第498話 神人vs神剣 決着
そこからの戦いはわずか数秒の間に行われた。意識を失ったアレクレイに対し、イッシンはトドメの一振りを放つ。しかしその瞬間、アレクレイは目を覚ました。
アレクレイはイッシンの放つ一振りに対し魔法を放つ。それは本来アレクレイであっても不可視の一撃。しかしトドメの一撃だと油断したイッシンのその一撃はアレクレイのこれまでの膨大な経験則から軌道を読むことが可能であった。
アレクレイは残りの魔力のほとんどを使いイッシンの一撃に魔法をかけた。本来イッシンの斬撃は相手の魔法もどんな物質であろうとも切り裂く。しかし切り裂かれないようにイッシンの斬撃を空間ごと切り取り反転させた。イッシンの攻撃に対する唯一の対抗策だ。
しかしこんな芸当ができるのは膨大な魔力量とイッシンの斬撃の軌道を予測できるアレクレイにしかできない神業だ。そして反転させられた一撃がイッシンへと襲いかかる。
迫り来る自身の一撃を前にイッシンはなんの反応も示さない。イッシンとしても予想外のことにうまく反応できないと思われた。しかしその一撃がイッシンに触れる瞬間、アレクレイはイッシンのオーラがさらに強大になるのを感じ取った。
これは世界でイッシンと神魔フェイミエラルしか知らない神剣イッシンの奥義。イッシンは常日頃から素振りをする際に仮想の敵を想定して剣を振るう。そしてその敵はいつもいつもイッシンの一撃に対し返し技を返してくる。
だがそれはあくまでイッシンの想像の中での出来事だ。そんな芸当ができる人間など過去も未来も存在しないだろう。ただ一人を除いて。
イッシンのこれまでの人生の中で素振りをした回数は数兆を超えて数京をも超えることだろう。そしてその全てに仮想状の敵は毎回返し技を返してきた。いくら不器用なイッシンであってもそれだけ何度も返し技をかけられ、見続けていれば自然と覚える。
ただその技はあくまでイッシンレベルの斬撃に対し使えるもの。故にこれまでフェイミエラルとの戦いでしか使ったことはなかった。そして流石のフェイミエラルも一度この技を喰らえばもう2度と受けてはならないと理解した。
イッシンの元へ返された斬撃がイッシンの刀に巻き込まれる。その一撃は相手の一撃に自身の一撃を上乗せする返し技の極意。この極意に名前はない。なんせこの極意を使える相手は自分自身しかいないのだから。
イッシンの返し技がアレクレイの胴体を両断する。アレクレイが生み出した妥当イッシンの術式はあっけなく敗れた。しかしイッシンはその目で見た。両断されたアレクレイの手に持たれた剣を。
アレクレイは今の一撃が通用しないということをどこかで確信していた。だからこそ今の一撃を囮に使ったのだ。全てはこの一撃のために。
アレクレイの一撃はイッシンからしてみればなんともノロマな一撃であった。普段のイッシンならばその一撃に対し1000を超える斬撃で応えることだろう。
だがイッシンは振り切った刀を手元に戻すことができなかった。イッシンの返し技は通常の居合の倍の速度と威力で放つものだ。それ故振り切った刀を戻すのには0.01秒の時を有した。
通常ならば隙にもなり得ぬ速さ。しかし神人たるアレクレイにとってそれだけの秒数があれば一撃与えるのに十分すぎる時間であった。
そしてアレクレイには確信があった。それはイッシンには居合しか使えず、魔法が使えないこと。それはつまりイッシンの肉体をイッシンの斬撃と同じように事象を改変する斬撃で切り裂けば、イッシンにはそれを再生する能力がないということだ。
アレクレイはすでにイッシンの斬撃の性質は身体で味わって覚えている。模倣することは容易だ。それはつまり、一撃でもイッシンを切り裂けばそれが致命傷になるということだ。
アレクレイは残りの魔力をその一撃に全て注ぎ込んだ。そしてイッシンを切り裂くその時まで一切の油断はしない。そしてアレクレイの一撃はイッシンの肩へと吸い込まれるように進んでいった。
だがその一撃はイッシンに触れた途端止まってしまった。
「なぜ……」
「…ごめん。僕に傷をつけられるのは僕の斬撃だけなんだ。」
イッシンは懺悔の表情を浮かべたままアレクレイにトドメの一撃を放った。
「ごめん。その……」
「…最強の斬撃の持ち主と……最硬の肉体の持ち主が同じとはな……最初から勝ち目がなかったのか………」
これまでイッシンとフェイミエラルしか知らなかった事実。イッシンの居合は肉体にかかる負担が半端ではない。もしもイッシンの斬撃を他の人間が真似しようとすれば四肢が爆散することだろう。
それ故にイッシンの肉体は居合の衝撃に耐えられるように強化されていった。そして徹底的に強化された結果、今やイッシンの肉体に傷をつけられるのはフェイミエラルの最大魔法かイッシン自身の本気の居合による一撃しかない。
アレクレイに鼻から勝ち目はなかったのだ。あるとしたら先ほどのイッシンの返し技をさらに返すことだけだっただろう。ただしそれでも致命傷には至らなかったであろうが。
「我は…もう死ぬな…」
「うん…魔力もないし…そもそも返しの一撃による斬撃は通常の肉体改変では改変しきれないらしいから…」
「ククク…我も化け物化け物と呼ばれてきたが…お前の方がよほど化け物だな…」
「あはは…妻にもよく言われるよ。子供達は今は大丈夫だけどね。」
「そうか…羨ましいな。我には子を残す能力がないからな……連綿と続くドキュルスター家も人神プロジェクトも我が終わらせてしまった。我は…繋げることができなかった。この胸の数字も我でお終いだ…」
アレクレイは胸にある刺青を触る。それは古代文字の数字であり、今何世代目かを表すものであった。そしてそれを見たイッシンはその文字に既視感を覚えた。
「それどこかで見たような気がするんだよなぁ……う〜〜ん…ちょっと待ってね?え〜っとこの辺かな?」
『ケン・もういいかーい?…ちゃんと隠れた?返事がないけどみんなどうしたのかな?…ってなんじゃこりゃ!?あ!イッシン!!』
「急にごめんね。実はちょっと聞きたいことがあってさ。これに見覚えない?」
『ケン・んも〜今かくれんぼの最中だったのに。すぐに済ませてよ…って神人アレクレイ!?!?倒したの!』
「時間ないから早くして。これこれ。」
『ケン・これって?…あ〜アレクリアル様とかにあるアザに似ているね。勇者王の家系はこのアザが出るらしいよ。あ、正確には黒騎士様の血筋か。』
「何だと…そんなバカな……これは人神プロジェクトの直系の血筋にしか現れない……我が子を成せなかった時点で途絶えたはずだ。」
『ケン・そうは言っても黒騎士様にはちゃんとあったよ?アレクリアル様にも。映像あるから確認してみなよ。』
ケンは空中に映像を投影する。そこに大英雄黒騎士の姿が映る。そこには確かに背中にアレクレイと同じ古代文字の刺青があった。そして黒騎士の美しい黒髪を見た瞬間、アレクレイは全てを理解した。
「我は…そうか……勝手に絶望しただけだったのか…あの鼻筋と美しい黒髪は…まさに彼女のものだ…我は…残せていたのか…次の時代を……その子はどうしているのだ?」
『ケン・今や世界で一番有名な大英雄ですよ。勇者王と結婚して数百年続く英雄の国の勇者神として君臨し続けています。今の時代を生きているあなたの子孫はアレクリアル様です。あ、ちなみにこれは黒騎士様の夫である勇者王カナエ・ツグナオ様です。』
アレクレイはツグナオの姿をみる。それは孤独な自分とは違い多くの人々から慕われ、愛される王の姿があった。その中に黒騎士も、歴代の勇者神の姿もある。
「ああ…なんと美しい…あれこそまさに…我の求める理想の姿……人神プロジェクトとは……人の上に立つ神ではなかったのだ……人々とともに立ち…そこにあり続ける人々の神……人神の理想の姿だ……」
アレクレイは確信する。人神プロジェクトとは自分では完成されなかったことを。かの勇者王カナエ・ツグナオと出会い初めて完成したのだ。アレクレイは終わりではなかったのだ。
「満足だ…この世に再び蘇り…怠惰に生きていたが…無意味ではなかった……我はなんと幸せなのだ…だが…彼女には悪いことをした…ちゃんと…謝らねば…」
アレクレイはふと何かに気づき、わずかに残った魔力を溜め込むと一つの腕輪を生み出した。
「我が持つ…宝物庫への鍵だ……我が子孫だけにしか使えぬ……これを…アレクリアルに…」
『ケン・よろしいので?』
「ああ…我には…もう必要ない……それに…お前たちには……まだ…必要……」
『ケン・それはどういう意味ですか?十本指の勢力もだいぶ収まってきています。魔神クラスの敵はもうほとんどいません。脅威になる敵なんて……』
「真の…敵……十本指に……非らず…我も……一度は…仲間に……」
『ケン・え?ちょ、ちょっと待ってください!一体何が…』
「…お前ら……やれる…さ……ああ……良い……人生……」
アレクレイはかすれていく声でそう言い残しこの世を再び去った。この十本指の蘇らせた敵の中で最大の敵はこうして倒された。不穏さを残して……