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01門衛になっちゃった

転移ものに初チャレンジしてみます。

よろしくお願いいたします。

 紺碧の空の下。目の前に立つのは大男だ。と言っても、この世界では平均的な背格好なのだと思う。


「貧相なガキだな」


 彼、ハーヴィー王国第八騎士団第六部隊隊長と名乗るオレガノさんは、私の全身を舐めまわすように見渡した。私は、白シャツの上に黄土色のベストを着て、色褪せた焦げ茶のズボンを穿いている。背中の真ん中ぐらいまであった黒髪は、さっき冒険者ギルドの受付のお姉さんがバッサリ切ってくれたから、どこからどう見ても普通の少年……のはずなんだけど。


「得意な武器は何だ?」

「ありません」

「魔法が使えるのか?」

「分かりません」

「……度胸はあるか?」

「多少ならば」


 また門前払いか。そう思った時、オレガノさんはふっと笑った。


「合格!」


 やった! これで就職先はゲットだ! と思っていたのも束の間。すぐにオレガノさんの隣に立っていた男性が訝しげな声を出した。


「いいんですか? こんなひよっこ、何の役にも立ちそうにありませんよ?」


 ですよね。私もそう思います。


「そうか? 肉壁ぐらいになら使えるだろう」

「さすが鬼畜で有名なオレガノ隊長!」

「愛情をもって厳しく育てるが俺のモットーだからな」


 オレガノ隊長は機嫌良さそうにフフンっと鼻を鳴らしているけれど、たぶんこれは褒められていないと思う。それより、肉壁って何だろう。もしかしなくても、もしかするのかな。私は背筋が一瞬ひんやりとするのを感じた。


「んでお前、名前は何だっけ?」


 名前……そう言えばまだ考えていなかった。どうしよう。そして慌てて口走ったのは、今は亡き片思いの人の名前。


「衛介です」

「エースケ? 変わった名前だな」


 ここは異世界だから、日本名は不味かったかもしれない。と焦ったけれど、そこは上手いこと誤魔化しておこう。


「あの、エースって呼んでください」

第一人者(エース)か。見た目に似合わず、なかなか立派じゃねぇか?」


 あはは。自分でもあまりにもテキトーすぎるネーミングに乾いた笑いしか出ませんよ。でも、まさかこんなことになるとは思ってもみなかったのだ。突然異世界に転移してしまい、女であることを隠しながら王城の門衛として就職することになるなんて!


 まずは、事の発端を聞いてほしい。



   ◇

 


「衛介。なんで死んじゃったんだよ」


 私、姫乃(ひめの)は、家の前から続く山手の小道を辿り、近所の墓地へ来ていた。お供えは、焼き鳥。ちょうど一年前、唐突に死んでしまった幼馴染、衛介の大好物だった。


 彼は学校からの帰り道、いきなり倒れて、そのまま息を引き取ったらしい。ちゃんと冷たくなった遺体にも触れたし、お葬式にも行ったのに、私はそれを未だに信じられずにいる。


 焼き鳥からぷーんっと甘くてジューシーな香りが立ち上っていた。朝も早くから備長炭を使って焼いてきた私のお手製だ。こんなことしてる女子高校生なんて、日本中探しても私ぐらいだろうな。


「衛介、焼き鳥をこのままお墓の前に置いておくのは良くないから、私が代わりに食べるよ。いいよね?」


 二人で学校帰りに立ち寄ったスーパー前の焼き鳥屋台。じゃんけんで負けた方が奢ることになっていた。勝率は衛介の方が上。でも、なぜか衛介がお金を払っていることの方が多かった。


「ありがたく食べるように!」


と言って、葱と鶏もも肉が刺さった串を突き出してきた彼の声を思い出すと、自然と涙が溢れてくる。私は、躊躇いなく焼き鳥にかぶりついた。あぁ、美味しいよ。めっちゃ美味しいよ。なんで、隣に衛介がいないんだよ。ねぇ、なんで?


 その時の私は、滲んだ視界が少しずつ変化していたことに全く気づいていなかった。



   ◇



 あれ? ここどこ?


 見渡すと、知らない街の知らない路地にいた。私の右手には食べかけの焼鳥の串が一本。装備はそれだけだ。見上げてみると、細長い青空が見えて、細い紐にぶら下がるたくさんの白い洗濯物が、運動会でよく見かける小さな国旗みたいにヒラヒラとはためいている。


 私は山の中の墓地にいたはずなのに。もしかして夢でも見ているのかと思って耳たぶを引っ張ってみたけれど、ちゃんと痛みはある。


 ふう。私はひとつ深呼吸した。ここでじっとしていても埓が明かない。私は路地の先にちらりと見える、人通りの多い場所に向かって歩いていった。人間、ここまでの窮地に陥ると、かえって冷静になれるものらしい。


 そして行き着いたのは、大きな噴水のある広場。ここはどこかの大きな街であり、日本ではなさそうだ。何より、その街並みを作り上げている建物が以前修学旅行で行ったヨーロッパの町並みに似ているものの、行き交う人々の格好が変なのだ。髪色がカラフルすぎる。水色とか紫とか緑とか。さらによく見れば、明らかに現代人が纏うにはお粗末すぎる素材のゴワゴワした服を着ていて、デザインのバリエーションもかなり少ない。ほとんどの男性はシャツにベストを羽織り、暗い色のズボン。女性はくるぶし丈まであるロングスカートが基本で、三角巾のような要領で大きな布を頭に巻いている人もいる。


 四台目の大きな馬車が目の前を勢いよく通り過ぎた時、私はようやく事態を飲み込み始めていた。ここはたぶん、異世界というヤツだ。どうやら、衛介から借りたラノベでよくあった『転移』というものをやらかしてしまったらしい。


 となると、こうもぼんやりもしていられない。ここには頼れる人なんて誰もいないし、家もない。お金もないから、今日の昼ごはんすらありつけないかもしれない。それに、何となく分かるのだ。このまま気絶しても、眠っても、日本には帰れないということが。だったら、早くここで生きていけるように何とかしないと!


 いつの間にか、私は周囲からジロジロと見られているのに気がついた。それもそうか。私の格好は浮きすぎている。この街ではほとんど見かけない黒髪黒目。さらには、Tシャツの上にパーカーを羽織り、ショートパンツにサンダルという、日本でも寝間着の延長と取られかねない緩い服装だ。


 その時、いやらしい目でこちらを見つめる男と目が合った。私は残っていた焼鳥を素早く口に頬張ると、串を地面に投げ捨てて駆け出した。



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