第468話 英雄凱旋
「門が…門が壊れるぞぉぉ!!」
「ハハ…そうか。終わったのか。もう…終わったんだな。疲れたよ……」
巨大な門に亀裂が入る。この国の建国から百何十年とこの国を守り続けた門に終わりの時が来た。この門が破壊されてはもうこの国に守る術はない。蘇った死者たちに蹂躙され、奴らの仲間になるだけだ。
その瞬間はまるでスローモーションのように訪れた。木片が飛び散り宙を舞う。そして破壊された門から死者たちが隙間を縫って流れ込んでくる。絶望が、終わりが来た。人々はそれを受け入れた。
だがその時、人々へ光が降り注ぐ。その光はあまりにまばゆく人々を照らし、その光の中から馬の駆ける音が聞こえる。そしてその音をかき消すほどの笑い声も聞こえ始めた。
「何をしておるかぁ!エデランド国はそんな弱兵ばかりか!よく見ておれ我が子らよ!我に続けぇ!!」
数百の騎馬兵がなだれ込んで来た死者たちへ牙をむく。その突破力は並大抵のものではない。あっという間に門の内側へなだれ込んで来た死者を一掃すると一人の大男が人々の前に現れた。
「そ、そんな…嘘だろ…?英雄…ヴァマハマル。我が国の伝説の英雄…」
「生き返って…だけど意識がはっきりして…」
「何が起きて…ま、待て!あの旗は!!」
人々は見た。ヴァマハマルの背後に掲げられた2つの旗を。一つはこの国の旧国旗。そしてもう一つ、それは人々も本の挿絵程度でなら見たことがある。いや、脳裏に焼きつくほど見ている。
その旗に描かれるは13の英雄の証。しかし本来のその旗は12の英雄の証しか描かれない。英雄の国の旗で13の英雄の証を描く国旗を掲げることはただ一人にしか許されない。そしてその理由は突如空に投影された映像により人々は知ることになる。
それは使い魔たちによる映像の投影。蘇った勇者王カナエ・ツグナオの姿。ツグナオの復活した姿を見て人々は奮い立つ。かの伝説の勇者が人々を助けるためあの世から蘇り立ち上がった。ならばこれほど頼もしいことはない。ならばこれほど勇気が出ることはない。
「聞けぇぇ!!我が名は英雄ヴァマハマル!かの勇者王よりこの地を救うことを任された英雄が一人である!人々よ立ち上がれ!我が子らよ!絶望から甦れ!希望はある!我らが勇者王はお前たちを見捨てぬ!我々が諦めぬ限りかの勇者王は戦い続けるぞぉ!!」
「勇者王が…我々を……」
「助けが来てくれたのか…我々には…まだ希望があるのか…!」
「やるぞ…俺はやるぞぉ!!お前ら!家の扉でもなんでも良い!持ってこい!すぐに門を直すぞ!」
「俺たちの英雄が助けに来てくれたんだ!休んでる暇なんてないぞ!!」
絶望に打ちひしがれた人々に希望が宿る。一人の英雄が、一人の勇者がこの国を救う。しかし状況はまだ悪い。今も大量の死者たちが攻め込んで来ている。ヴァマハマルと言えどこの数を対処するのは困難を極める。
「とにかく俺たちは門が治るまで戦う…ん?な、なんだぁ!?!?」
突如ヴァマハマルの持つ武器が輝きだした。その光はまるで地上の太陽だ。その光はその一帯を包み込むとゆっくりと消えていった。そして光が消え去ったその時、襲いかかって来ていた死者たちが生者へと戻っていた。
「あれ?俺たち何をして…」
「うわ!矢が降って来た!ま、待ってくれ!」
「何がどうなって…ま、待て!あれを見ろ!ヴァマハマル様だ!」
狂ったように襲いかかって来ていた人々が正気に戻っている。何が起きているかまるでわからない。だがヴァマハマルはその手に持つ武器を見て笑みを見せる。
「わけがわからんが…まあきっとあのお方の力だ。敵ですらも味方にするか。さすがは勇者…このわしが唯一敬服するお方。ではわしは英雄として人々をまとめ上げるか。」
ヴァルハマルは人々を束ねあげる。これによりこのエデランド国の安全は守られた。そして同様のことが各国で起きている。ツグナオが送り込んだ英雄たちにより世界各地で戦線を押し返している。
窮地に追いやられていた国々が一斉に攻勢に転じる。人々の精神力も、武力差も一気に覆した。今や人々の気力体力は戦争が始まる前よりもはるかに高い。
そしてそんな様子を遠くから眺めている2人の人間がいる。一人は子供だが、もう一人はなかなかにいかつい男だ。多くの死者たちがはびこる中で生者であるのに全く襲われない。そんなこの2人の正体は十本指のキュウとベビーである。
「うわぁ〜…もう落ちちゃうかと思った国が盛り返しているよ。すごーい。」
「こいつは確かにすごいな。勇者王か…勇者なんてふざけたもんだと思ったが…これはなかなか。まさにミサトの天敵だな。」
「どうするの?このまま放っておいて平気なの?アンリ困らないかな?」
「手出しするなとうちの参謀が言っているからな。まあそれに…だいぶミサトの魔力が蔓延して来た。良い傾向だ。俺たちは俺たちのできることをするぞ。全ては俺たちの野望のためにだ。」
「そうだね。僕たちは僕たちの役割をこなす。全ては世界征服のためにってね。」
キュウとベビーはその場を後にする。彼らの野望はまだ打ち砕かれていない。そしてベビーの言っていた天敵という意味はすぐに使い魔たちも気がついた。
十本指の頭目である魔神、死神ミサト・アンリの力は死者の復活。そして復活した死者は生者を襲う。しかしツグナオのおもちゃの剣は死者を生者へ変え、意識の混濁もなく元の状態へと戻す。そして元の状態へ戻った生者はツグナオを信奉し味方になる。
もちろん全員味方になるわけではない。元々敵国の兵士であった場合や、犯罪者の場合などは生者になろうと戦う意思は元から存在している。しかしそんなものはごくわずかで敵ではない。すぐに英雄たちに一掃される。これを天敵と呼ばずしてなんと呼ぶか。
だが今や世界中で起きた死者の復活はさらなる段階へと進んでいる。それは大気中魔力の変質だ。本来起こるはずもない大規模な死者の復活の連続により、死者を復活させる魔力が大気に蔓延している。ツグナオが蘇ったのもこの大気中魔力の変質が影響だ。
今後は十本指が動かなくてもどんどん死者が復活していくことだろう。この戦いはまだまだ終わりそうにない。そして十本指たちも普通に死者が復活してくれるのならより強者だけを集中して復活させることができる。この戦いは新たなステージに上がった。