第496話 異次元の存在
なんなんだ。
なんなんだこいつは…
アレクレイは魔法を構築する。炎、氷、風、土、雷、異なる属性の魔法を高速で射出する。さらに光を収束し、文字通り光速の熱魔法を放つ。これまでこの攻撃を無傷で生還したものはいない。だがそれをイッシンは斬り伏せた。
アレクレイは自身の持ちうるあらゆる魔法攻撃でイッシンを攻める。しかしそのどれもがイッシンに触れる前に斬り消される。
アレクレイも初めはイッシンの技をなんらかの魔法攻撃だと思った。しかしそれにしては魔力感知が反応しない。しかしイッシンをどれだけ見ていても斬撃はおろか鞘から刀を抜くところすら見えない。
アレクレイには何も理解できなかった。これまで目に見えない居合術など見たことも聞いたこともない。それにアレクレイ自身あれほどの居合術を行うことはできない。自身の理解の範疇を悠々と超えてくる現状にもう何も解らなくなった。
「クソが…クソがクソがクソがぁ!!何をしたのだ貴様はぁ!!」
「何って…ただ斬っているだけですよ。僕にはそれしか出来ないから。」
イッシンがアレクレイめがけ太刀を振るう。その瞬間、アレクレイの超人的なまでの危機察知能力が身体を動かした。しかしそれはイッシンの斬撃の前ではわずかに遅かった。仰け反らした胴体は無事であったが、わずかに遅れた手指は関節の先から切り裂かれていた。
「くっ…ここまで斬撃の範囲内か…だがなんとか躱せる。これならば次は……待て、なぜ再生しない?」
アレクレイの切られた指が一向に再生せず、血を流し続けている。アレクレイが魔力を込めても一切回復しない。魔力による切断面の再生阻害かとも思われたがそれも違う。
「事象ごと断ち切りました。あなたの指があったという事実が元々指はなかったという状態へ改変されたんです。なので再生は不可能です。」
「そんなバカなことが……しかし…ならば!ならばその改変された事象を改変しなおせば良いだけだ!!」
アレクレイは魔力を込める。そしてイッシンによって指はなかったと変えられた事象を指はあったという正しい状態へと改変する。アレクレイ自身初めて行う肉体の改変魔法は指が戻ったことにより達成された。
「…どうやら面倒ではあるが、どうとでもなるな。」
「ええ、どうとでもなりますよ。以前神魔にも同じことをされました。まあ彼女の場合バラバラに切り裂いたのに平然と元どおりになったので恐ろしかったですね。」
イッシンはフェイとの戦いを思い出してため息をつく。イッシンがどんなにバラバラに切り裂いても平然と元の姿に戻る。お互い相手を倒すすべがなく、戦いも長期に渡ってしまった。しかしこのアレクレイとの戦いは正直なんとかなりそうだ。
「ではもうちょっと剣速あげるので注意してくださいね。今と同じ改変スピードじゃ…すぐに死にますよ?」
再びイッシンが斬撃を飛ばす。それをアレクレイの超人的な反応速度で避けようとするが、イッシンの斬撃の速さと数の多さの前に細切れにされていく。だがそれでもアレクレイは絶命する寸前に改変し、肉体を再生することに成功した。
そしてアレクレイは逃げた。人生初の逃亡である。しかしそれを許すイッシンではない。すぐに新たな斬撃を飛ばすとアレクレイの両足を切断した。
「くそ!すぐに改変再生を…いやその前に攻撃してやつの気をそらさねば…!」
アレクレイの次の行動の前にイッシンは再び斬撃を飛ばす。そうするとアレクレイは肉体を改変し、再生しなければ死んでしまう。しかし再生が終わる頃には次の斬撃が襲ってくる。
やるならば肉体の改変再生と攻撃を同時にやらなければならない。しかし肉体の改変再生など超高等魔法だ。その上にイッシンにも通用する魔法を構築しなければならないなど、しかも3秒、いや1秒以内にそれを行わなければならないなど、到底人間のできることではない。
しかし事実としてそれをしなければ一生イッシンに切り刻まれ続ける。なすすべなく死を迎えるだけだ。そしてアレクレイは尋常ではない才能でそれを可能にした。
自身の肉体の改変再生、イッシンへの攻撃をセットにした新たな魔法の完成だ。神人アレクレイだからこそのオリジナル魔法。こうして再びアレクレイは万全の状態でイッシンと立ち向かうことができる。
しかしその瞬間、アレクレイは全てを察してしまった。アレクレイが必死の思いで生み出したこのオリジナル魔法。イッシンへの対抗策だと思ったがそうではない。イッシンと立ち会うためには最低限必須の魔法なのだ。この魔法があって初めてイッシンと戦うことができる。
それはつまりイッシンはアレクレイよりも遥か上にいる存在だと認めることになる。そしてこの魔法を生み出したところでイッシンに通用する魔法をアレクレイは有していない。
「お前は…何者なんだ…」
「ん?僕は僕だよ。神剣イッシン。居合術しかできないただの若造さ。」
イッシンは笑顔を見せる。それを見たアレクレイは心の底から震え上がった。アレクレイはなんでもできる。料理も芸術も建築も学問も魔法も武術も剣術もなんでもできるのだ。戦いに関して言ってもこれまでできなかったことは一つもない。
対するイッシンは魔法もできなければ剣術も居合以外は何もできない。あとできるものと言ったら家事炊事くらいなものだ。イッシンは何もできない。居合以外は。だからこそできることを突き詰めた究極の存在。なんでもできてしまうアレクレイにはたどり着けぬ境地。
イッシンの行う究極の居合術はアレクレイであっても模倣することは不可能だ。そもそも模倣などという次元の話ではない。もしあんなものを模倣すればアレクレイの身体は相応のダメージを被るだろう。
そしてここからの戦いはあまりにも一方的な拷問であった。
必死にイッシンの斬撃から逃れようとするアレクレイだが、少しの斬撃を逃れたとしてもその後から数百の斬撃が襲いかかり細切れにされる。それでもなんとか改変再生を行い、肉体を元に戻すが戻したそばから切られていく。
魔力による防壁も、魔法の壁も、全てを飲み込む異次元も、イッシンの一太刀は全て切り裂いた。防御も回避も不可能。できることは切られ続けていく肉体を改変再生し、一瞬の時間を使い反撃することだけ。
しかしその延命措置ももう長くは持たない。肉体を改変し再生することなど膨大な魔力を要する高難度魔法だ。無尽蔵に思えるアレクレイの魔力も底が見えてきてしまった。それに何度も切られる痛み、苦痛、絶望感の影響でアレクレイの意識は遠ざかる。
そしてほんの一瞬、アレクレイの意識は途絶えた。その意識が途絶えた一瞬の間、アレクレイは夢という名の走馬灯を見た。それはかつて、アレクレイが神人と呼ばれる魔神の域に達する前の頃まで遡る。