第9話 苦悩と成果
あれから10日後、ついに恐れていた事態が起きた。
それは魚の価格の低下である。
もう少し持つかと思っていたのだが、どうやらとうとうその時が来てしまったようだ。
今朝、いつものように魚を出荷しに行けば、いつものように貴族の使いが来るのかと思っていた。しかし、どんなに待てど暮らせど誰も買い取りに来なかった。
職員の人もこのままでは誰も買わないということで、大銀貨5枚から大銀貨3枚まで価格を下げ、ようやく買い取ってもらえた。
おそらくだが、今まで魚を食べていたのは一定数の金持ちだけだ。
この街に住んでいる住人全員ではない。
そんな彼らに毎日のように魚を売っていれば、いずれ飽きも来る。
そうなったら価格は下がると思っていたが、予想よりも価格の低下が大きかった。
そのことについて少し話を聞いてみると、どうやらとある冒険者が色々と周辺で魚が獲れる場所を調べていたらしい。
そしてついに魚影の濃い絶好のポイントを場所をこの街の近くに見つけた。そこから定期的に魚を持って来られるようになったらしい。
そのため死んでいる魚は大銀貨1枚、生きている場合は3枚ということになったらしい。
俺にとっては、はた迷惑な話だがどうやら以前からその冒険者は暇があればそういった場所を探していたらしい。そしてとうとう最近になってようやく見つけてしまったのだ。
まあそこの魚を乱獲しすぎればそのうち魚の数も減少し、値段は元に戻ると思うがそれまでは価格は下がる一方だ。
価格の下がった分だけ数を増やそうかとも思ったが、今日の売れ行きを見る限り数を増やすとさらに購入価格が下がりそうだ。
そもそも生きているのにこだわるのは一部の金持ちだけなのだ。
それ以外は別に腐っていなければ問題ないという人間が多く、活魚に対する価値というのはそこまでない。
おそらく明日にはさらに価格が下がる可能性が出て来た。
このままでは大問題だ。
しかし今は借金をしているせいで新しくアプリを買うことができない。
しかしなんらかの手を打たなければ借金を来月までに返すことが難しくなる。
料理で一儲けというのも考えたが、レシピも材料も買っているとまともに売り上げが出るのは当分先になる。
これはかなり緊迫した事態だ。
家に帰りスマホを弄りながら思案に暮れているとファームファクトリーで一つのことが起きた。
それはとうとうプルーの木に実がなったのだ。
そういえば2週間ほどで収穫を迎えるといっていたが、それが今日だったということか。
早速収穫をするのだが、これがなかなかめんどくさい。
一本一本の木になっている実をタップして収穫するのだが、数が多い上に隠れているものもあって面倒だ。
まあ愚痴を言っても仕方ないので収穫を続けていると、ポチがいつのまにか手伝ってくれている。
作業スピードは早くないが俺が取りこぼしたものを収穫してくれていっている。
プルーの木は合計で5本しかないので収穫量は少ない。
次の収穫が5日後ということだ。
しかしプルーの木は多少の剪定以外にすることはないので、収量が少ないというデメリットも十分に賄えるだろう。
『おめでとう!プルーの収穫大成功!これまでの総タップ回数3825回。収穫できたプルー824個!レベルアップ!』
『おめでとう!レベル40になったよ。作業効率化。新しい農地が使えるようになったよ。』
「お、また農地増えたか、これなら半分は果樹にしたほうがいいかもな。」
本当は他の果樹を植えたいところだが、ここは我慢してプルーの木を植える。
これで今使える8つの畑のうち4つはプルー栽培に変わった。
これで2週間も経てば再び大量のプルーを収穫できる。
しかしプルーの単価はそれほど高くない。
このまま売っても正直、市場を荒らすだけで大した稼ぎにはならない。
何か付加価値を考えたところで一つ思いついた。
単純にジュースにしてしまえば良いのだ。
プルージュースはこの街でも普通に売られているが労力のぶん値段は少し高い。
本当はアップルパイなども考えたのだが、作ることができないので却下だ。
しかしジュースならどうにかなる。
早速どこでもクッキングで試して見る。
作り方は簡単だ。皮と種を取り除いてそれ以外をすりおろすだけだ。
この程度ならばレシピがなくてもうまく行くはずだと思いやって見る。意外にも皮むきに手こずった以外はなんの問題もなく作業が進み、2個ほどすりおろした時点で1杯分のリンゴジュースが完成した。
『おめでとう!プルージュースができたよ!成功報酬としてレシピを解放します。これからも頑張ってね。』
どういうことかと思い、手持ちのレシピ欄を見て見るとプルーの剥き方とプルージュースの作り方が追加されていた。
どうやらレシピに頼らずに料理を成功させると課金しなくてもレシピが手に入るらしい。
その後は先ほどまでより調理にアシストが入るおかげですんなりと進んだ。
ただ容器が鍋くらいしかないため、そこまで大量に作ることはできなかった。
しかしこのペースで作ることができるのなら十分商売として成り立つだろう。
翌日、いつものように納品に向かうと予想通り魚の買取価格が下がり大銀貨2枚になっていた。
まあいつもよりも多く魚を持って来たというのも大きいだろう。
この調子だとまだまだ値段は下がるだろう。
早いところ次の仕事に移ったほうが良いだろう。
その時に職員にプルージュースの販売について聞いていると少し渋い顔をされた。
「プルージュースは確かに人気があります。しかし、どこでも取り扱っているのでジュース単体で買いとる人はなかなかいませんね。」
「そ、そうなんですか?」
「自分で絞っても問題はないですから。加工される分高く買うよりは自分たちで買い取ったほうが儲けが出ますからね。新しくプルージュースの販売を始めても人はつきにくいですね。」
ま、まずい。
今までは誰もやっていなかったことを中心にして販売をしていた。だが今回は誰もがやっていることをやったため、商売にもならないことをしてしまった。
それから宿に戻る最中に何か商売になることはないかと探して見るが、どれもこれも良さそうに見え、どれもこれもダメそうに見える。
家に戻ってからスマホをいじりながら考えているが、どんなに考えても良い考えが浮かばない。
完全にスランプというやつだ。しかしスランプだから仕方ないと思っていてはダメだ。
借金の返済のためにはなんとかして金を稼ぐ必要がある。
しかし現在の手持ちは金貨126枚。
残り74枚で借金が返せる。
おそらくだがこのままの調子で値下がりをおこしたとしても一日金貨3枚は確実に稼げるだろう。
なのでひと月あれば確実に借金は返せる。
だから焦る必要はないのではないだろうか。
しかし、借金の返済が終わった後は手元の金がなくなってしまう。
そうなると次の新しいアプリを買うまでなかなか金がたまらなくなる。
しかし新しい発想がなかなか出てこない。この日は結局悩んだまま1日を終えた。
翌日。
いつものように商品の納品を行うと、魚の買取価格がさらに下がって1匹大銀貨1枚で買い取られることになってしまった。
それでも他に野菜などを売ったおかげでなんとか金貨4枚の売り上げになった。
もしかしたらこのままどんどん買取価格が減少していき、魚の値段が大幅に下がるのではないだろうか。
そんな不安を抱えつつ帰ろうとすると、あの釣り子爵から連絡が届いており是非とも来て欲しいとのことだ。
また釣り話かとも思ったが、子爵からの呼び出しとあれば行かないということはありえない。
それに一人でいるよりも誰かといたほうが気が楽な気がしたのだ。
いつものように子爵の館の前に行くと、今日はいつもとは違い別の場所へと案内された。
案内されるままに移動するとそこでは先に子爵が釣り道具一式を持って待っていた。
どういうことかと聞いてみれば、まあついて来て欲しいということなので言われたままについて行く。
すると案内された先には子爵の庭にある川の倍以上ありそうな川が流れていた。
一瞬これは本物の川かとも思った。しかし、よく見て見ると明らかに人の手が加えられている。
水源は間違いなく水を生成する魔石だろう。
しかしこれほどの水を延々と生成するものなどいったいいくらするのだろうか。
「はっはっは!驚いてもらえましたかな先生。前々から作ってはいたのですが、それがようやく出来上がったのです。川底には冒険者たちに水草を集めさせたものを植え込んであります。今は先生から購入した魚が何匹か泳いでいますよ。」
「これは…流石に驚きました。まさか釣りが好きすぎてここまで作るとは思いもしませんでしたよ。」
俺の表情を見てさらに機嫌をよくする子爵。
この表情は驚きもあるけど、それと同じくらい呆れもあるんだがそっちの方はうまく気づかなかったらしい。
「実は今度他の貴族を集めてここで釣り大会を開く予定なのですよ。なかなかの人数を集めることができたので先生にアドバイスをもらおうかと思いまして。」
「へぇ…そんなに釣りが好きな方々が多いんですね。」
「何を言いますか。これも先生のおかげですよ。」
「私の?」
「そうです。先生が生きたままの魚を我々の間で広めてくれたことによって、それを捕まえる釣りに興味を持ってくれたんです。今までは私なんて貴族界の鼻つまみ者ですから…」
そういえば前に商業ギルドの職員から聞いたことがある。
この子爵の家系は祖父の代に大きな武功をあげたことによって貴族になった。だというのに、その跡取りである彼は貴族としての立ち振る舞いよりも釣りが好きになってしまって結婚もせずにいると。
間違いなく跡継ぎもいないし、何か功績もないので彼の代で取り潰しになるだろうとも。
「私は祖父に初めて釣りに連れて行かれてからというものその魅力の虜になってしまい、今でもこうして釣竿を手放せずにいます。先生と出会うまでは冒険者を雇ってよく釣りに出かけたものです。よく他のものからは馬鹿な奴と言われ続けて来ましたが、今ではこうして皆に興味を持ってもらいました。私はこれだけでも満足なのですよ。」
心の底から思っているのだろう。
嘘偽りないという表情をしている。
そうか。俺の今までの販売のおかげでこうして誰かの役に立ったのか。
「子爵様にそこまで喜んでもらえて何よりです。私でよければいくらでも相談に乗りましょう。」
どうせお金を稼ぐなら誰か人のためになったと言われるほうがいいからな。
俺はこれからも今まで通りやっていこう。
「まず釣りに関してですがキャッチアンドリリースにするのであれば網を用意しましょう。」
「それはなぜかね?別に手でつかんでも良いと思うが。」
「魚は熱に弱いですから人の体温で長い間触れていると弱ってしまうんですよ。それからどうせでしたら大きさを測るメジャーと秤を用意してやると良いかもしれませんね。それから…」
釣りの細かいことに関してもそれなりに知っている。
スマホのアプリにはクイズ系や雑学系も結構あるからな。
そういったのからどんどん情報を得ているし、そこまで苦手分野というのはない。
それからどんどんアイデアを出して行くと話が盛り上がりすぎた。全てのアイデアを採用するとなると、このままでは釣り大会までに準備が終わりそうにない。なので俺もそれまでの間、住み込みで働くことになった。
ちゃんと給料も出してくれるということなので、出荷ができなくなるが問題はないだろう。
それから10日後、とうとう貴族だらけの釣り大会が開催されることになった。