第76話 頼れる人間
辺りはすっかり真っ暗だ。しばらく粘ったがあれ以上はろくな情報が入ってこなかった。一人だけ腹が膨れてしまったが、ウィッシは大丈夫だろうか。
「もしかしたら軽く買い出しをしたマック達がとっくに戻って俺のこと待っているかもな。俺だけ随分とゆっくりしたからお詫びがてら、その辺でちょっとくらいお土産でも買っていくか。」
出店も至る所にあるのでお土産を買うのには苦労しない。気になる店で適当に買っていくのだが、どれも安い。他の街より2割引ほどの値段で買える。よっぽど食物の生産事情が良いのだろう。
適当に買い物をすませると足早に泊まっている宿に戻る。宿に着くと、暗くなってきたからなのか、宿の中でも宴会が行われていた。この宿では食事の提供は無いようだったが、誰かがどこかから買ってきたのだろう。マックたちもいるかと思ったが、いないようなので部屋へと向かう。
部屋の前にたどり着くと中から声が聞こえる。どうやらマックたちも買い物をすませて宴会中のようだった。扉を開けると俺を叩きつけるような宴会の騒がしい声が響いた。
「お、ミチナガが戻ったぞ。どうだミチナガ!この国は楽しいなぁ!!」
「どこに行ってもいつまでも宴会騒ぎなので疲れますけどね。なかなか楽しいと思いますよ。それよりもウィッシさんは大丈夫ですか?」
「ウィッシならまだ寝てるっすよ。こんなに楽しいのに寝てるなんてもったいないっすね。薬を渡したのにいつまで経っても飲もうとしないんす。」
まだ具合が悪くて寝ているのか。俺も様子が気になったので別室で寝ているウィッシの元に向かう。その前に買ってきたお土産を渡すとさらにマックたちは盛り上がっている。こいつら一体いつまでこの調子なんだよ。
別室のウィッシの元へ行くとうめき声が聞こえる。昼間よりも苦しそうだ。何かの病気の可能性が高いだろう。近くで様子を伺うと滝のような汗を出しながら苦しんでいる。俺は汗を拭き取ってやり、医者に行かないかと話しかけてみるが、あまりに苦しいせいでまともに話すこともできないようだ。
「ウィッシ!このままじゃあまずい。とりあえず医者のところまで連れて行くから。だからそれまで頑張れよ。」
マックたちはこれほどまでに苦しんでいるウィッシを見て何もしようと思わなかったのか。なんて薄情な奴らだ。ウィッシを背中におぶさり、部屋を出てマックたちの元へ行く。俺の貧弱な体じゃあ医者を探しながら移動するのは厳しい。
「おいマック!こんなに苦しんでいるウィッシをほったらかしにして宴会なんてしてんじゃねぇ!今すぐ医者のところまで行くから来い!」
「何怒っているんだよミチナガ。ウィッシだったら大丈夫だ。明日になりゃ治っているから平気だ平気。」
「そうっすよ。心配性っすね。そんなことより飲むっすよ。」
「そうだぜミチナガ。ウィッシを眠らせて宴会するぞ。」
「ミチナガが持ってきたつまみでもうひと盛り上がりと行こう。」
「何を言って……」
あまりにも頭にきたから怒鳴り散らしてやろうかと思ったが、俺の中の何かがそれを止めた。なんだろうこの気持ちは。怒りでもない、悲しみでもない…これは恐怖だ。しかも幽霊のような気味の悪い恐怖と、命に関わるような恐怖、そのどちらとも言える感情を今のマックたちから受けた。
「そ、そうだな。ウィッシを寝かしたら戻って来るよ。ああ、でも汗でベッドがびちゃびちゃだから新しいシーツをもらって来る。だからしばらく待っていてくれ。」
「お、そうか。それなら仕方ないな。じゃあこっちはこっちで楽しんでいるぞ。」
この嫌な予感は当たっていてほしくないが、それでも用心しておくべきだろう。俺は結局一人でウィッシを背負い、医者を探すことにした。
医者くらい人に聞けばすぐに見つかる。そう思っていた。しかし予想とは全く違った。
「医者?今日は医者だろうが誰だろうがみんなこうして騒いでいるんだ。病人は家で寝かしておきな。」
「病人?家で寝かしておけば大丈夫よ。それよりもあんたもこっちにきて楽しみなさい。今日は冒険者の人が全部奢ってくれるって言っているわよ。」
「くそ…どいつもこいつも……病人がいるのに宴会騒ぎしてやがる。」
誰に聞いても全く役に立たない。それでもなんとか道沿いに見つけた病院らしきものに駆け込んだが、誰も居なかった。俺一人では限界がある。病院を探すくらいなら使い魔たちにもできるだろう。俺もさすがに限界だ。
ミチナガ『“今すぐ病院を探してくれ。このままじゃあウィッシがまずいんだ。”』
ポチ『“今はみんなスマホから出たくないって。街に出たピースの様子がおかしくなっちゃって…”』
ミチナガ『“出たくないって…こんな時に。それにピースの様子がおかしい?”』
ポチ『“うん。ピースが復活した後から様子がおかしくて。ピースが暴れたからみんなでさっきまで押さえつけていたんだ。あんなピース見たことないからみんなもスマホから出たくないって…”』
ごめんなさい、というポチの言葉を最後に連絡は途絶えた。誰一人頼れる相手がいない。この国は何かがおかしい。しかしそれが何かわからないし、わかったところでこの状況が良くなるとは思えなかった。自分の無力さが嫌になる。
「おにーさん。そんなところでどうしたのかなぁ?こっちでみんなと一緒に楽しもうよ〜。」
「うるせぇ!仲間がこんな時に何が楽しいっていうんだ!この国の奴らはみんな頭がいかれていんのか!!」
こんなどうしようもない時に、自分の無力さに絶望している時に、こんな馬鹿みたいに声をかけられてついカッとなって声を荒げてしまった。普段の俺なら軽く流しているというのに。
「あははは、おにーさん悪酔いしちゃったかなぁ?よしよし…いい子ですねぇ。」
そう言って俺のことを急に抱きしめて来る女。こんなにもイラついていると言うのにこの女は俺がふざけているようにしか受け取らない。ファッションかわからないがどこかに鎖のようなものをつけているようでそれが俺に触れるたびにイライラが増して行く。普段なら喜べる状況もこんな時はただイラつきを増すばかりだ。
「何を!…」
「いいから楽しいふりして。あんた今注目集めすぎているから。周りを見なさい。」
耳元で囁かれた女の声は俺の頭を一気にクリアにさせた。そしてはっきりとした頭で周囲を見る。俺の目には目を剥いて俺のことを凝視する街の人々が写った。その顔は先ほどまで楽しんでいたのが嘘だと思えるほど、能面な顔つきだ。
「あ、あぁ…ちょっと悪酔いしすぎたみたいだ。こりゃいかんな。どっかで飲み直して気分をスッキリさせよう。」
「それがいいわ。じゃあ私のお店に来て、嫌なことなんてみんな忘れさせるから。」
そこで楽しそうに会話をすると俺のことを見ていた人たちは再び元のように宴会を再開した。あまりの状況に背中が冷や汗でべっとりと濡れている。女は再び俺の耳元に顔を寄せた。
「そこの彼をおぶって私について来て。大丈夫、あなたたち二人は正常よ。この狂った国と違ってね。」
そう言うと顔を離し、優しく微笑んだ。それで気がついた。今まで見ていたこの国で酒を飲んでどんちゃん騒ぎをしている人間の笑顔とは違う。この笑顔はこの国に入ってから初めて見た本当の笑顔だ。宴会で笑いあっている人々とは全く違う本物の笑顔だ。
どうやら俺はこの国で頼れる人を見つけられたようだ。