第542話 優勢の劣勢
「ほう?」「それがあの男が打ちあげた一振りか」「なんと美しい」「お前のような奴が持つには惜しい」
『本当はこっちだって持ちたくはない。イッシンに使ってもらうのが一番だ。そうすれば自分たちの出番はなかった。だけどあまりに不器用すぎるから…』
「あはは、ごめんね。使い慣れた武器以外使えなくて…」
本来はイッシンに使ってもらう予定であったトウショウ最後の一振りであるが、イッシンがあまりにも不器用なため使い魔達にその役目が回った。しかしほとんどの使い魔がこの一刀を使いこなすことができなかった。
この一振りはあまりにも切れすぎる。切れすぎる故に武器を使うという感覚よりも武器に使われるという感覚の方が強くなってしまうのだ。そしてほぼ全ての使い魔が使いこなせないということで最終的にシェフにその役目が回ってきた。
『全く…剣術なんてろくに使えないからな。それから守りはガーディアンに任せたぞ。』
『任せろ。』
勢いよく走り出すシェフとガーディアン。それを簒奪者は嘲笑った。
「たかが料理人に何ができる」「おとなしく包丁でもふるっておれば良いものを」
『なんだ知らないのか?料理人っていうのはな、そこらの武人の数百倍は何かを切っているんだ。毎日毎日…いかに美しく、綺麗に切断するか。切断によって料理の良し悪しは変わるからな。武術に関しては知らないが、切ることに関していえば右に出る者はいない。』
シェフの能力が発動する。シェフの能力、料理之心得。料理に関係する能力が向上する能力だ。なんてことない能力。しかしシェフの能力の幅広さは他の使い魔とは一線を画す。
味覚嗅覚触覚の強化。長時間の調理に対応するための身体能力向上。さらにあらゆる調理器具への補助能力。特に切断能力に関していえば、同系統のソードよりも補正値が高い。ただしそれは本来調理器具である包丁などの場合だ。
ならばこのトウショウの一振りにはそれは関係ない、はずである。しかしこのトウショウの一振りはよく見れば刀でもなければ剣でもない。まっすぐに伸びた直刀のようにも見えるがその本質は違う。
トウショウが生涯で打ち上げた刀の数は百以上になる。しかしそんなトウショウも若い頃は刀が売れず、生活費を稼ぐために包丁を打っていた。その数は1000を軽く超える。戦国時代でもない限り刀はそうそう売れるものではない。
だからトウショウは刀を打つよりも包丁を作る方が得意なのだ。そして最後の一振りを打つ際にその経験が思わず出てきてしまった。だからこれは刀ではない。包丁に近いものなのだ。
だからこそシェフの能力による切断能力強化がかかる。そして刀鍛冶の神様と呼ばれたトウショウが人生の全てをかけた包丁は神すら切り裂く。この一振りとシェフの能力が掛け合わされば、この一振りは神の天敵となる。
そして今まさにシェフの一刀によって簒奪者の体は大きく切り裂かれた。さらに追撃をかけるシェフを止めようとする簒奪者だが、その攻撃は全てガーディアンによって防がれる。
「くそ!」「ふざけるな」「そんな無茶苦茶な振り方で!」
『剣術なんてろくに習ってないからな。まあ今後も習う気は無いけど。だけどお前の身体は…よく切れる。』
その言葉の通りシェフの武器の振るい方はあまりに不恰好である。しかしシェフは簒奪者の身体をまるで豆腐を切るかのようにスパスパと切り裂いていく。
シェフには簒奪者の身体の切りやすい部分が見えている。これも能力補正の一部だ。そしてガーディアンがシェフを守っている以上、簒奪者にはシェフを止める手立てがない。
さらに後方支援として矢やら魔法やらが飛んでくる。簒奪者の体はみるみるうちに削られていく。はっきり言って簒奪者は防戦一方だ。
そしてその光景をミチナガはじっと観察している。今の猛攻撃によって常に数千もの魂が解放されていく。1時間も攻撃し続ければ数億の魂が解放されることだろう。だがその戦局を見たミチナガは顔を歪めた。
「このままじゃ削り切れない……ポチ、攻撃をもっと上げられないか?」
『一斉射撃すると仲間同士の攻撃でかき消されちゃうから今くらいがギリギリだよ。』
「これがマックスか……ジリ貧になるぞ。」
ミチナガは焦っていた。現状ミチナガたちは優勢のように見える。しかし現在の状況を数値で考えると非常にまずいことがわかる。
使い魔たちは一生攻撃し続けられるわけではない。魔力や神力にも限りはある。それを大勢でローテーションを組んで回復させることで維持しているのだ。しかしどんなに維持しようと思っても多少の損耗は起こる。
ただ今の損耗率から考えるとこのまま5〜6時間は今の猛攻を続けられる。しかしそれ以上はゆっくりと減少し続けることだろう。そして一定ラインを下回ったところで簒奪者には攻撃が通らなくなる。
だからそれまでに決着をつけたい。5〜6時間も攻撃し続ければ100億の魂を解放することができるだろう。だがそれでも簒奪者の体内には500億以上の魂が残る。
簒奪者の恐ろしいところは神の力を使った攻撃ではない。神の肉体による脅威の防御力と600億もの人間の魂を取り込んだことによる膨大な体力なのだ。
「おそらく神の本体を封じ込めるために必要な人間の魂が100億か200億必要だと考えて…残り400億以上の魂を削らなくちゃいけない。そのためには今の攻撃を丸一日続ける必要があるけど……無理だ。持つわけがない。」
ミチナガは表情を歪める。イッシンやフェイミエラルにもう一度戦いに参加してもらっても、神力の少ない二人では1時間に数百万か数千万削るのがようやくだろう。その程度では足りないのだ。
もっと攻撃力が必要。しかしそのための兵装は何もない。いや、正直ないこともないのだが、その兵装は持続するのが不可能だ。短時間的に攻撃力を上げるだけ。
「何か策を考えろ…策を…くそっ!!他に何かないのか……」
頭をかかえるミチナガ。そんなミチナガの元へシェフが戻ってくる。シェフもさすがにトウショウの一振りを永遠と振り続けるのは無理だ。今の消耗の具合から考えると最低でも1時間は休まないと戦線に復帰できない。
代わりに再び戦線へと戻るバーサーカーとパワー。さらにドルイドやフラワー、ファーマーの姿も見える。シェフの抜けた穴を埋めるのにはそれだけの戦力が必要ということだ。
「シェフ…今はゆっくり休んでくれ。お前の力はまだ必要に…」
シェフに声をかけるミチナガ。しかしシェフはそんなミチナガを無視して隣のポチへと歩み寄り、ポチのエヴォルヴの首を掴んだ。
何らかの洗脳攻撃を受けたのかと焦るミチナガだが、そうではない。これはシェフの意思の元、行っているのだ。そしてそんなシェフに対し、ポチは何も言わない。
『お前はいつになったら戦うんだ。わかってんだろ?俺たち最初の3人は他の使い魔とは一線を画す。ポチ…お前は最初の一人だ。お前が本気を出せば全ての使い魔の中で問答無用の最強になれる!この戦局を変えられるのはお前しかいないんだぞ!!』
『シェフ…ごめん。だけど……そのイメージがわかないんだ。』
「シェフ、それはどういうことなんだ?」
『…使い魔の能力は何かに依存する。例えば親方やスミスのようなスマホアプリから力を得るタイプ。パワーやバーサーカーのような生まれ持った能力を持つタイプ。ムーンやヨウのような同じ使い魔や、人間や他の生物から学ぶタイプ。』
『始まりの3人…僕とシェフ、それにピースもこのタイプに当てはまる。ピースは生まれ持った能力、シェフはスマホアプリ。だけど僕たちの場合は生まれ持った許容量が違う。ピースを見たでしょ?あんな世界の理すらもはねのけるようなレベルの能力持ちは他にいない。シェフも万能性がちがう。』
『俺たちは獲得できる能力量が他と違う。そしてそれはポチも同じことだ。だからこの戦局を変えるにはポチが何かから学んで力を獲得するしかない。』
シェフはそう言い放った。それが真実ならばこの劣勢にも勝ち目が見えてきたかもしれない。