第482話 ナイトとムーンと悪しき狩
時は再び戻り、ミチナガ9大ダンジョン神域のヴァルハラ脱出同刻。英雄の国北部、9大ダンジョン人災のミズガルズを封印する巨大結界には…なんの変化も起きていなかった。
ありとあらゆる生物の侵入及び排出を防ぐ大結界。かつて魔神たちにより生み出されたその大結界を破壊することは魔神であっても困難を極める。もしもこの大結界が破壊されれば人災のミズガルズより、数百の災害が巻き起こることだろう。
故に決して揺らいではならない大結界。だからこそ何の変化も起きていないのは正常な状態だ。しかしその正常な状態の大結界の内側から一人の大男が結界をすり抜けてきた。
『ムーン・お疲れ。さすがは英雄の国が誇る大結界。突破するのに何日もかかっちゃったよ。』
「ああ。だが……面白かった。」
『ムーン・満足いただけて何よりだよ。ミチナガもヴァルハラから無事脱出できたみたい。いろいろ忙しくしているみたいだけど…これからどうする?』
「ん……1つ、気になる気配がある。そこに行こう。」
ナイトはそれだけ言うとその場から消え去った。そんなナイトが出てきた人災のミズガルズを封印する大結界は何事もないようにその場にあり続けた。
大移動を開始するナイトはまるで疾風の如く早い。そして道中で見かけた襲われている人々を瞬く間に助けていく。助けられた方も、襲っていた方も何が起きたのかまるでわからず呆然としている。
そんなナイトは一つの森の中にたどり着いた。そこは冒険者は決して近寄らぬ危険地帯。魔力が溜まりやすく、S級以上の危険なモンスターがはびこる危険な土地だ。しかしその森からナイトは別の危険な匂いを感じている。
森の中をゆっくりと進む。やがてナイトにだいぶ遅れてムーンも気がついた。血の匂いだ。強烈な、濃厚な血の匂い。数十や数百の生物が死んでもこれほどの血の匂いは出ない。もっと大量の生物が死ななければこの匂いにはならない。
そんなナイトとムーンの前に突然飛来物が舞い落ちた。それは地面にぶつかると同時に気味の悪い破裂音を立てて潰れた。その飛来物とは小鳥の死骸だ。空を飛んでいた小鳥が強烈な力によって肉塊に変わり落ちてきたのだ。
その後も歩いていくと似たような死骸がある。その死骸はどんどん大きさを変えていく。ネズミや狼、ゴブリンのようなモンスターから巨大なモンスターまで。
その殺され方はどれも食べるためや素材を取るためではなく、ただ残虐に殺されただけだ。やがて木々から血が滴り落ち、足元の土が血でぬかるむ頃にその光景は現れた。
数々のモンスターの首。そのモンスターたちはどれもこの森の主と言えるほど強力なモンスターだ。しかしその全てのモンスターが全て殺されている。そしてその首が見る先には池がある。その池はモンスターの血と肉と臓腑が混ざり合って作られた血肉の池。
その池の中心に一人の姿が見える。その人物こそがこの光景を生み出した張本人だ。血肉にまみれている性でその人相も性別も判断できない。しかしその人物をじっと見るナイトに気がついたのか、何やら嬉しそうにその血肉の池からその人物は出てきた。
「やあ!まさかこんなところにまで人が来るとは。客人をもてなす準備まではしていなかったな。まあとりあえずその辺の首の上にでも座ってくれ。」
こんな狂気の場所を生み出した張本人とは思えないような明るい好青年のような声。一瞬この光景そのものが嘘なのではないかと疑ってしまうほどだ。しかしナイトは微動だにせず、その場に立っている。
「…立っている方が好みか。まあいい。着替えを済ませた方が良いな。……着替えがないか。この辺の皮でも剥ぐか。」
モンスターの死体から毛皮を毟り取る男。そしてそれを適当に着込むとナイトへと近寄った。
「すまないね。服がなくて…裸よりはマシだろ?」
『ムーン・マシじゃねぇよ。なんだお前は…』
「喋るのか君は。面白い生物だ。」
ナイトの肩の上に乗る使い魔が喋ったことに驚きを見せる男。頭を揺れ動かしながら舐めるように観察を続ける。よほど興味深いのだろう。しかし次の瞬間、殺意を持って素早く腕を伸ばしてきた。
だがその腕はムーンに届く前にナイトに掴まれる。しかしその無造作に伸ばしてきたような腕を掴んだナイトの両足はわずかに地面を引き摺りながら後退した。この男の細腕一本でナイトの巨体を動かしたのだ。
「邪魔しないでくれるかな?気になった生物は殺して解体しないといけないんだ。」
「俺の親友に手を出すな…」
ナイトは腕を掴んだ手の握力をさらに増させる。常人なら骨は粉になり、掴まれた腕の左右が爆竹のように弾け飛ぶことだろう。しかし男は平然とした表情で今尚その腕をムーンへ近づけようとして来る。
だがその腕はナイトにがっちりと掴まれている性で動く気配がない。完全に拮抗した状態。そしてその拮抗した力を崩すために男はもう片方の腕も伸ばしてきた。
これ以上はナイトも抑える必要がないと強力な設置型魔法を炸裂させる。爆炎に飲み込まれる男の姿はナイトとムーンの視界から消え去る。そして再びナイトとムーンの視界にその男が写り込んだときには、何事もなかったかのようにもう片方の腕を伸ばしているところであった。
その瞬間、対応しきれないと悟ったナイトは大きく後退する。そんなナイトを見た男は悲しそうな表情をとる。
「どうして逃げるんだい?僕はただ解体したいだけなのに…」
『ムーン・解体されてたまるか!……待て、お前のその顔どっかで見たような…』
「ん?まあ多少は有名だからね。僕の名はフィードル・ケセル。」
『ムーン・フィードル!!狩神フィードルか!!!』
慌てふためくムーン。ムーンが見たことがあると思った理由、それは冒険者ギルドに飾られている今の冒険者ギルドの形を作ったとされる2人の魔神の肖像画が答えだ。
未知を既知に変えるために冒険を続けた冒険神、そしてモンスターを狩りその素材を販売するという今では冒険者の当たり前の仕事の形態を作り出した狩神。そしてこの目の前の男は狩神本人だ。
狩神の功績はモンスターの生態把握から高難度モンスターの討伐による冒険者ギルドの発展である。一度は傾いた冒険者ギルドを立て直せたのは狩神がいたからだ。もしも狩神がいなければ冒険者ギルドは無くなっていたことだろう。
しかしそんな狩神と呼ばれたフィードルがこんな精神異常者だとは誰も知らない。そんな記録は一切残っていない。
『ムーン・当時の冒険者ギルドの奴ら狩神の功績が高いからこういった闇の部分全て抹消してきたんだな。こんなのを崇めて……いや、崇めて神聖視することで黒い噂を立たせないようにしたのか。』
「僕は僕のやりたいように生きただけさ。まあ冒険者ギルドは随分役に立ったけど。」
フィードルは冒険者ギルドの発展のために数多くのモンスターを討伐し、その素材を提供した。冒険者ギルドはフィールドの凶悪性を隠すための隠れ蓑となった。
本来高位冒険者は貴族や国に雇われるものだが、フィードルが一生冒険者ギルドに所属していたのはこういった理由があったのだ。そしてフィードルの隠れ蓑がない今の状況は会ってはならない状態であった。
「もう十分肩慣らし済んだと思ったけど、まだ人間殺してなかったな。邪魔してくるし、君で人間狩りの肩慣らしでもしようか。」
自身の狩の邪魔をしてくるナイトを次の狩の対象に選んだらしい。狩神フィードルの殺意がナイトに全て注がれる。