第529話 潮風を感じる
「はぁ!?もう出国すんのかよ!」
翌日の昼前。どこを観光しようかと悩んでいるクラウンに対し、ミチナガは無情な宣告を下した。イシュディーンやメイドも観光を楽しみにしていたのか、隠そうとはしているが落胆の色が見える。
「一応この国の大公の地位はまだあるんだけど…一応ほら、俺魔神クラスだから。魔神同士が固まっていると良くないんだよ。」
面倒だと思いながらミチナガは頭をかく。ミチナガとアレクリアルは魔神第1位と第2位だ。そんな二人が協力すればこの世界を獲ることもできるだろう。そうなれば他の魔神たちは黙っていない、と考えるミチナガであったがポチはお菓子を食べながらそれを一蹴した。
『ポチ・そもそもナイトとヴァルくんの二人がうちの仲間なんだからそれは杞憂だよ。現時点でセキヤ・ミチナガの保有戦力は僕たちと魔神2人なんだから他の人たちも気にもしていないよ。』
ポチのその言葉を聞いてため息をつくミチナガ。ポチのいうことはもっともで、魔神第7位夢神ヴァルドール、魔神第9位狩神ナイトの二人がミチナガの配下にいる時点でもうミチナガに立ち向かえる戦力は現在魔神第6位神剣イッシンと第8位の神魔フェイミエラルくらいなものだ。
「じゃあ平気じゃんか。…ミチナガ、お前他に理由があるな?」
「…………名が通り過ぎている俺じゃあこの国の観光はもう無理だ。変装してもこの国猛者が多いからすぐに看破される。」
「よし!じゃあお前は留守番な。俺たちは観光に行ってくるから。」
「ちょまっ!!……まあいいや。イシュディーンたちも観光しておいで。俺は2〜3日溜まったであろう仕事を少し片付けるから。」
「しかし……我々は身の回りの世話をするものとして…」
「この国の観光は良い経験になるはずだ。それをセキヤ国で生かしてくれ。…調査みたいなもんだよ。気兼ねなく行っておいで。」
ミチナガはイシュディーンたちも見送り、部屋にポチと二人になる。そしてすぐにスマホから書類を取り出し仕事へと取り掛かる。そんなミチナガに自身の食べていたお菓子を渡しながらお茶の用意もし始めた。
『ポチ・そんなに焦らなくてもまだ時間はあるよ。やばくなったらクラウンに頼めばいいんだから。』
「そう…だな………なあポチ。」
『ポチ・何?』
「食べかけはいらない。あと俺これあんま好きじゃない。」
『ポチ・僕も飽きたからいらない。それ食べたら新しいの用意するよ。残しちゃもったいないでしょ?』
「こ、この野郎…」
それから5日後、予定よりも少し長めにゆったりしたミチナガたちは次の街へ向けて再び魔導列車に乗り込んだ。連日仕事で疲れているミチナガに対し、クラウンやイシュディーン、それにメイドに関しては満喫できたのか遊び疲れが見られる。
そんな3人に対し嫉妬のため息を吐くミチナガにクラウンは次の目的地の話を切り出した。
「次の目的地?ああ…港町だ。魚介がうまいぞ。マグロがよく獲れてな。魚料理に関してはうちが大きく関わっているから一級品だ。」
「それは良いな!そういえば一昨日海鮮丼食ったけどこっちのも美味かったぞ。全部そこの漁港から来るのか?」
「ああ、高品質の魚を輸送できるようにしたからな。今乗っているこの列車も後ろ何両かは鮮魚専用の冷蔵車両だ。」
「そうなのか…そいつは楽しみだ。しかしミチナガ、お前確かこっちに領地あったよな?なんだっけか…白獣の村だっけか?」
「ああ、今は白き精霊の森なんて呼ばれたりしているらしい。連日考古学者たちが入り浸っているよ。」
「へぇ〜…そっちは見ていかなくて良いのか?」
「……問題ない。それに…以前ちょっとギクシャクしちゃってな。まあだけど…一昨日連絡入れておいた。喋りたいことは喋れた。だから問題ない。」
やや険しい顔をして答えたミチナガにクラウンはそれ以上聞かなかった。そしてまだしばらく続く列車旅にミチナガは連日の仕事の疲労の影響かゆっくりと眠りについた。
そしてその夢の中でミチナガは白獣の村の村長と出会った。なんてことのない会話をして、軽く飲み食いして笑う。そんな他愛のない夢だ。別に幸せな夢というわけでもない。そして悲しいわけでもない。しかし起きたミチナガの頬はうっすらと濡れていた。
その涙を拭き取るミチナガ。そしてぼんやりしたまま顔を上げるとそこにはイシュディーンの姿があった。平静を保とうとしているイシュディーンだが、ミチナガを心配する気持ちが隠しきれていない。
「なんでもないよ。…少し風に当たってくる。」
ミチナガはそれだけ言うと席を立ち一人で歩いて行く。そして車両の上部に特別に設けられた屋上テラスに出るとぼんやりと空を眺めた。そして一昨日の白獣の村とのテレビ電話を思い出していた。
「…お婆様が倒れました。もう…持って数日だろうと……」
「そうか…」
それはミラルから告げられた宣告。ミラルの祖母である村長がもう長くないと言うこと。元々かなりの高齢ということもある。それに白獣の平均寿命は大きく超えている。もう肉体は限界だったのだ。
しかしミチナガが白獣の野望を叶える日が近いと知っているからこそ、その日が来るのをなんとしてでも迎えようとしていたのだ。今生きているのは気力だけだ。気力を失えばすぐにでも命が尽き果てることだろう。
ミチナガとしては村長と話したかった。しかし今の状態では話すことが困難として代理のミラルといくつか言葉を交わすこととなった。しかしあの戦争の際にミチナガと白獣たちの間には溝ができた。
だがその溝ができた原因はすでに解決している。全てを知った今となれば白獣たちが行ったことをミチナガは許している。だがそれでもミチナガ自身が理由に納得できないときは白獣を処刑することも厭わないと考えていた。そんな己自身に嫌気がさしていたのだ。
「ミラル…俺はお前たちを……」
「お婆様は倒れる前に言っていました。ミチナガ様は優しいだけでなく、罪を犯したものなら味方でも罰する強い心を持っていると。ミヤマ様があなたを予言の人として選んだのは間違いではなかったと。ミチナガ様。あなたになら全てを託せます。どうか…我々の悲願を…それがお婆様のため、そして我々のためになります。」
「…ああ、わかった。全て任せておけ。」
ミチナガは風を浴びながらため息を吐く。そんなミチナガの前にピースが現れた。
「任せておけ…なんて威勢の良いこと言ったけど……大丈夫かな?」
『ピース・だ、大丈夫です!僕たちもついていますから。』
「そうか…頼りにしているよ。」
『ピース・はい!』
ミチナガはピースのほっぺたをうりうりとつつく。そんなピースはくすぐったいのかコロコロと笑っていた。真面目なポチと違いどこか抜けているピースは見ていて癒される。
そんなミチナガは少し空気が変わったのを感じとった。そして背筋を伸ばして列車の先を見るとキラキラと光る海が見えた。目的地はもうすぐのようだ。ミチナガは内地の風に混ざるわずかな潮風を感じながら再び車内へと戻った。