第485話 ヴァルドールの死闘
最近花粉で辛い…
『ムーン・この後どうする?』
「…他にも数人めぼしい気配を感じる。それを当たっておこう。」
『ムーン・おっけ。……ちなみにさすがにやばそうなのには手を出さないでよ?』
「…ああ、その程度の分別はつく。」
ナイトは気配を感じ取りながらさすがに手を出したらまずいと思うものを除く。その中には神人や神剣などの別格の魔神も含まれている。しかしムーンには内心戦ってみたいと考えているナイトの考えも読み取れた。
「英雄の国側は問題なさそうだな。…セキヤ国の辺りを守っておこう。」
『ムーン・まああっちの方はなんだか勇者王が暴れているみたいだからね。それに……うちの最強もいるみたいだし。』
「そうだな。……いつの日かヴァルドールと手合わせしたいものだが…ミチナガに止められているからな。友のことは裏切れぬ。」
英雄の国のあたりは勇者王率いる英雄軍がいるためなんの問題もない。その上ナイトが手放しでミチナガ商会最強を認める男、ヴァルドールもその場にいる。万が一のこともないだろう。ナイトはいつの日かヴァルドールと手合わせする日を夢に見ながら今は多くの人々のためにその場を去った。
その頃噂されているヴァルドールはと言うと、数多くの吸血鬼の群れに囲まれていた。そして吸血鬼に囲まれているヴァルドールはその中心で血を流し倒れている。
「ぐっ!…」
「哀れなり。吸血鬼の王として別格の力を手に入れたお前であっても、我ら同族には敵わぬ。いい加減諦めよ。」
地に突っ伏し、体の所々から血を滴らせるヴァルドール。ナイトがミチナガ商会最強だと認めた男が見るも無残な姿だ。息も上がり満身創痍にも見える。
ヴァルドールがなぜこのような状況に追い込まれているのか。それはしばらく時間を遡る必要がある。
それは勇者王カナエ・ツグナオとヴァルドールがいくつか言葉を交わした後のこと。数多くの敵が周囲に蔓延る中、ヴァルドールは少し考えていた。
「カナエよ。吸血鬼たちは我がなんとかしよう。同族のよしみでな…」
「わかった。それじゃあ僕は他のことをしておくよ。…頼んだよ。」
「何を心配そうな顔をしている?我がやられるとでも?」
「ははは、それもそうだね。それじゃあよろしく。」
ツグナオとヴァルドールはその場で別れた。そしてヴァルドールは吸血鬼たちを一瞬で闇に覆い、そのままそこから吸血鬼たちもろとも姿を消した。
そして再びヴァルドールたちが現れたのは森の中だ。何もない森の中。しかしそこは吸血鬼たちにとって重要な場所であった。
「我らが王ヴァルドール。よくぞ戻ってきてくれた。奴らから一度撤退するのは良い判断だ。我らはここで一度立て直し…」
「何を言うかと思えば。もうあれから数百年が経った。もうお前たちに興味はない。そしてお前たちの王ではない。同族としてお前たちに引導を渡すためにここへきた。」
ヴァルドールが連れてきた森。そこは吸血鬼たちの墓所であった。人間たちによってほとんどが滅ぼされた吸血鬼たちには墓守がおらず、墓所は風化し消え去ってしまった。故に吸血鬼たちの墓所はただの森へと変貌した。
死者を死に返す。そのための場所にこの吸血鬼たちの墓所をヴァルドールは選んだ。それを知った蘇った吸血鬼たちは驚愕し、ヴァルドールの言葉を理解できずにいる。
「な、何をおっしゃいますか!ヴァルドール!あなたは我々の王だ!あなたには我々を導く責任がある!」
「くだらぬ。我はすでに一度お前たちを導いた。くだらぬ戦いに明け暮れ、死体の山を築いた。もう飽き飽きだ。我の望むものはそんなものではない。我の望むものは……すでに人間たちから与えられた。何も生み出さぬお前たちに興味はない。」
強く突き放すヴァルドール。その言葉を聞いても吸血鬼たちは信じられずにいる。何せヴァルドールは一介の吸血鬼ではない。最強の吸血鬼にして吸血鬼たちの王だ。そんな王たるヴァルドールが民に死ねと言う。それを受け入れられる方がおかしい。
しかしその時その場に複数の強大な魔力を持った存在が近づいてきた。その魔力量だけで言えば魔神にも匹敵するかもしれない。いや、数名は確実に魔神クラスに至っている。
「やれやれ…長く生きると言うのも問題なのかもしれんな。」
「我らの後継がこのような世迷いごとを言うとは…なんと嘆かわしい。」
「申し訳ありません。私の教育不足です。」
「ほう?懐かしい顔ぶれが揃っているな。先代の王たちも蘇ったか。」
ヴァルドールが見つめる先。そこには数名の吸血鬼がいる。そしてその全員が吸血鬼の中でも貴族と呼ばれる吸血鬼の中でも別格の存在だ。そしてその中にはヴァルドールの父の姿も見える。
「ミケラス。どうしてしまったんだ。私がちゃんと人間の殺し方を教えてやっただろう。」
「随分懐かしい名だ。父よ、その幼名ではなく今はヴァルドールとして知られているのでそちらで読んでいただこう。」
ヴァルドールにはいくつかの名前がある。人間たちにはヴァルドールとして知られているが、吸血鬼たちの中では他にも十数種の呼び名がある。ヴァルドールは父親にそう注意しながら父親の胸元を見る。父の胸元は、いや吸血鬼の貴族たちの胸元は血で濡れていた。
「…すでに食事を済ませてきたのか。」
「ああ、久しぶりの人間の血は最高だ。今は急ぐ必要があるので厳選はできなかったがな。しかし…忌々しい日光だ。」
一人の吸血鬼が日光を魔力で遮る。吸血鬼の中には日光から逃れるために厚着をしているものもいる。ただ基本的には日光が問題ない吸血鬼が多い。いや、日光に弱い吸血鬼は蘇った時点で日光に当たり死んでしまったのだろう。
日光のように吸血鬼たちには他にも多くの弱点が存在する。聖銀製の武器や聖属性の魔法。それに心臓に杭を打たれたりしても死んでしまう。まあ誰だって心臓を杭に打たれれば死んでしまうが、吸血鬼というのは人間をはるかに超える身体能力を得る代わりに弱点があるのだ。
そのため吸血鬼たちは弱点を克服するために自らの改良をした。日光に当たっても問題ない体。聖銀製の武器に慣れること、聖属性の魔法に慣れることなど数多くの改良を加えた。
本来人体の改良など不可能に近い。しかしそれを可能にする研究データがあった。それは人神プロジェクトだ。人神プロジェクトは実際に神人アレクレイの誕生に成功している。そしてそのプロジェクトの一部データを手に入れた吸血鬼たちはそれを元に改良を始めた。
そしてそれにより誕生したのがヴァルドールだ。ありとあらゆる弱点が効かず、それどころか他の吸血鬼でも間違いなく死ぬような大怪我でも何の問題もなく復活する。ヴァルドールは人神プロジェクトによる新たな成功例と言っても過言ではないだろう。
「不老不死の肉体。超人的な再生力。それに魔力量も筋力も申し分ない。まさに我々の理想。……だがそんなお前がこんな腑抜けになるとは…」
「お前たちがおかしいだけだ。さて…再会を懐かしむ趣味はない。苦しませずにあの世に戻してやる。だから安心して…」
「教育が必要なようだな。…*****……」
ヴァルドールの父が発した言葉。それは古代吸血鬼の中にだけ伝わる言葉。発生することも人間には難しいその言語はヴァルドールの体の動きを封じた。
「何…を……」
「お前は知らぬのだ。弱点のない吸血鬼を生み出すというのはな…不可能なのだ。完璧というものは存在しない。弱点を減らすたびに残った弱点が強化される。お前の場合は名縛りだ。お前は本当の名前によって肉体を縛られている。」
ヴァルドールの体がまるで動かなくなる。さらに魔力まで動かせなくなる。これはヴァルドールも知らなかった事実。名前によって縛りを与えられたヴァルドールは一切抵抗できなくなった。
花粉影響で執筆が遅れています。次回もお休みです。