第492話 二人の終わり
「ふんふふ〜ん…出来た!どう?どう?」
「ん?おお、よーく書けてんじゃねぇか。みんなで行った湖か。」
「そう!あそこで食べたお肉にお魚は美味しかったなぁ…また7人で行きたいね!」
小さな小屋の中。もう何年も使われていないと思われる小屋の中で十本指のキュウとベビーはゆっくりと休んでいる。各地に分散した十本指たちは常に活動しているのではなく、移動係のクラウンが来るまではこのように休んでいることが多い。
すでにキュウとベビーはこの地での死者の蘇生を終わらせている。ただ復活させた死者の数は少ない。死者が著しく多いような地点には見張りがいるため、なかなか活動がうまく行かないらしい。
そのため退屈な作業が多く、まだ子供であるキュウは退屈しのぎにお絵かきをしている。そしてその絵を見たベビーはしばらく考えたのちに、神妙な顔つきになった。
「忘れるなキュウ。俺たちは十本指。10人からなる部隊だ。そして俺らの上には右腕と左腕がいる。俺たちは12人だ。いいな?12人なんだよ。」
「でも……ううん、そうだね。僕たちは全部で12人。ちょっと書き足しておくね。」
反論しそうになったキュウであったが、すぐに受け入れると絵にもう5人書き足していく。そして絵を書き足し終えると目の前にフラフラとよろめくクラウンの姿があった。
「よう…お待たせ……」
「どうしたのクラウン!少し座って!大変だ…休まないと…」
「心配するなキュウ。クラウン、お前がそんな状況ってことはうまくいったんだな?」
「ああ…勇者王は協力的だったよ。持って行ってくれ。」
ベビーはクラウンの手を握る。すると握った手から光り輝く何かがクラウンからベビーの体へと移っていく。その輝きはしばらくベビーの体を発光させたが、すぐに消えた。
「キュウ、お前の分もあるから受け取ってくれ。」
「う、うん。」
キュウもベビーと同様にクラウンから光り輝く何かを受け取る。するとクラウンはホッとため息をついて寝転んだ。
「ギリギリまで受け取ったから危なかったぜ。危うく失神するところだ。ひとまず落ち着いた。サンキューな。」
「感謝するのはこっちだぜクラウン。お前はよく働いているよ。…で、もういっちょ働いてくれや。これだけの力があれば…結構なことができるぜ。」
「人使い荒いなぁ。…目星はつけてある。だが危険だぞ。見張りが多い。」
「それでもやる価値はあるんだろ?だったらやらせろ。」
「オーケー、それじゃあキュウも行くぞ。」
クラウンはベビーとキュウの手を握り転移する。小屋の中はまるで人など最初からいなかったかのように静かになった。
クラウンたちが転移して来たのは平原だ。風の心地よい清々しい気持ちになるのどかな平原。ピクニックに来たら最高の立地だろう。しかし目的はまるで違う。
「100年戦争、その前の征服時代でもこの地は戦場になることが多かった。かなりの人間がこの地で死んだ。もっと前はここに国があったらしいぞ。」
「完璧だな。じゃあここで復活させておくからまた時間になったら来てくれや。」
「はいはい、それじゃあ頼んだよ。」
「あ、待ってクラウン!」
すぐに転移しようとしたクラウンをキュウは呼び止めた。そして先ほどまで書いていた絵を手渡す。
「覚えてる?みんなで行った湖。みんなすぐお酒飲むから大変だったね。」
「ああ…最高に楽しかった……12人…そうか…そうだな。12人全員で行った最高の思い出だ。…もらっていいのか?」
「うん。クラウンはなんでも大事にしてくれるでしょ?」
「なんでもじゃねぇよ。大事なもんだけだ。それじゃあな。」
クラウンは絵を懐にしまうとすぐに消え去った。転移する前、いつも飄々としているクラウンとは思えない表情をしていた。しかしそれは同じ仲間である十本指にとってはそこまで珍しい光景では無いようであった。
「キュウ!それじゃあ始めるぞ。」
「はーい。」
クラウンがいなくなるとすぐに死者復活の作業に取り掛かる。キュウとベビーは両手を地面に当ててゆっくりと死者の魂を感じ取る。一つ、二つ。ほんのわずかにしか感じ取れない魂も一つ見つければそのまま連鎖的に見つけられる。
そして見つけた魂たちを次々に復活させて行く。その数は100を超え、1000を超える。そして瞬く間に穏やかな平原は死者の軍勢に満ち溢れた。
「ここは本当に当たりみたいだな。まだまだ大量にいるぞ。」
「もう少し範囲広げてみない?そうしたらもっともっと解放できるよ。僕たちなら…!」
地面から手を離し上体をあげるキュウ。その瞬間、キュウの上半身に風穴があいた。綺麗にえぐり取られたその穴からは背後の景色が見えるほどであった。
「キュウ!!」
すぐにキュウに覆いかぶさるベビー。しかしベビーの体にもどこからか魔法が飛んで来て肉体を削り取る。ベビーは一瞬攻撃が来た方を見ると人影らしきものが見えた。
「くそ…見られていたのか……おい、キュウ!しっかりしろ。」
「へへ…痛いのは……慣れているよ……だけど…手が動かないんだ……ベビー…お願い…」
「くっ…ああ。もちろんだ。無駄死にはさせねぇ。それに…一人にゃさせねぇよ。」
キュウの身体にあいた風穴は肺を抉り取っている。もう長くは無いだろう。だからこそベビーは行動に移した。キュウの首からネックレスを取る。そこには二本のミイラ化した指がつけられていた。
あまりにも悪趣味なネックレス。しかしそんなことはどうでも良い。ベビーはその二本の指をもぎ取るとキュウの口の中に押し込んだ。そしてベビー自身も同じように自分のネックレスから同じように指をもぎ取るとそのままその指を飲み込んだ。
「へへ…悪いなクラウン。どうせだったら最後に酒でも飲みかわせばよかったぜ。……聞け!暗殺者ども!!俺の名はベビー!十本指のベビー様だ!!そしてこいつはキュウ!よく見てやがれ!俺たちはこの世界を変えるぞ!!俺たちはこの世界を奪い返してやるぞぉぉ!!」
ベビーとキュウの身体が輝く。その瞬間、大量の死者が蘇って来た。その数は数十万や数百万では効かない。数を数えることもできないほど大量の死者たちがあの世から蘇って来た。そして地上を死者たちが埋め尽くした頃にはベビーとキュウの姿はどこにも見当たらなかった。
「この地でも大量の死者が蘇ってしまいましたか…この数は危険です。撤退しましょう。」
「そうだな。ミチナガ様には申し訳ないことをした。せっかく事前に情報を得て待機していたというのに逃してしまうとは…我ら蛍火衆一生の不覚……」
「どうかなされましたか?」
「いや…何かこう…奴らに一撃与えたような気がしたのだが……少し疲れているのかもしれない。」
「一度戻り報告と休息をしましょう。私もなんだかおかしな感覚がしていて…」
「そうするか。では撤退するぞ。」
蛍火衆の男は音のない笛を鳴らす。すると音が聞こえぬはずなのにその笛の音を聞いた他の仲間たちがすぐさま撤退して行く。