23良いカップリングを見つけちゃった
翌朝、私の熱はすっかり下っていた。体も軽く感じる。ベッドのカーテンを開けてみると、向かい側のベッドは既にもぬけの殻だった。まだ朝の五時なのに。クレソンさん、そんなに私と一緒にいるのが嫌なのかな。
窓から外を見ると、今日も白く光る巨大な鳥籠に、城の敷地はすっぽりと包まれていた。よかった。あちらの結界は解けていなかったことに安心する。
寝室からリビングスペースへ向かうと、昨夜テーブルの上にセッティングしておいたパウンドケーキが無くなっていた。溺れて迷惑をかけたお詫びと、助けてくれたお礼として、クレソンさんに宛てた手紙と一緒に置いたのだ。なのに、代わりに残されていたのは別の方からのお見舞いの品。
一つ目はディル班長から。「これ、なかなか癒やされるだろ? 早く元気になれよ」と書かれたメッセージカードが添えられている。包みを開封してみると、中からふわふわもこもこの兎っぽいぬいぐるみが出てきた。額に小さな角が映えているので、魔物がモチーフなのかもしれない。素晴らしい仕立てのぬいぐるみだけど、きっと班長のお手製なんだろうな。女子力の強さに若干引いてしまうが、可愛らしいのでありがたく貰っておく。
二つ目は、オレガノ隊長から。紙袋の中身は、なんと雑誌だった。この世界、既に印刷技術があるらしい。たぶんこれはガリ版っていう奴だ。紙が茶色で、文字が少し読みにくいけれど、紛れもない読み物に興奮してしまう。なになに? ん? 今月の女の子? あ、街中の可愛い子をパパラッチしてインタビューし、その姿絵を添えているという記事がある。それから、貴族のお偉いさんの噂話や、流行りのお店などについてもまとめられているようだ。ペラペラ捲るだけで、ザ・異世界を満喫できる気がする。隊長、どうもありがとう!
そして三つ目。コリアンダー副隊長からだ。ちょっと嫌な予感がするけれど、厚手の封筒の中を覗いてみる。……やっぱり。魔術の本だった。以前、コリアンダー副隊長は、魔術を使った事務仕事を覚えてほしいようなことを口走っていたのだ。メッセージカードには「これをマスターしておくように。」と書かれてある。事情は分かるけれど、ちょっと乱暴すぎやしませんか? プライベート授業を所望します!
さて、メッセージにはまだ続きがあった。私はそれに目を通す。
「そういえば、そんなのもあったな」
昨夜、私が寝込んでいる間に、第四騎士団の団長さんから魔術で手紙が届いたそうなのだ。つまり、急ぎの用件である。内容は、「早くエースをハーヴィー王国の西部にあるダンジョンの街まで寄越せ」とのこと。タラゴンさんとの決闘があってバタバタしてたから、すっかり忘れてたよ。それにしても、明日中には出発してもらうって書かれているけれど、それって今日のことだよね? 私はがっくりと肩を落とした。
私は、他の誰からでもなく、クレソンさんからの返事が欲しかった。もちろんパウンドケーキは見返りを求めたものではなかったけれど、やっぱり何かの反応が欲しいと思ってしまうのは私の我儘だろうか。
もし、クレソンさんに会えないまま、西部へ出発することになったらどうしよう。クレソンさんだけには嫌われたくなかったのに。私は無意識に兎のぬいぐるみを抱きしめていた。
◇
オレガノ隊長はデレっとした顔で、こうのたまった。
「というわけだ」
って、簡単に言わないでください!
新人門衛の私は、ちょっと悲しいことがあったからって仕事をサボったりはしない。生真面目に朝も五時半から北門の駐在所へ向かい、これまたお早い出勤のオレガノ隊長から説明を受けていたところだ。
昨夜のことの伝達も、本来はオレガノ隊長がすべきものなのだけれど、こういった雑務はいつもの如くコリアンダー副隊長に押し付けていたらしい。やっぱりあの魔術書、真面目に読もうかな。コリアンダー副隊長が過労で倒れてしまったら困る。
で、私が隊長から伺った話は、予定していたものと、想定していないものがあった。予定していたものは、今日から第四騎士団がいる西部へ向かうこと。もう一つは、なんと姫様からの呼び出しだった。それもコックとして! どうやら、あの残念系侍女さんがわざわざ隊長に派遣依頼をしに来たらしい。
「俺、美人には弱いから。お前が出立の準備で忙しくなることは分かってたんだが、頼むよ。な? 姫様も美人だし、癒やされてこい」
そういえば、オレガノ隊長も騎士寮に突撃してきたマリ姫様と遭遇していたんだな。確かに美少女だけど、私の好みは美男子です。
本来ならば、このタイミングでの衛介の我儘なんて聞いてあげる気にはならない。だけど、今の私は昨日のことを引き摺っている。ここは、料理でもした方が気持ちが穏やかになって、冷静に西部へ迎えるかもしれない。
「分かりました。引き受けます」
「じゃ、ついでにあの侍女の名前を聞いておいてくれ」
「そんなの、自分で聞いてください」
「頼むよ。美人な上に、あの尻は俺の好みだったんだ」
「ますますお断りです」
「エース、男なら分かるだろ? ほら、じゃ隊長命令っていうことにしよう!」
なんか、いろいろどうでもよくなってきた。
◇
はい。またやってきました、マリ姫様の私室。今日のマリ姫様はジャージではなくて、普通のパンツスタイルだ。外出する時は、姫モードを余儀なくされるみたいだけど、どうやら部屋の中では自由にさせてもらえている様子。やっぱり元男の子だから、スカート特有の足がスースーするのって、馴染まないんだろうね。夏は涼しくて良いんだけど。
「はい、できあがりましたよ」
私がお膳を姫様の前に並べていく。今日のメニューはハンバーグ乗せカレーとフライドポテト、サラダ、そしてミックスジュース。お子様ランチか! と内心ツッコミ入れながら用意したこれらは、全てマリ姫様からのリクエスト。本当はラーメンとか焼き鳥とか、ニ丁目のたこ焼きとか言われたのだけれど、この世界にある材料や道具で作れそうなものだけを私が独断と偏見でピックアップして作ったのだ。
「姫乃、ありがとな」
「マリ姫様、その呼び方はちょっと……」
「気にするな。身の回りの者には、だいたいの事情を掻い摘んで伝えてある。ここにいるのは俺達の味方ばかりだから、もっと気を楽にしていいぞ」
私が部屋の中を見回すと、カモミールさんを筆頭に、あの残念系侍女さん達が鷹揚に頷いて、マリ姫様の言葉を肯定する。
「申し遅れました。私、マリ姫様付きの筆頭侍女で、ラベンダーと申します。大変嘆かわしいことに、姫様は貴方様と意気投合してしまったようで、これからも少なからぬご縁があるご様子。今後も姫様の理解者として、誠心誠意お仕えしてさしあげてくださいませ」
隊長、向こうから名乗ってくれましたよ。で、聞いておくのは名前だけでいいんですかね?
「はい。私も第八騎士団第六部隊に所属する身。王族であられる姫様をお守りするのは騎士としての務めですから、お役に立てそうなことがありましたらいつでもお呼びください」
「案外しっかりとなさっているのですね。では早速お願いしたいことが」
「何なりと」
私も受け答えは、ちょっと騎士らしくなってきたかな?
「あの、エース様の隊の隊長様のお名前を伺いたく……」
隊長! 脈アリですよ!
隊長は所謂アラフォーだけど、未だ独り身。たくさんの部下に慕われているし、魔物の襲撃がある時は最前線で力強い槍術を展開するというカッコいい一面もある。何より、どこの誰かも分からない不審者みたいな私を入隊させてくれた命の恩人だ。ここは私が一肌脱いで、二人の橋渡しをしてあげようじゃないか!
と、思っていたら。
「ラベンダー、控なさい」
「はいっ」
あ、カモミールさんに叱られて、ラベンダーさんが光の速さで壁際まで後退した。
「姫様。本日エース様をお呼びになったのは、食事だけが目的ではなかったはず」
カモミールさんは、眼鏡をキラリと光らせた。乳母というよりも、家庭教師的な雰囲気になる。
「そういえばそうだったな」
マリ姫様は手を打って呑気な顔をしている。さては、食事のためだけに私を呼び出すわけにはいかないから、何か別の口実も用意してあったのかな? という想像は大当たりだった。
「姫乃、聞きたいことがある」
「何?」
「お前、制限装置はいくつまで解除した?」
なぜ、アレの存在をマリ姫様が知ってるの? 私は驚きを隠すことができない。
「四つはクリアしたよ」
「まだ四つか。先は長いな」
「え? どういう意味?」
「んー、どこから話そうか。そうだな、要約すると、これまで俺はただ単に眠り続けていたわけじゃない。俺は、今代の世界樹の管理人から、夢の中で引き継ぎを受けていたんだ」
マリ姫様によると、日中の眠っている間は私との脳内通信と同じ要領で、世界樹の管理人と会話することができるらしい。世界樹を通して自然界のバランスを取る方法だけでなく、ありとあらゆる歴史や知識も。その中には、もちろんマリ姫様が管理人を交代する方法も含まれているらしい。
「姫乃。お前は世界樹の管理人に選ばれた『救世主』なんだ。そして、俺が世界樹に辿り着くまでに、お前も『救世主』として成長する必要がある。その目安が制限装置だな」
「そんなまどろっこしいことをしなくても、いきなりチートな能力をドドーンっとプレゼントしてくれればいいのに」
私が本音を呟くと、マリ姫様は眉を下げて少し悲しそうな顔をした。
「確かに能力的なものは、姫乃の言い分の通りだ。でも、それでは心の成長は追いついてこない」
「心の成長?」
私がまだ高校生の年齢で若すぎるということなのかな? マリ姫様はまだまだ何か言いたそうだったけれど、何かをぐっと我慢しているような、辛そうな面持ちで俯いてしまう。
「マリ姫様?」
「いずれ、詳しく話さなきゃならないんだけどな。ごめん、まだ俺の覚悟が決まらない」
私が思っている以上に深刻な話なのだろうか。
「ともかく、制限装置はもっとたくさんクリアさせなきゃならない。俺が世界樹の管理人を引き継ぐためには、『救世主』がレベルを完ストさせるのが条件なんだ。姫乃には苦労かけるけど、一緒にがんばろうな」
マリ姫様、いえ、衛介にしては話す言葉が真面目すぎる。理由は全然分からないけれど、私のがんばりが必要だということは理解できた。
「うん。どういう時に制限装置が解除されるのかは分からないのだけど、私なりにがんばってみるよ」
それが、衛介の心を守ることになるならば、私は必死でがんばるよ。
「はい。大切なお話はここまで! 早く召し上がらないと料理が冷めてしまいますよ」
カモミールさんが、場を仕切り直すようにパンパンっと手を叩いた。先に話をしろと言ったのは彼女なのに。
「冷める? そんなものを姫様にお出しすることはいけませんね。私が温め直します」
ラベンダーさんは料理に近づくと、指をパチリと鳴らした。すると、あら不思議。カレーから、できたてのように湯気が立ち上ったではないか。
「私、無詠唱が使えますの」
私に向かって得意げに話すラベンダーさんだけど、ごめんね。私も結界しか作れないけど、無詠唱の使い手なんだ。ここでそれを言うと可哀想だから黙っておくけれど。
「じゃ、食べるか。いただきます!」
そしてマリ姫様が両手を合わせた瞬間、部屋に扉をノックする音が聞こえてきた。すぐに、数人いる侍女さんのうちの一人が「見て参ります」と言い残して走り去る。誰かお客さんかな? だとしたら、私も出発の準備があるから、そろそろお暇しようかしら。と思っていたら、侍女さんがこちらへ戻ってきた。
「姫様。宰相様のお越しです。お通ししてもよろしいですか?」
マリ姫様は渋い顔をしたけれど、二、三秒後に小さく頷く。マリ姫様は明らかにトリカブート宰相のことを毛嫌いしているはずなのに、なぜ? もしかして、何か弱みを握られているのだろうか。






