タラゴンさんよりは落ち着いていられる。


「これでも、いろいろと人生経験豊富なんで」


 私はタラゴンさんに向かって、へらっと笑ってみせた。ようやく本当の意味でS級冒険者に勝てた気がした。


「で、経験豊富な騎士さんよ、俺にこの非常識な状況を解説してくれないか?」


 かなり上空にいるにも関わらず、風は感じないし寒くない。つまり、こういうことだろう。


「私達は今、透明の結界の中にいるんです。そして結界ごと空を飛んでいるんでしょうね」


 私が適当に手を伸ばしてみると、結界の壁が見つかった。触れると、白くふわっと光る。足元は緩やかに上下を繰り返しているので、ぷかぷか浮いているようだ。我ながらすごいな、これ。


「てか、これ、ドラゴンからしちゃぁ格好の的じゃねぇか?! 早く降ろせ! 降ろしてくれ!」


 その時、ゆったりと私達の少し上を飛翔していたドラゴンがふとこちらに旋回してきた。タラゴンさんと私は、無意識に互いの手を握り合う。と同時に冷や汗がつーっと背中を伝っていった。


 そして三秒後。


「エース」

「タラゴンさん」

「俺達」

「私達」

「ドラゴンから見えていない?!」


 最後の一言はハモってしまった。

 確かにドラゴンは、爬虫類独特の細長い瞳孔をカッと開いて、こちらを凝視したはず。なのに、すぐにつまらないとでもいうように、小さなブレスをため息のように吐いてそっぽ向いてしまったのだ。つまりこの結界は、中にいる人を不可視にし、さらには気配遮断ができるということ。


「タラゴンさん、ちょっと約束とはシチュエーションが違いますけど、これから空中散歩のデートと洒落込みませんか?」

「……正気か?」


 タラゴンさんは、ひとまずの危険が去ったと分かっても私の手を握りしめたまま。彼の握力で骨が折れてしまわないか、そろそろ本気で心配になってきた。


「もちろん。S級冒険者と門衛がタッグを組んで、倒せない魔物なんていませんよ!」

「そ、そうだよな! で、作戦は?」


 よかった。タラゴンさんのいつもの元気が戻ってきた。じゃないと、この作戦はうまくいかない。


「まず、このままドラゴンの背中の上辺りまで移動します」


 さっき気づいたのだが、この結界、私の意志に呼応して動くことができるのだ。ただし、ゆっくりだけどね。


「その後は、全魔物の共通の弱点、魔石が眠る場所を狙って一点攻撃を仕掛けます」


 これは、ミントさん著の魔術書の中で書かれていた話だ。大物を一撃で仕留めるためには、急所を突くしかない。


「ドラゴンの場合は頭だな。正確に言えば、二つある角の間。通常はドラゴンより上を取ることはほぼ不可能だから使えない策だが、今回は行けるかもしれない」

「そうですね」


 後は、どうやって攻撃するかだ。さすがのドラゴンも、弱点に触れられたら気づくだろう。となると、長い時間はかれられない。一瞬で致命傷を与えなければならない。


 私は考えた。

 例えば、ドラゴンの頭を串刺しにしてしまえたらいいのに。団子の串みたいに細長い武器が欲しい。でも今の私は素手だし、タラゴンさんは大斧しか持っていない上、足を負傷していてあまりアテにならない。となると、私の結界で武器に変わるものを用意しなければ。


 そうだ!

 結界を変形させればいい。


 私は結界の中にいるにも関わらず、さらに小さな結界を自分の掌の上に展開した。始めはサッカーボール大で金平糖型みたいな形。伸びて伸びて!と念じると、結界はどんどん縦に引き伸ばされていく。


「できました!」


 完成したのは、タラゴンさんの背丈ぐらいはある槍。穂先がフォークみたいな形になっていて、大量の魔力を纏っているせいか白い火花を散らしている。


「うわっ、城の結界みたいな妙なオーラの武器が出てきやがった」


 タラゴンさんは頬を引きつらせている。私はご明察とばかりに、頷いた。これは、城の結界のように、触れた魔物をたちまち弱体化する白の魔法の結晶なのだ。


「じゃ、タラゴンさん。これからドラゴンに近づいて、私がコレで角の間を狙います。たぶん仕留めることはできますが、大型種の魔物ですから最後まで悪足掻きして、こちらへ攻撃してくると思うんですよね。でも、私はこの慣れない槍のせいで危険に晒される。だからタラゴンさんは、その大斧で私を守ってください」

「ついこの前まで敵だった奴に背中を預けるのか? ここまで信用されちゃぁ裏切れねぇな」


 すると、本日二度目のアレが聞こえてきた。


第六制限装置(シックスリミッター)解除(クリア)


 次の瞬間、私とタラゴンさんを包む結界が急上昇した。と思ったら、新幹線並みのスピードでドラゴンの頭の辺りにまで来てしまったではないか。あまりの速さで接近したためか、ドラゴンは未だこちらに気づいていない。でも、もたもたしていたら物理的に接触してしまいそうな距離だ。


「エース、俺はこの先、何が起きても驚かないからな?」


 すぐ下にはゴツゴツした岩のような深緑色をしたドラゴンの鱗。二つの白い角も鋭利に見える。


「私はそろそろ慣れてきました。タラゴンさん、しっかりついてきてくださいね」


 意識を集中させて、私達を覆う結界の上半分を解除する。そして、結界でできた槍をさらに細長く引き伸ばし、ドラゴンに向かって穂先を向ける。角と角の間にある窪地。あそこだけ硬そうな鱗が無い。ここだ。


「行きます!」


 私の意思を理解したように、足元を覆う結界は急降下。私は勢いをつけて槍を振りかざす。


「やー!」


 刺さった。差し込まれたフォークの穂先からは眩いばかりの白い光と黒黒としたドラゴンの血が噴き上がる。ドラゴンは咆哮を上げてブレスを吹いたが、後頭部にいる私達には当たらない。このまま結界の白魔術でくたばってくれるか。そう思った瞬間、物凄い風圧がこちらへ迫ってきた。ドラゴンが自らの尾をこちらへぶつけようとしている。


「危ない!」


 と思わず叫んだ時には、ドラゴンが大きくバランスを崩して降下を始めていた。


「どうだ? さすがS級って褒めてくれてもいいんだぜ?」


 タラゴンさんが、大斧でドラゴンの尾をぶった斬ったのだ。樹齢千年の大木よりも太い尾は、遠く彼方の森の方へ飛んでいく。と同時に、眼下では、ドラゴン本体が岩肌の地面に叩きつけられていた。空まで届く砂煙と轟音。


 タラゴンさんは拳をこちらに突き出した。私も腕を伸ばして彼の拳に自分の拳をぶつけてみる。


「エース、やったな! これでお前も竜殺しの異名と共にS級冒険者だ!」

「いえ、違います。私は門衛ですから」



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