第523話 至高の一振り
『バベル・うわぁぁぁぁん!何でそんなスラスラ解いちゃうの!!』
「え〜だってワンパターンだし…ややこしい計算問題はこいつがやってくれるし。」
『ソン・計算ならお任せあれ。あ、そこの答えはこれです。』
「サンキュー」
『バベル・あ〜〜!!もう半分突破した!もう突破しちゃった!!酷い!!』
ミチナガたちは魔動装甲車に乗り朝から出かけている。今日はリリーはいない。最近ミチナガに夢中で公務が滞っていると言うことで仕事をさせられている。今朝出かける前もミチナガについていけないと半べそをかいていた。
しかし公務は大切な仕事だ。いくら半べそかかれてもサボって良い理由にはならない。ミチナガはのんびりと魔動装甲車に乗ってスマホをいじっている。すでにバベルの塔の最終階層攻略から3日が経過したが、かなり順調に進んでいる。
そんなミチナガが向かっている先はドワーフ街だ。ただ今のドワーフ街は以前とは様変わりしている。明らかに人の数が多いのだ。
「ものすごい人気だな。」
『ポチ・トウショウ影響だよ。今やユグドラシル国のドワーフ街は世界最高の武器が並ぶ鍛冶屋街。毎日のように買い付けに商人が殺到して商品ができたそばから売れていく。一般的な武器具の10倍はするけど、他の国で売ればさらに10倍の値段でもすぐ売れる。』
「一般的な武器具の100倍の値段ってことか?それはすごいな…」
『ポチ・他国から大勢の鍛冶師が弟子入りにくるから、面倒ごとを任せるために鍛冶ギルドができたほどだよ。ちなみにユグドラシル国の税収の半分近くがドワーフ街から取れるほどの勢い。』
「すごいな。…そしてそこの中枢にうちがいるわけか。」
『ポチ・そういうこと。鍛冶ギルドの運営はミチナガ商会が主導。そして生産された武器具の半数はうちの商会に卸してる。まあ代わりに鉱石とかを集めたり、細かいことが全部うち任せだから業務量半端ないけどね。鍛冶ギルド運営に100人雇ってるほどだよ。しかも今度人員追加しようか悩んでたとこ。』
「若手何人か回してしごいてやれ。そういうところできっちり学んだやつは他に行っても役に立つ。有望そうなの何人かいるだろ?ここの魔法学校卒業したやつとかで。」
『ポチ・若すぎて潰れないと良いけどね。…根性ありそうなやつ探しておくよ。目的地着いたよ。』
活気の良いドワーフ街。ミチナガたちはその中でも最も活気のある工房へとたどり着いた。その名はグスタフ工房。工房主であるグスタフはトウショウの弟子であり、現世界最高の鍛冶師だ。
そんなグスタフ工房の隣にはグスタフ金物店があったはずなのだが、今は商人向けの商品の出荷場になっている。数年前まではグスタフ金物店もあったのだが、商品が並んだそばから買われていくため方式を変えようと試行錯誤した結果無くなってしまった。
だがそんなグスタフ工房の敷地内に新たに出来た変わった建物がある。その建物は鍛冶場とは違う。今までグスタフ工房では見なかった建物だ。しかしその建物自体には見覚えがある。ミチナガは嬉しくなったのかその建物の中を覗き込んだ。
「トウ!こっちに来ていたのか。」
「あ?…おお!ミチナガ様じゃねぇか。おいおい懐かしいな。」
そこにいたのはかつて神剣イッシンの近くに住んでいた炭焼き職人にして錬金術師のトウであった。いつの間にかこちらへと引っ越してきたらしい。しかもそこには数人の炭焼きの弟子の姿がある。しかも珍しいことにエルフの姿まである。
「まさかトウと会えるなんて…しかも弟子とったんだ。」
「まあ甥っ子が近くに住んでいるしな。それに…うちの弟弟子が材料欲しがってしょうがない。作った分だけみんななくなるから大忙しだ。」
「そりゃトウショウに認められた…というより免許皆伝を受けた唯一の男だからな。ソーマにも会ったのか。」
「月一で会いに行ってる。まあお互いに忙しい身だから時間作るのは大変だけどな。」
仕事も忙しく、甥っ子のソーマにも会えて順風満帆のようだ。月の半分は炭を焼き、もう半分で合金を作る。その合間に甥っ子に会いに行く。よほど元気でなければ身体が持たない。そんなトウに感心しているとトウは弟子たちに休憩の合図を出した。
「それで今日は何の用だ?俺もついていくぜ。」
「そうしてもらえると助かるかな。とりあえず…グスタフに会いたい。」
「やつならこの時間鍛冶場だ。ついてきな。」
トウに案内されるままついていくと金属の激しくぶつかる音が聞こえてきた。そこでは数十人が一心不乱に金槌を叩きつけている。そんな一人一人の元に訪れ一つ一つ事細かに教えていく一人の姿がある。その人物はこちらに気がついたのかのっしのっしと歩いてきた。
「ようミチナガ様!用事かい?」
「ああ、大切な用事なんだが良いか?」
「大丈夫だ。おい!少し行ってくるからちゃんとやっておけよ。」
グスタフの言葉に一切の返事をしない弟子たち。だがグスタフは一切怒ることはない。むしろそれだけ集中しているということで満足げだ。そして一室に案内されると少し待っていろとグスタフは何処かへ行ってしまった。
そしてそれから10分ほど経った頃、グスタフは大きな風呂敷に包まれた何かと共に現れた。
「お前さんが来たってことはこいつの要件だと思ってな。先に持って来た。」
「話が早くて助かるが…良いのか?」
「お師匠様は言っていた。いずれこいつを必要とする奴が現れるってな。それがお前だってことはなんとなくわかっていた。いつ取りに来るんだと思ったが、今なんだな?」
グスタフはその巨大な何かを手渡そうとして来た。しかしその手は震えている。本心では絶対に渡したくないのだろう。なにせこれは蘇ったトウショウが自身の弟子たちと共に作り上げた史上最高の一振りだ。
「すまない。…だがこれは借りるだけだ。必ず返す。絶対に…絶対に返す。こいつの銘は?」
「名前はない。師匠はあえて銘を打たなかった。その理由はわからない。気をつけろ。こいつは今は複数の封印のおかげで問題はないが、もしも刃先を地面に突き立てればそのままこの星を切っちまう。こいつに切れないものはない。」
「…最新の注意を払うよ。」
あまりに大袈裟な表現。しかしその大袈裟な言葉が大袈裟に聞こえないほど、この一振りから感じられる気配は強大だ。もしもこの一振りをイッシンが使いこなせば間違いなくイッシンこそが史上最強になるだろう。
ただしイッシンは居合しか使えないため、まともに鞘に収めることのできないこの一振りをイッシンが扱えるようになることはないだろう。もう少しイッシンが器用なら良いのだが、無いものを言っても仕方がない。
ミチナガはグスタフから預かったこの一振りをすぐにスマホにしまった。これならば絶対に失くすことはない。
「しかしもう少し時間がかかると思ったんだが…予想以上に用事が終わったな。しばらく見学してから帰ろうかな。」
「それなら近くの公園に立ち寄ってみたらどうだ?うちの儲けのほとんどをつぎ込んで作った公園だ。お前からもらったあの桜を増やしてその公園に植えているんだ。季節になれば満開の桜が見られるぞ。」
「季節になればって…今は季節はずれじゃんか。青々としてるだろ。」
「ああ、おまけに虫が湧いてすごいことになってる。まあ虫は駆除したからほとんどいないとは思うがな。季節になったらまた来いや。」
「…そうだな。季節になったら…また来たいな。」