09お縄になっちゃった
六時になった。総勢百名以上を越える第八騎士団第六部隊が、朝日を反射して白く輝く東門前の広場に整列する。オレガノ隊長は城壁の見張り台へ向かう階段の踊り場に立って、こちらを静かに見下ろしていた。
「おはよう。ちゃんと目は覚めてるだろうな、野郎共。既に知っての通り、昨日付で第八騎士団第六部隊に新人が入ることとなった。エース、前へ!」
「は、はい!」
先程までとは違い、きちんと上官の顔をしているオレガノ隊長の元へダッシュで向かう。
「エース、何か一言」
「えっと、ご紹介に預かりました新人のエースです。精一杯がんばりますので、いろいろ教えてください。ふつつか者ですが、どうぞよろしくお願いいたします!」
深々と頭を下げて、上げてみると、広場からは忍び笑いとヒソヒソ声が聞こえてくる。もしかして、何か失敗しちゃった? 隣に立つ隊長の方を見上げると、彼も笑いを堪えているような様子で、私の頭の上をポンポンと叩かれてしまった。そして、私よりも一歩前へ踏み出して隊員たちを見回す。
「ま、これも個性だろう。お前ら、こいつを見くびるんじゃねぇぞ? あの結界を張れるぐらいの魔術師なんだからな。痛い目に遭いたくなかったら、くれぐれも自重することだ。何か言いたいことがある奴は俺が聞く」
すると、広場は水を打ったように静まり返った。隊員達の目には恐れの色すら見える。オレガノ隊長ってすごい。こう言っては失礼だけれど、本当に隊長だったんだなと今更ながら実感してしまった。
その後はすぐに解散。皆、持ち場へと散っていく。私は、オレガノ隊長に連れられて、第八騎士団第六部隊の中にある北班と呼ばれる人達に引き合わされていた。その中にはクレソンさんもいる。良かった!
「エース。第六部隊は五つの班に分かれている。東西南北の門にそれぞれ就く班が一つずつ。そして俺が率いる本部だ。お前には北班に入ってもらう」
「はい」
確か、世界樹は北にある魔の森の方からやってくる。どの門から攻め入って来るのかは、その日次第みたいだけれど、やっぱり北門は特に防御を固めておきたいらしい。そこで、対魔物で大きな力を見せた私は北の守りに加えられたということだそうだ。
「エース、昨夜ぶりだな」
声をかけてきたのは、浅黒い肌にくすんだ金の髪をした男性。団長よりも少しだけ若そう。コリアンダー副隊長と同年代かな? 筋肉ダルマ系のオレガノ隊長と並ぶと細身に見えるけれど、十分に引き締まった身体をしている。それにしても騎士服を着崩しすぎているんじゃ……。黒い上着は前側のボタンを全開にしていて、中からは赤いトップスが覗いている。
「あ、はい」
私はぎこちなくしか返事することができなかった。そう言えば、昨夜の打ち上げの席で挨拶したような気もするけれど、すぐに名前が出てこない。てか、私そんなに記憶力良くないんだよね。私の様子に気づいたのか、男性は少しムッとした顔をする。
「俺はディル。北班の班長だ。上官の名前ぐらい覚えとけ」
「すみませんっ!」
上司になるなんて、今知ったんだよ! こうなると分かっていたら、ちゃんと覚えておきましたって。なんて口答えできるわけもない。ちょっと釣り目で強面のディル班長は、日本にいた時、路地裏で時折見かけた煙草を吸う同級生と重なって見える。
ディル班長は私から視線を離すと、オレガノ隊長に向き直った。
「にしても隊長。こんな女顔の奴、俺のところに寄越すなんてどういうことっすか?」
「お前と気が合うんじゃないかと思ってな」
「でも隊長。人は見かけによりませんって。なよなよした男が全員、俺と趣味が合うとは限らないっすよ。これは経験から言って絶対っす! できれば、もっと使えそうな奴が良かったっす」
ディル班長って、敬語を知らない中学生みたい。急に下っ端感が出てきて、思わず吹き出しそうになった。
「まぁ、そうキャンキャン吠えるな。いつかお前にも理解者が見つかるさ」
オレガノ隊長はディル班長の肩に手を置いて大きく頷く。ディル班長はきゅっと目尻を下げた。あれ。なぜか腐の字がついた乙女達に好まれそうなシチュエーションに見えてきた。お願い、二人の世界に入らないで!
「あの、ディル班長の趣味って何なんですか?」
第一印象の悪さは、これから挽回する。そういう気持ちでディル班長に話しかけた瞬間、遠くの方から誰かがこちらへ向かって走ってくるのが見えた。
「ここに、エースという者はいるか?」
やってきたのは濃紺の騎士服を着た男性。つまり、他の騎士団に所属している人だ。
「そのバッジ……第一騎士団のか」
ディル班長は再び眉間にシワを作る。相手の騎士さんはもっと機嫌が悪そうだ。
「敬礼ぐらいしろ。で、エースとやらはどこだ?」
「うちのエースに何か用か? 用があるなら上官の俺が聞く」
「それは、私が第一騎士団の副団長と知っての無礼か? いいから早くそいつを探せ。王がお呼びなのだ」
王?! 周囲にいた北班の隊員全員が一斉に私の方を見た。おかげで第一騎士団の副団長様には、すぐに私がエースであることがバレてしまう。
「糞っ。こんなチビのためにわざわざ……。まぁ、いい。付いて来い!」
やっぱり、昨日勝手に作ってしまった結界のことが問題になったのだろうか? 転移二日目で王様に謁見とか、ちょっとハードすぎるよ。助けを求めてディル班長の方を見ると、苦々しげに唇を噛みながらそっぽを向かれてしまった。そりゃそうだよね。自分より偉い人には強く出られないのは当たり前。むしろ、キョドってる私のために一度きりでも身を盾にしてくれたなんて、すごく良い上司だよね!
だからと言って、これ以上他の隊員さん達に迷惑をかけるわけにもいかない。私は仕方なく、一歩前に踏み出そうとした。すると。
「僕も行く」
ハッとして横を見ると、クレソンさんが隣に立っていた。
「この者は昨日入隊したばかりで、作法も何も知りません。私が付き添ってフォローします」
「王はエースのみ連れてくるようにおっしゃっている。お前はそこで魔物にでも食われてろ、出来損ないが!」
次の瞬間、第一騎士団の副団長は手から赤く光る紐のようなものを繰り出し、私以外の隊員の手足を拘束してしまった。何て早業。私はその魔法に圧倒されて身動き一つ取れなかった。
それより、聞き捨てならない言葉があったような。私は抗議しようと第一騎士団の副団長をキッと睨んだが、彼は薄笑いを浮かべるだけ。
「お前もここで長生きしたいならば、誰に従えば良いのか早く見極めることだな」
立ち尽くす私。副団長は私の背中を乱暴に叩くと、さっさと歩けと促した。泣きたいけれど、泣けない。だって私は今、男になっているのだから。奥歯を強く噛み締めて、歩みの速い副団長を追いかけた。
「あの、さっきの魔法、時間が経てば自然と解除されるんですよね?」
拘束された隊員達が、くやしそうな顔をしながらも焦った様子は無かったので、たぶん大丈夫だと思うけれど念のため。
「さぁな。あれは第一騎士団秘伝の魔術だが、お前のところの副団長ならば、どうとでもできるんじゃないか?」
コリアンダー副隊長は、隊の中では魔法専門のポジションの人。そんな人にかからないと解除できないなんて、とても面倒な魔法だったのかもしれないと思うと、私は顔を青くした。その様子を見て、第一騎士団の副団長はニヤニヤしている。この人、絶対に虐めっ子タイプだ!
それから迷路のような王城の中を歩き続けること約十分。やっと足を止めることになったのは、城の五階の端だった。目の前にあるのは、ちょっと趣味の悪い金ピカの大きな扉。第一騎士団副団長はそれに向かって声をかけた。
「ジギタリスです」
「入れ」
すぐに返事がかえってくる。これは、王様の声? ジギタリス副団長は、声を殺して「粗相の無いように」と私に告げると、両開きの扉を押し開けた。
中は水色のカーペットとベージュと白と金で統一された高そうな家具が並ぶ広い部屋。先程の声の主と思しき方は、窓際に立って片腕を腰にあて、外の様子を静かに眺めている。そのシルエットを見るに、とても機能性を重視した騎士服に近いお召し物を来た長身の男性のようだ。何か、思ってたのと違う。
ジギタリス副団長はその男性に近寄ると、さっと跪いて恭しく頭を下げた。
「連れてまいりました。この男です」
男性はこちらを振り返る。薄い水色っぽい銀色の髪。この冷徹な眼差し。あれ、誰かに似てる?
「報告にあった通りの男だな。お前、私を見るのは初めてか?」
「はい」
「まだこの国に来て間もないそうだな」
「はい」
「では、誰の手引でやってきた?」
「はい?」
私は一瞬、眠り姫の澄んだ声を思い出した。ううん、違う。彼女が私をこの世界に連れてきたのではないと思う。そういう反応ではなかった。
「では、質問を変えよう」
私の方へにじり寄る偉そうな男性は、私の反応をお気に召さなかったようだ。
「あの結界を張った魔術を教えてもらおうか」
なるほど、そう来たか。でもあいにく、あの結界は偶然の産物なので、私自身どうやったらあんなものが出来上がってしまうのか分からないんだよね。それに、もし知っていたとしても、この人に教え手はいけない気がするのだ。
「分かりません」
すると、ジギタリス副団長がすごい剣幕で私の襟首を掴みかかってきた。少し身体が浮いて、踵が地面から離れる。
「ふざけるな! お前、自分の立場が分かっているのか? このお方はハーヴィー王国の宰相様なのだぞ?!」
あちゃー、やっぱり。なんとなくそんな気がしてたんだよね。王様でも武人でもなくて偉い人っていうと、必然的にポストが限られてくるもの。それにしても私、もしかして偉い人ホイホイなのかな? もう嫌だ。早く開放してほしい。
うっかり涙目になりかけた私。それを目ざとく見つけた宰相は、ジギタリス副団長に向かって顎をしゃくった。
「かしこまりました。この者には反省する機会を与えます」
「手荒な真似はするな。勝手に自殺などされると厄介だ。確実に聞き出すことを優先する」
「はっ。まずは数日間、牢屋にでも放り込んでおきます。身綺麗で貧弱な少年ですから、すぐに根を上げて吐くことでしょう」
こうして、転移二日目にして、私は投獄されることが決定してしまったのだった。