第509話 王都への出発
「なあミチナガ、いつまでこの街にいるんだ?」
夕食中、突如クラウンは切り出した。この街に来てからもう4日が経過した。久々の休暇でゆっくりするのはわかるがクラウンは別にこの旅行に付き合う必要はない。この街にずっと滞在するのであればクラウンは別行動をしようと考えている。
そんなクラウンの質問をロックスの酒場の料理に舌鼓を打ちながらミチナガは考えた。そして脳内で残りの休暇の日数から今後の旅の予定を考える。
「本当はもう少し滞在短くするつもりだったんだけど、居心地良くてな。だけどまあ…そろそろ次の街行くか。街道整備されているから飛ばせば半日で着くらしい。初めて行った時は1週間近くかかったんだけどな。」
「待て、転移で移動しないのか?」
「それじゃあ旅の楽しさが半減しちゃうだろ?移動の道中も楽しまないと。」
「…じゃあ好きにしてくれ。俺はやることをやる。」
まさかの転移を使わないと言う宣言にクラウンは呆れてしまい、別行動することを決意した。そして席から立ち上がるクラウンだが、それをミチナガは止めた。
「もうやることはない。今は最終調整中だ。お前がやれることはないし、俺がやれることもない。クラウン、少しは気を休めろ。これはお前の休暇でもあるんだ。まあ座ってデザートでも食え。お前は気を張りすぎなんだよ。」
クラウンを諌めるミチナガ。そんなミチナガを見てクラウンは苛立ちを見せるが、ミチナガの言葉に納得したのか着席して乱雑にデザートを食べだした。
そして翌日の早朝、ミチナガの宣言通り次の街へ向けて出発することになった。
ミチナガの乗る魔動装甲車は猛スピードで突き進む。改良に改良を重ねられた魔動装甲車の乗り心地は快適だ。いや、正直装甲車ばりの耐久性能を除くのであればこれはキャンピングカーと言った方が正しいかもしれない。
一切揺れを感じさせない乗り心地と駆動音が一切聞こえない静音性は、この世界の魔動車と比較しても比較にならないレベルの水準に到達している。
しかしこれだけ揺れないのは魔動装甲車の性能だけでなく、街道整備の賜物だろう。戦後復興とこの街への観光客増加のために街道整備は各国で力を入れている。本来もしもの戦争のことを考えれば街道は作らない方が敵の軍隊の移動を阻害できるため利点が多い。
しかし平和な今の世ならば街道整備に力を入れた方が利点は多いのだ。こうしたちょっとしたことでも今の世の中が良くなっていることがわかる。
そして昼を過ぎた頃、目的としていた街にたどり着いた。そこは王都だ。かつてファルードン伯爵とアンドリューと共に訪れた場所で、その中央には立派な王城がそびえ建っている。
しかしミチナガはそんな王城には目もくれず、運転していた使い魔に指示して迂回し始めた。迂回した先は城外の街からも外れた場所だ。そこには巨大な湖があった。
「うわぁ懐かしい。リッジ湖だ。」
リッジ湖。それはアンドリュー達と共に釣りに訪れた湖だ。魚種が豊富で数も多い。この王都の食料はこのリッジ湖に支えられていると言っても過言ではない。
ただ注意しなくてはならないのはあの時フェルードン伯爵が釣り上げたような化け物サイズの魚もいると言う点だ。下手に湖に飛び込むと人間が丸呑みされる可能性がある。
ミチナガはそこで久しぶりに釣りでもしようかと考えたが、やはり釣りをするならアンドリューと共にやりたいと思う。だからこそその気持ちを抑えてゆっくりと走る魔動装甲車の窓からリッジ湖を眺めるだけにした。
それからゆっくりと魔動装甲車を走らせたミチナガ達は、城壁の中の城下街へ入るための検問を受けたのだがそこで問題が発生した。その問題を前にしてミチナガは引きつった笑みを隠せずにいる。
「も、申し訳ありません。お手間を取らせてしまい…も、もうしばらくお待ちください。」
「おい早くしろ!誰か城に使いを出せ!」
「歓待の用意を…くそ!流石に無理か!」
「お、お気遣いなく……」
門番達が慌てふためる理由。それはミチナガが訪れたからだ。ミチナガは今やこの世界ではそこらの王よりも地位が高い。むしろミチナガよりも権威があるものなど魔神達でも難しいくらいだ。
そんなミチナガがお忍びで来たとしても何もせずに、はいどうぞごゆっくりとさせるわけにはいかない。すぐに国王にも連絡が行き、一つでも失礼があってはならないと慌てふためいた兵士たちが右往左往している。
正直こんな状況にされていることが失礼に当たっていると言いたいところだが、そんなことを言えばきっと阿鼻叫喚の地獄絵図になることだろう。しかしここで待機していると更に面倒なことになると思ったミチナガはこの場をやり過ごすために動いた。
「疲れているからどこかホテルに行きたいんだけどいいかな?」
「え?あ…その…わ、わかりました!すぐにご案内させていただきます!」
これ以上この場で引き止めるのは流石に失礼になると理解した兵士はすぐにこの王都で一番のホテルへ案内するために部隊を編成し始めた。
そこまでしなくてもと思うミチナガの背後で護衛であるイシュディーンは満足げであった。どうやら主君であるミチナガをたいそう丁寧にもてなそうとしている兵士達を見て正しい判断だと思ったらしい。
それからミチナガは兵士たちに先導されながら街を進んだ。正直どんな羞恥プレイだよと突っ込みたくなるが、それでも下手に文句を言って騒動が起こるよりかはぐっとこらえた方が利口だ。
なんとかホテルにたどり着いたミチナガはぐったりとしながら魔動装甲車から降りた。するとそこへ王城へと報告しに行っていた兵士がやって来た。
「も、申し訳ありません。ミチナガ様。実は我が国の王が一度お会いしたいと申されていて今夜の食事をご一緒できないかと…」
「あ〜すまない。今日は疲れていてね。それに急なことだからこちらも準備が足りないんだ。明日の…そうだな。明日の昼過ぎにそちらに伺わせていただくよ。なので明日の夕食にしてもらえないかと伝えてくれ。」
「承知しました。それではこのことを王にお伝えするので失礼いたします。」
それだけ言うと兵士は再び馬に乗りこの場を去って行った。あの兵士も大変だろうが、馬も何度も走らされて大変だろう。それにしても明日は王城で王と会食だ。きっと他にも重鎮などがいることだろう。
「せっかくの休暇が仕事に早変わりか…」
『ポチ・そういうこと言わないの。相手の立場も考えな。それからそういうのは人のいないところか、もっと小声で言うもんだよ。』
「…ごめん。」
「ミチナガ様、ホテル側が夕食はどうなされるかと…」
「あ〜夕食は大丈夫だ。朝食だけもらおうかな。」
夕食は必要ないと言うとホテル側もホッと一安心した表情を一瞬だけ見せた。本来一流のホテルなので従業員がそんな表情を見せることなどあり得ないのだが、ミチナガを相手にしたらそれは無理な話らしい。
するとミチナガの発言が気になったのかイシュディーンが近づいて来た。
「夕食は必要ないと言うことですがご予定が?」
「ん?昔ちょっとあってな。タダ飯食らった割と良いレストランがあるんだ。ミスティールっていうところでな。あの時は金なくてタダ飯食っただけで終わったけど、今回は少しお金落としてやろうと思ってな。」
ミチナガは思い出す。あの時は服装が店にふさわしくないからと追い出されそうになったから今回はちゃんとした服装で行こう。いや、あえてあの時のような服装で行ってからかうのもありかもしれない。
「ま、意地悪しすぎも良くないか。良すぎるのも良くないし、ある程度の服装を見繕っていくか。」