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第463話 勇者と呼ばれた男5

 黒騎士の到着前にファラス傭兵団とヴァルドールとの戦闘は始まった。ファラス傭兵団この時5000、対するヴァルドールは自身を含め50にも満たなかった。


 100倍もの兵力差。この事実にファラスは油断した。吸血鬼といえどもこの程度ならば問題ないと。しかし結果は違った。わずか1日でファラス傭兵団は半壊させられた。


 ファラスにとっては初の敗走。その逃げっぷりはあまりにも無様であった。何日も逃げていくたびに傭兵団は散り散りになり数は減っていく。そして完全に追い詰められたその時、黒騎士率いる兵団が到着した。


 ファラスはこれまで故郷を離れ傭兵として生きて来た。それでも黒騎士の強さは知っているつもりであった。しかしその時見た黒騎士の強さはこれまでとは別格のものであった。


 全く太刀打ちできなかったヴァルドールに黒騎士は互角以上に戦っている。黒騎士ならばヴァルドールにも勝てる。いや、黒騎士しかヴァルドールには勝てないと思えるほどの強さであった。


 しかしファラスは知らない。この強さは母が子を守る強さであると。そしてこの強さの理由はもう一つ、背後にいるツグナオのおもちゃの剣によるものだということを。


 ツグナオはこの年月の間に英雄ポイントを貯め、おもちゃの剣の力をいくつか解放していた。その能力のほとんどは支援能力。このおもちゃの剣が認めた英雄にのみ与えられる強化支援能力だ。


 しかしその支援能力をフルで使ってもヴァルドールを殺しきれない。そしてファラスは気がついていないがヴァルドールにはまだ余力がある。このままでは黒騎士は負ける。


 ツグナオはすぐにファラスたちを撤退させ、誰もその場に残らぬように逃げさせた。そこにいるのはヴァルドールとクロ、そしてツグナオだけだ。そして無尽蔵の体力を持つヴァルドールを前にクロは疲弊し始めた。


 このままではもう持たない。そう判断したツグナオは一つの決心をする。それはこのおもちゃの剣のさらなる能力を引き出すこと。それだけが唯一の手立てだと考えた。


 しかし能力を解放するための英雄ポイントはもうない。だからこそツグナオは決断した。ポイントの前借りである。


 英雄ポイントとは英雄的所業や偉業を成し遂げた場合にのみ得られる。それを前借りするとどうなるか。それはマイナスイメージの付与である。


 ツグナオの王としての覇気は消え失せ、その力強い声も空回りする。人々から完全に王として見なされなくなる。ツグナオがこの先功績を挙げたとしても誰かの功績を奪ったのだろうと思われてしまう。


 ただでさえツグナオの現在の立ち位置は難しいものがある。下手をすれば本当に失脚させられるかもしれない。それこそ一番の信頼を得ているクロからも見放されるかもしれない。


 しかしそれでもツグナオは構わなかった。ここでクロを死なせるよりかははるかに良かった。ツグナオはおもちゃの剣のさらなる能力を引き出した。


「クロ!これを使え!」


 おもちゃの剣を投げ渡すツグナオ。しかしそこにはこれまでのプラスチックのおもちゃの剣はなかった。そこにあるのは輝く金属の剣であった。これがおもちゃの剣の新たなる能力、退魔の剣だ。


 一定以上の邪悪ポイントを持つ相手に特化した剣。その威力はヴァルドールであったとしても無視できないものであった。そしてこの剣こそがのちに伝わる英雄の国の国宝、神剣である。


 この神剣により巻き返しを図る黒騎士とヴァルドールの戦いは三日三晩に及んだ。激しい激闘。一歩も譲らぬ戦いの決着は黒騎士が膝をついたところで終わった。


「なかなか楽しい戦いであったぞ。ここまで楽しめたのは初めてのことだ。人生で最も楽しい一時であった。勝敗を分けたのは種族差といったところか。決して滅びぬこの体、対してお前は満身創痍。」


「黙れぇ!!」


 黒騎士は最後の力を振り絞り斬りかかる。その剣はヴァルドールの肩口から心臓まで達した。しかしヴァルドールは意にも介さず拳を振り上げ黒騎士を殴り飛ばした。横たわる黒騎士。それを宙に浮いたヴァルドールが見下ろす。


 完全なる決着。黒騎士が負けた。その光景をツグナオは建物の陰からのぞいていた。恐怖で足が震える。黒騎士はどんな時でも勝ってみせた。黒騎士に敗北はない。だがそんな夢が消え、黒騎士にヴァルドールの魔の手が迫る。


 その時、ツグナオの足は動いた。あの時と同じだ。子供がトラックに撥ねられそうになったあの時と。あの時も自分の命など顧みなかった。そして今もまたツグナオは自分の命を顧みず黒騎士とヴァルドールの間に割って入った。


 ツグナオはこの時初めてヴァルドールを正面からまじまじと見た。クロはすぐにでも逃げろとツグナオに言ったがこの時ツグナオは体が動かなくなっていた。ヴァルドールの目を見て恐れ慄いたのだ。


 ツグナオはその時ヴァルドールに何者かと訪ねた。もちろんツグナオはヴァルドールのことを知っている。だがツグナオが聞きたかったのは本当はそうじゃない。


 ツグナオはヴァルドールの瞳の中に自分を見たのだ。ヴァルドールとツグナオ。相反するようなこの二人がツグナオにはそっくりに思えた。


 一方は力を持たず、夢や希望を頼りに生きる男。そしてもう一方は力を持つが、夢も希望も持たぬ男。互いに欲しいものを持っておらず、そして互いが欲しいものを相手が持っている。それはまるで鏡を見ているようであった。


 そしてその時遠方から戦闘音が聞こえた。一度撤退したファラス傭兵団と黒騎士の部隊がさらなる援軍を引き連れ戻ってきたのだ。しかしそんなものこのヴァルドールの前では無意味だ。だがヴァルドールはその場を去った。逃げたのだ。


 ヴァルドールは知らないがツグナオはその理由を知っている。ヴァルドールも知らず知らずのうちに恐れたのだ。自分の姿がツグナオと似て見えたから。


 そして救援に来た人々は黒騎士の敗北した姿を見た。常勝無敗の黒騎士の敗北という事実は人々に不安を与え、まずいことになると思われた。しかし事実はそうではない。猛威を振るうヴァルドールを退けたと賞賛されたのだ。


 はっきり言ってこの大陸にヴァルドールに敵う存在はいない。ヴァルドールをなんとかしない限り人類は滅亡する。そしてこれがこの100年戦争時代を終わらせる一つのきっかけとなる。人間vs吸血鬼。明確な敵が現れたことで人類は一致団結する。


 このヴァルドールとの戦いの後にいくつもの国が黒騎士の庇護を求め属国となった。ヴァルドールと戦えるのが黒騎士しかいないのであれば当然の判断だ。そしてこの時からツグナオの治めるこの国は黒騎士という英雄の住まう国、英雄の国として広く浸透する。


 そして黒騎士が自由に動けるようにするために黒騎士を王とする動きはなくなり、ツグナオをお飾りの王として認めることになった。


 ツグナオはこの状況に非常に喜んだ。黒騎士が誰も彼もに認められる英雄となったからだ。人類の英雄黒騎士。しかしこれに腹を立てている人物が一人だけいる。それは黒騎士本人だ。そんな黒騎士は夜半にツグナオの元を訪れた。


「やあ黒騎士…いや、今は誰も聞いていないしクロで良いね。」


「ツグナオ…なんでお前は笑っていられる!お前は…お前は間違いなく王の器だ!大王の器だ!確かにお前に武名はないかもしれない…しかしこの国が安定しているのはお前のおかげだ!それなのに…」


「ありがとうクロ。だけど…もう君の言う王の才能は僕にはない。この剣の能力を解放させた際に膨大な英雄ポイントを使った。おそらく…死ぬまでマイナスポイントは消えない。この剣はクロ、君が持っておいてくれ。元の状態に戻すポイントもないからね。僕にはもう持てない。」


「この剣には支援能力もあるはずだ!だからお前がこれを…」


「その能力ももう使えない。この状態は戦闘モード。持ち手のみに働く支援能力しか使えない。僕が持ってももう意味はないんだ。」


「…そのマイナスポイントというのは膨大なのか……」


「ああ……ヴァルドールを撃退するためには可能な限り全ての強化能力を解放する必要があった。本当はこの剣に途中でやめるように止められたよ。けどそれでも僕はやった。後悔はしていない。」


 今後ツグナオがこの神剣を使える日はこない。そしてこの神剣によるバッドボーナスが消えることもない。クロがどんなに頑張ろうとツグナオは一生お飾りの王として生きていくことになる。


 悔しさで涙をこらえるクロ。そんなクロの目に机の上の一冊のノートが目に入った。仕事かと思われたが、それはよく見ると物語のようだ。クロはそれが気になり手に取ろうとする。するとツグナオは顔を真っ赤にしてそれを止めた。


「それはなんだ?」


「い、いや…なんでもない。」


 必死に隠そうとするツグナオ。クロは一瞬不倫でもしているのかと疑ったが、ツグナオがそんなことをするわけはない。しかしどうしようもなく気になったクロは瞬時にそのノートを奪った。


「あ!ちょ…!」


「なになに…かくして黒騎士はこの村を守ったのだ。そして黒騎士は……これは私のことか?」


「あ…その……アニメ…じゃなくて物語が好きで…英雄の物語とかそういうのが…どうせ身近にいるからちょっと物語風に書いてみようかと…ご、ごめん…勝手に……」


「ふ〜〜ん…私の物語。しかもしっかりと観察してあるから自伝みたいな感じだな。別にいいよ。好きなだけ書いて。それだけ私のことをしっかり見ていてくれるってことでしょ?」


 クロは恥ずかしい気持ちはあるが、ツグナオがそれだけ自分に夢中になってくれているという事実に喜んだ。そしてノートの表紙を見る。


「黒騎士物語。まあ無難だな。ん?なんだこの作者のとこ。フレイド?」


「ぺ、ペンネームです…カッコいいと思って…」


「へぇ〜〜…それじゃあフレイドくん?今日は誰もいないし時間もあるからじっくりとインタビューなんてどう?二人っきりでこのソファーの上でじっくり…」


「お、お手柔らかに…」


「だ〜〜め。」


 ツグナオことフレイドとクロのインタビューはそれはそれは長いこと続いたという。それこそ明け方まで。そして翌日のツグナオは仕事に集中していなかったと部下に愚痴を言われた。


 逆に黒騎士はいつもより元気で機嫌が良かったという。


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