1話
「残念だけど、あなたに探索許可証を発行することはできないわ」
「………えっ?」
昼時のダンジョン探索ギルド受付。酒場と併設されたそこは、昼食と酒目当ての客たちの喧騒によって小さな声は掻き消されてしまう場所だ。
ギルド兼酒場という性質上、荒くれ者が客の大半を占める店内には一般の者は近寄りがたく、見かけることがあれば逆に目立ってしまうくらいだ。
そんな中、まだ成人年齢にも達していなさそうな少年がギルド受付で漏らした小さな声は、周りの喧騒にも負けず店内に響いていた。
「ど、どうしてですか!? ちゃんと紹介状もありますし、装備も経験もあります!」
どうやら少年は、この街周辺のダンジョン探索をするために必要な探索許可証を貰いに来ていたらしい。
「そう言われてもねぇ、一応規則だから」
「そ、そんなぁ………」
店内の荒くれたちはこの珍しい客にそれとなく注意を向けていたが、事の顛末を理解すると苦笑いと共に各々の食事へと戻っていった。
「この辺りのダンジョンは連盟規定で難易度CからAランクしかないからね。経験があるって話だけど、連盟にいままで届出がなかったみたいだから、あなたの実績は今のところなし。いくら許可証発行の最低年齢が10歳と言っても、詳細不明の紹介状だけじゃ12歳の子どもを一人でダンジョンに入らせることはできないの」
「詳細不明って、父さんは『コイツを出せば大丈夫だ!』って言ってたんですけど………」
「この紹介状? はあなたのお父様のものなの?」
「はい。『俺はギルドに顔が利くから』って書いてくれたんです」
「そうなの……。でもこの内容じゃここだけじゃなく、どのギルドでも取り扱ってはくれないと思うわよ」
受付嬢はそう言うと、少年に向かって一枚の手紙を渡した。そこには短くこう記されていた。
――コイツは俺の息子だ、ちんまいが役に立つ。便利に使ってやってくれ。
ジャック・オービス――
「……………」
少年は手紙を読むと、肩をがっくりと落としてうなだれた。
確かに、この内容ではよほどのコネクションがない限り門前払いされるだろうことは12歳の少年にも理解出来た。それと同時に、自信満々にこの紹介状? を手渡してきた父に対する落胆も湧いてきた。
「その差出人のジャック・オービスはあなたのお父様なのよね?」
「はい、そうです……」
少年は父の常識の無さに恥ずかしくなりながら返事をした。
「調べてみたんだけど、連盟には一度も登録されてないみたいなの。うちのギルドマスターの個人的な知り合いかと思ってそれを見せたんだけど、『そんな奴は知らん』って言われちゃったしねぇ」
「………そりゃないよ、父さん」
有名だと思っていた父が実は単なるモグリだと知り、少年はさらに落ち込んでしまった。
「まあ仮にあなたのお父様が有名な探索者だったとしても、探索許可証は発行出来ないのだけれどねぇ」
ダンジョン探索は危険だが成功すれば大金が手に入る仕事だ。その為食い詰めた者、借金まみれの者などが実力・準備もなしに挑もうとすることがある。失敗すれば命はない、死んだらそいつはマヌケだった――で話が終わればいいのだが、現実はそこまで甘くない。
こういう無謀な挑戦者の多くはダンジョンにおける禁忌の数々を知らず、それを破ったまま放置していく。故に後から探索にきた者たちに危険が降りかかる。
時が経つごとにその件数は増していき、探索者のみならずギルドも看過できなくなっていた。死ぬのは勝手だが周りを巻き込んだまま無責任に死ぬのは許容できない、と探索者からの突き上げもあり、それぞれの街にあったギルド同士が連盟を結成、探索する者に対してルールを設けたのである。
それまでのギルドは探索結果の評価・収集品の売買など、探索者と市場の仲介的な存在でしかなかったが、連盟結成以後はダンジョン・探索者の監視、罰則の施行を業務に追加。
これにより探索者の安全は多少向上し、ギルド側も探索資源の回収と利益向上に繋がったのだ。
「―――というわけで、例外を認めるわけにはいかないの」
「………その辺りは学校で教わったので知ってますけど、はぁ――」
「あら、そうだったの? ごめんなさいね長々と」
「いえ、世間知らずだったのは違いありませんから」
連盟の成り立ちを説明した受付嬢は、少年がそのことについて既に知っていたということに若干驚いた。それに対し少年は、仕方がないと苦笑いで返した。
「今は許可証を発行できないけど、それはあなたが実績なし・連盟未登録の子どもで――」
「誰ともパーティを組んでいないから、ですよね?」
受付嬢は少年の理解力の速さに頷きつつ言葉を続けた。
「そう。登録に関してはこの後で済ませておくから、パーティを組んでくれる人を見つけたらまた来てね」
「――分かりました。そうします」
少年は受付嬢にお辞儀をして踵を返した。そこへ受付嬢が慌てて声を掛けた。
「ちょっと待って! さっきも言ったけどこの辺りのダンジョンはCからAランクしかないから、パーティを組むなら相手は最低でもBランクの人でないとここの許可証は発行できないから気を付けてね」
ダンジョンの最低ランクがCなのにBランク以上でないといけない理由。
探索者のランクはFからS、少年は現状登録したばかりで実績なしなのでFランクということになる。
連盟の規定では、自分のランクより下位のランクの者とパーティを組む場合、探索できるダンジョンのランクは自分のランクより一つ下のランクまでとなっている。
つまり少年がCランクのダンジョンを探索するためにはBランクの探索者、AランクならSランクの探索者を探してパーティを組んでもらわないといけないのだ。
「ありがとうございます。気を付けて探します」
こっそり聞き耳を立てていた周囲の人々は、キツイことを言うなぁという感想を一様に抱いた。
高ランクの探索者とは実力がある、というのと同時にリスクに対して敏感である場合がほとんどだ。
ただでさえ危険なダンジョン探索に、見ず知らずのFランクの子どもとパーティを組む物好きがはたしてどれだけいるだろうか………
少年はその困難さに気付きながらも受付嬢の注意にお礼を言い、今度こそその場をあとにしようとした。
――ぐうぅぅ
しかし唐突に鳴る腹の虫。時刻は昼時、少年は昼食をまだとっていない。しかも併設されている酒場では昼食の客で賑わっている。
少年は恥ずかしそうにお腹をさすりながら、探索者の前に座れる場所を探すことにした。
「えっと、空いてるところは………」
店内を見るがカウンター・テーブルともにほぼ満席で、しばらく空きそうにはなかった。
ただ一カ所、店の隅のテーブルは女性が一人で使っているらしく、他の客はいなかった。
「……他に空いてないけど、あんまり近づきたくないなぁ」
女性から漂う不穏な空気を感じながら、しかし少年は空腹には耐えられず女性のいるテーブルへと向かった。
「あ、あの、相席してもいいですか?」
「―――ぁあ?」
遠目からでも女性の機嫌の悪さは分かったが、近くまで来るとより顕著に見て取れた。酒瓶の転がるテーブル、酒の入ったグラスを握りしめながらそこに突っ伏した女性。一瞬たじろぐが少年は意を決して話しかける。
少年が話しかけた途端、賑やかだった店内に一瞬の静寂が訪れた。のちに居合わせた客は語った、ありゃあ坊主は死んだな――と
女性は不機嫌さを隠すことなく、伏せた顔を持ち上げた。