第476話 帰還
法国北部。そこは法国の長い歴史の中でも未踏の地とされていた。未踏の地の理由は特に資源がないから、わざわざ行くような場所ではないから、表向きにはそういう理由になっている。
しかし実際は数度の地質調査で資源の豊富さが判明しており、新たな都市を作るのにも向いていると法国の上層部は判断している。だがそう判断されてから数百年、一度たりともそれが実行されたことはない。なぜならその土地が危険地帯であったからだ。
法国はその土地を手に入れるために、歴史上10度は軍を率いて遠征している。しかしその全てで失敗している。多大なる犠牲に対してあまりにも成果が少ないため、ここ100年はその土地に踏み入れたこともない。
その危険地帯とは死の幻霧地帯。1年中霧に覆われ、単純な視界は1m先を見通すことも叶わず、魔力を含んだ霧は周囲の生物の感知を妨げる。
そんな霧の中には現在まで確認できたのはSSS級のモンスターからF級のモンスターという危険地帯にしては稀な豊富さだ。そして未だ観測されたことのないさらなる脅威のモンスターも数多くいるという。
これまでに100万人以上が帰らぬものとなった危険な土地。そしてその土地を支配していたのは霧の魔帝こと雲の大精霊だ。そして現在、雲の大精霊はユグドラシル国に赴いている。そしてそれは数百年間晴れることのなかった霧が晴れる時であった。
多くのモンスターが囚われていた霧の牢獄から解放され周囲に散っている。これによるモンスター被害はかなり大きなことになるだろうが、現在の世界規模の被害から比べれば些細なものだ。
そしてそんな死の幻霧地帯の中心に巨大な山が見える。その山は地形が盛り上がってできたものではない。突如飛来してきたものがそこに山となってあるのだ。
世界樹がこの世界に存在していた頃、世界21不思議の一つと言われていた浮遊島の一つにして世界最高難易度を誇る9大ダンジョンの一つ、神域のヴァルハラの現在の姿である。
地に落ちた伝説のダンジョンはかつての神々しさは存在せず、ダンジョンの入り口に建造された豪華な神殿は跡形もなく崩壊し、風化している。そしてそんなダンジョンの入り口が数百年ぶりに開かれた。
「どりゃ!こんちくしょう!もう少し……これで開いた!」
「おお!数年ぶりの太陽。輝く地上!なんと素晴らしい。」
「素晴らしいのは良いけど気をつけろよ。ダンジョンの周辺は危険地帯だ。…ポチ、まぶしいからサングラス取って。」
『ポチ・はいはい。クラウンもいる?』
ダンジョンの入り口から頭だけを出して周囲を見渡すミチナガとクラウンは使い魔達による周辺の安全確認が終わるその時までじっと待っていた。そして30分ほどで完全に安全が確保されたのちにミチナガたちはようやく地上へ降り立った。
「あ〜…自然の植物見るの久しぶり。やっぱシャバの空気はうめぇなぁ…」
「刑務所じゃないんだぞ…まあその気持ちは十分わかるけどな。……さて、ここいらでお別れか。」
「…そうだな。ダンジョンを出たらまたお互い敵同士になるのか。」
「なんなら今のうちに殺しておくか?俺の転移能力は厄介だぞ?」
「やめておくよ…ダチを殺すのは趣味じゃない。クラウン、俺とお前はたとえ敵でも友達だ。だが……次会った時はそうじゃないかもしれない。俺がいない間に何が起きたか知った時…場合によっては、俺は割り切って行動するぞ。」
「おお怖い怖い。それじゃあまたなミチナガ。次に会ったら殺し合いになると覚悟しておくよ。」
それだけ言うとクラウンは片手をふらふらと振りながら別れの合図を出すと、ふっと消えてしまった。あまりにも素早い転移能力だ。これは次にクラウンを確保する機会というのは訪れない可能性が非常に高い。そんなクラウンの消えた後には一枚のトランプがひらひらと舞っていた。
「…クラウンはもういないか?」
『ポチ・半径10キロ以内を確認したけどいないよ。他に民家もない。安全も完全に確保した。問題なし。』
「よし、ここを仮拠点にして残っていた外に使い魔たちから情報収集を開始。それから各地の使い魔たちに兵器を届けろ。持っているものは全て使え。」
『ポチ・もう最新のエヴォルヴの機体は届けておいた。情報収集はもうすぐマザーが情報をまとめてくれる。あとは色々兵器を飛ばすだけだね。』
「よし……俺たちはダンジョンの中で何年も過ごしたけど外はまだ数日しか経ってないんだよな?」
『ポチ・数週間ってレベルだよ。大丈夫。まだ人間滅んでないから。持ちこたえている。……というか結構すごいかも。勇者王が蘇ったみたいで人類の勢いはんぱないよ。…というか僕たち必要かな?』
「え?そんなレベル?……まあ無事ならよかった。…地上に戻ったら無双してやろうと思ったのに。まあいいや、じゃあ俺はしばらくここで待機して必要なら出動するよ。」
現状人々の勢いはすごい。特に勇者王の勢いは止まることを知らない。正直ミチナガがいなくてもこの戦争を終わらせることができるレベルだ。
ミチナガはとりあえず皆が無事ならそれで良いと安堵した表情でスタスタと歩く。ポチはそんなミチナガを見ながらも頭の中では大勢の使い魔たちに指示を出している。
ミチナガの力がなくてもこの戦争は終わるかもしれないが、より良く、そして迅速に終わらせるためにはミチナガの力を最大限利用する必要がある。そのため使い魔たちには休む暇はない。
そんなポチの目の前でミチナガはクラウンが消え去ったのちに残されたトランプを拾う。もしかしたらこのトランプはクラウンの遺品になるかもしれない。なにせクラウンは人類の敵だ。今こうしてミチナガがのんびりしている間にも死んでいるかもしれない。
クラウンとの生活は非常に楽しいものであった。何年間も共に過ごした影響で思い出は山ほどできた。しかし次に会った時は敵同士。なんとも世知辛い世の中だ。そんなミチナガはトランプを手に取りその図柄を見た時、動きを止めた。
しばらく立ち止まるミチナガからポチは異変を感じ取った。わずかに戸惑うポチの目の前でミチナガは険しい表情をとる。
「ポチ、俺の行き先が決まった。至急高速で移動する方法を考えてくれ。」
『ポチ・行くってどこに?まだ世界中安全なところは少ないし、わざわざ出向かなくてもテレビ電話とか方法はあるよ?』
「いや…直接会って話がしたい。俺は…話を聞かなくちゃならない。いや、聞く権利がある。」
ミチナガはポチにトランプを手渡す。そこには見覚えのあるジョーカーの絵が描かれていた。