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第517話 変わりゆくアマラード村

「指が…指がもう……もう…」


『ポチ・お疲れボス。おかげでこの1週間ブラント国のミチナガ商会の売り上げ6割増しだよ。』


『ブラン・ありがとうございますボス。お客さんもみんな大喜びですよ。』


 あれから1週間。1週間毎日ミチナガはひたすらサインに応じて来た。もっと早くやめたいと思っていた。だがサイン会の終わりに今日はサインがもらえなかったと悲しそうに帰る子供を見たらやめるなんて言えなかった。


 そして1週間限定ということでミチナガはひたすら頑張った。そして1週間頑張ったおかげでミチナガのサインが欲しいと思った人々ほぼ全てにサインが行き渡ったことだろう。代償として手の腱鞘炎と一日中座っていたことによる身体の凝りが残った。


 そんな中クラウンが一人で街の散策をしたようでお土産の品をいくつか持って帰って来た。そんなクラウンをミチナガは恨めしそうに見る。


「なんだよ…別に俺はお前の護衛じゃないんだから良いだろ?それにサイン会も終わったんだからこれで自由に街で遊べるんじゃないか?」


「いや…無理だ。自分で言うのもなんだがこんなに人気あると思わなかった。俺人気ありすぎ…ゆっくり買い物とか絶対に無理。後単純に身体限界…」


 ミチナガとしてはもうマッサージをしてもらい身体のコリをほぐしたい。遊ぶのとかはもうどうでも良いと言いたいくらいだ。ゆっくり風呂にでも浸かって身体の疲れを取りたい。


「風呂に入って身体の疲れを…風呂?……温泉………そうか!よし!明日朝、次の場所に出発しよう!」


「また急にだな。良いのか?」


「今の状態だから良いんだよ。次の街は温泉街だぞ。最高の状態じゃないか!」


 ミチナガは自分の疲れを確認する。腰回り、腕、首と疲労は最高潮だ。これならば温泉が身体に沁みることだろう。今晩寝てしまうのが勿体無いくらいだ。


 ミチナガはそうと決めたらすぐに眠りにつこうとする。明日が楽しみだと言わんばかりだ。しかし目を閉じるとクラウンが買って来たお土産の匂いが気になってしまう。それでもなんとか眠ろうとする。しかし気になって気になってしょうがない。


 そしていつの間にかお土産に手を伸ばしていたミチナガが寝たのは日が変わってからであった。


 翌日、ミチナガは惜しまれつつも次なる地へと出発した。出発の際にはそれを聞きつけた人々が通りに出てミチナガに多くの別れの言葉を投げかけた。


 その言葉を聞き、もう少し長居すればよかったかと思うミチナガであったが、それでも次なる街の楽しみがそれを上回った。


 ただ少々誤算であったのが、ミチナガの体が予想以上に疲れていたと言う点だ。広々とした車内ではあるが、座ったままの長時間の移動に耐えられず、何度か車を止めて身体を休めることとなった。


 ミチナガは身体の凝りを確認しながらもう歳だから無理はできないのだと理解してしまった。普段からデスクワークが多いミチナガでは、後10年もしたらこんな風に旅なんてできない身体になってしまうのかもしれない。


「それはそれで寂しいなぁ…」


「急にどうしたんだ?そんなことよりも…空気が変わって来たんじゃないか?」


 クラウンはそう言いながら窓の外へ手を出した。ミチナガも同じように手を出すと確かに先ほどまでよりも空気が暖かく、そして湿ったように感じる。だがスマホを確認すると目的地まではもう少し距離がある。


「まだ距離はあるみたいだけど、なんか変わったように感じるな。」


『ポチ・ちゃんと変わっているよ。ほら、看板見えたよ。』


 そんなバカなと運転席のフロントガラスを見る。するとそこには確かにこの南国の村、アマラードの看板が見えた。ミチナガは再びスマホを確認する。しかしやはり元々あったアマラード村から距離がある。


「なにこれどういうこと?」


『ポチ・それは自分の目で確認した方が良いんじゃない?それにほら、お出迎えに来てくれているよ。』


 門の前ではアマラード村の村長や村人一同がミチナガたちを出迎えるために集まっていた。そこまで気にしなくて良いのにと軽いため息をつくミチナガ。しかしそんなことよりもその背後に広がる光景に驚き、目を見開いた。


「え?なんでここまで畑が広がってんの?ちゃんと南国系の果樹だし…前は窪地の中だけだったよな?」


 周囲に広がる果樹園。しかし以前は平地は熱がたまらず、涼しいままであった。明らかにこの土地に変化が起きている。この現状を知るために出迎えに来た村長に駆け寄り、事細かに話を聞いた。するとこのアマラード村では驚くべきことが起きていた。


 ミチナガはその事実が信じられず、すぐにある場所へと移動した。それは以前このアマラード村の全てがあった窪地である。以前はこの窪地の中にアマラード村の全て収まっていた。そんな窪地は現在、たっぷりの溶岩で埋め尽くされている。


「うっそ……マグマの湖じゃん……」


「ええ、さすがの我々もこれには驚きました。ただこうなる前に半分以上の果樹を移動させたので今も果樹園は続けられております。家財道具は間に合わないものが多くありましたが、一番の財産である果樹が残せたのでその儲けでなんとかしました。」


「…ってことはあの温泉も無くなったのか…あの温泉最高だったのに……それで?この元凶は一体どこに…」


 悪態をつくミチナガ。すると突如溶岩の中から巨大な何かが飛び出して来た。その巨大な何かは溶岩の中から勢いよく飛び出すと再び溶岩の中へと戻っていった。一体なにが現れたのか。その正体はよく見えなかったがおそらく…


「ドラゴン?」


「ええ、この地の精霊様が突如成長し、今のご立派な姿になられました。」


 そう言いながら村長は一瞬でも見られた精霊の姿にうっとりとしている。精霊信仰の厚いこの村では精霊の行いを喜ぶことはあっても批判することはない。たとえそれがかつての村を全て破壊したとしても。


 すると溶岩の湖を何かが飛び跳ねてこちらへとやってくる。それを見た村長はミチナガを出迎える時よりも恭しく跪いてその何かを待った。


「なにが…ってサラマンか。」


『サラマン・おひさボス!村長も元気?お客が来たっていうから誰かと思ったよ。』


 かつてこの村に残り、精霊とともに暮らしたサラマンはその精霊力を吸収し、精霊体となっていた。今では溶岩の中でもまるで海水浴するかのごとくチャプチャプと泳ぎ回っている。


「お前に聞いたら早いよな。一体なにがあったんだ?こんな溶岩だらけになっちゃって。」


『サラマン・話せば長くなるよ。あれは…』


「短く頼むわ。お前お喋り好きだから無駄に長くするし。」


『サラマン・もう!話の腰を折らないでよ!まあ簡単に説明するとね。世界樹復活したでしょ?あれの影響。まあほとんどの精霊が影響受けたけど、うちの精霊はちょっと別格でね。守護者の血を引いているみたい。』


「守護者?なんだそりゃ。雲の大精霊的なやつか?」


『サラマン・それが一番近いね。世界樹には元々9つの世界が内包されていたでしょ。そのうちの一つを守護していたのが…って言いたいけど当時の守護者は世界樹喪失とともに完全に消滅している。だから今のはもどき…っていう方が正しいのかな?』


 世界樹には9つの世界があったその世界に住む生き物たちもいた。そしてその世界を外敵から守るための守護者と呼ばれる大精霊も存在した。それらの大精霊は世界樹が生み出した精霊。故に世界樹が喪失すれば存在することができずに消滅する。


 しかし消滅しても力の残渣はわずかに残り、世界をたゆたう。そんな中でこのアマラード村では火神の継承のための戦闘が行われ、膨大な火の魔力が残った。その魔力にかつての守護者であった残渣が宿り、精霊が生まれた。


 そして世界樹が復活し、その精霊は世界樹と再び繋がった。それによって精霊本人でも止められぬほど急激な成長をし、巨大な身体とこの溶岩の湖を生み出した。それがこのアマラード村の変化の全てということだ


「だけどそれなら世界樹の元へ帰らないといけないんじゃないか?」


『サラマン・それは無理。だって世界樹まだ若いんだもん。まだ世界を生み出すこともできていないし。それに世界樹が世界を生み出せばそれに伴って守護者も新たに生み出す。だからその必要ないよ。』


「あ〜〜…それもそっか。」


 世界樹はまだ生まれたばかりだ。まだまだ若木の世界樹では元の世界樹のように9つの世界を内包することはできない。おそらく今後数百年かけて9つの世界を生み出し、かつての世界樹のような力を手に入れるのだろう。


 だからこのアマラード村から精霊が消えることはない。なにも問題はない、と言いたいところだが一つ気が付いた。それはこの世界の世界樹がまだ若いということ。つまり力も弱いのだ。今後世界樹が成長していけば受け取る力の量も多くなり、身体も大きくなるかもしれない。


 まるで地球温暖化によって起こる海面上昇で沈んでいく島のようだ。ただしこちらは精霊の成長によって溶岩に飲み込まれるのだが。その被害は比べ物にならない。ただきっとこれもこの村の人々は精霊による自然現象だと全て受け入れるのだろう。



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― 新着の感想 ―
[良い点] おおー!サラマンダーはドラゴンに進化した!…コイツの名前、アッシュだよね?寝てばかりいたアイツ? サラマンも元気そうで何より!…マグマの湖が快適な空間とは!…暑がりのオイラには想像もつき…
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