108口説かれちゃった
結局ローリエさんも交えてお茶会をした後、再び馬車の旅。でも、そこから一時間ぐらいのところで、また休憩タイムになってしまった。なぜなら、そこから先の道は馬車一台が通れるか通れないかぐらいの細道になるからだ。
「エース、本当に残念なんだけど」
クレソンさんが今にも泣きそうな顔をして私の手を握っている。第九騎士団とはここでお別れになる。それをマリ姫様が冷めた目で眺めているという図。何をどこからツッコんだらいいのやら。
「クレソン、エースとはこの後の人生いくらでもしゃべれるだろ? 俺に言うことは無いのかよ」
「ごめん、ごめん。決して衛介のことが眼中に無かったわけじゃなくて」
そうか。視界に入ってなかったのか。
「ま、心配なのは分かる。でも、この旅はクレソンが心配しなくても上手くいく。そのために、これまで姫乃は白の魔術師として腕を磨き、騎士として活躍を続けてきた」
マリ姫様は、ムッとしながらもこう返す。急に褒められるとくすぐったいなぁ。そうやって、油断した私が間違っていた。
「それと、この旅は俺と姫乃の二人旅だ。そもそも、女に尻を叩かれなきゃ立ち上がれないような純粋培養の王子様なんてお呼びじゃないんだよ」
「何だと?!」
「本当のことだろうが。誰のお陰で王子に復帰して、王座までたどり着けたと思ってる? 俺は、もうすぐサヨナラだってのに、まだまともな礼の一つも聞いてないぞ?」
「いや、ちゃんと礼は済ませたはすだ。ほら、れいのアレ」
「お前なぁ。俺があんな破廉恥なポスターを部屋に貼れるわけないだろうが? っていうか、なんでセーラー服バージョンが無いんだよ」
「セーラー服?」
「ふんっ。こんな基本的なものまで知らないのか。近頃は忙しさにかこつけて、姫乃とまともに会話もできないみたいだし、当然か」
「大丈夫だ。僕たちの仲は心配されなくとも揺るぎない」
「それなら、なんでこんな所までのこのこついて来たんだ? せっかく姫乃とゆっくり物見遊山しながら世界樹を目指すはずだったのになぁ」
「衛介、俺はただ妹と婚約者を心配してだなぁ」
「最後の最後までしゃしゃり出てきやがって、器の小さい王様だぜ」
「それは言いすぎだろ!」
……あー、イライラしてきた。あのポスターが二枚以上あることもにもイライラ。だいたい、永遠の別れを前にして、今更しょーもないことで喧嘩するとかありえない!
「もー、いい加減にしなさい!!」
怒り爆発。クレソンさんとマリ姫様はやっと我に返ったようだ。私の眼力とブリザード並のオーラで、少しは頭を冷やすと良い。
「えっと……何はともあれ、これまで世話になったな、クレソン」
「こちらこそ。いろいろありがとうな。まさか可愛らしい妹の中身がこんなのだったとは……本当に人生はいろいろあるものだ」
「ふっ。そうかもしれない。ただ、いろいろあっても、何があっても、姫乃のことは守りきってくれ。お前に言い遺したいことはそれたけだ。そのためにも……」
「分かってる。世界樹として見ていてくれ、衛介。僕は必ず立派な王になってみせる」
二人は硬い握手を交わした。クレソンさんがマリ姫様から数歩後ずさった時、私は彼に飛びついてハグする。
「クレソンさん、いってきます」
「いってらっしゃい、エース」
私は脳内でシャッターを切るようにして、いつもと変わらぬイケメン王の姿を目に焼き付ける。この人が私の帰る場所。必ずあなたの所に戻ってくるから。お願い。待っててね。
お別れが一通り済むと、私は空中散歩の準備をした。白の魔術を手に纏わせて、全員がゆったりと入れるぐらいの半透明の部屋を作り上げる。ミントさんは初体験となるからか、すっごくワクワクしているみたい。スキップするような足取りで結界の中に入っていった。残りの仲間たちも次々と結界の中へ入っていく。
さ、忘れ物はないね? いざ、出発!
そして第九騎士団が見守る中、皆が入った結界が少しずつ空へと上がっていこうとしたその時。どこからか、大きな声が聞こえた。
「待ってくれ!!」
私は木の高さぐらいまで上昇した結界の中から、辺りを見回してみる。
あ。
「ソレルさん?」
そう言えば居たな、こんな人。そういえばワラベ村駐在人として、放置していたんだった。あれ、その後ろにはお父さん? すっごく笑顔だから、もしかしてまだ私とクレソンさん婚約の知らせは届いていないのかな? でも誰が止めたって、私はきっとクレソンさんのものになるよ。お父さん、結婚式の時は王都まで出てきて、私と一緒にバージンロードを歩いてね!
ソレルさんは、すごい速さで私達の元まで走ってきた。足元の悪い森の中を素早く駆ける姿は、まるで獣のよう。
「俺も、乗せてくれ!」
「ソレルさん、どうして来たの?」
「ほら、ちゃんと世界樹への旅に同行するようにって書面が届いてたから!」
それ、本物の書類ですか? と訝しげに思っていると、背後からマジョラム団長が近づいてきた。
「それは私が手配していたものだ。無事に間に合ってよかった。乗せてやれ」
無事……かなぁ? 私もマジョラム団長には何となく逆らえない。マリ姫様も何も言わないので、仕方なく浮上していた結界を再び地面まで下ろしていく。ソレルさんはすぐさま乗り込んできて、私に小声で話しかけた。
「悪いな、エース。俺もエースのことは諦めきれないし、あのオッサンと思惑が合致したんだ」
オッサン。マジョラム団長のことかな? やだなぁ。そういういろんな思惑が絡むとせっかくの大切な旅が変なことになりそうで。私は、何となく雲行きが怪しくなってきたことが不満で、ぷいっとソレルさんから目を逸らす。そしてもう一度、第九騎士団の方に手を振りながら結界を空へと浮上させたのだった。
空まで上がった結界は、見えないレールの上を走る新幹線のように、滑るように進んでいく。私は最近解除した制限装置の中に便利なものがあったのを思い出して、早速使ってみた。ずばり、雲隠れの術! 羽もない人間が空を高速で平行移動してるって、よく考えれば不気味でしょ? だから、私達自身の姿を周囲から見えなくしたのだ。
◇
次の目的地はミントさんの故郷、エルフの里。ミントさんの指示通りの方向へ結界を進めている私は、眼下に広がる鬱蒼と生い茂る森を見つめるうちに、いよいよマリ姫様との別れも近づいてきたことを肌で感じるようになっていた。
「なぁ、エース。クレソンと離れたからって、そんなに機嫌悪くするなよ」
ウザい。ソレルさんが絡んでくる。私は彼を乗せたことを、出発三分後には後悔し始めていた。
「エース、この辺りの森の話でもしてやろうか?」
「別にいいです」
「そんなこと言うなよ。ほら、気も紛れるぞ」
そんなわけないじゃない! と思いつつ、結局私はソレルさんの術中に嵌ってしまった。
ソレルさんが語ってくれたのは、ワラベ村での日々。うちのお父さんとは良い相棒という関係を築けているようだ。元々、森に詳しかったソレルさんは、村でも歓迎されていたみたい。それに薬師の端くれだから、お医者様がいない小さな村ではありがたがられるのも当然かも。この世界には治癒の魔術はあるけれど、どうやら王族限定のようなので、魔物に襲われたり、仕事中に大怪我したりしても、そのまま亡くなるケースが多いそうだ。
「ほら、今さっき見えたあの赤い葉っぱの木。あれの朝一番に一瞬だけ咲く白い花は、痛み止めになるんだ。村の近くにもあるんだよ」
「私、なんだかソレルさんがまともな人に見えてきました」
「今頃気づいたのか。この面子では、どう見ても俺が一番まともだろ?」
私はいつの間にか緊張が解けてきて、ソレルさんの面白い節回しの喋り方にクスクス笑ってしまう。
うん。確かにそうかも。
実は欲深くてやんちゃなところもありそうなオニキス王子。そして中身は男の子というお姫様であるローズマリー様。彼ら二人を相手に話をするマジョラム団長は、明らかに癖者だ。アンゼリカさんも、仕事中は氷の女王たる冷徹ぶりなのに、町娘に扮するとすっかり性格も乙女でお茶目になってしまう。そんな彼女全てを愛しているのがステビアさん。女の子の私にやたら対抗心を燃やす変な人だ。ミントさんは言わずもがなのエルフ属で美女。町中をふらふら歩いたり、私の着せ替えごっこをして遊ぶ一面もあるけれど、冒険者ギルドを束ねる仕事人間の顔もある。
やれやれ。ほんとにソレルさん以外大物ばかりだし、ちょっと変わった人ばっかり揃っちゃってるよ。なんでだろうなぁ。
それにしても、オニキス王子の影の人達には悪いことしちゃったかも。急に空へ飛んじゃったから、ほぼ確実に付いてこれてないよね。無事にお城へ戻れたら、何か埋め合わせすべきかしら?
そうやって一人、思いに耽っていると、隣のソレルさんが急に不機嫌になり始めた。
「なぁ、人の話聞いてんのか?」
「聞いてないこともない」
「なんだそれ」
この人、私と同じ庶民なんだよね。貴族じゃないってだけで、私も自然と肩の力を抜いて会話ができている。
「エース。お前、戻ったら王妃になるんだろ?」
「そうね」
「それ、ほんとにいいのか? 今ならまだ後戻りはできる」
「心配してくれてるんだね」
「そりゃそうだ。お前は俺と同じで庶民。そんな価値観の人間が、あんなデカイ城に住むことになったら生きた心地しないと思う」
うっ。微妙に言い当てているところが悔しい。
「なぁ、俺にしとけよ」
「ソレルさんに?」
「そう。俺なら、あの腰抜け王子よりも幸せにしてやれる。絶対に俺と生きたほうが気楽にいけるよ」
「幸せはね、自分で掴むものなのよ。他力本願は嫌なの」
「言うことだけは一端だな」
「白の魔術も一端だよ」
「知ってる。でもさ」
「何?」
「ちゃんと、真剣に考えてよ」
私がいつになくフランクな会話をしているのには訳がある。ソレルさん、けっこう真面目に口説いてるの、分かっちゃったんだ。私とクレソンさんの仲を知っているのに、それでも諦めずに挑んでくる気概は素晴らしいけど、だからって頷くわけにもいかない。同時に、茶化すこともできなくて、実のところ私は少し困っていた。
「あのね、ソレルさん。私の人生は既にハードモードなの。今更、楽して生きようとか、そういうのは全く考えてないんだよね」
「ストイックすぎると長生きできないよ」
「私はもう、あまり後悔とかしたくないの。だから、その時その時に自分が納得できるものを選んでいきたい。それと、少しでも自分が誰かの役に立つ方を選んでいきたいタイプなのよ」
私は日本で流されるように生きてきた。良いことも悪いのとも当たり前のように受け止めて、思い返せば何も考えてこなかった。でも今はちがう。いろんな人に助けてもらいながらだけど、しっかりとこの世界に存在して自分で立ってるっていう実感がある。
私は、ソレルさんの目をしっかりと見据えた。
「私は、この世界で生きてるっていう感触を大切にしたいのよ。それと、やっぱり私は、誰よりもクレソンさんのことを愛しているわ」
結界の中を乾いた風が吹き抜けていった気がした。私とソレルさんの間にも暫しの静寂が横たわる。
クレソンさん。彼は今となっては王様。私の知らない人と知らない話をしている姿を見かけることもある。近くて遠い存在。でも二人のときは、彼は私のものになる。これは真実なの。
永遠に守り続けたい真実。彼は私と出会って変われたというけれど、私も同じ。人を好きになることがこんなに辛いことも知らなかったし、たくさん苦しんだ。だけど、強くなった。好きっていう気持ち。それが、日本にいた頃はこっ恥ずかしくて、とても口にできなかった「愛」というものに成長して、今それが二人を切っても切れない絆になっている。
人を愛する心は尊い。私が今漠然とした不安だけでいられるのも、クレソンさんのお陰。帰る場所があるからこそ、遠くまでいける。使命を果たせるのだ。そして、悲しい別れにも立ち向かえる。
ソレルさんは、沈黙を破った。
「今のエースを見ていたら、もう分かっちゃったよ。ほんと、俺が入る隙なんて、どこにもなかったんだな」
「そうだね」
残酷かもしれないけれど、私はしっかりと肯定した。彼にとって私は命の恩人でもあり、同じ庶民の癖に城から取り立てられているという意味で共通項もある。そして、素直に好いてくれているんだな、というのも感じる。だけどね。私は自分の選択に自信を持っているのよ。今の私には、それだけの強さがあるのだ。
「エース、近づいてきたわ。あっちよ!」
ミントさんの声がした。いよいよエルフの里に到着できるらしい。空を走る結界の中からも、黒い地平線の向こうに太陽が沈んでいこうとしているのが見えた。ちょうど良い時間帯。すっかり空は茜色から瑠璃色に変わり、夜の闇が世界を飲み込もうとしている。薄暗くなってきていた。そんな中、ミントさんの指が指す方向に、ほんのりと光る橙の灯り。
「はっきりとは見えませんが、とりあえず近づいてみます」
「そうね。もう少ししたら高度を落としてくれる?」
「はい!」
私は白の魔術を手に纏わせて、結界の舵を切った。






