特別編 ミチナガとリリーの結婚式 婚!
結婚式開演1時間前。結婚式会場へ続々と招待客たちが押し寄せる。招待客の数は1000を超えるため、開演までに会場に全員入れるためにスムーズな誘導が必要だ。だがそんな中、最も遅れた一団がやってくる。その一団を見た他の招待客からは思わず歓声が上がった。
「いやぁギリギリ間に合った…危ない危ない……」
『ようこそおいでくださいましたアンドリュー様。あまりに遅いのできてくれないかと思いましたよ。また釣りですね?』
「早めにこっちにはついていたんだがどうしてもね…。ああ、今急いで着替えてくるから。じゃあみんな行こう!」
「「「「はい!」」」」
ぞろぞろと近くの部屋に入っていくアンドリューとその一向。はたから見ると釣り具を持った冴えない男たちだが、その実態は国王や国の重鎮、第一線は退いたが未だ強大な権力を握る者たちなどだ。その気になればこの大陸でひと騒動もふた騒動も起こせるような者たちの中心にいるのがアンドリューだ。
そしてこれでようやく全ての招待客が集まった…と言いたいところだが、一人だけ来ていない。いや、おそらくここに来ることはないだろう。礼儀として招待状は送ったが、やはり来るわけがない。その招待客の名は元魔神第8位崩神ギュスカール。
神人アレクレイとの戦闘の影響で今や崩壊魔力を生み出すことができず、ただの魔力量の多いだけの老人となった。時折使い魔たちが監視をしているが今はただの抜け殻のようになり、稼いだ金で囲っている大勢の嫁と子供たちと暮らしている。
正直ギュスカールはもうなんの脅威でもない。しかし一部の国では崩拳の使い手によって煮え湯を飲まされた経験があるため、今でも特級の警戒人物に指定されている。
まあ何はともあれこれで招待客は全員揃った。そして全員が会場に入場し終えた頃、結婚式が始まる。
『え〜それでは参列の皆様、この度は我が主人セキヤ・ミチナガとリリー・ユグドラシルの結婚式にお集まりいただきましてありがとうございます。司会進行は私ポチが進めさせていただきます。』
司会進行を始めるポチ。しかし一向に招待客たちは静かにならず、ざわついている。それもそのはずだ。この結婚式が始まるまで随分ともてなしを受けたが、今日はそのレベルが違う。これまでと格が違うと言えるほど豪勢なのだ。
振舞われる酒はソーマが特別な日のためにと用意しておいた秘蔵の一品。料理はシェフが腕によりをかけたもの。さらに料理のメインにはナイトが討伐してきたSSSS級のモンスターを丸々使っている。
さらに結婚式の会場にはこの世界の贅の全てを集めたと言えるだけの装飾が施されている。そして招待客も別格だ。魔神第2位勇者神アレクリアル、魔神第3位妖精神ピクシリー、魔神第4位氷神ミスティルティア、魔神第5位海神ポセイドルス、魔神第6位神剣イッシン、魔神第7位神夢ヴァルドール、魔神第8位神魔フェイミエラル、魔神第9位狩神ナイト。
そして結婚式を行うミチナガとリリーを合わせれば魔神全員がこの場に揃うこととなる。こんなのは歴史上から考えてもほんの数回しかないだろう。
さらに別の場所にはこの世界の美の全てを司ると言われる美帝メリア、世界最高の酒を作る酒帝ソーマ、そして世界最大連合同盟であるアンドリュー自然保護連合同盟盟主である釣帝アンドリュー。そしてもう一人、多くの人々から注目されている男がいる。
「おい、あれがそうか?」
「ああ、間違いない。魔神以外で世界最大の国土を保有するシェイクス帝国。彼がその帝王だ。」
「まだ若いが…その才覚は本物ということか。」
「あれがマクベス帝王か。」
マクベス・シェイクス。ミチナガの親友にして元シェイクス国国王。そして現在、シェイクス国の領土は火の国全域に及んだ。かつて火神が統治していた領地全てをシェイクス国の領地としたのだ。
これが実現したのは長く続いた火の国の内乱と法国の侵攻、そして十本指との戦争による影響が非常に大きい。そしてこの結果は魔神以外で最も広大な土地を統治したという事実をもたらした。
これによりシェイクス国はシェイクス帝国と改め、現在は隣国のセキヤ国と協力し火の国に巨大農場や工業地帯を生み出そうとしている。
そしてこのざわつきを抑えられないと感じたポチは早速メインの二人を呼んだ。それにより暗転する会場。さらなるざわつきが起こるが、スポットライトの先の人物を見て一気に静まり返った。
そこに現れたのはリリーだ。メリアによってドレスアップされ、メイクが施された彼女は息を呑む美しさだ。誰もが見惚れてしまう。呼吸することすら忘れてしまいそうだ。
『え〜それでは新郎のセキヤ・ミチナガの登場です。』
スポットライトがもう一つ増える。誰もがこんな美女と結婚できるのはどんな男なのかと注視する。するとそこに現れたのはまだ毛も生えていないような少年だ。しかも美男子というわけでもない。
ミチナガもそれに気がつき、続々と集まる嫉妬の視線、敵視する視線に苦笑いを浮かべる。しかしそんな中でも幾人からは尊敬や恐れといった眼差しが向けられる。
なんせここにいるミチナガこそが、わずか一代で世界トップのミチナガ商会を生み出し、英雄の国にて英雄の認定を受け、セキヤ国という国家を築き上げた。そして法国侵攻の際の働き、十本指戦争の際の働き。そして戦後の各国に助力し、戦前よりもはるかに発展した国々を生み出した。
そしてほんの数年前に起きた戦い。その詳しいことは知られていないが、今の彼の称号を考えれば一体何をなしたかがわかる。今や彼は伝説を超え、神話を超えた。
『それでは世界樹の女神、樹神リリーと…神を打ち倒した男、世界神セキヤ・ミチナガとの結婚式を始めます。』
「このたびはご結婚おめでとうございます。世界神ミチナガ様。」
「ご丁寧にありがとうございます。」
これで一体何度目の挨拶だろうか。すでに結婚式が始まってから数時間が経過している。日もだいぶ傾いた。そろそろ結婚式をお開きにしたいところだが、まだ挨拶を終えていないものたちが残っている。もうしばらくの辛抱だ。
『ポチ・さすがに招待状送りすぎたかもね。』
『シェフ・呼ばなかったら呼ばなかったで後で問題になるだろ?』
『ポチ・まあそうなんだけど…』
『シェフさーん!料理無くなりそうなんで追加お願いします!』
『シェフ・わかった。じゃあなポチ。』
『ポチ・はーい。』
どこかへ行くシェフの後ろ姿を見てあくびをするポチ。もう結婚式自体は終盤も終盤なのだ。ただ挨拶だけがまだまだ終わらない。一体いつになったら終わるのか。うとうとしながら待ち続けるポチ。結局挨拶を終えたのは日が暮れた頃であった。
『え〜それでは結婚式も最後となります。では最後にセキヤ・ミチナガよりお言葉をいただきたいと思います。』
拍手とともに立ち上がるミチナガ。そして一つ咳払いをしてマイクを片手に喋り出す。
「本日は私とリリーの結婚式に集まってくれてありがとう。本来ならかなりの年の差夫婦となるはずだったんだが、使い魔たちの手違いで若返りすぎてしまった。自分の国に帰ってから披露宴をするつもりだけど、みんな俺に気がついてくれるかな?」
クスクスと笑い声が聞こえる。それを聞いて僅かに満足したミチナガは頭の中で次に何を言おうか考える。そして一つのことを、自身の世界神という名について話した。
「後日詳しいことをみなさんにもお伝えするが、私はこの世界を乗っ取ろうとしていた悪神を打ち倒した。それによって世界神という称号を得た。まあこんな称号はどうでも良い。それよりも…今と昔とではこの世界の神は大きく変わってしまった。それにより多くの影響が出ている。」
ミチナガが合図すると映像が投影される。そこには世界地図が表示される。しかしここまで詳細な世界地図は見たことがない。だがミチナガはそれに触れず、もう一つの世界地図を表示させた。
「神が変わったことで具体的には世界の大きさが1.1倍ほど大きくなった。それにより新たな島が生まれたり、山脈が生まれたりしている。今後も何らかの変化が起こるだろう。例えば…9大ダンジョン神域のヴァルハラの重量が日々減っている。何年か経てばかつてのような浮遊島が見られるようになるだろう。」
その後も開示されて行く様々な情報。海上に突如出現した諸島群。切り立った数千メートルの山脈。底の見えぬ暗闇の大穴。そしてそれに伴い新たに発生した新種のモンスターたち。
「これらの多くには未知の物質や素材が多くあるだろう。誰も手を付けていない鉱脈なんかもな。しかし今はこれらに手を出せない。我々の世界は疲弊しすぎた。かつてと比べ半減した人口も回復させなければならない。これらに手を出すのは10年…いや20年後になるだろう。」
ゴクリと喉を鳴らす者達。これらの領地は全て誰も統治していない未登録の土地。手に入れることができれば莫大な富を生む。しかしミチナガの言う通りこれらに手が出せるほど、各国にはまだ余裕がない。
「そこで皆と協定を結びたい。これらの土地に手を出すのは我らの子や孫が成人するまで待つというな。我らの子や孫が兄弟同士争わなくて済むようにこの土地をくれてやろう。私も…我が子が育つまで待つつもりだ。」
ニヤリと笑うミチナガ。それを聞いてきょとんとする一同。使い魔達も何を言っているかわかっていない。しかしリリーがお腹をさするのを見てそれに気がついた。
『ポチ・え…子供できたの?』
「そりゃあんな日々送ってりゃ子供もできるさ。出産日はいつになるかわからん。体内で聖霊体に変質しているらしくてな。肉体が安定するのにもう1年はかかるかもしれないし、明日にでも生まれるかもしれない。まあ…世継ぎ問題は起こらないですみそうだ。」
使い魔達にも知らされていない事実。結婚式が世継ぎ誕生の発表会にもなるなんて思ってもみなかった。魔神同士の結婚により生まれた子供など、次世代の魔神候補筆頭と言わざるをえない。世界中が二人の子供に注目するだろう。
「まあ細かい話し合いはまたにしよう。今は私の結婚式と…我が妻の懐妊報告だけに集中してほしい。とは言ってももう夜だ。これ以上はお腹の子に悪影響があるかもしれないのでお開きにさせてもらう。」
さらりと結婚式を締めるミチナガ。しかしリリーの懐妊にまだ動揺が隠せない。そして翌日のうちにこのことは全世界へと伝えられ、セキヤ国では次期国王候補が生まれるかもしれないとお祭り騒ぎだ。
そして結婚式から1週間が経過した。今日の昼にようやく招待客を乗せた最後の飛行機が飛び立った。これでユグドラシル国も随分と静かになるはずだ。ミチナガとリリーは最後の飛行機を世界樹の上から眺めている。
「ようやく結婚式も終わりって感じだな。肩の荷がようやく降りた。」
「でも次はセキヤ国でもやるんでしょ?」
「その予定だけど、子供のことを考えて少し休んでから行くって伝えておいた。そしたら誰も反対意見なんて言わないからな。ただみんな楽しみにしているから早めには行くけどね。だけど…少し南の島でバカンスでもしたいところ。」
「残念だけどあまり世界樹を離れられないから短い期間の方が良いかな?」
リリーは足元の世界樹を撫でながら優しく微笑んだ。リリーは世界樹と深く繋がっている。この世界樹がもう少し成長すれば長期間離れることも可能だが、まだ幼い世界樹にはリリーが必要なのだ。しかしミチナガは笑みを浮かべた。
「それならドルイドに任せるつもりだ。ドルイドも世界樹の守護者だからな。ただリリー自身世界樹と繋がっていないとお腹の子にも影響が出るかもしれない。だからリリーにはしばらくこっちのスマホの世界樹と繋がってもらう。これで何の問題もないよ。」
「それは……そうかも。それじゃあ…」
「南の島で新婚旅行でもしよう。まあはしゃぎすぎない程度にね。」
「やったー!ミチナガくん大好き!!」
はしゃいでミチナガに抱きつくリリー。新婚旅行はセキヤ国で結婚報告するだけで終わると思っていたからこそ余計に嬉しいのだろう。ミチナガも優しく抱き締め返す。
「さて…そうと決まったらポチ、色々頼んだ。俺は休暇に入ります。」
『ポチ・いっつも休暇みたいなものじゃん。でもまあ…僕たちも代わる代わる遊ばせてもらうから良いけどね。それに…この世界ももうしばらくはおとなしくしているでしょ。』
「圧倒的な人口不足。インフラ設備もまだまだ整っていない。やらなきゃいけないことが盛りだくさん。…だからこそ皆大人しくしている。だけど必要なものが揃ったら……20年、30年経ったら世界は大きく動くぞ。」
『ポチ・一体その頃には世界はどうなっているのかな。それに…これから生まれてくる僕たちのもう一人のボスもね。いつか君に仕える日が来るのが楽しみだよ。』
ポチはリリーのお腹に触れながら新たなる王を心待ちにする。いつかこの子も世界を動かすような傑物になるのだろうか。
「まあとりあえず10年ぐらいは大人しくしてゆっくり世界を楽しもう。そうと決まれば車を出せ!船を出せ!飛行機を出せ!遊びに行くぞぉぉ!!」
『ポチ・イエェーイ!!』
『シェフ・お腹の子に良い料理も色々考えてあるから飯は任せとけ。』
『ピース・僕もみんなを守るから安心して!』
『社畜・おお!そういうことなら試作品のロケットがあるのである。南の島まで1時間で行けるのである!』
「却下だ。どうせ着陸のこと考えてないだろ。それに俺もリリーも…そしてお前らも無限の寿命を得たからな。焦らずにゆっくりやろうぜ。南の島は逃げねぇよ。」
『ポチ・あ、逃げはしないけど…明日から数日台風直撃だって。復旧作業とか必要かも。あとその後も何日か天気悪そう。』
「……しばらくここでゆっくりするか。旅はしばらく…お預けだ。」
ミチナガはその場で寝っ転がる。もうしばらくゆっくりしたのちに新婚旅行もセキヤ国での結婚報告パーティーもしよう。だから今はこの平和と幸せを噛み締めながら眠りにつく。
『ポチ・あ〜疲れた。結婚式一つにどれだけ頑張らなくちゃいけないのよ。』
『ピース・まあ僕たちがやりたいって言い出したことですから。でも当分はお休みできますよ?』
『シェフ・いや、ミチナガ商会のこと考えたら新商品開発とか店舗増設とかやらなくちゃいけないことはそれなりにあるぞ。』
『ポチ・そうだよ。忙しくないようで結構忙しいの。ボスは天気良くなったのを知って本当にバカンス行っちゃったし。あ、セキヤ国での披露宴の準備もしないと…』
『ピース・そうでした…皆さん楽しみにしてますもんね。』
『ポチ・まあそういうことだから。こっちが色々準備している間は頼んだよ後輩!』
「いて!え?俺ですか?」
『ピース・頑張ってください!』
「いや…頑張ってって言われても…俺国から追い出された身分ですし…森の中で一人暮らしですよ?」
『シェフ・俺も飯作るので忙しいから頑張ってくれよ後輩。』
「いや…後輩後輩って…俺にはメスティって名前が…」
『ポチ・それじゃあメスティ。あとは頼んだ。僕も明日からバカンス行く予定だから。』
「え…いいなぁ……俺もバカンス行きたい……あ、どっか行っちゃった。…あ〜あ……本当に任せてどっか行っちゃったよ。まあでも…先輩命令だから頑張るかぁ…どうせそのうち気が向いたら顔出すだろうから。よし!じゃあ気を取り直してここから頑張ります!」
「え〜本日から…いや、俺昨日から頑張ってるよね?うん…昨日から私メスティが魔導農家なんて訳のわからない加護を授かったせいで国から追い出されて一人森の中で奮闘する物語が始まりました。まあ頑張るけどさ…一人森の中は辛いよね…誰か来てくれると良いんだけど。それも早めに。先輩に任されたから頑張るけど…なんとかなるのかなぁ…」
と、いうことで新作【謎の加護『魔導農家』を授かったら国から追い出されたけど、なんだか上手く行きそうです。】の連載を始めました。
題名は正直仮題の気分なのですが、きっと変えるのがめんどくさくなってそのままになると思います。本日この話と同時に第2話を公開し、9月中は毎日投稿します。暇だったらお試しで読みに来てください。
なお今作はまたこんな話を書きたいと思いついたら書いて投稿すると思いますが、しばらくはお休みすると思います。
それでは読んでいただきありがとうございました。