第471話 選ばれた
「まったく…まさか逆の方向に進んでいたとは思いもしなかったぜ。まさかとは思うが…クラウン、お前気づいていたんじゃないのか?」
「こっちも中に入ったのは初めてだ。道なんざしらねぇよ。ソース取ってくれ。」
「ほいほい。まあ確かに。けど逆方向に来たってことはその逆に進めば出口に出られるってことだもんな。それにしてもこのダンジョン広すぎだろ。巨大のヨトゥンヘイムの数倍はあるぞ。」
いつもの昼食中、すでに数年間この神域のヴァルハラを探索しているミチナガは愚痴の一つや二つを溢す。それに対しクラウンはさらりと返して食事を続ける。そのやりとりは長年の友と言えるだけのものであった。
ミチナガにとってこの世界に来てから一番長く行動をともにする人間が本来敵であるクラウンになった。外の世界ではまだ数週間も経っていないが、このダンジョンの中では数年になり、ミチナガの身体にも多少の老いが見え始めた。それほどの長い付き合いだ。
そしてそれだけの長い付き合いともなるとミチナガはクラウンに対し、とある疑念というか確信していることがあった。しかしそれは決して口にはせず、心の内に留めた。だが今日はいつもの他愛ない会話からクラウンがミチナガの知らぬ一つの事実を話し始めた。
「俺とお前の違い?同じ異世界人なのに魔力が宿っていないとかの理由?まあ…特に考えてなかったけど……」
「俺たちみたいな能力持ちはな、向こうの世界では死んでんだ。死んでからこっちに来た。だから肉体はこっちの世界で再構成され、肉体に魔力が宿った。対するお前たちは向こうの肉体を持ったままこっちの世界に来た。だから魔力を持っていない。まあここまでは推察可能だ。だがもう一つ、大きな違いがある。」
「大きな違い?」
「俺たち死んだ奴らは無念の中で死んでいる。例えば俺は…マジシャンを目指してた。人を驚かせたり笑わせたりするのが好きでな。結構上手くいってたんだ。大きな舞台も決まってた。だけど…俺のアシスタントがな、事故を起こした。その影響で俺は右半身が麻痺して…その事故の影響で大損害も起こした。一生車椅子生活も決まり、自己破産して生活保護で生きるしか道はなかった。そのアシスタントを恨んだよ。でもそいつはその事故の時に死んじまった。もうどうして良いか分からなくなって俺はそのまま…」
「首を吊ったのか…それでこの世界へ。」
「似たような奴は多いぜ。うちのメンバーのキュウなんかは親のネグレクト、ベビーはヤクザの鉄砲玉とかな。まあ時々自分が死んだことに気がつかないで流れ着くような奴もいる。基本的に能力持ちは生前の無念なんかが由来の能力を得る。俺の場合は世界中を飛び回ってマジックをして旅をしたいと思ったから転移能力を得た。だが死んだことに気がつかないような奴は適当な能力だ。」
「あー…そういうの一人知り合いにいるわ。ハジロさんはそっちのタイプだな。能力全然使えこなせなかったし。」
「だがミチナガ、お前のような奴は違う。能力を与えられず、不思議なアイテムを持ってこの世界に来たような奴らはその才能を見出されてこの世界へきた。世界に名を轟かせた勇者王や、世界最高の鍛治技術を持ったトウショウ。それに伝説の超大国オリンポスを建国したやつとかな。」
「才能って…別にそんな大それたもの俺には…」
「才能ないやつが世界最大の商会なんて作れるかよ。ミチナガ、お前は誇るべきだ。選ばれたことを。そして……いや、なんでもない。」
そこまで言ってクラウンは少し熱くなりすぎたと冷静になろうとする。ミチナガはこの日初めてこんな姿のクラウンを見た。これまでクラウンは心の中にどこか一本線引きをしており、本心を打ち明けることはなかった。
だが今の話は本心が垣間見えた。そこでミチナガはずっと心のうちにとどめてきた話を切り出した。
「クラウン、お前…この世界のこと好きだろ。お前たちにこの世界を滅ぼす気は無い。」
「……おいおい、何を言ってんだ?俺は敵だぞ。世界征服を目論んでいる敵…」
「そこだ。どうにも分からないんだよ。世界征服を企む。馬鹿げた目的だが、そこに嘘はない。本心だ。だが…敵じゃ無い。クラウン、お前たち十本指がどうしても敵とは思えなくなったんだ。お前の話は嘘と事実が織り交ぜられているせいでよく分からなくなっている。だが敵じゃ無いというのは間違いない。」
ミチナガの確信。それは十本指は敵では無いということ。しかし事実として十本指は世界各地で騒動を起こしている。大勢人も死んでいる。しかしそれでも敵とは思えなかった。むしろ味方に近いとまで思わせられる。
「なあ、お前たちの目的を教えてくれないか?お前たちは一体何を…」
「それが知りたかったら外に出て…アンリに会うんだな。さて、飯は終わりだ。頑張って脱出しようぜ、ミチナガ。」
開かれていたクラウンの心が再び閉ざされていく。これ以上はどんなに聞いても話してくれないだろう。ミチナガは諦めて再び脱出を急ぐ。
その頃ユグドラシル国では今も世界樹の側でリリーや大精霊たちが神樹ゴディアンと対峙している。リリーの持つスマホの世界樹の魔力を無理やり体内に入れられたゴディアンは無理やり力を振り絞り、自身の周囲に巨大な樹木の壁を築いた。
その壁の影響でゴディアンに近づくことができなくなり、追撃ができずにいる。明らかなこう着状態だ。しかしユグドラシル国全体で考えるとツグナオによって送り込まれた英雄によって戦力を押し返している。
だがそんな中、前線では無いがそれと同じくらい激しく忙しくしている場所がある。それはドワーフ街の工房だ。ドワーフ街では前線で戦う兵士のために武器を作り続けている。
武器は消耗品だ。普段は魔力で武器を強化しているが、これだけ戦闘が長続きすれば魔力を消耗し、武器を強化する魔力が足りなくなる。そんな中でいつもと同じように使おうとすれば武器はすぐにダメになる。
武器の供給が間に合わなくなれば前線は崩壊する。ドワーフたちが武器を鍛えるというのは前線で戦う兵士並みに大切なことなのだ。そんな中異変が起きた。ドワーフ街の墓地から蘇ったドワーフたちが蠢き始めたのだ。
これも世界中に蔓延した十本指たちによる死者を復活させる魔力の影響だ。そしてこれは重大な一大事だ。戦えるものたちは前線へ送った。今残っているものたちの中で戦えるものは数少ない。
それでもなんとか対応しなくてはならない。すぐさま対処のために先頭に立ったグスタフに続けとドワーフたちは手当たり次第に武器を手にする。それを見たグスタフの息子グルクスも武器を片手に走り出した。
するとふとグルクスの横目に何かが映った。そちらの方に顔を向けるとトウショウの名刀桜花が鎮座されている中庭への門がわずかに開いていた。
「誰だ開けた奴は…先に行っててくれ。閉めてくる。」
仲間に声をかけたグルクスは駆け足で門を閉じに向かう。そしてすぐに門に手を当てて閉めようとしたその時、門の内部が目に入った。なんと桜花が鎮座されている建物の扉が開いていたのだ。
ここまでくるとたまたまでは無い。この騒ぎに乗じて何者かが桜花を盗みにきた可能性がある。グルクスは足音をたてずにゆっくりと進んだ。グルクスは戦士では無い。侵入者と真っ向から戦えばまず勝てない。そうなると奇襲しか方法はない。
ゆっくり…ゆっくりと近づく。そして桜花が鎮座されている建物の扉に手をかけると、息を整えて一気に押し入った。完全な奇襲。しかしグルクスは扉を開けたところで動きを止めた。侵入者がいなかったからでは無い。侵入者はいま目の前にいる。
その侵入者はトウショウの遺産である金槌を手にしていた。絶対に許されない行動。全ドワーフを敵に回しかねない愚行だ。しかしその全てがその侵入者には許された。その侵入者には全てが許された。
「なんだおめぇは。…ん?おめぇ…グス坊に似とるな。」
「ぐ、グスタフの息子のグルクスと申します!!」
「グス坊の倅だぁ?あいつちゃんと嫁もらったんか。ずいぶん時間が経っちまったようだなぁ…グス坊はどこだ?」
「い、今外に…その…戦争中で…」
「なんだ喧嘩かぁ?サボる暇があるほど腕をあげたんだろうな。おい坊主、案内しろい。」
「は、はい!」
グルクスは武器をしまう。気分は高揚しているが緊張で指先が震える。なんせ相手は伝説だ。ドワーフたちにとって勇者王と同じかそれ以上の伝説の人だ。一つでも失礼があってはいけない。
だがこれほどまでに喜ばしいことがあるだろうか。ドワーフたちの伝説。鍛治師にとって神様と呼ばれる伝説の名工トウショウが目の前にいる。