第530話 懐かしの漁師町
魔導列車がゆっくりと減速していく。そしてピタリと停止すると開かれた扉から勢いよく大勢の人々が降車して来る。そして降りる人の勢いが弱まった頃、ゆっくりとミチナガたちは列車から降りてきた。
「うお!降りた目の前は海か!これは絶景だな。しかも向こうの方で何かやってるな?」
「多分鮮魚の積み込みじゃないかな?俺がここに初めてきたときは列車通ってなかったからよくわからんが……漁港と併設されているのか?」
『ピース・漁港の一部のみ併設らしいです。鮮魚出荷用の駅員ができるほど儲けているって言ってました。』
ピースの言う通り駅の構内を歩いていくとそのまま漁港へ入れる道が存在した。どうやら駅を作る際に色々協議したようだ。しかも鮮魚を取り扱う飲食店も併設されている。魔導列車の駅の構内に飲食店が併設されているのはこの世界では珍しい。
「すごい飲食店の数だな。しかし…なんでうちの家紋がついているんだ?」
『ポチ・鮮魚の取り扱い方はうちが教えたからね。正しい鮮魚の取扱店って言う目印にうちの家紋が使われているんだよ。基本的にここの飲食店はうちの傘下だからね。』
『ピース・ウオくんががんばってくれたおかげです。』
「そうなのか。でも…結構良い値段するな。」
「いや、俺が英雄の国で食った海鮮丼の半分以下の値段だ。しかも質も高そうだ。」
そんな高いものを食べに行っていたというクラウンの話に驚きながら、ちらちらと周囲を見ていく。この世界の庶民的な飲食の値段より数段高値の飲食店だが、行列ができるほどどこも人気だ。
そもそも魔導列車に乗り、ここへ遊びに来ることができる時点でそれなりに金は持っている。そこらの庶民とは違うのだからこの程度の金額は問題ないのだ。
それに話によるとこの駅の構内に店を構えられるのは一定以上の腕を持った料理人だけということなので腕の良い料理人の海鮮がこの値段で食べられるというのは破格らしい。
「俺らもどっか入って食べようか。」
『ポチ・おすすめの店があるからそこに行こう。さっき予約取っておいたから。』
「だから少し居なかったのか。じゃあ案内してくれ。」
しばらくの間ピースと入れ替わってまで予約を取って居たという店に期待を寄せながらミチナガは歩いていく。すると漁港から少し離れた場所にひときわ人気の多い巨大な建物が見えた。
かなりの長蛇の列だが、よく見ると駅の構内で食事をして居た人よりもお金がなさそうに見える。本当の庶民専門の店らしい。しかしそんな店にわざわざ予約までして連れてこようと思った理由がわからない。
「ここが目的の店なのか?」
『ポチ・そうだよ。もう席取ってあるからそっちから入っちゃって。』
少し期待外れかなと思いながらもミチナガは店内に入る。するとそこには懐かしいものがあった。イシュディーンとメイドは奇怪なものを見る目だが、クラウンは懐かしさのあまり声が漏れている。
「回転寿司…」
『ポチ・そう。この世界初の回転寿司だよ。ここはお寿司の専門学校もしていてね。学生の練習にはとにかく寿司を握るのが大切だと思ってここの料理人は全員学生。毎日数百貫は握っているから腕前ぐんぐん上がるよ。ただプロとは全然違うからその分人件費は削減してる。おかげで庶民向けの値段で提供できるわけ。』
寿司を格安で提供し、その味を一般的にしようという策略があるのだろう。ただ、一皿の値段は確かに安いが、やはり腹がいっぱいになるまで食べようと思えばそれなりの値段になる。
この回転寿司が人気な理由は金持ちが食べている寿司というものに興味がある人々がその味を体験するために来ているからだろう。寿司というものが高級品だからこその人気だ。
そしてポチが確保しておいたという席では数人の使い魔達がすでに何十皿と寿司を頬張っていた。しかもその勢いはミチナガが席についても止まらず、どんどん皿が積み上がっていく。
「お前ら食べるのは良いけど、レーン側陣取っているんだから食べてないで俺らにも取ってくれよ。お?バーサーカーまで出て来た。お前も食べるか?」
『バーサーカー・ウガッ!』
寿司を食べたかったのかバーサーカーがスマホから現れた。その瞬間、ずっと寿司を食べていた使い魔達がピタリと止まり、慌てて接客係のように皿を運び出した。どうやらバーサーカーは今でも使い魔達の恐怖の存在らしい。
そんなバーサーカーはミチナガに直接食べさせてもらうことで大満足なのか鼻歌を歌いながら寿司をほおばっている。
「腕前はそんなに悪くないな。しかしその割には皿のハケ具合が良くないか。」
『ポチ・みんな試食みたいな感じだからね。ただよく見ると…ほら、あそことか。結構食べてる。多分彼らは近くの港町の商人なんだけど、おそらくヘッドハンティングに来たんだろうね。そこらの店の料理人は呼び込めないけど、ここの料理人は自分で店を持ちたいから条件が良ければ他の国へ行く。』
「なるほどね。一箇所に鮮魚を取り扱う料理人が集中しても競合しすぎていずれ共倒れする。ここは一種の仕事の斡旋所にもなっているのか。」
『ポチ・そう。この国に残れるのは超一流の料理人のみ。だからこそここはこの世界で最も美味い魚を食べたければここに来いと言われるほど有名な場所になったんだよ。』
「へぇ…あの時とは大違いだなぁ……」
ミチナガは関心しながら寿司を頬張る。ミチナガが今頬張った寿司を握った料理人もいずれは独立することだろう。そんなことを思いながら湯たりと食べ終えたミチナガ一行は会計を終えると次は漁港へと向かった。
この時間帯漁港ではすでに出荷を終えて、閑散としている。漁に出かけるのは早朝と夕方の計2回となっている。その時間帯は実に忙しいものだが、昼間の時間帯は何もすることはない。
やることといえば一部の職員による書類整理だ。ミチナガはそんな書類整理をしている事務所へと顔を出した。
「組合長いる?」
「み、ミチナガ特別組合長!よ、ようこそ。現組合長は上の部屋におります。どうぞ、こちらです。」
「ありがとう。」
ミチナガは案内され、上の階へと上がる。そしてそこでは頭を抱えながら書類を作成をこなす懐かしい顔があった。
「よっ!久しぶりゴードラン。」
「ミチナガ様!ようこそおいでくださいました。どうぞこちらへ。」
「ありがとう。しかし相変わらず書類仕事は慣れてないようだな。元気そうで何より。」
「だいぶ人を雇ってそっちに任せたんですが、どうしても自分の目で見ておきたい書類もありまして。それにもうずいぶんな年になりましたからそろそろ後継に任せようかと思いましてね。まあでも…どうしても船に乗りたくなる。」
「船乗りの性だな。良いじゃないか。好きなだけ船に乗れば。」
「若いのにもよく言われます。ですのでちょくちょくはやらせてもらいますよ。それで…本日はどのようなご用件で?」
「ああ、何日間かこの街に滞在するから挨拶にな。それと…実は沖合に何隻か軍艦が近づく予定だ。多少漁に影響があるかもしれない。なるべく邪魔にならないようにするんだが…万が一がある。」
「そういうことですか。では一応皆に知らせておきます。まあまず大丈夫でしょう。」
「ありがとう。それからその軍艦が集まったらそこに乗り込む予定なんだが、そこまでの船を出してくれないか?」
「そんなことならお任せください。あっしが船を出しますよ。しかし…人を運ぶのは久しぶりなんで揺れは我慢してくださいよ。」
かつては漁港と言いながら船で人を運ぶことが多かったこの街だが、今では漁業が盛況すぎて人を運ぶのは一切断っている。そのおかげでここから離れた港町では船を使った観光業などで盛り上がっている。
「揺れくらいなんてことはない。ただ…そこの写真と特別組合長っていうのはなんだ?」
「そりゃあミチナガ様を差し置いて組合長になることはできませんよ。この街の今があるのは全てミチナガ様のおかげです。ですのでミチナガ様を特別組合長に就任させることで私が組合長になれたわけです。街の中心には銅像が立っているくらいですよ。」
「…ここもか。もう銅像があちこちに建っているな。まあでも…みんなが楽しそうだからよしとするか。」
ミチナガは脳内で自分の銅像がこの世界に何体あるのか数えながらため息をつく。ただミチナガが脳内で数えた数の何倍もの銅像があることを本人は知らない。
「まあいいや。仕事中急に悪かったな。何日かはいる予定だからどこかで飯でも食いに行こう。どこでも好きなところに行こう。もちろんおごりだ。」
「本当ですかい?それなら…『一』が良いですな。この街一番の職人の店です。今じゃ貴族以上でないと入れないほど敷居と値段の高い店なんで…」
「そんな超高級店までできたのか。いいじゃないか。……どうせなら今日の夜行ってみるかな。」
気軽にそんな高級店へ行こうとするミチナガに流石と褒め称えるゴードラン。そしてミチナガはその店へと訪れたのだが、そこは使い魔のウオとその弟子たちが切り盛りする店であった。
弟子たちはミチナガの来訪を心から喜んだが、ミチナガとしては普段からウオの寿司は食べている。そのため立派な店の中で普段の食事をするだけという結果になってしまい、どこか物足りないまま街一番の腕を持つ店から出ることとなった。
「…カツ丼でも食べて帰ろ。」




