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20我が主はどこへ向かうのか※

★今回はラムズイヤーさんの視点でお送りします。


 エースが勝った。我が主、クレソン様はさも当然という顔をしているが、内心ひやひやしていたのは僕だけではないだろう。Sランクと新人門衛という肩書の差だけではない。王城内にある由緒ある闘技場に姿を現した二人の背格好を見れば、それだけで勝負がついたかに見える。片方は屈強な身体のベテランの戦士。破壊魔王という不名誉な通り名を背負っているタラゴンは、性格や素行はともかく腕は確か。対するエースは無名のひよっこで、見るからになよなよしている。


 今回、隊長がこの闘技場と指定したのには意図がある。ここは通常、Sランク冒険者の認定式か、年に一度の騎士の実力を披露するための祭『青薔薇祭』の時だけに使われる場所だ。建国時からの遺産でもあるここは、人が死ぬ催しを行ってはいけないことになっているので、必然的にエースを守ることに繋がる。同時に、奴、タラゴンのSランクという肩書きを誇示するのにはうってつけの場所でもあった。


 それにしても、勝負があんな一瞬で決まるとは。第八騎士団第六部隊の中では細身の僕は、どちらかといえば素早さを武器にしている。けれど、今日のエースの動きは僕の何枚も上を行くものだった。


 最近はコリアンダー副隊長が、エース宛に届くたくさんの手紙を捌くのに苦労しているようだが、今後はさらに忙しくなりそうだ。これらは全て貴族から寄せられているもの。内容は、私兵としての引き抜きや養子縁組の申し出、自らの屋敷の結界魔術の依頼などだ。もちろん副隊長は、全てエースに隠れて断りの返事を出している。世間知らずなエースは、正直言って貴族社会の中でうまく立ち回れそうにもない。奴隷のように使い潰されることになるのは、火を見るより明らかだ。それに、エースは第八騎士団第六部隊(うち)に必要不可欠な人材。副隊長の判断は乱暴だが無理も無い。


 さて、今しがた、上機嫌なクレソン様がエースを連れてきたのは、騎士寮内のとある部屋である。ここは元々僕とディル班長の部屋で、クレソン様とエースの相部屋と隣り合っている。


「開けてみて」


 クレソン様に促されたエースは、一瞬僕の方を見て戸惑ったような顔をしたけれど、すぐにドアノブに手をかけた。


「わぁ」


 乙女か。とツッコミしたくなるような感嘆の声。エースはすぐに中へ入っていった。


「クレソンさん、これってもしかしてキッチンですか?」

「えっと、調理場だな。エースが料理する場所が欲しいと話していたから用意してみたんだ」

「嬉しいです! これで約束通り、クレソンさんに何か美味しいもの作ってあげられますね」


 そんな約束していたのか。というか、あんなに張り切って職人を掻き集め、エースが寮にいない間に突貫工事を進めさせていたのは、自分がエースの手料理を食いたいという理由だったとは。


「でもクレソンさん。私の記憶ではこの部屋、ディル班長とラムズイヤーさんのお部屋でしたよね?」

「えっと、それは……二人とも快く引っ越ししてくれたから、何も気にしなくていいんだよ」

「え、それって、とってもご迷惑をおかけしたということじゃ……」


 エース、君は良い奴だし、我が主よりは常識人だな。僕はいいんだ。部下だから。でもディル班長のことは、何とか埋め合わせしてやってほしい。という心の声が奇跡的に届いたようだ。


「それならば、早速何か作ります。クレソンさんはいつでもご馳走できるから……ディル班長、ラムズイヤーさん、今日はどんなもの食べたい気分ですか?」


 あ、クレソン様が撃沈した。たぶんこの後、「ラムの分際でエースの手料理を先に食べやがって!」とか言って突っかかってくるのだろう。やれやれ。


 僕がハーヴィー王国第一王子クレソン様の側近になったのは、もう十年以上前のことだ。あの頃はまだ王妃様も行方不明になっていなかったこともあって、王も今よりはしっかりと政務をなさつていたし、クレソン様も真っ当な王子として教育を受けていた。


 転機が訪れたのは、宰相が今のトリカブートに変わった時だ。奴は、妹姫であるローズマリー様を見舞っていたクレソン様に難癖をつけて、姫様が眠ってばかりなのをクレソン様のせいにしてしまったのだ。そしてクレソン様は無期限の謹慎扱いとなり、王子の座を奪われてしまい、王籍を抜けることになる。そればかりかトリカブートは、これまで温室育ちだったクレソン様を第八騎士団第六部隊に騎士として配属してしまったのだ。


 僕は迷った。僕はこれからもクレソン様についていくべきかどうか、と。


 クレソン様は、見目が良いことも手伝って女性関係はだらしないところもあるが、ペンを持っても剣を持っても素晴らしく良くできる方だ。国民の生活や考えもよく理解していて、基本的には良い王子だと思う。僕のことも、そこそこ信頼を置いてくれていて、部下というよりも幼馴染や親友に近い間柄だ。


 けれど、僕はハーヴィー王国公爵家の長男なので、国の中央から死地へと追いやられたクレソン様の味方をし続けることは本来芳しくない。でも、僕が彼の側にいなければ、他の誰があの人を支えられるだろうか。王は実権を宰相に投げ渡し、妹姫は眠り続け、母親である王妃は失踪。こんな境遇のクレソン様を放っておくことはできない。


 僕は、父上にかけあって、第八騎士団第六部隊への入隊を志願することにした。僕は、いつもクレソン様の剣の稽古の相手をしていたので、腕には多少自信がある。後は、父が首を縦に振るだけだと思って、必死の説得が始まった。


 そして実家の屋敷を飛び出し、長男としての務めをボイコットしながら訴え続けて一カ月。父上はようやく許してくれた。決め手は、僕の熱意の強さではなく、この国の世継ぎはやはりクレソン様しかいないという父の認識故のことだった。トリカブートはしたたかで、その背後には王家御用達の魔術師団の影もある。奴らは、式典の際に派手な魔法をぶっ放すだけの名誉職で、日頃は国民の血税を無駄に消費するだけの豚どもだ。でも、武力とも呼べる力を擁していることも事実。決して見逃せない悪の勢力である。つまり、親王派の立場を取り続けてきた父にとって、次期王になる可能性が捨てきれないクレソン様の傍に僕を置き、そういった反王派から彼を守るよう指示することは、一つの政治的判断になるのだった。


 でも残念ながら、クレソン様はぬくぬくと守られているようなタマではない。元々才能があった剣の技はさらに磨きがかかり、今ではあのオレガノ隊長が一目を置く程にまで成長している。城内だけでなく下町へふらっと出かけてしまうことも多いし、何を考えているのか分からないことも多い。いろいろな意味でつかみどころの無いお方だ。


 そんなクレソン様が最近熱を上げているのがエースである。確かにエースは凄い奴で、将来の側近候補や護衛候補としては有望かもしれない。だけど僕は、ここまで彼にこだわる理由がいまいち分からない。ともかくクレソン様は、オレガノ隊長やコリアンダー副隊長がエースに武器をプレゼントしていたのが気にくわなかったらしく、ずっとエースに何かを与える機会を虎視眈々と狙っていた。そして今日、そういう意味でまたとないチャンスが巡ってきたというわけだ。ちなみに、調理場の建設の旗振りをしていたのは僕です。


 どうにかエースの勝利までに工事が完了して本当に良かった。やれやれとため息をついていると、いつの間にかエースは早速調理場に立って、何やら野菜を洗い始めているではないか。


「王城の食堂で出た残り野菜や余った食材をタダで分けてもらってくるなんて、クレソンさんは賢いですね。その感覚、主婦として十分にやっていけると思います」


 クレソン様はエースに褒められてニコニコしているけれど、正直王子の癖にケチくさいと僕は思う。


「で、エースは何を作ってくれるの?」

「できあがってのお楽しみ!」



   ◇



 想像以上だった。


 エースが料理を始めて一時間あまり。どうやら入隊するまでは日常から料理をしていたのか、大変段取りよく大量の料理を量産していく。どれも見栄えよく盛り付けされているというのもあるが、何よりその香りが食欲をそそる。本来ならば勤務時間中だが、集まった北班メンバーは誰一人持ち場に戻ろうとしない始末。ついに、それがオレガノ隊長に見つかって、数人が最低限の門衛業務のために寮の外へ引きずられていった。あわれだ。


「はい、できましたよー! 今日はよかったら、ここで立食ランチにしませんか?」


 エースは、腕まくりしていた袖を降ろしながら、涎を垂らしながら『待て』をしている野郎共に声をかける。テーブルの上には大皿がいくつも載っていて、中には見たことのない料理もあった。


「では、いただきます」


 エースが、テーブル脇の椅子にちょこんと腰をかけ、左右の手のひらをピタリと胸の前で重ね合わせるポーズをする。クレソン様いわく、これはエース特有の習慣らしい。クレソン様もそれに倣って『いただきます』をすると、いよいよ()()が始まった。


「このパンうめぇな! こんな食べ方あるなんて知らなかったぞ」

「この肉の味付けも初めてだ」

「うわっ、めっちゃ柔らかい」

「これ、何入ってるんだ? 毎日でも食えるぞ、俺」

「旨すぎてフォークが止まらない」


 元々二人部屋の寮室を改装しただけの場所に、北班の男ほぼ全員が寿司詰め状態。しかも、さっきの勝利の余韻もあって、高ぶった感情は食欲をさらに増進し、テーブルの上の皿はあっという間に空になっていった。


 良かった。僕は漠然とそう思った。


 実のところ、エースは外見がこれだし、ミントさんと恋仲という噂もあるしで、北班の中にはアンチも存在した。でも、もう大丈夫。Sランク冒険者相手に圧倒的な強さを見せ、こうして美味すぎる飯を手自ら仲間のために作ってくれる。そして、この笑顔だ。裏表の無い、底抜けの笑顔。もう誰もエースのことを悪く言わないだろうし、それでころか好きになったんじゃないかな。仲間として。


 クレソン様を見ると、ご満悦だった。主を真の笑顔にできる者として、僕もエースのことを好きだと思う。



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