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第6話 釣りバカ貴族

 あれから1週間が経った。はっきり言って魚はバカみたいに売れている。

 ただ価格の下落を抑えたいので、一日20匹までという制限をかけておいた。

 そのおかげか値下がりすることもなく、バンバン貴族の使いの人たちが買い取ってくれる。


 今のところ一日金貨10枚の売り上げだ。

 しかも釣りの技術も上がったおかげで、餌代や仕掛け代などのかかる費用がかなり少なくなった。

 今では仕掛けがなくなることもなく、餌代だけでなんとかなっている。貯金もついに金貨50枚を超えた。

 しかも競争相手もいないので俺の独壇場だ。

 それだけじゃない。貴族を相手にしているから、下手に俺にはちょっかいも出すことはできないので、安心安全に商売ができる。


 そんな俺は今日、とある貴族の屋敷の前にいる。

 昨日商業ギルドに入った時に、是非とも俺に魚を持ってきて欲しいという依頼があったのだ。

 断る理由もないし、良い値で買い取ってくれるということなのですぐにやってきた。


 でかい屋敷の前で萎縮していると、執事の人がやってきて俺を中庭へ案内してくれた。

 庭はシンメトリーに作られる洋風のものではなく、自然的な和風の庭に近かった。どこか心落ち着く空間だ。少し歩くと、そこには人工的に作られた小さな川があった。

 川まで作るとはさすがは貴族と思っていると、奥からメイドたちを連れて主人であろう人物が現れた。


「おお!君か!待っていたよ。この屋敷の主人アンドリュー・グライド子爵だ。」


「これはお初にお目にかかります。私は関谷道長といいます。この街でしがない商人をやらせてもらっています。本日はこのような場を設けてもらい大変恐縮に思います。」


「はっはっは!そう気にするな。それよりもどうかね?私のこの川は。特注で作らせたんだよ。私の願いはこの川で釣りをすることなんだ。その夢も君のおかげで叶いそうだ。早速この川に魚を離してくれ。」


 やはりそういうことか。

 地球でも釣りは昔、貴族の娯楽になったということもあるらしいからな。

 この世界でも同じことだろう。特に川が近くにないこの街では最高の貴族の娯楽だろう。


「少しお待ちください。大変素晴らしい川なのですが一つ問題が…」


「ほう?この私の作った川に問題があると?」


 少し怒気をはらんだ声に少々怯えるが、ここはしょうがないのでなんとか我慢して続ける。


「このままでは下流部から魚が逃げてしまいますので…何か仕切りをつけませんと…」


「ほう?確かにその通りだ。何か魚の通れぬよう網でも入れておけ。」


「それでしたらできるだけ高さのあるものをお願いします。活きの良いものばかり連れてきましたので、低いものだと飛び越えてしまいます。」


「ほう?それほど良いものをか。これは良いぞ!急いで準備させよ!準備が終わるまでに魚を見させてもらおうかな?」


 どうやら機嫌を直したらしい。

 それに先ほど以上に上機嫌だ。しかも魚を見せたらさらに機嫌をよくしている。

 これは幸先良いかもしれないな。




 それから準備を終え、早速放流した魚を釣り始めている。

 釣り方は餌釣りなので、竿を投げ入れた瞬間にどんどん釣り上げていく。

 正直俺の持って来た魚は腹をすかせた状態なので入れ食い状態だ。

 

 さすがにここまで釣れすぎるとつまらないかと思ったがそうでもないらしい。目が爛々としている。一匹釣れるごとに歓声をあげて喜んでいる。


「いやあ実に面白い。釣りというのはやめられんなぁ。ただこの餌付けが面倒でな。本当は虫を触るのがあまり好きではないのだ。」

 

 確かに釣りは好きだけど、虫餌をつけるのは苦手という釣り人は存外多い。俺自身苦手ではある。子供の時は普通にさわれたのに大人になると急に触れなくなってしまう。あれは一体なんでなんだろうなぁ…


 そんなことを思いながらあたりを眺めていると、近くに数羽の鳥が餌を啄ばんでいるのが見えた。鳥は俺が見たことに気がついたのか、飛び去って何処かに行ってしまった。その際、鳥が羽ばたいて羽が一つ抜け落ちた。俺はその抜け落ちた羽を見てあることを閃いた。


「子爵様。少々お時間をいただければその悩みを解決する、面白い釣りの方法をお教えできますよ。」


「ほう?面白い釣りとな。是非ともやってみてくれ。」


「では予備の針と細く丈夫な糸をお借りできますか?」


 子爵はそのくらいならと執事に申しつけすぐに用意してくれた。

 執事の人が用意をするまでに、俺は庭に落ちている鳥の羽を集めた。

 先ほど飛び去った鳥がいたところを探してみると、3枚ほどの鳥の羽が見つかった。もう少し探してみるか悩んでいると、執事の人が頼んでいたものを用意してくれた。


 すぐに作業に取り掛かると子爵も興味津々に作業を見にきた。

 俺が今から作ろうとしているのは毛針だ。

 毛針とは鳥の羽や動物の毛を針に巻きつけ、虫のように見せる疑似餌だ。俺も作るのは初めてだが、こういった細かい作業は昔から得意だ。


 本当は専用の機材が欲しいところだが、そんな文句を言うことはできない。

 なんとか悪戦苦闘しながらも、ようやく一つの毛針が完成した。

 いきなり手渡しても仕方ないので、俺がデモンストレーションとして釣りを始めてみる。


「それが面白い釣りか?第一ウキも重りもない仕掛けで魚が釣れるとは思えん。」


「これは毛針と言って飛んでいる小さな羽虫を模した仕掛けなのです。このように上流から何度か流してやれば…」


 第一投目を投げ入れた瞬間、見事に魚が毛針に食いついた。

 しかも良い具合に水面に飛び出して針に食らいついて来た。それを見た子爵は大興奮である。


「おお!すごいぞ!魚が水から飛び出して食らいつきおったわ!」


「少しコツが必要ですが子爵様ならすぐにものにするでしょう。」


 子爵は飛び上がるように俺の元に近づき、竿を受け取る。

 何度かレクチャーしながら釣りをしていると6投目あたりでようやく1匹目が釣れた。

 釣れた瞬間の子爵は子供のように無邪気に喜んでいた。


「おお!これはすごいぞ!この毛針というものをどんどん作ってくれ!」


「子爵様。これは確かに私が作るのも良いのですが、是非とも私は子爵様に作っていただきたいと思います。」


「私にか?誰が作っても同じであろう?」


「そんなことはありません。例えば今回は鳥の羽を使いましたが、これを獣の毛にしても良いですし、色を変えても毛量を変えても良いのです。単純な作りですがその分奥が深いのです。」


 それを聞いて初めは考えていた子爵も物は試しと一緒に作ることになった。細かい作業なので、子爵は悪戦苦闘しながらもなんとか作業を続けてくれた。

 それからしばらく時間はかかったが、なんとか一つ目の毛針を作ることに成功した。

 形は少々不格好のように思えるが、それはそれで良いだろう。


「これで完成か。ふむ。試しに作ってみるとなかなか良いものだな。」


「子爵様ならわかってもらえると思いました。それとその毛針は是非とも大切にしてください。なんせ子爵様が作ったこの世に同じものはない、唯一無二の毛針ですから。」


「なるほど…この世に唯一か……」


 だいたい人はこのフレーズに弱い気がする。

 この世界に一つしかない。

 限定品。そんな言葉に騙されつい買ってしまうのだ。まあ俺もその一人なのだけれど。特に期間限定とか書いてあると欲しくなくてもつい買っちゃうんだよね。


 子爵は早速自分で作った毛針に付け替え、投げてみる。

 すると第1投目から魚が針に食いついた。なんとも空気の読める魚である。

 子爵はその魚が食らいついた瞬間に今日一番の笑顔を見せた。


「この毛針というのは最高だ!自分で作るという理由もよくわかったぞ!今までの釣りで最高の釣り日だ!」


 子爵のテンションはマックスを通り過ぎている。

 いらぬお世話かとも思ったが、結果的には大成功というやつである。

 その後も子爵は釣りを続け、大満足で夜を迎えた。

 俺は帰ろうかと思ったが子爵が是非ともうちで食事をしていけと言うので、それを無下に断るわけにもいかずそのままご馳走になることにした。


 食事の間も終始興奮していた子爵は、俺のことを次第に先生と呼ぶようになっていた。

 さすがにその呼び方は人に聞かれたらまずいので、何度か断った。しかし断り続けていると少し不機嫌そうになってきたので、他に人のいないところでならということで落ち着いた。


「いやぁ先生に会うことができて私は嬉しいです!そうだ。実は先生は他に釣り方を知っているのでは?」


「ま、まあ一応思いつくものはあるのですが、作るのが難しくて再現するのがなかなか…」


「そうでしたか!ではもしも完成した暁には是非ともご教授いただきます。」


「もちろんです。完成したらいの一番に子爵様の元へ持ってきます。」


 そのまま夜は更け、このまま帰すわけにはいかないと一晩泊まり、朝食までご馳走になって、帰ることができたのは昼過ぎだった。

 そのまま宿に戻ろうかと思ったが、一つ思いついたことがあるのでそれを実行することにした。


 この街には釣具屋なんてものはない。

 しかし冒険者向けに釣りに使えそうな道具を雑貨の一部として売っている店なら数多くある。

 そこからいくつかの品を買ってから宿に戻った。


 俺が思いついたのは釣具の作成だ。

 これは売るためではない。

 釣りバカ野郎のアプリ内で、自作の釣り道具を使えないかと思ったのだ。

 思い出せばファームファクトリーでは、売っていた鍬をアプリ内で使うことができた。

 なら釣りバカ野郎も同じように買って来た道具を使えてもおかしくはない。


 試しに強度も高く、糸も針も丈夫なものを作ってみた。

 餌に使うのは先ほど宿の前の植え込みの中にいたバッタだ。

 それら一式を収納アプリ内にしまい、釣りバカ野郎を開く。

 するとアイテム欄から俺の作った竿と仕掛け、さらに捕まえたバッタを餌として使用することができた。

 しかもそれで釣りをすると今まで以上に操作性が良い。


 何投かすると魚がかかった。

 しかも今までの竿では糸が切られるような引きを見せている。

 それから数分格闘すると、今まで釣れなかった大きさの魚を釣り上げることができた。

 これは大きな発見と言える。


 なんせこの竿と仕掛けにかかった費用は銀貨1枚にも満たない。

 つまり格安で最高の釣竿を作ることができたのだ。

 毛針でやってみても良いが一番よく釣れるのはやはり餌だろう。

 とりあえず餌がないので周辺の草むらで虫を探す。しかしいざ探してみるとなかなか見つからない。


 すると近くに、なんというか貧乏そうな子供の集団を発見した。

 しかも虫取りをしているのか、ゴミとして捨てられていたであろう入れ物の中に多くの虫を入れている。

 俺はちょうど良いとその集団に近づく。


「ちょっといいかい?その虫かご見せてくれないかな?」


「だ、誰だよおっさん。これ俺たちが集めたんだぞ!」


「お、おっさんって…まだそんな歳じゃないのに。もしもいい虫がいたら買ってあげようと思ったんだけどなぁ〜」


「マジか!見てくれ!いいのがいっぱいいるぞ!」


 お金が絡んできたらすぐに手のひらを返して俺に見せつけてくる。

 かなり大量にとったのか中で色々と蠢いている。

 正直気持ち悪いし、はたき落としたい気分になるが我慢する。

 そのままではわからないので餌になりそうなものを一つ一つ取り出してもらい調べていく。


「その虫はオッケー。それはダメ。そっちはオッケー」


「やった!これで銅貨…何枚分?」

「銅貨48枚分だよ!数くらい数えられるようになれよ。」

「美味しいものいっぱい食べられそうだね。」


 1匹につき銅貨1枚で買い取っている。正直かなり高い値段だ。

 まとめて銅貨数枚でもよかったが、今の俺は羽振りが良い。

 なんせ子爵のところで20匹の魚が金貨20枚に変わったんだからな。

 普段の倍の値段だ。最高の気分である。

 そのままいくつも買い取っていくと、最後に一番良いのがきた。


「お!それミミズじゃん!それは買いだ!」


「このニョロニョロでいいのか?」

「こんなのいっぱいいるけどな。」

「うちの孤児院の裏のゴミ捨て場にいっぱいいるよ」


「本当か!そこまで案内してくれ。」


 子供達はお金がもらえるということで俺を案内してくれた。

 そこは教会のようだが聖職者は見当たらない。

 子供達に案内されるままついていくと、そこには山のように積み重ねられた土があった。

 子供達がその山を崩すと、中から大量のミミズを集めて、俺に見せてきた。


 どうやらこれは腐葉土の山のようだ。

 いや落ち葉だけでなく残飯のようなものも多くあるので、堆肥という表現の方が正しいかもしれない。

 これだけ立派な堆肥ならばミミズもたくさんいるだろう。そこでふと閃いた。

 この堆肥をファームファクトリーのアプリ内で使用したらどうなるんだろう。


 試しに一掴み収納してみる。

 するとファームファクトリー内に堆肥とアイテム表示された。

 その下には説明もあり、一定量の使用で畑のレベルを上げることができると表示されていた。

 今までプレイヤーとしてのレベルは上がっていたが、畑のレベルは上がったことがなかった。

 これはチャンスだと思いこの堆肥を全てもらおうと思ったが、これはこの子たちのものなので勝手にもらったらまずいのだ。


 そこでここで一番偉い人を子供達に呼んできてもらう。

 協会の中から一人の老人が現れた。服は汚れ、子供達と同様に痩せている。


「子供たちに呼ばれてきましたがあなたは?」


「しがない商人です。単刀直入に言います。この堆肥の山を売ってはもらえませんか?」


「こんなもので良ければいくらでも差し上げますよ。どうせ今後も増えていくのですから。」


 話を聞いてみると街のゴミ掃除をして、集まったゴミをここに集めているらしい。

 堆肥にならないようなものは、逆にお金になるからこの山の中には入っていないとのことだ。

 まあそんなことよりも許可をもらえたので全ての堆肥を収納していく。


 かなりの量になったが収納できたようだ。

 ただ目の前で急に消えたのをみて驚いている子供達に、このことを口外しないように口止めしておいた。


「ありがとうございます。これはほんの気持ちです。それとこのことはあまり口外しないでもらえるとありがたいのですが…」


「構いませんよ。それにこんな年寄りの戯言など信じる人はいませんからご安心を。」


 俺は代金を支払いその場を後にした。

 ちなみにもらった代金の袋を開けてみたのかは知らないが、老人の驚きの声が遠くまで聞こえた。


 ……流石に金貨10枚は払いすぎたかもな。





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