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24気に入られちゃった

「ローズマリー様、ご気分はいかがかな?」


 トリカブート宰相は、部屋に入るなり真っ直ぐにマリ姫様の元へ向かう。そして彼女の手をとり、あろうことか指先にキスをした。いい歳した男性が少女に跪いてこんなことするなんて、ちょっと見ているこっちが引いてしまう。嫌な鳥肌が立ったので腕を擦っていると、宰相は視線をテーブルの上に移した。


「これは?」

「私の夢の中にある故郷の料理ですわ」


 マリ姫様は、疲れた声で返事する。すると、ようやく宰相はテーブルの向かい側にいる私の存在に気づいたらしい。分かりやすく顔をしかめた。


「貴様、何しに来た?」

「私のために料理を作らせましたの」


 マリ姫様が慌てて答えてくれた。


「これらの料理は私の元気の元。宰相も、早く私が元気になって、普通の生活を送れるようになることを望んでくださっているのでしょう?」


 宰相は微妙な顔をしている。私のことを否定したいが、それではマリ姫様を否定することになる。その上、目の前のテーブルには二人分の食事が並んでいるのだ。順当にいけば、テーブルの料理を食べるのは、毒味を兼ねて調理した私と、マリ姫様。けれど、それが許せないのだろう。しかもその料理は、宰相がこれまで目にしたこともないものばかりだ。


 宰相はテーブルの上の料理を睨んだまま。

 そっか。じゃ、仕方がないな。


「トリカブート宰相。本日はたまたまニ食分ご用意してあります。もしご興味ございましたら、姫様と一緒にいかがですか?」

「そうだな。もし、こやつが自分だけ何か解毒役を服用した上で、悪いものを姫様にお出しているとなると、大変なことになる。私が責任をもって毒味しよう」


 そう一気にまくしたてると、宰相はすぐに一礼してテーブルについた。マリ姫様はにっこりとほほ笑む。


「それでは、今度こそいただきますわね」


 そして始まるランチタイム。部屋は、食器が立てる僅かな音以外、何も無い。私は、宰相から料理について文句をつけられることを想定して、いろいろと言い返す言葉を考えながら壁と同化していた。


 それから十五分。


「美味だった」


 宰相は、しっかりとこちらを見つめてそう言った。

 あれ? 褒められた?


「この料理は見た目が悪いが、体の芯から温まるような情熱溢れるものだった。野菜も肉も入っていて、バランスもよく取れている。そしてこの細長い白芋の料理。これは食べ始めると手が止まらなくなるので危険だ。もう作ってはならん。そして、このサラダにかかっていた調味料は何だ? 少し酸味があるものの、まろやかな味わいで、いつもより野菜が旨く感じられた。最後にこの飲み物。果実のブレンドが絶妙で、後味も爽やか。酒ではないので、昼の式典などの場でも出せるかもしれぬ」


 えっと。あの。いろいろとご説明をありがとうございます。要するにお口に合ったってことらしい。


「そうでしょう? エースの料理はとても美味しいのです。また私のために作ってくださいね」


 マリ姫様、声に勝ち誇った感がよく出ている。きっと心の中では、宰相に向かって指差して笑っているに違いない。これで、また私と会う口実を作ってしまったのだから。


「良いだろう。ただし、二人だけになることは許さない。お前はただの騎士なのだからな」


 二人だけになることは絶対にない。宰相が許しても、ラベンダーさん辺りが許してくれないよ。と本音を漏らすわけにもいかないので、私は恭しく頭を下げておいた。


「はい。心得ております」

「それから」

「はい?」

「私にもたまには腕を奮うように」


 マジでか。


「可能な範囲で対応させていただきます」


 以前、日本のレストランでウェイターのアルバイトをしていた時に培った言葉をお返ししてみる。これで、何かあれば逃げ道が残るでしょ? ぐふふ。


 こうして私は、図らずも宰相からの好感度を上げてしまったのだった。



   ◇



 そして、宰相が「会議の時間だ!」と言ってバタバタと退室した後、私は未だにマリ姫様の部屋を出られずにいた。


「というわけだ」


 この台詞、つい最近別の人からも聞いたような。

 実はマリ姫様、久しぶりの日本食に味をしめたらしく、「もっと食べたい!」と騒ぎ出したのだ。でも私は、今日中には城を出発して西部のダンジョンへ向かわねばならない。そこで姫様は、とある計画を持ち出した。ずばり、日本食振興革命だ。


 この世界には、日本で食べていたのとよく似た食材で溢れている。けれど、調味料系はそうではない。まず、味噌汁を飲みたくても味噌が無い。魚の煮付けが食べたくても、魚は海岸沿いの街でしか入手できないし、何よりも醤油が無い。幸い、油は貴重品ではなかったので揚げ物はできたし、卵や牛乳、チーズもあるのだけれど、日本人としてはそれで満足ができないのだ。


「ねぇ、お米は?」


 宰相が退室したので、再び幼馴染モードで喋る私達。


「米は、気候的にもハーヴィー王国の各地で取れるはずなんだけど、ここ数百年はほとんど流通がないみたいでな。今は、パンが主食の王道になってるみたいだ。もし、どこか遠征先で見つけたら俺に報告してくれ。姫権限で、王家直轄地の一部を田園地帯にするから」


 姫権限ってそこまで大きくないはず。先にお父さんである王様に話を通しましょうよ。あ、駄目か。現在、国のほぼ全ての権力が集中しているのは宰相だった。ともかく、米は大切だ。日本人のスピリットだ。同じ炭水化物でも、パンと米ではお腹の収まり具合が全然違う。私は、いつか必ず米を手に入れようと決意した。


「それにしても、姫乃」

「ん?」

「お前、昔みたいにベタベタしてこなくなったな」


 スキンシップのことか。確かにそうかも。でも今は身分の壁があるから、これぐらいの仲の良さに留めておくのがお互いの身のためな気がする。


「そうかな? こんなものじゃない?」


 マリ姫様は少し考え込むそぶりをした。


「もしかして、好きな奴でもできた?」


 私の頭の中には、すぐにクレソンさんの顔が浮かぶ。そして、あの夜のキスのこと。でも今は嫌われていて……。


「俺でよかったら、話聞くぞ」

「ありがとう」


 私はマリ姫様である衛介に、どんな顔をしたらいいのか分からなくなって俯いた。



 ◇



 出発は、すっかり日が暮れてからになってしまった。

 まず、今回は長期間の派遣になるかもしれないので、十分な旅支度が必要。これまではクレソンさんからシャンプーなど身の回りの品々をおすそ分けしてもらっていたけれど、西部に行くのは私一人。そこで、オレガノ隊長からお給料を前借りして、初めて下町に繰り出した。


 付き添ってくれたのはディル班長。途中で、手芸店に入ろうと誘われたけれど、店のまえにいた女の子達が班長を見て怯えていたので、私は「また今度、ゆっくり見に来たいです」と言ってその場から離れた。


 なあんてこともありながらも、着換えや日用品を買い込み、ついでに新調した旅行鞄へ詰め込む。オレガノ隊長からは、地図、途中に立ち寄る街や村、そこでの注意事項などをしっかりと言い含められて、いざ出立となった時。北門に一人の女性が現れた。


「私は第七騎士団所属、アンゼリカよ」

「第八騎士団第六部隊所属、エースです」

「私、クレソンの元婚約者なの。よろしくね」


 元、婚約者……?


 そっか。クレソンさん程の人ならば、そんな存在がいたとしてもおかしくない。それは少し考えれば分かることなのだけれど、なんでこんなに悲しいんだろう。


 クレソンさんがちょっと女癖が悪いってことは、初対面の時にコリアンダー副隊長から説明を受けていたから知っている。でも私と出会ってからは、特定の女性の影というものは全く感じてこなかった。だから、いつの間にか自分がクレソンさんの特別になったような気がしていたけれど、それは大きな間違いだったのだ。


「第四騎士団が駐在中のダンジョンへは、私が随行するわ。チャンウェル団長にも話は通してあるから安心してね」


 歳は私より少し上ぐらいか。長い水色の髪をポニーテールにした勝ち気な感じのお姉さん。騎士らしく、姿勢が良くてスタイルも良い。


 旅の途中で迷子になる心配がなくなったはずなのに、私は漠然とした不安でいっぱいになった。


「えっと、よろしくお願いします」


 握手しようと思って、手を差し出してみる。


「こちらこそ」


 握り返してくれた手の力強さに、ますます先が思いやられる私だった。



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