第515話 ブラント元国王
翌朝、早い時間に起きたミチナガはゆっくりと風呂に入っている。昨日は疲れてそのまま寝てしまったが、それが返って良かったかもしれない。窓際に配置された風呂から周囲の景色を満喫できる。朝日に照らされた景色は格別だ。
「景色の良い風呂はやっぱり良いなぁ。海岸の温泉とか山の上の温泉とかも良いけど、空の上の温泉とかもあったら良いな。一層の事天空の温泉とかできないかな?」
『ポチ・高いところにあって開放感のある風呂ってこと?そうなると飛行機とかは違うんだろうから…気球とか?それ怖くない?』
「……それはちびるな。何事もほどほどが一番だな。今日はどうすっかなぁ…朝メシ食ったら……王様に会いに行くか。」
街で観光するのも良いかと一瞬思ったが、それは叶わないだろう。何せミチナガはこの国ではカイの洗脳から人々を救った英雄だ。下手に街中を歩けば大勢の人々が群がることだろう。
するとポチに一つの連絡が入った。その連絡の内容は驚くものであった。その内容をミチナガに伝えるとミチナガは一周回って呆れてしまった。そしてすぐに風呂を出ると着替えを始めた。
そして着替え終わる頃、ミチナガたちの元へ来訪者があった。それはブラント国王その人であった。
「お久しぶりですブラント国王陛下。」
「よしてください。すでに隠居した身です。それに今や地位はミチナガ様、あなたの方がはるかに上ですから。」
「それでもかつての恩人を無下にはできませんよ。」
こんな早朝だというのに元ブラント国王はミチナガに会うために大急ぎでここまでやってきた。すでに王としての地位を息子に譲り渡したからこそのフットワークだろう。
「とりあえず朝食でもどうですか?これからなので。」
「おお、それは良いですな。是非とも御一緒させていただきます。」
かつて自分が頭を下げた相手が自分より下の地位にいるというのがなんとも言えぬ気持ち悪さを生んでいる。ただ朝食を共に食べ、少しずつ場が和やかになると言葉も少しずつ砕け始めた。
「しかしブラントさんが今や王位を退いて国のご意見番ですか。その上うちの商会の役員までやっているとは。」
「はっはっは。王としての務めで一生終えるつもりであったが、こういうのも実に面白い。王として国の大きな指標を決めるのも良いが、その指標に合わせ街を変えて行くというのはまた違った良さがある。あそことあそこのビルの建設には私が大きく携わっているのですよ。成果が目に見えてわかるというのは実に良い。」
「へぇ…しかし大きなビルばかり建てるのも良いですが、綺麗な街並みを作るのも大切ですよ。緑と噴水を組み込んだあそこなんてすごく綺麗じゃないですか。」
「おお、あそこも関わっていますよ。とはいえあの頃まだ王として関わっている段階でしたが。ちなみにあそこの中心地にはミチナガ様の巨大な銅像が建てられていますよ。」
「はい?ど、どういうことです??」
なんとミチナガの知らぬところでミチナガの銅像が建てられていた。しかも大きさは10mを越すという。困惑するミチナガの横でクラウンは面白そうだと笑みを見せ、イシュディーンとメイドは素晴らしいと満面の笑みを見せている。
「どういうことも何もこの国ではミチナガ様は英雄。さらに英雄の国でも英雄と認められている。ならば銅像の1つや2つ建ててもおかしくはない。むしろ建てない方がおかしい。」
「1つや2つって…1つもいらないし2つなんて……」
「ものの例えです。正確な数は知りません。国として配置したのは6個、ミチナガ商会が店舗ごとに飾っていますし、一般店でも飾っているところはあります。」
「そんなにいっぱい……嘘でしょ………」
2つもいらないと思っていたらすでに数十個以上銅像があるらしい。そんなのもうありがたみも何もないと思うのだが、ミチナガ像巡りなんていうイベントを定期的にやるほど人気らしい。ブラント国ではミチナガ商会商会長という肩書きよりも、英雄ミチナガとしての知名度の方が高いらしい。
「ミチナガ様がこの国を救った話など数万部のベストセラーです。劇にまでなっていますよ。最近フレイド出版から売り出されたミチナガ様の英雄譚も取り寄せ待ちが起こるほど売れています。」
「ちょっと待て!それは聞いていない!」
「そうなのですか?私はすでに手に入れましたが…」
「そんなものが売りに出されているなんて…イシュディーン、知っていたか?」
「もちろんです。すでに2冊は手に入れました。しかも初版本です!我が家の家宝にしていますよ。」
「ああ、俺も持ってるぞ。暇だったし全部読んだ。」
メイドの方にも目をやると、もちろん持っていますと嬉しそうにしている。しかしミチナガは一切このことを知らなかった。最近本屋には行っていなかったし、それ以前に忙しくて暇がなかった。
しかしミチナガが話していないのに一体どうやって書いたのか。どこからの情報源か。それは隣でパンを頬張っているこの白いのが知っているだろう。
「ポチ…お前か…」
『ポチ・正確には僕たちね。僕だってそんなに暇があるわけじゃないから。あ、一応内容は全て確認してあるよ。多少大げさに表現してあるところはあるけど、嘘はないよ。』
「……どこまで載ってるの?」
『ポチ・とりあえずシェイクス国でマクベス助けたところまで。その後の話は法国とか関わるし、なかなか内容が厄介だから。すごい人気だから印税もがっぽりだよ。』
ミチナガは恥ずかしさで悶えている。そんな中イシュディーンは自分のことが描かれているのを誇りに思っているとうっすら涙目になっている。メイドは自分のことも書かれたいと思い、そして今の旅のことがもしかしたら話になるのではないかと気づき、慌てて身だしなみを確認し始めた。
「このブラント国のことも書かれているのでおかげで観光客が増えました。今後もよろしくお願いしますよ、英雄殿。」
「やめて…恥ずかしくて死んじゃう……あ、そういえば道中あそこの村に寄ってきたんですよ。殺虫剤を定期的に撒くための村。俺が助けたあの村です。廃村になっていましたけど……」
「ああ、あの村ですか。世界樹復活の影響で昆虫系モンスターが湧かなくなりましてね。殺虫剤を撒く必要がなくなったんです。それならルシュール領とブラント国を繋げる街道に村を作った方が便利だということになりまして、そちらに移動したんです。」
「ルシュール領と?私たちルシュール領からきましたけどそんな村なかったですけど…」
なぜか話が噛み合わない。どういうことか理解するために地図を広げて確認するとルシュール領からブラント国までミチナガたちは最短距離で来たが、今ある街道は大回りする道のりなのだ。
わざわざ大回りするなんて面倒だと思ったが、既存の村を宿場町として使うことも考えて作られた街道らしい。それに最短距離の街道を作るのには大きな問題がある。
「最短距離の街道を作るためにはこの辺りに村を作る必要があるのですが、この辺りに惑わしの森があるのですよ。森に慣れているものでも迷ってしまうということなので、村人が被害にあわぬようにわざと離してあるのです。まあ事実確認はしていませんが、村人が不安がるのではしょうがありません。」
「あ〜〜…そうですね。…正しい判断です。ちなみにあの村人たちは元気にしていますか?」
「ええ、新しい村を作るということで若い衆が張り切っているそうですよ。村がしっかりと完成したら前の村から遺骨を運ぶ予定らしいです。来年には完成予定なのですぐですな。」
「そうですか…良かった。忘れ去られたわけじゃないんだ。本当に良かった……」
かつて助けた人々が楽しく暮らしている。それを聞けるだけで満足だ。ただ顔を見たかったという心残りはあるが、元気にやっているならそれで良い。