第504話 夢のような出来事
あれから1年が経過した。世界復興はまだ続いているがそれでも大きく躍進した。瓦礫だらけの国から瓦礫がどかされ、綺麗な更地となった土地には多くの建物が立ち並び始めた。
人出がまだまだ足りていないのか怒涛の建設ラッシュとまではいかないが、それでも毎日十数件の建物が建設されている。そして今日もミチナガ商会に訪れた一つの家族の姿がある。
「ようこそミチナガ商会へ。本日は建設のご依頼ですね。土地の契約書はお持ちですか?」
「は、はい。これです…」
夫が書類を手渡す。その書類は国から土地を借りた契約書だ。この国では庶民は国から土地を借りる形で暮らしている。土地を購入できるのは一定以上の稼ぎのある商人や貴族だけだ。そしてその契約書を確認した従業員は早速いくつかのパンフレットを取り出す。
「ミチナガ商会では3つの建設プランを用意しております。お値段は規格式、セミオーダー、フルオーダーの順で高くなりますが、ご予算のほどは?」
「えっと…その……手持ちはこれだけなのですが無理のない返済で借りることができると…」
「かしこまりました。ローンですね。それでは家族構成、年齢などから判断しますのでこちらにご記入を。」
夫は不安に思いながらも書類に記入する。この世界では借金というと、ろくな目に合わないことの方が多い。いつの間にか借金が倍額になり家を押さえられ、子や妻を借金のカタに連れていかれる。
しかしミチナガ商会の評判の良さと利用しているミチナガ銀行により、その不安を忘れてローンを組んでの住宅建設を思いたった。信頼性があるからの決断だ。
何よりミチナガ銀行の評判が良い。この世界ではいつ強盗に襲われ家の金が盗まれるかわからない。だからその金を手数料や保管料なしで預かってくれるミチナガ銀行は必要不可欠な存在だ。
一部の人々の中にはもしかしたら預けたら最後、一生引き下ろせないまま金を奪い取られると思ったものもいる。しかし大多数は世界一金持ちなミチナガ商会が自分たちの小金を奪ったところでなんのメリットもないと安心して預けた。
そして銀行に安全に金を預けられることで人々の貯金額は大きく増えた。だからこそ贅沢に家を建てようという決心に至るものが多い。
「お待たせいたしました。お客様の借り入れ可能金額はこちらになります。」
「こ、こんなに良いのですか!?す、すごい……」
「こちらのご予算になりますとセミオーダーまではなんとかなりますが、返済を軽くするためにも、そして今後2世帯で住むことなども視野に入れ、2階建ての住宅でこちらの規格式住宅はいかがでしょうか?それから家具も必要かと思いますが…この映像のような家具でしたら一式このお値段で揃えることができます。こちらもご一緒にいかがですか?」
「こ、こんな家に…予算もローンのことを考えても問題ない。返済もこれならなんとか…こ、これでお願いします!」
「ご契約ありがとうございます。それではこちらの契約で建設を始めさせていただきますね。ただ現在はたくさんのご契約をいただいでおりますのでしばらくお時間がかかります。よろしければその期間は壁紙や家具のデザインなどをお考えください。」
「ありがとうございます!やったな!念願の我が家だぞ!!」
満面の笑みで帰路につく家族。まだしばらくは仮設テント暮らしだが、その後は戦争前では住めないような住宅に住める。嬉しさに満ち溢れている。そんな似たようなことが毎日のように起きている。日に数十件の建設依頼を受けるミチナガ商会は毎日せわしなく働いている。
それからさらに半年が経ったある日、ミチナガの元に不穏な知らせが届いた。それは各地で活動する使い魔たちからの活動報告だ。
「あれから1年半あまり…もう死者たちは全員この世を去ったか…」
『ポチ・一部は人間を襲って存在力を手に入れたのか寿命延びていたけどね。でももう99%は消滅したかな。これでもう問題は解決し…』
「そして新たな問題が発生したな。…モンスター被害もかなり数が少ない。冒険者や傭兵に余剰が出ている。」
これまでの1年間、各地の死者の殲滅のために多くの傭兵や冒険者が生まれた。ミチナガの出資のおかげで冒険者や傭兵は復興事業で働くよりも稼げたからだ。しかしそんな彼らの仕事はもう済んだ。今後は少数の冒険者がいれば国の安全は確保できるだろう。
そしてそうなると職にあぶれた冒険者や傭兵は新たな職を探し転々とする。そしてその中で少なからず盗賊などの悪人になる可能性が出てくる。これはようやく世界が平和になったというのに大きな問題になる。しかしミチナガとポチはニヤリと笑っている。
「あっちの建設の方はまだ3割ほどか。全然進んでいないが…始めるか。」
『ポチ・そうだね。世界を震撼させよう。』
ミチナガはすぐに使い魔を通して幾人かと連絡をとった。そしてその連絡を取ったものたちと話し合いをすませ、その3日後に世界を揺るがすような大事件を起こした。
それは真昼のこと、勢いよくミチナガ商会から出てきた従業員の手から周辺に飛び散らされた紙によってその大騒動は始まった。
「号外号外!!大事件だぁ!!!復活!!9大ダンジョンが復活したぞぉ!!!!!」
世界を揺るがす大事件。それは9大ダンジョン復活の号外である。投げ散らかされた紙面にはミチナガ商会の特殊技術によりダンジョン内の貨幣を異次元空間に転送。それにより9大ダンジョンへの侵入が可能となったとある。
そしてダンジョン周辺に蔓延っていたモンスターたちはすでに掃討されているとも。これにより9大ダンジョン巨大のヨトゥンヘイムと人災のミズガルズの両ダンジョンへの挑戦が可能となった。
スマホのことは隠してあるが基本的には嘘のない情報である。そして今の世の人々は知らないが、ダンジョン周辺は本来ダンジョンから魔力があふれ出ない限り、全ての魔力がダンジョンへ集約されるためモンスターの湧きにくい安全な土地なのである。
だがそんなことはどうでも良い。9大ダンジョンの攻略。それは神話の時代の出来事だ。これまで幾人もの冒険者たちがダンジョン攻略を夢見てきた。そしてその夢を夢のまま儚く散っていった。
そんな夢が叶えられる。これには多くの漢達が震えた。そしてその日の夜、各地の冒険者ギルドで特別上映が行われた。それは冒険者ナイトの映像である。
ナイトはすでにこの両ダンジョンを完全攻略している。そしてその戦いの映像を何本か流した後にナイトが椅子に座る映像が流れる。だがその時、人々はナイトから視線を外していた。
人々が見る先、それはナイトの背後にそびえ立つ金銀財宝、ダンジョンアイテムの山だ。誰もが一生をかけても使い果たせないほどの財宝の数々。その財宝こそがナイトがダンジョン攻略で得た全てだ。
そして映像の最後に挑戦する者達のために各国から無償で移動手段を提供するという告知が流れた。挑戦したくば来いと。
冒険者達は震えた。傭兵達も震えた。ダンジョンには夢がある。いや夢しかない。自分の求める全てがダンジョンにはある。ダンジョンを攻略したという力の証明、一生遊び倒せる財宝の数々。その全てを手に入れるチャンスを今与えられている。
そしてその日の翌日、各国からミチナガ商会の移動車両が大量に出発した。歴史上から考えても戦争以外でこれほどの大人数が大移動を始めたのは稀なことだ。そしてその全員がアドレナリン全開でダンジョン到着を今か今かと待ち望んでいる。
そしてこの日以降、英雄の国以外のだ9大ダンジョン保有国からダンジョン解放の依頼が舞い込んだ。9大ダンジョン全解放に向けた攻略がこの日から大きく進む。