第526話 覚悟を持つ
「リカルドさん、お世話になりました。」
「ずいぶんと急な出発だな。まさか…私から逃げるためか?」
「あはは…それもあるかもしれませんが、予定があるんです。」
まだ朝も早いというのにミチナガは朝食を食べている最中にリカルドに次の街に行くと言って別れを済ませようとした。あまりにも唐突なことに驚いたリカルドだが、ミチナガを引き止めることはできなかった。
そして出発の準備が整ったのを確認した使い魔から報告を受けたミチナガは魔動装甲車に乗り込む。するとその時、何かを必死にこらえようとしていたリカルドが大声を発した。
「おいミチナガ!」
「な、なんでしょう!?」
「……リリーは大切な一人娘だ。リリーのためなら私は心臓を捧げることも厭わない。」
「…ええ、知ってます。娘のためならなんだってすることは…よく知ってます。」
「リリーをそんじょそこらの奴に任せるわけにはいかない!……だが、お前にだったら…いや!やらん!!」
歯をくいしばるリカルド。顔を真っ赤にするほど感情が高ぶっている。そんなリカルドに驚くミチナガだが、その気持ちの奥底のものを知っているミチナガは苦笑する。そしてしばしの沈黙が続く中、ミチナガは魔動装甲車へと乗り込んだ。
ドアが閉まり、魔動装甲車のエンジンがかかる。そしてゆっくりと走り出す魔動装甲車。そんな走り去ろうとする魔動装甲車をみたリカルドは大声で叫んだ。
「ミチナガぁ!!娘を…リリーを任せられるのはお前しかいない!!だから…だから必ず帰ってこい!!!」
絶対に言わないと、言ってやるもんかと決めていた言葉をリカルドは言ってしまった。あんな表情をしている奴に、何かを隠している奴に、あんな今にも泣き出して全てを投げ出してしまいたい表情をしている奴に言ってしまった。
「必ず…必ず帰ってこい…お前が何を抱えているかは知らん。だが…お前がいなくてはリリーが悲しむんだ。」
リカルドは地面に膝をつき、走り去る魔動装甲車を見送った。そんな見送られる魔動装甲車の中ではミチナガが苦悶の表情を浮かべていた。そしてそのことに誰も触れずに魔動装甲車は走って行く。
そしてユグドラシル国を後にした魔動装甲車の車内から見納めだと言わんばかりに世界樹を見つめるミチナガ。そんなミチナガの眼に世界樹の上で佇むリリーの姿が見えたような気がした。
だが魔力を持たぬミチナガがこの距離から肉眼で人間の姿を捉えられるはずがない。ただの幻覚だ。だが、ミチナガには確かに見えたように感じた。ミチナガはそんな幻影をいつまでもいつまでも見ていた。
その日の昼食時、ぼんやりと食事を口に運ぶミチナガを見たクラウンたちはこのままじゃいけないとミチナガに話しかけた。
「おい、この次はどこへ行くんだ?」
「え?」
「え、じゃない。旅の日程はお前しか知らないんだぞ。」
「ああ、すまん。このままのスピードなら明日の夜には駅に着ける。そこは魔導列車の延長工事をしていて数年後にはユグドラシル国まで延長できるはずだ。今向かっているのは増設中の仮設の駅だ。それでえっと…まあそう言うことだ。」
「まあ言いたいことはわかったが…大丈夫か?」
「ああ、大丈夫……いや、すまん。少し寝る」
そう言うとミチナガは食事を残したまま魔動装甲車に乗り、寝転がってしまった。だが寝転んでもなかなか寝付けないようだ。これはなかなかに重症だと理解したクラウンたちだが、今はそっとしておくしかないと何もしなかった。
その翌日の夜半にミチナガ一行は目的としていた魔導列車の駅へとたどり着いた。そこはミチナガの話だと仮設の駅ということであったが、どこからどう見ても立派な街にしか見えない。
ただミチナガの言う通りほんの数年前までここはただの更地であった。しかし魔導列車の駅ができたことで物流の拠点となり、多くの物品が流れ、金の匂いを嗅ぎつけた人々によってここまで大きな街に変貌したのだ。
そして遅くに到着したミチナガたちはこの街で一泊することとなった。だがそこでもぼんやりとしているミチナガに流石にまずいと感じたポチが動いた。
『ポチ・リリーちゃんのこと未練タラタラって感じだね。』
「ああ…」
『ポチ・……全て投げ出して二人で暮らすことだってできるよ?別にそれを誰も責めない。いや、責めさせない。今の僕たちなら…』
「俺は投げ出さないよ。全てを投げ出したら…俺はあの子の隣にはいられない。それに…肉体年齢的には30歳近い差があったんだ。うまく行きっこなかったんだ。だから…っと、すまん。いろいろ心配かけているな。後1日くれ。そしたら元に戻るよ。」
『ポチ・わかったよ。だけど無理しないでよ?』
ミチナガはベッドに横になる。頭の中で様々な思いが交錯する。そしてその想いを一つにするためにミチナガは気持ちを整理し始めた。もうやらなくちゃいけないことは決まっている。あとはそれを成すだけだ。
その日の翌日。始発の魔導列車に乗り込むとミチナガ一行は次なる街へと進んだ。ここからしばらくは列車旅だ。始発の魔導列車に乗れれば今日中に英雄の国までたどり着ける。
今ミチナガたちが乗った魔導列車は速度を重視された小型の列車だ。だが小型といっても横一列に6席ある広々としたものだ。現在ミチナガ商会と複数の魔神保有国にて超高速列車の開発をしており、この車両はその試作品だ。
「こっちの電車はでかいのに早いな。」
「正確には電力で走っていないから電車ではないな。魔力エンジンを搭載していて魔力の補給さえあればいくらでも走れる。ただまだまだエネルギー効率が悪くて魔力供給が大変だ。それでも実用できているのは魔力がタダで手に入るからだな。」
「お?少し元気になってきたか?」
「…本調子ではないが、良くなっていたのは確かだ。迷惑かけたな。」
「そう思うなら早く普通になってくれ。イシュディーンもお前が心配で少しやつれたぞ。」
「ん?確かに…すまんイシュディーン。」
「いえ、ミチナガ様が元気になってくれたのであればそれで十分です。」
クラウンの言う通りイシュディーンの表情に疲れが見える。どうやらよほどミチナガのことが心配であったようだ。そんなことにも気が付かないほどミチナガはどうかしてしまっていた。ようやく気持ちが落ち着いてきたミチナガはおおいに反省した。
「なんだか落ち着いたら少し腹が減ってきたな。始発乗るために朝飯食ってないし。なんかないか…」
「お弁当〜お弁当はいかがですか〜ミチナガ商会謹製弁当はいかがですか〜」
「グッドタイミング。駅弁は列車旅の醍醐味だろ。お〜いお弁当ちょうだい。」
「特別車両乗れば飯ついてくんのに。それに自分の店の商品買うのかよ。」
「こういうのは雰囲気が大事なんだよ。それにこの1級車両だって十分良いじゃんか。広々としてて。文句言うなら弁当食わないな?」
「…焼肉弁当。」
「へいへい。みんなも好きな弁当頼めよ。」
各々好きな弁当を頼む。そして車窓からの風景を楽しみながら弁当を食べるとミチナガの心もだいぶ落ち着いてきた。もう誰かに心配をかけることもないだろう。そして魔導列車は英雄の国を目指した。