第97話 大商会
「なるほどな。そういうことになっておったか。」
俺はブラント国に戻った翌日、ちゃんとアポを取ってから国王へ謁見することとなった。その際にシャシャール伯爵夫人の話をしておいた。すると、もしも家が取りつぶしになった際にも恩赦はかけてくれることとなった。
国王も国内の膿を全て取り除きたいようだが、証拠もないのでなかなか手出しができずにいるらしい。そのため監視を続け、何かほころびが出た際に動くという形になるそうだ。この問題を解決するのはなかなかに長期化しそうだ。
「それとお主のために土地を用意しておいた。何もない土地だがこれで問題ないな?」
国王が手渡して来た資料にはかなりの面積の土地が書かれている。良さげな土地なのだが、起伏が激しく、家畜を飼うのにも面倒な土地ということで敬遠されている場所らしい。それ以外には特に何も問題はなさそうだ。
「問題ありません。お願いします。」
「よし、ではお主に騎士の位を与える。これからはサー・ミチナガと名乗れるがまあ商人には必要のないものだろう。だが一応一通りの書類などを渡しておく。では頼んだ。」
俺は勲章を正式に受け取る。これで俺も最下級だが貴族の一員だ。本来は別に貴族になる必要もないのだが、大規模な土地を持つということになるとそれなりの地位が必要になるらしい。これで準備は整った。
「では早速明日から募集をかけます。少し騒ぎになると思うので兵士の見回りを多めにお願いします。それから残りの件もよろしくお願いします。重要ですから。」
「わかっておる。それにしても…うまいことやったもんだ。」
俺はいたずらな笑みを浮かべる。さて、これからが大忙しだ。
まだ日も昇ったばかりの早朝。人々は起き出し仕事の準備を始める。その活気はミチナガ商店の半額セールで上がっていたが、それも終わってしまったためまた落ち着いてしまっている。ただ落ち着くだけなら良いのだが下手をすると落ち込んでしまいそうだ。
そんな中、街のいたるところに張り紙が貼られている。夜中のうちに何者かが貼っていったのだろう。しかしそれを誰が貼ったかなどどうでもよかった。人々は皆その張り紙に夢中だ。より目のつく場所には人が集まっている。
「お、おい。俺は字が読めねぇんだ。誰か読んでくれ。」
「しょうがねぇな。こいつは仕事の張り紙だ。内容は新しくミチナガ商店で牧場を経営するからそこまでの街道の整備と牧場の建築だとよ。日雇いで…きゅ、給料が日に大銀貨5枚!昼飯も出るってよ!道路工事に1000人、牧場建設に1000人。それに別で大銀貨2枚で昼飯を作るのに100人集めるってよ!牧場建設は10日間住み込みだから今日の昼に出発だとよ!こいつは急がねぇと!飯作る人間も50人必要だから来いってさ!」
皆大急ぎで集合場所に集まっていく。なんせ今は仕事がない。正確にはあるのだが金になる仕事がないのだ。どの仕事も金がないのか給料の払いが悪い。だからこういう仕事を誰もが待っていた。
集合場所には時間前だというのに大勢の人が押し寄せていた。ミチナガはその様子を遠くから眺めており、これ以上集まるとまずいと判断してその場でその日の募集人数を集めて馬車に乗せていった。
なお、その後も集まり続ける人々には翌日の街道の道路工事要員の1000名分の仕事の引換券を渡していった。それでも集まるのでさらに翌日分の募集人員の引換券も渡しておいた。
さらにそれだけではない。冒険者ギルドでも動きが始まっている。今日から新しく出た依頼だ。牧場まで行く馬車の警護と目的地到着後の周辺のモンスターの討伐、および作業員の警護だ。泊まり込みで10日間で食事付き金貨5枚、さらにモンスター討伐による別途報酬付きのうまい仕事だ。
一度に請け負える人数が決まっているのでギルドでは抽選などを行い、人員を選定する。すでに今日の分は決まっているので翌日の街道の整備の際の護衛要員も選定している。長期的に続く依頼なのでギルドの方でもそれなりに重要視している。
さらにそれだけではない。街に再び活気が戻ると確信した出店や商店などは急いで食材の確保に走る。小物を扱っている店では商品を新しく作り始めていた。もちろんミチナガ商店でもすでに動きが始まっている。
これからは町の外での活動が多くなるのでちょっとした時に食べられる携帯食を多く販売していた。これはもちろんヒットして多く売れている。作業の合間にこっそり食べるものとしては最高だ。それに作業中に食べていたのがバレても、作業の元請けであるミチナガ商店が出しているものならば怒られにくい。
町のいたるところで大慌てである。活気が再び戻った。いや、以前以上の活気に包まれている。その活気を聞きつけた周辺の村々の人間は出稼ぎに街まで再び戻ってきた。もう麦の収穫もとっくに終わった秋頃である。これから寒くなり、仕事が少なくなる冬に向けて少しでも稼ごうと皆思うのだろう。
あれから10日後、第1陣の牧場建設の人員が戻ってきた。泥まみれになり疲弊しているようだがその顔には全員未だ漲る力強さがあった。それもそのはずだ。すでに給料は手渡されている。その金額金貨5枚、一般的な月の収入の倍の金額だ。
街について馬車を降りるとその行動は人それぞれだ。早速疲れを癒すために酒を飲みに行くもの。しばらく家を空けたので家族に手土産を買ってから帰ろうとするもの。まだ稼ぎ足りないと明日の街道整備のために家にすぐに帰り眠るもの。その反応は人それぞれだ。
そして10日も経つとその金の匂いを嗅ぎつけた商人達が各地から集まってくる。今日も街までやってきた商人達がいる。いまも関所で手続を行なっているが、手続きをしている商人から悲鳴のような怒号が聞こえる。
「こ、こんなに高い関税があるんじゃ商売なんてできるわけねぇだろ!ふざけんな!」
「嫌なら帰ってもらって構わない。我が国は現在復興の最中でな。国外に金を出すわけにはいかんのだ。だから外からくる商人には高い関税をかけている。」
本来は出国する際だけに関税をかけた方が良いのだが、秘密裏に抜け出そうとするものもいる。国内の貨幣を少しでも持っていかれないように商人には出るときも入るときも関税をかけている。なお入る際は物資に関税を、出る際には所持貨幣に応じた関税をかけている。
「ふ、復興の最中なら物資だって足りてないはずだ!良いのか!俺たちが持ってこないと食い物もなくなるぞ!」
「その点は問題ない。すでに物資はこの国に十分ある。それこそ周辺の村々にも行き渡るほどにな。」
物資は人々から神の恩恵、神の奇跡と呼ばれている食料庫いっぱいの物資がある。それを定期的に配給しているため飢えるものは出ていない。さらに商売に必要な食材や物資もミチナガ商店で全て買えてしまう。つまり今この国に他国の商人は必要ないのだ。
「く…しょうがない。払えばいいんだろ。はぁ…これじゃあ赤字決定だな。」
商人の中には長持ちするものを扱っている店があるのでそのまま帰るものもいるが、この商人のように日持ちしないものを扱っている人間もいる。そういう場合、多少関税がかかっても売らなければ全て廃棄することとなる。廃棄して大赤字になるより、関税にかけられて赤字になった方がまだ損は少ない。
ちなみにそんな商人達の様子をこっそりと覗いているものがいる。ミチナガの使い魔とミチナガ商店で雇っている獣人の店員だ。使い魔は紙に文字を書いてその店員に指示を出す。
「えっと…あの商人ですね。わかりました。」
店員は指示された通りにその商人にコンタクトを取る。そしてしばらく話し込んだ後に戻ってきた。するとその使い魔は店員の肩に乗って移動する。
「それじゃあこれがお代です。では商品を預かりますね。」
「いやぁ、助かったよ。これで赤字にならずにすみそうだ。」
この店員と使い魔が行なっていたのは商品の買い付けだ。実はこの関税には大きな抜け穴がある。それは商品を持ってきた場合は関税がかかるが、貨幣だけを持ってきた場合には関税がかからないのだ。
今この国には貨幣が少ない。だからこの国に買い付けに来る人間には関税をかけていないのだ。金を落としてくれる人間ならいくらでも来て欲しいくらいだ。だからこの国に貨幣だけを持って入り、貨幣を消費して商品だけを持って帰るのならば何の関税もかからない。
その関税の抜け穴を使ってこうして安い値段で買い叩いているのだ。まあそれでも感謝されるくらいの値段なので、いざこざは起きていない。しかしそこで売り付けた人間は知らない。この国に入り商品を買うのは結局ミチナガ商店だということを。つまり結局金は回り回って元に戻るのだ。
ミチナガは牧場建設やその道中の道路工事などで出費がかさんでおり、基本的には赤字となるはずだ。しかし金の巡りが良くなったことでその収入は牧場などの出費分と収入分で同じか黒字というほどである。すでにブラント国第2支店も出しているくらいだ。
しかも現在では国と共同開発で娯楽施設を建てている。こちらの出費を合わせるとさすがに赤字なのだがそれでちょうど良い。なにせシャシャール伯爵夫人から儲けたお金をばら撒きたいのだから。
この娯楽施設では風呂に劇場、飲み屋などを併設した複合施設にする予定だ。すでに風呂は需要があるので急遽突貫工事で作り上げたものを開店している。この風呂は道路工事をした人間は無料というサービス付きだ。
もうこの国でミチナガはなくてはならないものとまでなっていった。後日、ミチナガ商店改めミチナガ商会としてこのブラント国のトップに立つ、誰もが認める大商会となった。
不思議なもので書き終わると自分でもこんなことになるのかっていうオチになります。書いている本人が何が起こるかよくわかっていないというのはどうかと思いますが、それが楽しくて書いている節もあります。
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