第500話 十本指と死神と観測者
ついに果たした十本指のリーダーたち。まさか二人いるとは思ってもみなかったが、ここでこの二人を倒せばこの戦いは終わる。…なんてことはミチナガも思ってはいなかった。
この培養液に浮かぶ少女が死神ミサトアンリで、それを見つめる老人のようなこの男が観測者というもう一人のリーダー格。そんなことを言われても正直、この二人がこれ以上何かできるとは思えなかった。もう死を待つだけにしか見えない。
だがそれでもミチナガは聞いておきたいことがあった。なぜこんなことをしたのか、なぜ白獣たちと繋がりを持っていたのか。だがそんなミチナガの口から出たのはミチナガ自身なぜこんなことを言ったのかわからない言葉であった。
「俺に何をして欲しいんだ?」
「ははは……ミチナガ。君が物分かりの良い人で助かったよ。もう…僕にも……彼女にも時間がない…だけどそれは…最後の演者が揃ってからにしようか…」
「最後の演者?それは一体…」
観測者がそういうとミチナガの背後に急に気配を感じた。とっさに振り返るミチナガ。何かの強襲かと思ったがそうではない。そこに現れたのはクラウンであった。
「よおミチナガ…それにサトシ…タケに…アンリも…」
「サトシ?タケ?」
「本名だ。クラウン、本名は無しだって言っただろ?しかし…久しぶりにこんなに集まったな。」
ドクは息を切らしながら、座ったままクラウンの方を向いた。そして笑みを浮かべると場が和やかになるのを感じた。彼らは強い絆で繋がっているらしい。しかしミチナガにはそれよりも気になることがあった。それはクラウンの服の袖から見えた地肌が薄く透明になっているのだ。
「クラウン…お前それ…」
「ん?まだ説明してなかったのか?もしかしてタイミング良すぎた?」
「ああ…良すぎたね……せっかくだから…説明してくれるかい?」
「ああ、いいぜ。よく見て聞いておけよミチナガ。これが十本指が世界中で死者を復活させた代償だ。」
クラウンは服を脱ぎ捨てた。そこに現れたクラウンの肉体は半透明になり、まるで消えてしまいそうだ。そしてそれは培養液の中に浮かぶ少女も同じような状態であった。
「俺たちは正確には死者を蘇らせる力を持っていない。この世から消えたものに再びこの世に存在する権限を与えているんだ。亡者のように人間に襲いかかっている奴らはまだ存在が希薄なんだ。故に今を生きる人間を襲いこの世に存在するという存在力?ってやつを手に入れる。」
「存在力…それがなくなると…どうなるんだ?」
「わかるだろ?今の俺みたいに透明になって…最後には消える。人々の記憶からもな。だから俺たちは十本指という名前をつけた。手の指は十本しかないだろ?その一本一本に人があてがわれているってなれば…記憶から消えても10人いたっていう確証が持てる。」
だからドクは十本指は10人いると言ったのだ。そしてミチナガがドクに聞いてもかけがえのない仲間と言う割に何も情報を持っていなかったのはドク自身の記憶からも仲間のことは消え去ってしまったからだ。
「ちなみに存在力を上げる方法は2つ。一つは偉業を成し遂げて有名になること。もう一つは生きている人間から奪うこと。ただしどちらにもデメリットはある。偉業なんてそんな簡単に成し遂げられないし、得られる存在力もたかが知れている。生きている人間から奪うのは半分以上の存在力は奪えない。相手の存在が消えるまで奪うことはできないんだ」
「じゃあ…そのための戦争か…戦争をすれば名は広まる。生きている人間から存在力も奪える。善行よりも悪行の方が効率よく存在力が使えるから。」
「大正解だ。ちなみに死者を復活させるのはこの首から下がっているミサト本人の指を媒介にしている。ちなみにもう一つはそこのタケ…観測者の指だ。持っていると存在力が高まるのと観測者としての力…まあだいぶ弱まっているがな。観測者本人には劣るが千里眼みたいな能力が使える。便利だろ?」
そしてクラウンは「説明終わり!」と言っておちゃらける。そんなクラウンにドクは拍手を送り、観測者は笑みを浮かべた。そして培養液の中に浮かぶ少女、ミサトも笑みを浮かべたように見える。
これで世界中での死者の復活の方法はわかった。しかしその理由がわからない。ただの愉快犯なのかとも思ったが、彼らを見る限りそうは思えない。自らを犠牲にしてまで何かを成し遂げる理由がわからない。
そしてその疑問に答えるべく、観測者は指のなくなった手でミチナガを手招きする。その不気味さにミチナガの足はすくむがクラウンもドクも近づくように指示をする。ミチナガちらりとエヴォルヴの方を見ると問題ないと頷かれた。
そしてミチナガは観測者の横に座った。間近で見る観測者の姿は老人にしか見えない。しかし確かにそうにしか見えないのだが、何か違和感がある。白髪にシワの入った肌。だがどこか若く見える。
「あんた…一体何歳なんだ?」
「さあ…まだ…二十歳には…なってなかったと思うけどね…それよりも…僕に触れてくれ…それで…全てわかる……白獣が託したもの…僕たちが何遂げたいこと……君が…なぜこの世界に来たのか……」
「俺が…この世界に来た意味?」
「物事には…全て…理由がある……今こそ…君は…全てを…知るときがきた……」
観測者はミチナガの方を向くことなく、ミサトをただ観続けたままそう言い放つ。観測者は全てに意味があると言った。それはおそらく白獣の村にあった預言書の著者であるミヤマの未来予知によるものだろう。
ミヤマは未来を見て、そして何かを成し遂げるために多くの転移者や白獣たち、それに十本指に観測者にミサト、そしてミチナガを導いた。
しかしミヤマは未来を見ただけだ。ミチナガがこの世界に来た理由にはならない。つまり十本指はミヤマ以上のことを知っていることになる。いや、もしかしたらミヤマはそこまでたどり着いたのかも知れない。この世界になぜ転生者、転移者が来るのかを。
ミチナガの手が震える。本当に知っても良いことなのかと。しかしここで逃げるわけにはいかない。全てを知らなければならないのだ。だからミチナガは観測者の隣に座り、指のない手を握った。
「ありがとうミチナガ…そして……僕たちにできるのは…ここまでだ……後は…君に託す……」
観測者は能力を発動させた。その瞬間、膨大な記憶がミチナガの頭に叩き込まれていく。過去の記憶、そして未来の記憶まで。そしてミチナガはその全てを知った。知ってしまった。
時間にしてわずか数秒。しかしたったの数秒がまるで数百年に感じられるような記憶の体験であった。そしてミチナガは全てを知った。十本指の目的、世界征服の意味を。そして彼らが託そうとしたものを。そして…なぜ自分がこの世界に来たのかを……
ミチナガは膨大な記憶を一気に見たせいでその場に倒れる。しかしそれでもなんとか意識を保とうとした。なんとか意識を保って一言言いたかった。しかしどんなに堪えても脳は耐えきれず、その場で意識を失った。
そしてミチナガが意識を失った瞬間、培養液の中の死神ミサトアンリは苦しそうにもがき出した。そんなミサトを見ていたはずの観測者はピクリとも動かない。その瞳を見れば光を失っている。
そしてもがき苦しむミサトを見たドクとクラウンは涙を流してその姿を目に焼き付けた。決してその光景を忘れないために。そしてやがてミサトは動かなくなった。
「世界で唯一ミサトを観測できていた観測者が死に…世界がミサトを観測できなくなった。培養液内の栄養も酸素もミサトを観測できることができなくなり…窒息死した。これで…役目は終わった。」
「ああ…そうだな……ようやく…ようやく終わったんだな……クラウン、手を貸してくれ。ミチナガをここから連れ出す。そこのロボットも…手を貸してくれないか?」
『……了解した…』
エヴォルヴに搭乗していたポチはクラウンに肩を貸すとドクとミチナガの元へ連れて行く。
『ミサトが死んだ今…お前はどうなるんだドク。』
「ゆっくりとミサトの魔法の影響が消えていく。おそらく最長で1年だな。世界中にいる亡者も1年経てば消え去る。」
『そうか…クラウン、お前は?』
「俺は1週間かそこらだな。酸素と水は吸収できるが、食い物系がダメだ。流動食ならなんとなるかもしれないが…ただの延命措置にしかならない。まあさんざん好き勝手やったんだ。悔いはない。」
「…クラウンの能力でここから出よう。この研究施設の自爆装置を起動させたから後数分で木っ端微塵になるぞ。」
『二人の遺体は良いのか?どこかに埋葬してやらなくて…』
「問題ない。ここに捨て置けという二人の希望だ。…それが罰になると。クラウン、手を…」
クラウンの能力を発動させるためにドクは手を繋ぐ。そしてクラウンはもう一つの手でミチナガに触れようとした時、ドクはクラウンの手を強く握りしめた。
「すまない…後は頼む。」
「ドク…?お、お前何を!!」
ドクの身体が崩れていく。その瞬間、透けてしまっていたクラウンの身体が元通りの色艶を取り戻していく。それはドクが自身の残っている存在力をクラウンに注ぎ込んでいくからだ。
クラウンは必死にドクの手を引き剥がそうとするが、強く握りしめたドクの手はクラウンの手をがっちりと握りしめている。
「俺は元々死んだ身だ……だからクラウン…お前が全てを見届けろ…最後の…十本指……」
「ふざけるなドク!俺だけ…俺だけ生き残るなんて…!!俺もお前らと一緒に!!!」
「ああ…よかった……最後に……1人…救えた……俺らの分まで…生きて……」
「やめろ!やめろ!!……くそ!名前が……名前が思い出せない……お前らみんなのこと…思い出せない……」
ドクは残る存在力をクラウンに渡した結果、クラウンはもうドクの顔も名前も思い出せなくなってしまった。目の前にある灰の山が大切な存在であったというのは記憶している。記憶しているがそれ以上は思い出せない。
そして涙を流すクラウンの耳に爆発音が聞こえ始めた。この研究所の自爆装置が作動した。もうここに長くはいられない。
意識を失っているミチナガとエヴォルヴの手を繋ぐ。転移の準備は整った。そして最後に背後を振り返る。灰の山、項垂れたまま死んでいる老人、透明な何かが浮かぶ培養液。それを見たとき心を締め付けられるような何かを感じるのだが、それが何かもう思い出せない。
そして転移で消え去るクラウンたち。それからわずか数分足らずで研究所は瓦礫の山に埋もれていった。




