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16油断しちゃった

 昼時の食堂は、今日も活気づいている。身長が百六十五センチメートルの私は、騎士服と合わせて支給されているブーツを履いているにも関わらず、行き交う巨漢達の森の中に埋もれそうになりながらすり抜けて行くしかない。


 お盆を持って列に並ぶこと五分。私はクレソンさんに料理をゆっくり選びたいことを告げて、単独行動になる。うーん、種類が多すぎてどれを食べようか迷ってしまう。昨日も来たので、素材は不明なものの、ほとんどの料理は日本でもありそうな物ばかりということは分かっていた。でも、あれ? おかしいな。私が好きなアレが無い。


 蒸し物系は、ここの食欲旺盛でお肉大好きな騎士様方の好みには合わなさそうだから、無くても納得。ちなみに、米や豆腐みたいなものも見当たらない。後は、揚げ物系も無いし、ここは海から遠い立地なのかお魚っぽいものも扱っていないっぽい。でも何よりけしからんのは、女子の心のオアシス、スイーツが無いことだ!


 食堂が食べ放題と聞いて、真っ先に思い浮かんだのがスイーツを食べまくることだったのに、残念である。騎士達はデザートを食べる習慣が無いのかな?


 疑問に思った私は、待っていてくれたクレソンさんに尋ねてみた。


「スイーツって、名前通りに甘いものなの?」


 あ、そういう反応ですか。ここは、転移者の十八番として、食の革命を起こすべきか。でも、それでなくても私は新人だからか、さっきから多くの人と目があったりして注目を集めてしまっている。これ以上変な目立ち方はしたくないから、どうしたものかな。


 そして、ようやく見つけた空席。クレソンさんと向き合って座り、お盆をテーブルに置いた途端、緑っぽいグレーの騎士服を身に着けた男性が私の隣にやってきた。例にも漏れず図体のデカイ方で、目は開けているのか開けていないのか分からないぐらいの糸目。


「私は第二騎士団の」


 ここで、彼の顔色が急激に悪くなった。それまで騒がしかった食堂が一瞬静まりかえる。え、何が起こったの?


「クレソンさん、あの」

「エースには、たくさんの味方がいるってことだよ」


 クレソンさんは笑顔でそう答えてくれたけれど、私はちんぷんかんぷんなまま。こうして私は、実は食堂内に散らばる第八騎士団第六部隊の面々が、威圧的な殺気を放って私を守ってくれていたことに気づかないまま、濃厚なチーズとトマトのドリアを平らげてしまったのだった。ご馳走様でした。そろそろ味噌汁飲みたい。


 さて、昼からも訓練かなと思っていたら、ディル班長がやってきた。


「エース、しっかり食ってるか?」

「はい、一応」

「午後の訓練は一時からだ。朝と同じところに集合な!」


 また走り込みかと思うと、おそらく明日になって襲われるだろう地獄の筋肉痛を想像してげんなりしてしまう。でも、基礎が肝心だものね。仕方ない。できれば、早く門衛らしいお仕事をしてみたいんだけどな。


 そうだ! まだ一時まで時間があるから、早昼を食べて任に就いている北門の先輩方の見学に行ってみよう。クレソンさんにそれを話すと、一緒に行ってくれると答えてくれた。ちょっと過保護な気がするけれど、心強いので来てもらうことに。


 北門までの道中、私はクレソンさんの様子を観察した。まだちょっと言葉数が少ないので、何となく心配なのだ。ちょっとお喋りでもすれば、彼の気も晴れるかしら?


「クレソンさん、あの、質問があるんですが」

「どうしたの?」

「騎士が自分で料理できるスペースって、王城とか寮にありますかね?」

「んー。普通の騎士はそんなことしないからなぁ」


 残念。何となくそんな気はしていたのだけどね。


「エース、もしかして料理できるの?」

「はい。結構得意なんですよ!」


 何せ、両親が行方不明になったりしたために、高校にあがってからはずっと一人暮らし状態だったから。あ、そういや私の自宅、ド田舎の一軒家はこれからどうなるんだろう。今は夏休みの終わりだから、しばらくは私がいなくなったことにすら、誰も気づかないかもしれないな。


「そっか。もし、調理場があるならば、僕に何か作ってくれる?」

「もちろんです! 料理はやっぱり、食べてくれる方がいないと張り合いがありませんからね。それに、こんなにお世話になってるんですから、何か恩返しがしたいです」


 その後クレソンさんは、明らかに元気になっていた。食いしん坊なのかな?



   ◇



 城、広い。もう、死ぬ。


 午後からの訓練は予想通り走り込みだった。私以外の隊員の皆さんは私がマリ姫様とお会いしたりしているうちに、ノルマを達成してしまったらしい。だから初めはクレソンさんと走っていたのだけれど、途中で彼も付き合いきれなくなったのかスピードを上げてすぐに二十周してしまったため、今の私は孤独なランニング中なのである。


「エース、あと何周?」


 累計十五周目が終わって北門に戻ってくると、門にいた先輩が声をかけてくれた。浅黒い肌に白い髪。歳はクレソンさんと同じくらいかな。さっき集合前に、ちょっとだけ門衛のお仕事について語ってくれた気さくなお兄さんだ。


「あ、ラムズイヤーさん。まだ半分です」

「……ま、初めは皆そんなもんだ。頑張れよ」

「ありがとうございます」


 分かってますよ。私は新人の中でも出来が悪いことぐらい。でも、門衛以外に生きる道が思いつかないから、とりあえず走るしかない。


 そして、門衛事務所に入ってお水を一杯だけもらうと、次の十六周目をスタートする。走るって、自分との戦い。一瞬、ここで止めても、なんだかんだで許されるんじゃないかなんてことが頭をよぎったけれど、慌てて首を降って打ち消した。ううん。これは私が選んだ道。転移してしまったのは、理由もはっきりとしなければ、もう取り返しがつかないことなのだし、後はこの環境でどう生きていくかだ。私は過去に何度かピンチに陥ったことがある。衛介が亡くなった時。両親が失踪した時。バスの定期を忘れて、遅刻しそうになった時。庭で育てたトマトがあまり美味しくなかった時。いろんなことがあったけど、いつだって私はちゃんと乗り越えてきた。


 それに、決めたんだ。

 私は門衛として生きるって。


 見渡せば、先輩隊員達が、剣や槍の稽古をしたり、筋トレっぽいものをしているのが見えた。これまでと違うことが一つあるとすれば、今の私は一人じゃないってこと。オレガノ隊長がいて、コリアンダー副隊長がいて。クレソンさんやディル班長、そしてミントさんもいるし、これからどんどん知り合いや仲良しが増えていくと思う。これって、すっごくワクワクすることだと思うんだ。


 奇跡的に衛介の魂が入ったマリ姫様とも出会えたし、私、これからの人生はいっぱい良いことが起こりそうな予感がする。


 私は一歩、また一歩と前に足を出し続けた。腕をしっかり振り続けた。この一歩ずつが私のこれからを決めて、第八騎士団第六部隊の一員としてお城を守り、マリ姫様になってしまった衛介を守ることに繋がっていく。だから、私は一人で走ってるけど、一人じゃない。ちゃんと向かう道の先に、一人では抱えきれない程のハッピーが待っている。


 その時だ。

 前触れもなく私の身体は軽くなった。


第二制限装置(セカンドリミッター)解除(クリア)


 あ。これ、この前も聞いた声だ。マリ姫様と同じく、頭の中に直接響く機械的な女性の声。


 あれれ。足がどんどん前に進む。今なら高校の近くのタバコ屋の犬よりも早く走れそう。景色がどんどん流れる。ちょっと視線を上にして、城のてっぺんで揺れるハーヴィー王国の国旗を眺めて、未だに消えない結界をゆっくりと臨むこともできる。ありきたりだけど、私、風になっていた。


 そうして残り十五周は、ディル班長から「お前、すごいな」と言われるぐらい早く走り切ることができたのだった。



   ◇



 夕飯は、紫色の分厚い肉のステーキを食べた。見た目は気持ち悪い色だけど、すっごくジューシーで美味しかった。塩胡椒ふりかけて、焼いているだけなのにね。ちなみにこれ、魔物のお肉らしい。魔物って食べられるものもけっこういるらしい。


 てなわけで、寮の部屋に帰ってきましたよ! もちろんクレソンさんと二人きりなわけだけど、いつも一緒に行動していたせいか無駄に緊張したりはしない。むしろ、和む。優しい面立ちの方なので、癒やし系だしね。


 と、すっかり私は油断していたのだ。


 後から考えれば、たくさんの予兆や手がかりはあった。だけど、それは全部私が新人だからとか、頼りないからとか、そういう自分なりの理由をこじつけていただけだった。普通はこんな男所帯の職場で、あそこまで親切にされるのって絶対におかしいのに、私は全く気がついていなかったのだ。


「衛介」

「クレソン……さん?」


 状況を端的に説明するならば、これは所謂壁ドンだ。わぁ、昨日も同じことがあったけれど、今夜は気迫が違う。もちろんクレソンさんの気迫だ。


 早まるな。今の私は男だ。

 と、自分とクレソンさんに心の中で叫んでみる。が、私の顔は沸騰しそうな程熱くなっていて、もう手遅れ。視線を逸らそうにも、クレソンさんはそれを許してくれないし。


「あ」


 この時の私が何を喋ろうとしていたのかは分からない。ただ、私の困惑と秘めたる期待は、合わさった私達の唇から漏れる甘い吐息に溶けて、体中が痺れたみたいに変になった。



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