僕は、君の隣で咲けない。
「ふん、ふん、ふん、ふん」
「何て歌?」
「……忘れちゃった」
荷物のほとんどをダンボールに詰めて、よく使うものをトランクに移して、大きな家具も送り終わった。明日、僕は引越しをする。この街から遠く離れて、この国から遠くはなれて、外国の企業へ就職する。
「どんな歌?」
「カップルが、話をする歌」
電灯だけが僕らを照らす。大きな道路でさえ、車はほとんど通っていない。
「……あと、3時間だね」
僕が飛行機に乗るまで、あと少しだ。
「そうだね」
去年は桜が咲き始めていたというのに、今年の今日はまだ寒い。
「ちょっと、寒いね」
「うん、寒いね。マフラーいる?」
「僕はいいよ、君がしていてよ」
「借りたのは、私だし」
「君がしてて」
「うん」
桜は、周りに流されず、気象に合わせて好きなときに咲くのだろう。
「もしさ、帰ってくることがあったら」
「うん」
桜は僕らより、ずっと長く生きるけれど、こんな寂しさは知らないだろうな。どこにでも行ける僕らと、そこでしか咲けない桜、どっちが幸せなのだろう。
「髪の毛切らせてね、私に」
「わかった」
多分、5年は帰ってこないだろう。それを知っていて彼女はそう言う、それを知っていて僕もそう返した。
「気が向いたら、何か送るよ」
「それじゃあ私も、日本が恋しくなるでしょ」
「多分」
「連絡してくれれば、パシられてあげる」
彼女の表情は見えなかった。暗い、人気のない道を歩いた。
「マフラー、返さなくてもいい?」
「うん、持っていて欲しい」
部屋に居られなかった。何もなくなった部屋で、彼女と出発までの時間を過ごすのは、今の僕らには苦しすぎた。
「戻りたいな」
「……」
「行かないでほしいよ、ほんとはさ」
「僕だって」
「めでたいことなのにね、彼女の私が祝わないといけないのにね」
「……」
「まぁ、あと3時間で元彼女になるんだけどさ」
お互いの将来の負担を考えた。お互いの今の気持ちは、犠牲になった。
大人の事情だった。これでも何度も話し合ったのだ。
「ねぇ」
振り向いた彼女の背中に、少し明るくなった空が見えてしまった。もうそんなにも話していたのか。
「キスして」
「してもいい?」
「もちろん」
彼女が好きだ。初恋は、苦かったけれど、それでもこのキスは甘い。甘い、3年分の愛の味がする。
「好きだよ」
「好き」
この切なさを隠すことも拭うことも、しない。
「さよなら」
やっぱり僕は桜のように留まって、咲きたかった。
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