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26任命されちゃった

 ここは、通称『はじまりの村』。周辺の森には、討伐するのに比較的簡単な低級の魔物ばかりが生息していて、薬草採取にも向いている。そのため、多くの新人冒険者がこの村から活動を始めるそうだ。だから、この村はけっこう安全と聞いていたのだけれど。


「村人が武装しているって、どういうこと?」


 アンゼリカさんは目つきを厳しくした。


 村を囲う砦のようにして築かれた石積みや、大掛かりな木の柵。その周辺にはたくさんの篝火。暗闇の中にいる村人達は、冒険者風ではない。集まっている老若男女は、箒やスコップ、フライパンなど、普通は武器にはならないものを手に持っていて、大変物々しい雰囲気が漂っていた。


 私達は戸惑ったものの、予定通り村の入口の外に馬車を止める。アンゼリカさんは、門前に立っている一人の男性に声をかけた。


「ごきげんよう、と言いたいところだけど、明らかに不機嫌ね。私はアンゼリカ。この村、何かあったの?」

「赤紫の騎士服、その階級章……王都でお高くとまってる第一騎士団の副団長さんが何か用か? こっちは見ての通りお前達に構ってる場合ではない」

「多くの冒険者が騎士を嫌ってるのは知ってるわ。でも今は、それどころじゃないのではなくて?」

「うるさい。騎士の手など借りるものか! 儂らは、お前ら騎士のように高い安定収入を得て贅沢三昧などはしていない。日々、平和と名誉と生活のために命を懸けとるんだからな!」


 突然始まった大喧嘩。私は事情をよく知らないので、口を挟むこともできず、ただ二人のやり取りを見守っているしかない。今夜、私はこの村で一泊する予定だったけれど、どうやら穏便に運びそうにないことは確かだ。これでは、村に入ることすらままならない。


 そこへ、聞き覚えのある声が私の耳に届いた。


「あれ? エースじゃないか」


 と同時に、鎧が奏でる規則的な金属音が近づいてくる。


「タラゴンさんこそ。なんでこんなところに?」

「お前こそ、どうした? 俺の女になりにきたのか? それとも、騎士団追い出されて冒険者になったのか? って、あの姉さんが一緒ってことは別件か」


 こんなところで軽々しく女なんて言わないでほしい。私はタラゴンさんを軽く睨んで、答えたいことだけに答える。


「はい。せっかく就職したのに、そうそう簡単に辞めませんよ。ってそれよりタラゴンさん。この村、何かあったんですか?」


 もし村が非常事態になれば、村に滞在しているたくさんの冒険者か駆り出されているはず。なのに、それらしい姿が見えないのだ。


「まぁな。だからちょうどいい。エース、ちょっとひとっ走り、あっちの山を越えたところまで行ってきてくれないか? 危険度S級のドラゴンに結界かけてきてくれよ」


 S級? もしかして、ここにいる初心者冒険者では歯が立たない魔物が出たということだろうか。ふと見ると、タラゴンさんの脚には包帯がぐるぐる巻き付けられている。


「いや、その、お前に負けたから初心に戻ろうと思ってここへ来てみたら、ちょうどいい獲物がいるだろ? で、早速討伐隊を組んで向かったんだけど、残念ながらこのザマだ」


 タラゴンさんは肩をすくめた。タラゴンさん以外の多くの冒険者達も、大怪我をしているとのこと。仕方なく、冒険者業をしていない村人までも武装して、ドラゴンが村に近寄ってこないか警戒を続けているらしい。


 そこへ、先程までアンゼリカさんと言い合っていた男性がやってきた。


「タラゴン、そいつは知り合いか?」


 さっきは気づかなかったけれど、けっこうお年を召していて、妙に威厳がある人だ。眼光も鋭い。


「あぁ。こいつがエースだ。エース、こっちは村長だ」

「タラゴン、こんな時に冗談はよせ。女みたいにひょろひょろしているではないか」

「俺もそれに騙されたんだよ。エース、お前の十八番見せてやれよ」


 十八番って。むしろ、これしかないけれど。アンゼリカさんを見ると、目が「やっておしまいなさい!」と言っている。無抵抗な人を相手にするのは少し抵抗があるけれど、ま、いいか。私は、すっと右手に力を入れて、全身に漲る魔力を集めた。


「行きます」


 私の手から放たれた白い光は、レーザービームのようにして村長のお腹に照射される。その時間、約一秒。村長はポカンと口を開けたまま、半透明の棺のような狭い空間に閉じ込められた。今回もタラゴンさんとの一戦の時と同じで、空気は結界の内外を行き来できるようにしている。だから窒息したりはしないけれど、村長は明らかにパニックに陥っているようだった。


「村長、ちったぁ信じる気になったか? 俺も、こんな卑怯な魔術の使い手だと分かっていたら、確実に勝ってたんだけどな」


 タラゴンさんは目だけをこちらに向けて、ニヤリと笑う。つまり、再戦したら勝つ自信があるっていうこと? 私、プライドとかそういうの無いんで、もう不戦勝でいいです。


 気づいたら、村人達がわらわらと私達を取り囲んでいた。私は慌てて結界を解除する。解除は、解除しようと念じるだけなので簡単だ。解き放たれた村長は、すぐに地面へへたり込んでしまった。


「村長!」


 辺りから、彼を心配する声が次々に上がる。アンゼリカさんはふんっと勝ち誇ったように鼻で笑っているけれど、私、このままでは完全に悪者だ。とりあえず村長に駆け寄って、立ち上がろうとするのを手伝ってみる。村長は一瞬ギロリと私を睨んだ。値踏みされたのだと思う。


「皆の者」


 村長が大きな声を上げる。辺りはすぐに静まり返り、篝火がパチパチと燃える音だけになった。


「見ての通り、我々の村は存亡の危機に貧している。だが、冒険者の村たるもの、王都の騎士に助けを乞うことは決してできぬ。そこで、S級冒険者タラゴンの友を討伐隊の隊長に任命することにした!」


 何、勝手に決めちゃってるんだろう。そんなの、全く聞いてない。


「エース、出立は明朝六時だ。今夜はこの村で休まれよ」


 村長は重々しくそう言うと、そそくさと村の民家が集まる方へ去っていった。それだけ、私は恐れられているということなのかな。アンゼリカさんの様子を伺うと、怒っている様子はない。


「エース、第四騎士団と合流するまでに実践経験を積んでおくことは悪くないわ。この話、受けましょう」

「でも、西部のダンジョンへの到着が遅れてしまうかもしれません」

「そうかしら? どうせあの山は越える予定だったから遠回りにはならないわ。さくっと片付けてしまいなさい。私は昨日あなたが読んでた雑誌でも眺めてのんびりしながら、馬車の中で待ってるわ」


 私、ちょっとアンゼリカさんの性格が分かって来た気がする。



  ◇



 翌朝、私はいつも通り五時に起きた。清々しい山の空気を吸い込んでラジオ体操。うん、なんだか落ち着く。アンゼリカさんは剣の素振りをしていた。動きが華麗で剣舞みたいだった。


「さ、行きましょう」


 私達は馬車で出発。村長さんやタラゴンさん達数人の冒険者さんは、ホーンホーンという一角獣みたいな動物に乗って後ろをついてくる。山越えをするのだから、けっこう時間はかかるのかな? ずっと馬車に乗ったまま辿り着けるような場所なのかな? いろいろと疑問に思いながら外を眺めていると、小一時間で切り立った崖に到達した。


「アンゼリカさん、すごくいい景色ですね!」


 とても見晴らしが良い。見下ろすと、山一つが吹き飛んだぐらいの大きな窪地が広がっていて、大きな岩がゴロゴロしている。その向こう側は緑の森がどこまでも広がっていて、茶色の山肌とのコントラストが美しい。


 けれど、アンゼリカさんは渋い顔をしたままだ。


「おかしいわね」

「何がですか?」


 すると、やっとタラゴンさん達一行が追いついてきたようで、こちらへやってくる足音が聞こえた。


「タラゴンさん!」

「おい、これ……」


 タラゴンさんは、私の呼びかけにはまるで気づかず、眼下の景色を呆然として眺めていた。それは村長や他の冒険者も一緒。どうかしたの? 私の疑問に答えてくれたのは村長だった。


「山が、無い」


 昨日の昼過ぎまでは、ここには大きな山があったそうなのだ。なのに、一夜にして消え去ってしまった。さらに、その原因には大いに心当たりがある。


「ドラゴンはどこだ?!」


 タラゴンさんは我に返ったように大声を張り上げた。全員が周囲を見回すが、それらしい姿は見当たらない。もしかして、別の土地に行ってしまったのだろうか。と、誰もが楽観視し始めた頃、私達の頭に影が差した。おもむろに、空を見上げてみる。


「わぁ」


 いた。


 鋭い牙。大きな翼。テラテラと禍々しく光る鱗。

 巨大なドラゴンが、私達の真上を旋回していたのだった。



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